輝く光が妬ましかった。煌めくいのちが羨ましかった。人よりも優れたところを全部取り払ってしまえれば、あいつらも僕と同じになるような気がしていた。そんなことしなくたって、死んだらみんな僕のものなのに。
#イデア版ワンドロワンライ 参加。使用お題「翼」。いつもの人外シュラウド兄のユニーク魔法強度(威力ではない)計測、アズール・リドル・デュースを添えて。「地上から(Non)天の( est)栄光へ( ad)至る( astra)道は( mollis)困難に( e)満ちて( terris)いる( via)」──『狂えるヘラクレス』※捏造ユニ魔※ツイステ受動喫煙※ワンデイライティング

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天に栄光、地に短剣

「ユニーク魔法の強度計測?」

 先日の事件でユニーク魔法を発現したばかりの一年生、デュース・スペードは目を丸くして自寮の寮長に問い返した。魔法の強度という概念自体、魔法教育に消極的な薔薇の王国の出身者はハイスクールに入ってから学ぶ。その上対人を想定した面が強いこともありナイトレイブンカレッジでは(魔力量に比して強度が高い獣人や、魔力量も強度も高い妖精による多種族蔑視が多発したため)二年生になってからようやく触れる内容になる。その所為で、デュース・スペードは魔法威力と強度の区別が付いていなかった。

 

「ああ。習得ユニーク魔法用だが、ちょうど明後日が対象日だからね。話を通しておいたから参加するように」

 リドル・ローズハートはスペード印の一年後輩にそう言って頷き、日時の書かれた紙を一枚手渡す。デュース・スペードのしっぺ返し(ベット・ザ・リミット)のような生得ユニーク魔法──生来の特性により自然と発現するもの──ではなく、習得ユニーク(再現性の低いオリジナル)魔法を対象とした計測会に一年待つよりはと彼の分もねじ込んだのは他ならぬリドルだった。

 ユニーク魔法や開発したオリジナル呪文の強度計測が義務づけられているのは発現直後の一度きりだが、ナイトレイブンカレッジでは毎年の計測を行う。特に入学前から習得していた魔法使いは、並み居る大魔法士の教えを受ける、あるいは外的魔素(マナ)濃度の高い学園で魔法の扱いを学ぶうち、扱う魔法の強度が飛躍的に伸びることがあるからだ。もっとも公的な義務ではなく、あくまで任意のものでしかないため、本人が望まなければ幾ら数値が伸びていても再登録は行われないのが常だった。

 

「……昼間だ」

 デュースは自寮長から渡されたプリント(正確にはリドルに配られたもののコピー)を見て、首を傾げた。誤字でなければ、そこには二限の授業とすっかり重なる時間が書かれている。

「ああ。その間の授業は公欠扱いだよ」

 リドルのその補足には、デュースではなく隣りのハートマークの青年が応えた。

「いいなー」

「エースは羨むくらいなら早く発現させることだね。僕のように一から開発してもいいんだよ」

 エース・トラッポラは生得のユニーク魔法を未だ発現していないが、そもそも生来の魔法特性がユニーク魔法に数えられるような人間の方が少ない。これは獣人でも同じことだし、卵から仔魚までの過酷な淘汰を想えば、人魚とて本来は同様なのかもしれない。それでも、オリジナルの魔法を開発することは不可能ではない。自分の魔力特性に合わせて、ユニーク魔法の輪郭を僅かながら掘り出し、そしてそこから更に彫り込むことは。それには卓越した魔法解析学の能力が必要になるが、この後輩であれば可能であることを、リドル・ローズハートは信じている。

「……はーい」

 少し気恥ずかしげに呟いたエース・トラッポラの方だって、この頃には、寮長の信頼を知って、それを嬉しく思う程度にはリドルに懐いているのだった。

 

───***───

 

 デュース・スペードが指定されていた教室に着いた頃、そこには計測役なのだろう教員の他に、既に二人の先輩がいた。その二人、アズール・アーシェングロットとリドル・ローズハートはどちらも寮長服に身を包み、杖さえ携えている。「一番力が出せる服装と持ち物で」と言われても今ひとつピンとこなかったデュースと違い、二年生、それも寮長となればイマジネーションの補強もお手の物なのだろう。そう思うのと殆ど同時に、扉がもう一度開いた。

 

「シュラウド先輩も呼ばれてたんですか」

 扉から身を縮めて入ってきたイグニハイド寮長は、あの宙に浮くタブレット姿ではなかった。ただ、デュースが先の二例から予想していたような寮服姿でもなかった。腿まで届く青い炎を纏った彼は、校舎内で稀に見るときと同じ青灰色のパーカー姿で、幼子の頭骨を模した浮遊デバイスを連れていた。常のように。そして独語と問いかけの間にあるデュースの言葉には、ちらとも返事をしなかった。常のように。

 

 そして友人関係(ATフィールド)の内側から発されたアズール・アーシェングロットの問いにはきちんと返事をした。常のように。

 

「イデアさん、僕の記憶が正しければ生得ユニーク持ち(フロイド)があなたと同じ回で計測してませんでした?」

 習得ユニーク魔法と生得のユニーク魔法は、随分色が違う。両立することは難しい。──だが、この男は冥神の系譜(シュラウド)だ。七大英雄(マーベラスセブン)の裔たる王族や、かつては精霊種と同一視された全身種人魚(メロウ)、あるいは真正の妖精種(ドラゴン)にさえ並ぶ、神秘の最も強い部分を扱うもの。自我の発現よりも早くに魔法が結実することさえあるだろう。それなら、たとえば、ユニーク魔法を()()持つことも、あるのだろうか。たとえば、再現性だけが問題なら、単に彼の一族(シュラウド)にしか扱えないものを、ユニーク魔法と呼んでここにいるのかもしれない。

「そう、それ!聞いてよアズール氏拙者の生得(ウィンター・)ユニーク魔法(ウィズ・ユー)は一度に一人対象だから使えないってちゃんと申告したのにあの面子に放り込まれるなんて」

 祝福の火分け(ウィンター・ウィズ・ユー)と名付けられた()()が、完全な形で行使されたことはないことを、イデア・シュラウドだけが知っている。かつて未完成のままに祖先の力を借りて決行されたユニーク魔法は、あの時繋がれたたった一人のためだけにある。

 魔力を、その根源を、差し出して分け与えて、繋ぎ止める魔法。命を地上に、心を術者に、繋ぎ、縛り、留めるそれは、本来人のものではない。たとえ自らのものだとしても、魂を切り分けることは人に許された行いではない。まして、冥府の眷属のそれを、冥王ならずして繋ごうなどとは、なおのこと。そのことを誰より知っていて、イデア・シュラウドは()()に手を出した。手を出して、そして完成させた。いつか、許されなくても、それ使う決心が付いた日のために。

 

「誰だったんです?」

 まあ寮混成なら大方誰がいても似たような反応を返すのだろうな、と思ってアズールはそう聞いた。そして返ってきた、寮長クラスでもなければ(というか寮長であるアズール自身)その中に混ざるのはごめんだと思う編成に遠い目をすることになった。

「フロイド氏、レオナ氏、カリム氏、あと付き添い兼ねたジャミル氏」

「なんだってその面子に……?」

 全身種人魚(メロウ)の中でも捕食者側である論外の方の海のギャング(フロイド・リーチ)(救いはその日そこそこ機嫌がよかったことくらいか)、非常に高い身体能力とそれ以上に卓越した古式呪文への見識を併せ持つ密林の応報者の子孫(レオナ・キングスカラー)、それに本人の気質に恐れるところはさほどなくともイデアにとっては先の二人よりも近付き難いのだろう生得属性:(カリム・)水・光の寮長(アル=アジーム)。アズールではイデアを含む三人に共通点を見いだせなかった。カリムの方が付き添いなら「寮長クラスの実力者」でよかったのだが。

 

「機材の都合ですな。ELT順に効果別160から270、300-350(3 0 0帯)奇跡(620±20)。あ、ジャミル氏は100切ってたけど」

 あっさりと返ってきた答えに、アズールばかりかリドルまでもが目を瞬かせた。エルウィン(E)-リックマン(L)-タルツメートフ(T)神秘干渉強度比計測法は、その簡易さと広い測定範囲から最も一般的とされる魔法強度比較手法だ。例えば摂氏温度がそうであるように、一般的な魔法のELT干渉強度比も100までの間に収まる。

 

 リドル・ローズハートは驚愕に声も出なかった。一般的に干渉強度の高いユニーク魔法や解呪術式(マジックキャセル)であっても200を超えることは珍しく、事実厳しい制限でもって干渉強度を上げている黄金の契約書(イッツ・ア・ディール)でさえ300には届かない。それを、何だ?300どころか600?それは一般には妖精種(人ならぬもの)の領域だ。干渉強度比30以上(魔法使いや魔女)どころか、奇跡の()行使者()と呼ばれる域にいる?あの友人が?

 

 リドル同様の驚愕と、あの恵みの雨(ユニーク魔法)が決して奪えないことへの落胆を、アズールはなんとか三秒で飲み込んでみせた。それから息を潜めて、囁くように言った。この青髪のほむらに、密林の応報者(キング・オブ・ジャングル)シンバの直系子孫であるレオナよりも遙かに濃い神秘が宿っていることは間違いない。

「イデアさんは……測れなかったんでしたっけ」

 それが欺瞞だと、双方知らないはずがない。さして精度の良くないELT計測(タルツメートフの方法)が国際基準にまでなった理由の最たるものは、()()()()()()()()()魔法の強度まで実測できるからだ。

 

 イデアは一瞬だけその黄金の双眸を人魚(海のもの)の空色に向けて、彼にしか聞こえないような途切れがちの低音を蒼玉色の唇から落とした。隠せば飲み込むのかもしれないが、それと同じくらい暴きに掛かる可能性だってある。この後輩が(イデアほどでは勿論ないにせよ)ハッキングに優れた自寮生に恩を被せていることも、この学校のデータベースが学内からは(イデア基準で)案外容易く侵入できることも、イデアはよく知っていた。

 

「実測四桁」

「なんて?」

「聞こえなかったならいいよ」

 

 神秘の強度とは、つまり世界に対する優先度合いだ。高ければそれだけ、世界を好きにできる。低ければその分、強度の高い神秘を相手には抗う術がない。魔法と呼べるものが30からとして、100を超えれば「強力な」と枕詞が付く。その中で四桁ともなれば、その一点にさえ限れば、七大君主(グレートセブン)でさえ敵うまい。──かの死者の国の王のような、真正、大神と呼びうる存在にさえ、競り勝つことがきっとある。そういうレベルの話だ。

 

 国際魔法士連盟の定義によれば、奇跡とはELT神秘干渉指標において520を超えるものを指す。──その上の領域、780を超えるものは権能と呼ばれる。そしてその単独行使者を、神格(かみ)と。この青炎纏う工学者を崇める新興宗教の存在を、アズール・アーシェングロットは知っていた。きっとイデア・シュラウドも知っているのだろう。それを否定せず、さりとてネタにもしないのは、そういうことだ。

 

「……聞こえなかったことにしておきます。僕の精神衛生のために」

 

───***───

 

 魔法石を変えながら三回もユニーク魔法を使うことになったデュース・スペードは、当然のことながら疲労困憊だった。作用機序の都合必要魔力の大半が外部からの攻撃(供給)によるものだとしても、ブロット蓄積を気にしなくていいのだとしても、それでも負担はゼロにはならない。魔力が尽きるより先に精神的に限界を迎えたデュースは罅が入った標的の前に座り込んだまま、寮長たちの計測風景を眺めていた。

 

首をはねろ(オフ・ウィズ・ユア・ヘッド)!」

 デュースの目には人型のマネキンにしか見えない何かに、リドル・ローズハートは首輪(ユニーク魔法)を五つ、続けざまに飛ばす。すぐ傍の電光パネル(魔導式では悪影響(ノイズ)が出ることが多いので、雷撃系でもなければ計測器本体以外は電子式を採用する)にはデュース自身の魔法(ベット・ザ・リミット)よりも高い数字が表示されたが、しかし彼は満足していないようだった。

「180、か。やはり伸びないものだね」

「習得ユニークは早々伸びるものでもありませんからね」

 そう言って声を掛ける人魚(メロウ)魔法(契約)が、しかし首をはねた程度で収まるものではないことを、リドルは事実として知っている。

「君は?」

(サインあり)は250帯です」

 アズール・アーシェングロットは黄金の契約書(イッツ・ア・ディール)を組み上げるにあたって、どんな能力も奪えるように、同意に基づく署名という強烈な制限を掛けてまで干渉強度を上げている。対人戦闘を想定して発動速度を重視している首をはねろ(オフ・ウィズ・ユア・ヘッド)に早々超えられてはたまらない。制限の反動のように無差別の徴収は強度比100を下回ることは、自分だけの胸に秘めておくとしよう。

「む。デュース、君は?」

 水を向けられたデュースは、正直なところ強度比とやらの重要性が分かっているとは言い難かった。目に見える威力ではなく、効果の高さですらおそらくはないそれが、重要になるような局面に遭遇した憶えがなかったからだ。

「136、って高いんですか?」

「一年生だと中々意識もしませんか。一般魔法と比べたら非常に高いですよ。ユニーク魔法は標準が高くなる傾向にありますが、それでも低くはないかと」

 色変え魔法は45、汎用の飛行術式は50、大釜の召喚はおそらく70程度だと言い添えれば、デュースは目を丸くした。実のところ大釜召喚術の干渉強度が120近いことは、この場の誰も知らない話だった。いずれにしても、威力を重視して、その上一般家庭出身の(両親が共に魔法士でない)デュースの下に発現したにしては、攻撃136、魔力吸収172という数値はかなり高い部類に入る。

 

「イデア先輩か……」

 教員が測定用の機材を組み替える間に、デュースは立ち上がって寮長二人と一緒に移動できるまでに回復していた。リドル・ローズハートのその囁きに込められた感情の全てを伺い知ることはできなかったが、複雑な感情を覚えること自体は理解できる気がした。優れた魔法使いであることと、優れた人間であることと。優しい人間であることと、誰かにとってそうあろうとすることと。その間の深い断絶を、誰より体現しているような人だった。あんなでも、友人(オルト・シュラウド)にとってはきっと、誰よりいい兄なのだろう。

 

「シュラウド」

 面倒そうな表情を隠しもしないイデアは、それだけにその呼びかけの意図を正しく理解していた。

「はいはい。補助具は」

 魔法を補強する方法は一つではない。マジカルペン以外で補強するならば、その分を記しておく必要がある。

「何だ」

「特殊加工なしの短剣。銀合金で干渉限度増加」

 厳密に言えば、この言い方は詐欺に近いことをイデアは知っていた。割合で言えば銀ベースなのは間違いないが、魔導鉱物である英雄銅(オリハルコン)が少なからぬ割合入っているし、魔法石や魔導回路が組み込まれずともモデルがモデルの上、形状的な再現度はお墨付きだ。補助目的を干渉強度()()に限定しているのもあり、イデアから見てすらとんでもない効果がある。

 

「二発使えるか?」

「まあ、一応」

「それなら両方で計測する。上限強度は補助具ありだけでいい」

「りょ」

 手元に魔法石らしきものがないのを見てこちらを案じる教員に、イデアは億劫そうに答える。イデアは並の人間よりよほどブロット蓄積に強く、そうでなくとも地下の王の末裔(シュラウド)なれば大容量魔法石の一つ二つは私物として持ち込んでいる。

 

 計測が一回きりなら、かけられるだけのバフをかけてから挑むつもりだった。だがそうでないのなら、手軽に出せる範囲の数字も見ておきたいのが人情だろう。少なくともイデアはそう思う。少し離れていた所為もあって、詠唱は誰の耳にも届かなかった。合金製の髑髏(されこうべ)が光る。

──て人は────────へ至る。されど────アに───あり、永────た────みにて。か─て────へ(ヒ───・─ゥ・ゼ─)

 アズール・アーシェングロットがその時覚えた情動は、悪寒と呼べるほど強いものではなかった。精々が違和感と言ったところ。目の前の先輩が、何か知らないものであるかのような。あるいは、その男が地上にいることに関しての。

 

「……な、条件付き魔法の条件無視で156?」

 電光板の表示を見て、リドルはそう呟いた。おそらくは条件付与ではない、と隣りの人魚が言い添える。あの銀の短剣は、アズールの契約書とは違う。最低条件ではなく、後から押し上げるものだ。蛇のいざない(ジャミル・バイパー)や、王者の咆哮(レオナ・キングスカラー)の詠唱のように。なくても成立するが、あった方が段違いにいい。そういうもの。

 

 二度目の発動の前に、イデア・シュラウドは魔法を二つ使った。一つだったかもしれない。ともかく「召喚(ΕΛΑ)」の一言とともに彼の衣装は様変わりし、一拍おいて広げた手元に小さな魔法陣が広がったと思えば、そこには鈍く光る儀礼用と思しき短剣があった。

 

 リドル・ローズハートが、その格好のイデア・シュラウドを見るのは初めてだった。驚いた様子のデュースはもちろんのこと、動揺を見せないだけでアズールもそうなのかもしれない。濃灰の亜麻布と深紫の絹織物、それからサンダル。ゆったりとしたその服装は布地の品質以外どう見ても寛ぐためのものに見えるのに、込められた神秘の量は寮服などの比ではない。

 

 ひとつ瞬いたその金の瞳に、リドルは72K(液体窒素)の冷たさを連想した。アズールは深海に落とされた血の一滴を。デュースはもっと直截に、カーブで一手誤った、空を行くもの(マジカルホイール)でなければきっと死んでいただろうあの瞬間の内臓の冷えを。

 

 半導体の詰まった頭蓋を脇に追いやって、男がひとつ、息を吸う。風になびく青炎がその吸気を飲み込んで大きくざわめいて、音が落ちる。

 

「かくて人は星となり、星は栄光()へ至る」

 

 詠唱は、現代共通語だった。共通認識を利用し、信仰よりも広く、信念よりも遠く、万象へ向けられた術式。

 

「されどアルカディアにも()はあり、」

 イデア・シュラウドの背に、アズールは翼を見た。猛禽の翼だ。見目の上では、鷹だろうか。アズール・アーシェングロットは全身種の人魚(メロウ)であり、いかに変身薬を飲んでいても生半可な人間よりはずっと神秘に近いところに生きている。確信があった。この翼は鳥人のそれでも、妖精(ハーピー)らのそれですらない。もっと恐ろしく、もっと強大な、冥府に縁あるものの影に違いない。

 

「永遠なるはただ死者のみにて──かくて星は地下へ(ヒーロー・トゥ・ゼロ)

 たった一機(ひとり)のための祝福の火分け(生得ユニーク)とは違う、万人のための呪い。万人の王(パシアナクス)の末子から、命ある全ての者へ向けた緑色の声。生命と栄光とを讃え、賛美し、そして妬む、それは奈落の奥底からする声だった。いずれ訪れる死と、英雄を天に奪われた地下の叫びだ。

 

「168……じゃない。どんどん数字が上がって……」 

 過ぎた力が奪われるのは、それが神のものだからだ。それならば、術者は神でなければならない。そうでなければせめて、神を降ろす肉でなければ。銀の短剣、濃灰の衣と深紫。死者を迎えるもの、有翼なる亡者の王(タナトス)を模して、同一視される神(死者の国の王)の神官が告げる呪文(ことば)は当然のように、人からより遠い所にまで届く。

 

 幽冥や冥府と違い、天へ螺旋を伸ばす最後の死者は例外を許さない。いかな英雄豪傑も、鬼才俊英も、肉を離れて記憶を流せば、皆等しく燃えるだけだと。その証明のようにその魔法は、足りないところをそのままに「人間の平均」を上回るものは全て後付け(バフ)と見なして奪い去る。それは神のものだと言って奪う。その全てが効果を発揮できる範囲は、補強があってもさほど変わりなかった。だが、影響は何も全面的でなくてもいい、というのが開発者(イデア・シュラウド)の考えだった。

 

 不連続(デジタル)な魔導回路ではなく、ただ連続的(アナログ)な肉のみを通して発動したが故に、その魔法には成功(1)抵抗(0)()がある。

 かくて星は地下へ(この魔法)に限って、威力と強度は天秤の両皿に置かれるものだった。少しずつ威力(吸収の反映度)を落としながら、強度(測定値)は上がっていく。

 

「きっつ……。二発目ってだけで無茶なんですがそれは」

 計測強度が200を超えて止まろうとしないのを見て、教員は慌てて測定器のレンジを二段上に上げた。それを横目に見るイデアの方も、次々に強度の変わる標的(ターゲット)を同一存在と解釈して照準を合わせ続けなければならない。

 

 より強い神秘は、つまり神に近いものだ。それらは全ての力を奪われはしない。能力吸収(ドレイン)"強化"解除(ディスペル)になって、最終的にはただの能力低下(デバフ)にまで落ちて、いずれゼロになる。

 

「……あっ」

 自分の内側から流れる魔力の流束が遂に弾かれ、イデアは思わず声を漏らした。その一声を契機に無形の重圧は消え去って、もはやそこには、いつか永遠なるものを地下へ迎える三代にして最後の地下ではなく、ただ煌々と燃える叡智の火掲ぐイグニハイドの寮長が居るだけだった。

「い、幾つ……?」

 300を超す辺りから、さしものイデアも値を気にする余裕はなくなっていた。その問いに答えたのはやはりと言うべきかアズールだったが、420と少し、の答えにイデアの方からして驚いたように見える。

 

「400……」

 そう呟いたのは、イデア自身だったかもしれないし、デュースかリドルだったかもしれない。奇跡の域には届かないにしても、中高位の妖精種による魔法とか、人であれば王家の秘伝とか、そういうレベルの値のはずだと、リドル・ローズハートは知っている。イデアの方にしても、400を超えるというのは去年よりもずっと高い数字だった。人でなくなる(魔法士連盟の定義の話ではなく)までのカウントダウンが、また幾らか進んだに違いなかった。

 

「いいですかデュースさん。アレは、例外、です」

「いや分かってます」

 そう言うアズール自身に言い聞かせるようだと、デュース・スペードは思い、そしてその予測は殆ど実態に近かった。人ではないのだと言うことはできないから、人の範疇で例外的なのだと、アズール・アーシェングロットはそう表現する他なかった。

 

───***───

 

 リドル・ローズハートのユニーク魔法は、行使者が「可能だ」と強く思っていればの話ではあるが、干渉強度比200以上の魔法を封じることができない。()()()()()()()()()レオナ・キングスカラーがそれを砂にしてしてのけたように。

 

「……その、」

「見立て」

「え、」

 恐る恐る声をかけたリドルを見ることさえ、イデアはしなかった。煽り癖さえなければ(あるいは相談者がスルーできれば)、そして相手の頭の回転も一定以上なら、魔導工学のプロメテウス(イデア・シュラウド)は良い相談役になるのだ。なお前提条件の難易度。

 

「強度比上げたいって話でしょ、たぶん。見立てとか有名どころから詠唱取ってくるのが強いよ。処刑台(ギロチン)とか鋭きもの(ヴォーパル・ソード)とか?勿論相性は大前提だけど。ああでも対人想定だから初速が要るのか難しいな……」

 一息にここまで言って、また考え込んでしまったイデアに、今度はデュースが声をかけた。パンチのスピードと重さがある程度までしか両立できないことを、この場では彼だけが知っている。

「シュラウド先輩の詠唱は……」

「──困難を越え、人は星/栄光(アストラム)に至る。けれど有翼なる(タナトス)曰く『アルカディアに我あり』。補助具(これ)亡者の王(タナトス)は人を地下に迎える際銀の短剣で髪を切るから、まあそういうことですな。あー、拙者はとにかく強度重視で詠唱必須に仕上げたけど蛇のいざない(ジャミル氏)みたくon/off効くようにするのもありよ。詠唱が削れるならたぶん術名も削れるし。まああれは強度じゃなくて安定のトリガーっぽいけど」

「……ありがとうございます」

「僕なら?」

「え、アズール氏……?うーん、適当言うから自分で色々調べてね?」

「ええ、もちろん」

「『──声には足、髪にはナイフ、命には命。願いには、慈悲を以て応えましょう』」

「……とかどう?これなら向こうから差し出させる感じになるし……えっあっ拙者ごときキモオタが調子に乗りましたごめんなさい録音しないでばらまかないで」

「しませんよ」


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