――私、優木せつ菜は……あ、中川菜々は、その日が来るのを待ち望んでいたと思います。
詳しい時系列はモヤがかかったように分かりませんが、同好会の仲間や、スクールアイドルの諸先輩が絵里さんの音頭で誕生日を祝われてるのを見ながら「是非にも機会があれば」と……その心根を見透かされていた……わけではないと思います。
でも、絵里さんから「あなたの誕生日って何月何日?」と、明日の天気は晴れですレベルの気軽さで尋ねられ「やった! 自分の誕生日パーティを企画してもらえる!」と、心の中で、アニメの激アツシーンを眺めたであるような、ドキドキとワクワクを抱きつつ、それでも表面的には――や、これまたせつ菜状態だったら、めちゃくちゃ騒げるんですけどね? 一応、菜々モードの時にはテンションを上げないように気をつけてますので。
「菜々ちゃん?」
「あ、いえ、8月8日です――」
頭の中で「どんなパーティーを開いてもらえるんだろう!」と期待に胸を膨らませ、主役としてもてはやされる自分を想像していたら、絵里さんの問いかけを完スルーしてしまいました。
職務にあたるものとして、人の話は聞かねばなりません――好きなものの話になると猪突猛進なところがあるのは自覚しています。
私の性格を把握しているのか、絵里さんは気分を害す様子もなく、それどころか「仕事の邪魔してごめんなさいね」と、ウィンク一つして、どこかへと向かっていきます――さほど速いペースには見えませんが、隣にいた副会長に「そういえば」と一言確認した時間で消え去っていました……まるで瞬間移動でもしたかのようです。
「8月8日? 会長、せつ菜ちゃんと同じ誕生日なんですね?」
「どひぇ!? え、ええ……思わぬ偶然ですね?」
完全に油断をしていました――副会長が侑さんの影響で「優木せつ菜」のファンになっているのを把握しています。
正直な話、やりづらくってしょうがありません――ここら辺も、生徒会長卒業の考えに含む点はあります。
でも、スクールアイドルに活動を一本化したいのも本当です――校舎の外から、Liella!や同好会のみんなの歌声が聞こえてくると、その場に走り出したくて仕方がありませんから。
※
副会長の「私の推しと同じ誕生日なんですよ! 有名人と同じ誕生日ってどんな気分ですか!!」と、目を輝かせた彼女の問いかけに「光栄なことだと思います」と白々しく答えるのを、しばらく書記の先輩方から白い目で眺められました――「できれば中川会長が一番上に立って欲しい」と左右からASMRでも聞いているような気分で迫られると、ついつい「では承知します」と言ってしまいそうにもなる。
緊張感を伴うのは、右の先輩が「男の娘」であるからに違いありません――綺羅雪菜さんが入学してくるまで……てか、彼が「男です」と告白してくれるまで、正体に気が付かなかったのは不覚です。
女装潜入ものは何回もプレイしてきたではないですか! この中に一人ぐらい男の娘が混じってたらな! と考えたのは一度や二度ではありません!
……だからこそ、現実にそんな人がいるわけないしな。
と、極めて冷静な自分がいます、優木せつ菜というのはそんな自分が嫌いだからこそ、現れたのかもしれません。
こんなことを考えているのは、理事長の許可を頂き寮でお泊りをしている「澁谷かのん」さん(私もです)に「優木せつ菜って何ですか?」と、問いかけられたからです。
絵里さんから「今日の予定は空けておいてね」と言われたから「誕生日パーティーを開いてくれるんだ!」と嬉しくなり、みんなが普通に夕食を食べて今日を終えようとしているのも「さ、サイレントトリートメント……」だと思い込み。
澁谷かのんさんのために取り計らった催しだと気がつく頃には、彼女には何の責もないとは言え、身勝手にも苛立ちを覚えていました。
それに加えて「優木せつ菜とはなんぞや」と尋ねられれば、少々、怒気を含んだ声色にもなります。
が、かのんさんはできた人で「自分の問いかけ方が悪かったです」と向こうから謝罪してくれました――私も咳払いを一つして「失礼しました、勘違いだったんです」と素直に告白。
「あ、そうですね……誕生日イベント、私でも勘違いしてしまいそう」
「身勝手でごめんなさい、一日中ウキウキだったんです」
このまま「いいえこちらこそ」「いいえ私の方こそ」と謝り続けていたら埒が明かないので。
「かのんさんには理想の自分っていますか? なりたい自分でもいいですけど」
「なりたい自分ですか?」
腕を組んで考える仕草に羨ましいなって思った――自分を偽って生きていく、仮面をつける……それこそクワトロ・バジーナみたいに。
「本当の自分とか、なりたい自分とか、ありません?」
「うーん?」
思わぬ答えが返ってきそうになって、強調する形になりました――愛さんにも伺ったことがあります。
「なりたい自分とかありませんか?」彼女は笑いながら「なりたい自分って言うのは……ゴールってこと? それともスタートラインなのかな?」 と逆に質問され、つんのめったのように言葉が出ませんでした。
優木せつ菜っていうのは、つまりはなりたい自分で……小さい女の子がお姫様とか……夢見る姿と同じで。
もしも私が「優木せつ菜」となった時……や、それが、夢で終わる夢であるのは知っています。
どうあがいたところで私の名前は中川菜々だし、優木せつ菜とはせつ菜の状態でしか呼ばれない。
そして優木せつ菜の姿の自分が「中川菜々」と名乗ったところで、歓声が上がらないと知っている。
「あの、後輩の自分がこんなこと言うのはおこがましいと思うんですけど」
「いいですよ」
気に障るような発言かな、と考えて先んじて忠告してくれるのがありがたい、これがしずくさんになると「せつ菜さんは大好きじゃない人も認めてください」と、開口一番に抉るようなことを言う。
お昼の放送がお通夜みたいな雰囲気になり、しずくさんは「公の前ではスクールアイドルを演じなさい」と怒られました。
前々からスクールアイドルの先輩から「大好きを叫ぶって何?」とネタにされているのは知っています――同じ名字が縁であんじゅさんと顔を合わせた時には「もしも、自分を嫌いだ、応援したくない……それでも、あなたは自分の大好きを叫ぶの?」と指摘をされたことがあります。
私は未だに答えを見つけられないでいる――大好きを広めるって、大好きを叫ぶのって、身勝手なのかな? どうしようもないわがままなのかな?
「自分が嫌いですか?」
「え?」
「答えて」
明らかに雰囲気が変わりました――今まで敬語だったのに、強い口調で「自分が嫌いかどうか答えて」と迫ってきました、そのにらみつける感は明らかに普通ではありません――メンチを切るみたいな雰囲気です。
こらえきれずに、ごまかすこともできずに、素直に頷くと。
「馬鹿じゃないの?」
何度か言われたことがあります、不用意な発言をして失敗したこともあります。
でも、だいたいは年上の人たちから窘められるように「馬鹿」と呼ばれるばかりです――正直、同年代の子にそのように呼ばれた経験がないので、驚きで言葉が出ません。
「私だって自分の嫌いなところがあります、クゥクゥちゃんもそう、すみれちゃんもそう、恋ちゃんも、ちぃちゃんも……自分の嫌いなところがない人なんて……いないはずです」
「それでも……嫌いな自分に押しつぶされそうになっても、見たくない自分に……怖い思いを抱いたって、Liella!はステージに立つんです。それこそ……本当の気持ちを止めないために、心で駆け出せなくちゃいけないんだ」
正直、殴られるんじゃないかと思いました――身の回りに喧嘩っ早い人がいっぱいいるのは知ってます、梨子さんは膝も使います。
食べたものを吐き出しそうな痛みに思わず「なんでこんな痛い思いを」と漏らしたら、梨子さんが「心を傷つけられたらそれくらい痛いの、言葉にはもっと気を使いなさい」と、失言を窘められました。
「優木せつ菜ってのが大好きを叫ぶって言うなら! 中川菜々も大好きになってよ!!」
「うるさいですよ!!!」
人からうるさいと言われたことは限りなくありますし、今もどこかで叫ばれているかもしれない。
「何でですか! 自分が嫌いだって、大好きを叫んだってかまわないじゃないですか! 私が大好きを叫ぶことがそんなにも悪いことですか! なんでよってたかって、大好きテロだの、大好きの強要だの、さも悪い事のように言うんですか! 大好きなもの大好きだって言える世界が、一番いいに決まってるじゃないですか!!!」
「そんなんじゃ中川菜々が救われないから!!! いや……中川菜々のことが好きな人たちが救われないでしょう!!!」
膝をつきました、梨子さんに膝蹴りを受けた時だって、こんな痛みを抱えたことはない。
どれだけ肉体的に傷ついたって、心が締め付けられるような、全身を縛り付けられたような、頭を抱えたり、ふてくされて寝たり、何もかも嫌になって投げ出したくなるような……こんな痛みは経験したことがない。
あまりにも辛くて、なんでそんなこと言うのかと睨みつけるために顔をあげたら、かのんさんがくしゃくしゃに顔を歪めながら、私よりも勢いよく涙しながら。
「何かをごまかしてる人が……本当の気持ちなんか伝えられるわけないじゃん……素直になってよ……いや、中川菜々も認めてあげてよ!! 認められないなら優木せつ菜になんて一生なれないよ!!!」
心を傷つけられたのは自分なのに、何よりもひどいことを言われたのは自分なのに……かのんさんが……たぐいまれな歌唱力を持ち、本当に良い歌を歌うって評判なのに……その能力で――全身全霊で泣き声を上げる。
「アァァァァァ!!!!!」と文字にするならこんな感じなんでしょう、あまりの迫力に、なんだなんだ、と言わんばかりに人がなだれ込んできて――誰も彼も、パーティーをするである仮装をして、ピエロみたいな三角帽子をかぶった絵里さんもツバサさんも……困ったように顔を付き合わせるしかなくて。
分かります、自分もこんな状況に置かれたら「何があったの」なんて、とても言えやしない。
天を仰いで困り果てるしかできないでしょう――無力な自分です。
優木せつ菜であろうとも、そう思います。