なんでも、インターネットでは全国各地にいるプレイヤーと将棋で遊べるらしい――朝香果林はエマから言われて、さぞかし白熱するんだろうな、と思った。
パチンパチン、将棋の駒が盤につく音を駒音と呼び、花陽さんと亜里沙さんの対決は……あ、対局って言うんだっけ? 現在、脇息に肘を乗っけて、長考する花陽さんの手番で止まっている。
なお、私は全く将棋のことを知らないし、エマもさほど詳しいわけじゃない。
それなのになぜか「見届け人」として座らせられている――私はそれよりも、璃奈を何とかして単独でステージに立たせる方法を考えたい――考える時間は無限にあるけど。
ええと、この対局はラブライブ公式サイトで放送されていて、視聴者数がどれくらいいるのか分からないけど、さほど多くないんだろうなって思った。
ニコニコ動画とかでならともかく(この知識はエマが教えてくれた)スクールアイドルを観に来てるのに、過去に活躍した人間とはいえ、将棋を指す模様が注目を集めるとはさほど考えない。
これでもし「今まででトップの視聴者数です」「二位のA-RISEに大差をつけています」とか運営から言われたら、負けた経験がほとんどないけど負けるのが大嫌いな――A-RISEのリーダーが「おい、ゴリラ将棋するぞ」と、絵里ちゃんの入院ですっかり凹んでしまった理亞さんの胸ぐらを掴みあげて、座布団の上に正座をさせるんだろうなって思った。
振り駒で亜里沙さんの先手に決まった、私は……駒……ていうのが、どういう動きをするのかわからないけど、最初から彼女は真ん中に飛車を動かした。
あれは横に動くんだな、いかにも強そう、あれがまっすぐ行ったら王様が取れるのねとつぶやいたら、エマに「そういう戦法だよ」と言われて「将棋に戦法なんてあるのね」と感心した。
「日本だと、将棋って国民的な……ええと、文化じゃないの?」
「誰しも知ってるわけじゃないわ、スクールアイドルだってそうでしょ?」
「素人のお遊び」と判定され、勝手な逆恨みから潰されそうになったLiella!――絵里ちゃんを中心としたスクールアイドルの先輩たちが「スクールアイドルに喧嘩売るんだったら買うぞ」とばかりに張り切り、グループ解散などの問題は解決された。
桂馬……だっけ? ぴょんぴょんカエルみたいに飛ぶ駒が相手側の……何だっけ? 陣地に行ってひっくり返った時。
「へえ、面白いのね、ひっくり返るなんて」と呟く、エマには「え?」みたいな顔をされたけど。
認識してなかったけど、前にも歩? が、ひらがなの「と」みたいになってたらしく、エマから「王様と金以外はひっくり返るんだよ」と指摘された。
そう言われて改めて見てみると、ひっくり返った駒らしきものが、盤上には散見されている。
「あの、馬っていうのは、何がひっくり返ってるの? 赤いのがそうなんでしょう?」
「角だね」
「ひっくり返ったら強くなるの?」
「上下左右斜め、色んな所に行けるようになるよ」
「ふうん、斜めにしか行けない子が、ひっくり返ると強くなるのね」
なんとも、勝負って感じがする……相手側の陣地に行くと、ひっくり返って強くなる。
でも、そのぶん討ち取られる可能性も高くなる――どうしたら、王様を……追い込む? そういうゲームを――なんで、亜里沙さんと花陽さんがやってるのかわからないけど。
「これって、攻めてるほうが勝つの?」
「難しいね、プロの将棋では先手番が勝率で上回るって話があるけど……最終的には、王様を詰ませた方が勝ちだから」
すごく悩んでから、花陽さんが成った桂馬を同玉とし、その手は読んでましたとばかりに亜里沙さんが馬の上あたりに成った桂馬をパチーンと置いた。
追い込まれたように見えるけど、将棋がわかる人には「まだ詰んでないわね」らしい。
「どうして、ツバサさんは……分かるのかな?」
エマの発言に、名前を呼ばれた当人がちらっとこちらを見るけど、視線だけで「どうしてだと思うかはあなたに任せる」って指示されたと分かった。
「相手を思いやる気持ちがあれば……分かるんじゃない?」
ルールをある程度把握している前提があるけど、読むってのは理解することだと思うから。
璃奈も感情表現は微量かもしれないけど、愛は逐一把握しているし、私も少しだけわかる、エマだって、そうだと思う。
でも、ソロライブの時にお客さんに……璃奈に集まってくれるファンに「思いやってくれよ」は、間違っていると思う、もしもそんなスクールアイドルがいたら、ステージに立つのをやめたほうがいい。
ただ、璃奈のファンは璃奈の事情を知っている、ソロライブでも集まってくれたファンは微量の感情表現でも喜んでくれるかもしれない。
それじゃいけない、璃奈が一方的に励まされてるようじゃ意味がない、だから何とかして伝える方法を模索しないといけない。
「……待って、この中継ってネットで繋がっているのよね? つまりは、不特定多数に見られている、亜里沙さんや花陽さんは会話をしてるわけじゃないけど……分かってくれている人は分かっている」
今までスクールアイドルのステージは、集まってくれたファンに向けて披露されるもの、の意識が一般的だった。
でも、自分たちを応援してくれるファンは、何も現地に集合してくれる人たちだけじゃない。
距離が遠くても……分かるもの、ツナガルことができるもの……最初から……最初から、遠くにいる人たちと繋がるコトを目的としたライブなら、璃奈の個性を最大限に発揮できるんじゃないかしら?
「え、え、エマ! ネット! ネットよ!!!」
「ど、どうしたの果林ちゃん!? 虫取り網でも持ちたくなった!?」
「そうじゃない! 璃奈のファーストライブ……ネットで中継するのを前提としたステージにすればいいのよ!!! 解説付きで!!!」
璃奈の感情表現が伝わらないのなら、みんなで助け合えばいい……それが、仲間! と、一人で盛り上がってしまい、ツバサさんから「対局中はお静かに」と窘められてしまった。
――否定されなかった、相互理解っていうのが、よかったのかな? それとも私だから? 絵里ちゃんだったら否定されてたのかな? 何とも言えない。