降り出した雨足が強くなって、一部では傘が機能しないほどの大雨になるでしょう――朝方に遥ちゃんと観たテレビでは、お天気お姉さんが「まるでどうでもいいこと」のように、朗らかに微笑みながら言っていた。
豪雨災害や、台風の襲来、はたまた大地震――こういう、人の不幸がお給料になる職業って、大変だな……と近江彼方は考えるんです。
「遥ちゃん~、雨が強まったらちゃんと建物に避難するんだよ?」
「もう~、私だっていつまでも子どもじゃないんだからね?」
「子どもじゃなくても、遥ちゃんはいつまでも彼方ちゃんの妹なんだぜ~?」
ぎゅーっと抱きしめると、遥ちゃんは身じろぎはするけど拒否をしない、この時間が永遠にならないのを私はよく知っている。
以前までは、永久に続くと考えていたと思う、頭が悪いな、ライフデザイン科の特待生なのに、と苦笑いもしちゃう。
以前までの私は……アルバイトと勉強に追われて、自分の世界っていうのが狭かった。
手の届く範囲でしか、物事を考えなかったし――それでいいとも、考えていたと思う、余裕がなかったっていうのももちろんある、金銭面でも、時間の話でも。
絵里ちゃんに「すやぴしているところを助けられてから」人との交流範囲が広まった――今までの自分には戻れないほどに。
スクールアイドルを始めたっていうのもそうだし――そんな私を見て、遥ちゃんもスクールアイドルを始め……今では東雲学院の中心メンバーなんだから恐れ入る。
ちなみに東雲学院でコーチをしているのがeAstheArtのヒトだってのは、あまり知られていない。
ツバサちゃんに言ったことがあるけど(遥ちゃんに言ってほしいと頼まれた)本当に取るに足らないことのように「そう」と言われて終わった。
リーダーさんとしては、綺羅ツバサがコーチをしている虹ヶ咲学園には絶対に負けるな! の精神があるみたいだけど、今のところ学園のスクールアイドルが東雲学院に勝利するのは難しい。
昼休みに「あ、そういえば、雨足が強くなるんだっけ」と、枕を片手に曇天の中を歩きながら朝のこと思い出す。
ポツリと額に雨粒が当たって「これじゃすやぴどころじゃないな~」とお昼寝スポットの探索は諦めようと。
その瞬間だった、ポツリどころか「ザー!!!!」と瞬きをする間に音が変わり、私は慌てて屋根がある場所に入る。
「ごめんね~、今度また乾かすからね」と枕に話しかけつつ、教室に戻ろうとするのをやめた。
大雨が降っているのにも関わらず飛び出していく生徒を見つけてしまったから。
「あれは……ランジュちゃん?」
学科は違うけどエマちゃんとは学園に入る前から交流があり、スクールアイドルとしても一年生組では別格の才能を誇っている。
ミアちゃん共々「国際交流科」ではないのは、勉強や学校で学べること以上に「普通の人間関係」および「大切なもの」を学ぶため、との目的があるらしい。
虹ヶ咲学園の理事長先生が「あの子は昔から優秀で、なんでもできてしまう子だから」と、言っていた。
ちなみにテイラーのおうちからも「学園に入ってから、娘が楽しそうで本当に良かった」と感謝のお手紙が届く……と、絵里ちゃんが言っていた。
最初は理事長先生にお手紙が届いたそうなんだけど、ミアちゃんや理事長から「絢瀬絵里ってのに感謝してくれ」と伝言があり、そんなことをまるで知らなかった絵里ちゃんは唐突なお手紙(なお英語)に驚き、それでも人がいいものだから「学園ではミアちゃんはこんな風に過ごしてます」と、エアメールでやり取りしているそうだ。
絵里ちゃんの思わぬ外国人要素に「キャラ作りかと思ってたな~」と感心したら、エマちゃんから「イタリア語も喋れる」ランジュちゃんから「中国語も行ける」と。
クゥクゥちゃんにも「イントネーションがおかしな部分はありマスが」と、ネタにされた――ちなみに「全世界の人にライブをするために、全世界の言葉を覚えよう!」と酒の勢いで勉強したらしい、ツバサちゃんも頑張ったって言ってた。
――馬鹿じゃないの(褒め言葉)
「って、こんな雨じゃ、ランジュちゃんが風邪を引いちゃう!」
慌てて外に飛び出すけど、雨足は強く、あっという間に全身がびしょびしょになる、それでも一生懸命走ってランジュちゃんの元にたどり着くと、彼女がどうして飛び出して行ったがすぐにわかった。
「……手伝う」
「謝謝」
学園では植物も育てている……プランターの中で一生懸命咲いた花が、突然の強い雨で散ろうとしていた。
――昼休みでよかった、これがまた授業中だったら、教室の外に飛び出して行って、放課後反省文とか洒落にならない事態になる。
こういうこと、絵里ちゃんがいた時にはちゃっかりやってたんだろうな――そんなことを考えている間に、ランジュちゃんが飛び出して行ったのに追いついた面々が「あああ!!!」みたいな声を上げて、咲いた花を避難させている。
※
「くしゅん!!!」
可愛らしいくしゃみをしているのは、私でも、ランジュちゃんでも、はたまたプランターや雨に濡れたら困るものを避難させていたメンバーでもなく。
「ママは雨の中飛び出したわけでもないのに、どうして」
と、心配そうな表情を浮かべたランジュちゃんが、自分のお母さんの頭をさすっている。
「人の上に立つっていうのはそういうことよ」
熱が高いわけでもないけど、これから体調が悪化する場合もある。看病はあまり長い間続けられそうもない。
だから余計な口を挟まないようにする、ランジュちゃんと、そのお母さんの交流の場だ。
……近江彼方がいるのは、ランジュちゃんを止めなかった責任追及の意味合いもある。
「こうして、理事長なんてやっているとね……わかっていても、放っておかなければいけないこともある」
「……」
「大人になると優先するべき事柄が……嫌でも生まれてきてね、それは立場だったり、考え方だったり、仕事だったり」
「ママ……」
「でも、あなたは、私の知らない間に……いや、私が教えられなかった、大切な何かを守るために、自分の身をなげうってでも、守ろうとする優しさを手に入れた」
ちなみに理事長の体温は微熱程度だ――ツッコミを入れるのは野暮だから口には出さないけど「これから死んじゃうみたいじゃないか」と、言いたいのは山々だ。
「誰かのために配慮する気持ちや、優しさを大事になさい……というわけで、おやすみなさい」
「ママ……ちょっと楽しんでたでしょ」
理事長は静かに寝息を立てている――寝たふりって、百も承知だったけど……ランジュちゃんと顔を見合わせながら。
「ん……配慮? 伝える……」
「どうしたの?」
「や……璃奈が気持ちを伝える方法が、分かりやすい形になればいいなって思って」
確かに、理事長の回りくどさでは――想いを伝えるのって難しい。