ポスターに落書きが無いか校内を観て回っている――くまなくじゃない。
品行方正な生徒が多く集う虹ヶ咲学園では、よく見たらわかるけど、よく見ないと分からない落書きをする子はいない。
「でもよかった、ライトの出番が無さそうで」
憑き物が取れたみたいな笑顔でことりは語る――締め切りそっちのけで絢瀬絵里の動向を伺っていたせいで、世界中のセレブの方々から「コトリ・ミナミはどないしたんや」と突っつかれたらしく「うっせえ、うっせえ、うっせえわ!」と言いつつも、ここんところは缶詰になって仕事していた。
本来ならポスターのおでこの部分とか鼻に画鋲でも突き刺さっていないか――でも、街中に貼られている選挙ポスターならともかく、生徒会選挙のポスターにイタズラなんてしない。
と、東京に住み出した千歌ちゃんが語っていた――これで、Aqoursの二年生組が東京進出し、活動再開の噂――とか、週刊誌に書かれた。
A-RISEもμ'sも基本的にほぼフルメンバーが都内に在住し、時折顔も合わせるというに、活動再開かと週刊誌で書かれないのは「だって全員30近いですし」
危うく千砂都ちゃんがたこ焼きの具材にされかけたけど、昨今ではお魚の餌にしない限りDNA鑑定とかで人間を判別できるらしく、水産業が本業の黒澤家のご令嬢が「八つ裂きにしたら、すぐに国家権力に捕まってしまいます――」と、悲劇は未然に回避された。
「光を当てると浮かび上がる落書き……自己満足の領域じゃない?」
「人の顔に落書きするなんて自己満足だから、手間の差だよ」
苦笑いをしながらことりが言い、それもそうだな、と私は頷く。
「さすがことり、かしこいのね?」
上から目線で褒めてみると、意外と嬉しかったのかことりは「千砂都ちゃんを八つ裂きにして警察さんに捕まらなくて良かった♪」と、鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、とんでもない発言をしている……まあ、喜んでいるのなら余計なことは言わない。
「でもよかったの? 栞子ちゃんの誕生日が過ぎちゃったけど」
「体の調子を取り戻したら……や、結構取り戻しているとは思うけど?」
完全復調ではない、とだけ強調しておく。
前まで「車椅子の上でじっとしてろや」と心配されてたけど「オメーには車椅子もったいない」と、立ち上がって行動するのを許された。
以前までの調子で仕事をされたら困るので、校内や寮内を巡る時には「誰かつけて歩け」と指令されてるけど。
「あのね、普通はね? 何日間も寝たきりだったら、調子を取り戻すのにもっと時間がかかるんだよ?」
「真姫にも言われたんだけど、いまいちピンとこないのよね?」
果林ちゃんに亜里沙と将棋を教えている最中、真姫に「身体の調子は?」と問いかけられ「王様ってワープできないの?」と言ってた果林ちゃんを妹に任せ。
医者の娘だけども声優を勤めている西木野真姫さんに「寝たきりの患者がリハビリによって調子を取り戻す日数」を事細かに指導された。
「でも、私……絵里ちゃんが倒れた翌日に顔を合わせた記憶があるんだけどな」
「夢でも見たんでしょう? 世界的なデザイナーの夢に出演できるなんて嬉しいわ」
ちなみに真姫との二人きりでの会話はもう一つ意味があり、彼女には神様の介入が全部バレてる――どういう都合で? と、無粋なことを薫子さんは指摘したけど「知ってるから知ってるのよ?」と煙に巻かれて、私も助け舟を出さなかったから調査は暗礁に乗り上げた模様。
まあ、色々と好き勝手神様がやっちゃったもので、各メンバーに記憶の齟齬的な物が発生しているけど、こうして校内をぶらりぶらりと回るついでに勘違いだったと訂正している。
「神様がやりなさいよ」と私は言ったんだけど「この私に信用なんてものがあると思ってるの!」と胸を張られたら「あ、そうでしたね、すいません」と謝るしかない。
「それに、もしも私が翌日から退院できる状態だったら、亜里沙と花陽の将棋対決にべったりと張り付いて見ていたわ」
「はは、私も見たかった、アレ、ツバサさんに止められたんだ」
将棋の言葉に「咎める」って間違いを指摘する手……緩手とか悪手を見逃さないって意味合いの言葉があるけど。
将棋のことがよくわからないエマちゃんや果林ちゃんは「やけに駒音が高い時があるな~」くらいの認識だったけど、意味合いがわかるツバサは「亜里沙さんは友達を無くしてしまうわ」と語ってしまうくらいの「咎め」っぷり。
全駒するまで許さないガールに変貌した妹は、どう考えても優勢だったのに「最善手を逃した」との理由で、あっけなく投了。
そういう名人みたいなことしなくていいのよ。
「家族や……そうね、幼なじみとかだったらともかく、仕事を優先させてしまうのは仕方がないと思うけど?」
「絵里ちゃんは私や穂乃果ちゃんが、倒れた時に……全力で来てくれない?」
「それは花陽が悪いんじゃなくて、私の価値がそこまでではなかったのが悪いだけよ」
私の発言にことりは足を止め、何かを決意したようにこちらを向き、真剣なまなざしを向け。
「私は……絵里ちゃんが倒れた時にね、いっぱい締め切りを抱えてた……これを破ったら、とんでもない数の人が困るってくらいの。曜ちゃんや月ちゃんには締め切りを破るのは金輪際やめてくれって」
「ええ、二人では殺されるんじゃないかってくらい怒られたわ」
曜ちゃんがデザインに集中した関係上、月ちゃんが「店長代理」になってるのは知ってる――前に顔を合わせた時は、一店員として私の身なりを整えてくれた。
スーパー立身出世ね! と、ごまかす暇もなく「お願いだから、もう二度と倒れないでください」と、叶えられるかどうかはともかく「約束できない」と笑いながら言うしかなかった。
「凛ちゃんも仕事を放り投げて怒られたし、真姫ちゃんも翌日に収録があったのに行かなかったから怒られた、Aqoursはどうしても行けない一年生組や……私のフォローしてくれた曜ちゃんが来なかったくらいだよ? どうして絵里ちゃんはかよちゃんに甘いの?」
「私やニコは花陽に負い目がある……や、違う。実はね、花陽のフォローは希に一任しているの」
「は?」
ニジガクやLiella!のみんなから「花陽さんと希さんはあんまりこっちに来ないですね」とネタにされていて、事情を知っている私とニコとしては「できればこっちに来ない事情まで感づかないで」と、内心ヒヤヒヤだった。
「できればね、こういう……μ'sが全員集合しなければならない事態は、回避したかったのよ」
「それでも、グループの仲間に何かあったら……」
「そうね、私としても、希には優先事項が間違ってると指摘してほしかったかな?」
希はグループを9人にまとめた立役者だし、花陽もアイドルファンとして外から見た「μ's」の視点で観てくれる子。
かつて9人いたグループがもう一度集合して活動する――それが今を歩む、スクールアイドルにどういう影響を及ぼすかを含めて、元スクールアイドルがどうあるべきか見ていてほしい。
「私たちはもう高校を卒業したのよ? だからスクールアイドルμ'sではないの……でもね」
「ん?」
「考え方が変わった……ナイショよ?」
今はこうして……集まれる機会があれば集まれるけど、いずれ、そうなれない瞬間が来る。
その前に――最高のライブとかやってのけたら……
「でも、今のスクールアイドルに影響を与えたら嫌なんじゃないの?」
「いやぁ、そうなんだけどね……もしも、みんなとお別れすることになった時に、あのとき9人でライブができたのにやらなかったら……私は、地獄の底からだって化けて出る自信があるわ」
「…………奇遇だね?」
ことりは長く沈黙を保っていたけど「絵里ちゃんが倒れて死ぬ可能性が高まったからなあ~?」と、反論できない言葉をつぶやく。