栞子ちゃんが震えながらB5の紙何十枚の物を差し出す。
「マル秘」と一番上の紙には書かれていた――どうやらこれが中川菜々が選挙に落ちるための秘策。
これから会長同士の論戦が始まるわけだけど、この内容通りに展開すれば選挙で落選できると踏んでいるわけだ。
事務作業に奔走している私も一旦手を止めて、いつのまにかに隣に陣取っていた海未も同じように覗き込む。
……そこまで身体を寄せなくても、内容は見えると思うけど? ただその一言を付け加えて「いいえ見えません、本当ならもっと近づきたいくらいです」といらない会話をする必要もない。
「なるほど……つまり栞子ちゃんが一方的に優位に立てば落選すると」
「わだすは、こんな思ってもないこと言いたかね! そりゃ人間だし、誰だって人から指摘されることくらいあるさね! んでも、そんなのは頑張りを否定する理由にはならん!」
同意だ――中川菜々が優木せつ菜にとって否定したくなる材料がいくらでもあるんだと思うけど、残念なことに優木せつ菜ってのは中川菜々の夢物語でしかない。
ファンを楽しませているから二面生活が許されてる部分があるけど、これがキャラ作りで自分勝手であるなら、学園のみんなは「や、あんたの名前は中川菜々でしょ」と、冷徹にツッコミを入れる。
きちんと優木さんと呼ぶのは「あなたが中川菜々なのは百も承知だけど、生徒会長もスクールアイドルもちゃんと両立しているから」って点が大きく、それがもしも学生の間に広まったとしても、中川菜々の否定にはならないはず。
つまり、この資料にある通り「中川菜々のダブルスタンダード」を厳しく指摘したところで「でも、会長としてはきちんと仕事をしてきたじゃん」の一言で終わる。
この学園にいる多くの優木せつ菜のファンの生徒が……や、その代表が副会長の東雲ちゃんになのは思うところがあるけど。
もしも彼女が壇上で悪し様に責め立てられる優木せつ菜を目撃したら、まず間違いなく「あの人とは仕事をしたくありません」になるだろうし、中川菜々が声かけをして集まった生徒会への希望者だって「三船会長にはついていけません」と総スカンを食らう。
「海未から観て、この指摘はどう思う?」
半ば呆れながら海未に声をかけると「興味本位で覗き込んだのが深淵だとは……」と苦笑いしながら。
「確かに、直すべき課題ではあるでしょう」
完璧超人でもない限り、それこそ人が直すべきポイントなんて無数に存在する。私が特別に出来が悪いとかそういうんじゃなくて、一個の悪いところを直したら、新たに悪い所が見つかったり、自分の良いところがあったと思ったら、誰かからそれは違うよと言われたり。
もぐらたたきをするみたいにきりがない。
悪いところを直すのはもちろん良いことだけど、あれを直せこれを直せと言っていたら議論は止まるし、それで問題が解決したためしがない。
問題点を指摘するんじゃなくて、じゃあどうしましょうかと考えるのが議論だ、相手の弱点を強調して自分が優位に立ったところで、いざ自分が仕事をするとなった時に困るのは自分だ。
一緒に仕事をする時に「あれが駄目」「これが駄目」と言っている人を見たら、私なら「自分も何か言われるんじゃないか」と考えてしまうし、あれが良くないこれが良くないと言う人は注目を集めるけど、ああいう人と仕事がしたくないよなぁ、第三者だから面白く見えるけど、実際に隣にいたら嫌だよなぁと考えてしまう。
動物園にいる猛獣だって檻に入っているから楽しんで見られるけど、道を歩いていて出くわしたら嫌だし。
本音しか話さないとか、毒舌がどうのこうな人は遠くから眺めているから楽しめるんじゃないかしらね?
「そこでわだすが考えたんだけんども、めちゃくちゃ褒める路線で行ったらどうだんべ!」
栞子ちゃんが両腰に手を当ててグッと胸を反らした、先ほどまでの気弱な感じと打って変わって、これが自分のベストな提案! と言わんばかりだ。
中川菜々さんがどういう態度をとるかは未知数な部分があれど、生徒からすれば「あの会長候補と話すと話がポンポン進むな」と考えるはず。
おそらく菜々さんは「自分の提案をことごとく却下されれば、生徒の支持は栞子さんに向く!」と疑ってないだろうし、栞子ちゃんも「せつ菜さんを褒めれば会長になるのは間違いなく菜々さんだべ!」と自信満々だ。
どういう結果になるかは生徒の考え方次第なので、大人があれこれ言うべきではないけど。
ひとつだけ栞子ちゃんを守る手段を講じては起きたい。
「栞子ちゃん、後から菜々ちゃんに何か言われるようなことがあれば、ステージの上ではアドリブがあるもの、って胸を張って言いなさい」
「……絵里はセコいですね」
「何とでも言いなさい」
栞子ちゃんは台本をチェックしている様子だし、少々気分が悪そうなのも、緊張からくるものだけじゃなくて、こんなことを言う自分を想像したからに違いなく。
※
そして論戦が始まった――まずは学園の今後について。
「私は学校の未来はとても明るいと思います。恥ずかしながら、それに貢献してきたと思いますし、実績も十分にあります。ラブライブ出場は叶いませんでしたが、スクールアイドルは多くの方々から支持をされ、運動系文科系ともに著しく成績の向上が見込まれており……」
ペラペラとそらんじてみせるけど、彼女の作った台本では「それらにおける中川会長の影響の度合い」についてのツッコミが入っている。
恥ずかしながら貢献してきたというセリフは「そう! これにツッコミを入れてください!」との前フリ。
各部活動の成績の向上は生徒が頑張った結果であって、あなたの功績ではない――と栞子ちゃんは「台本通りであるなら」ツッコミを入れる。
「わだすは疑問なんだけんども」
と、自身のターンに最初に栞子ちゃんはそう言った。
「来た!」とばかりに会長は嬉しそうだ、 ここまでは台本通りに展開しているから、すごく油断している、あれは中川菜々ではなく半分くらい優木せつ菜が入っている。
「各部活動の功績に対して、会長の……」
「……」
フリスビーを見た犬みたいになってる、これから自分の考えた台詞を栞子さんが言うんだ! と言わんばかりにワクワクしている。
「称賛があまりに少ないでないべか」
生徒からざわめきが起こる――そりゃそうだ、論戦だって言ってるのに「何で会長が褒められないんだ」と言えば、自分が一方的に不利になる。
「まずな、学園では100以上の同好会が軒を連ねているけど、それが問題も起こさずに活動しているだけでも、たまには褒められてもいいんじゃないかと、わだすは考えるけど、中川会長はどのようにお考えですか?」
あれは答えづらい、もちろん褒められてもいいの発言は否定したほうがいいけど……。
ただ、信じられないレベルの部活動数を誇りながら、今まで特に問題も起こさずにここまできたのは紛れもない事実。
それは否定してもしょうがない、否定してしまうと「どこかの部活に問題があった」と言ってるのと同じだ。
「……それぞれの部活動が努力をした結果でしょう、生徒会の影響はあるとは認めますが、個人の頑張りこそ認められるべきです」
かなり頑張った方だと思う。
中川会長の功績について思わぬツッコミを入れられたけども、それは自分のものではなく各部活動が頑張った結果だ、と。
そこから褒めまくる栞子ちゃんと何とかして自分を貶める方向に行きたい中川会長の攻防が続き、
「これからも中川会長が生徒会の指揮をするべきだと思います! これまでの経験がなくて未知数なわだすよりも、これまでの経験があって未来の想像も容易なあなたのほうが!」
多分だけど、栞子ちゃんも菜々ちゃんがマル秘ファイルを渡さずに「自由にやってほしい」とお願いしたら「わだすを支持してくれる人もいるしな!」と気合を入れてくれたはず。
今までの議論で「中川会長は自分の至らない点を理解している」と生徒に伝わったと思うし……会長が当選するための一方的な茶番じゃないかとツッコミを入れられるかもしれないけど。
栞子ちゃんは天然で褒めているのを菜々ちゃんが自分の問題点を把握しながら「問題だと思ってくれ」と考えつつ話している。
が、ほぼほぼ決着は付いた。
相手から一方的に褒められ、その言葉にも説得力があり、菜々ちゃんも「それはそうだけど自分には問題がある」と冷静な視野で反論している。
台本通りには行かずに感情が高ぶってる部分はあるにせよ、相手が困るのをいいことに一方的に痛いところをつくとかしない。
あれはいいほうの「しおりこ」も全部協力してるな。
自分に問題があると語る会長を「会長だけの責任ではない」「生徒会で乗り越えるべき問題」と、フォローしつつ論点をすり替えてる。
わだす口調の純粋な栞子ちゃんが論点を微妙にそらしつつ、会長を褒めるテクニックを多様できるとは思わない。
褒めようとするばかりに「ちょっとそれ違うんじゃない?」と聞いてて思う言葉をおそらくは発する。
「そうお考えでしょう……ですが、私には会長に向いていない理由があるのです」
何を考えたのか菜々ちゃんはメガネを外して、三つ編みをほどいた。
そしてスクールアイドル優木せつ菜のように力強く仁王立ち、完全にせつ菜モードでMCを始めそうな感じで。
「皆様に謝罪をしなければいけません……中川菜々は優木せつ菜を名乗ってスクールアイドルをやっていました!!! 一つの仕事に集中できない愚か者です! どちらも大切で、どちらも選ぶことができない人間です! そんな私が生徒会長に向いているでしょうか! いや! 向いていないと断言できるでしょう!!!!!」
ステージでパフォーマンスを披露する時みたいに右手を力強く上げて「ほら! 向いてないでしょう!」と言っているけど。
「せつ菜さん、わだすは考えるけんども、生徒会の仕事に集中しているだけでも達成が難しい仕事を、スクールアイドルの両立してやってるなんて、やっぱり生徒会長として向いてると思う」
「は? いやいや、皆さんそう思いませんよね? え? なんでみんな目をそらすんですか!?」
「さて次は生徒会副会長の……」
「ちょっと待ってください!!!!! いや、向いてないですよね!? 生徒に正体を偽ってスクールアイドルを!!!」
生徒会選挙はこうして終わった――中川さんは圧倒的大差で会長に当選し、元副会長の東雲ちゃんは「生徒会に立候補しておけばよかった!!」と嘆きの声をあげるも後の祭り。
なお、栞子ちゃんは生徒会アドバイザーとして末席に名を連ねることとなり、会長が栞子さんのためにと人数を増やした結果、優木せつ菜としての活動にも支障が少なくなって――これがもしかしたらハッピーエンドってやつなのかもしれない。
「何でですか! 全然ハッピーエンドじゃないですよ!」
はい、優木せつ菜さんはモノローグにツッコミを入れない!