アラサーの驚いた顔が見たいのなら、起き抜けに寝起きドッキリみたいなのしなくてもいいのに。
変なところがないか鏡に映った自分の顔を直視しつつ「寝起きなのに高校生みたいですよ」と言うので「寝癖とかついてるかしら?」と自分の顔の研鑽を深めた。
「安心してください、若々しいっていう意味ですよ?」
「おべっかしたって通用しないんだからね?」
とはいえ寮生から「ちゃん付け」で呼ばれている以上は、若々しいにメリットもデメリットも含まれるのは知っている。年下の女の子から見て、年相応に見えない女性ってことは、つまり能力が低そうの意思表示かもしれない。
それを若々しいと呼ばれて喜んでいるようでは情けない、年を重ねたならばそのぶん老成していなければ。
立派になったよねと周囲から褒められるような、立派な人になりたいと思う絢瀬絵里でした。
「でもどうしてこんなところに?」
「以前、果南ちゃんが絵里さんに大変失礼なことをしまして」
彼女とはクマの神様騒動の際に会った――神様曰く、口の中にねじ込まれたお菓子のせいで死にかけたそうだけれども、先日、ツバサと一緒に返り討ちにしてやったのでおそらく元気だ。
栞子ちゃんも「引きこもる元気はあるみたいですよ」と説明してくれたので――それ以上に理亞ちゃんにお菓子の感想を伝えるのが大変だった。
震えるほど美味しかったよと伝えたけれども「また食べていただきたいです」と殺害予告をされたので――どうやってお菓子の直撃を防げばいいかと思い悩んでいる。
だから記憶を振り返ってみても千歌ちゃんが語るような「失礼なこと」が思いつかない――首をかしげながら「何かあったっけ?」と言ってみると。
「ダイヤちゃん怒っていませんでした?」
「散々私の胸を揉んで帰ったけど」
「それは知っています――」
クマの神様に対して海未や凛は報復していたけれど、ダイヤちゃんはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、私の胸に執着し「後で亜里沙の口座にお金を振り込んでおきますわ」と語っていた。
どれくらい振り込まれたかはわからないけれど、後日妹から「貞操は大丈夫ですか、ダイヤに好き勝手されてませんか?」とメッセージが届いて「あなたの貞操は大丈夫か大丈夫じゃないか」と返信するかしないかで迷いに迷った。
つまりは、妹に誤解されてしまうほどの大金がわしわし預金に振り込まれたみたいで、彼女の結婚式にアテられれば、とさほど気にしてもいなかった。
なお、貞操を心配するメッセージは送らないで良かった――穂乃果を通じて雪穂ちゃんから「すっごいイチャイチャしているようですよ」と死刑宣告をされたから。
「果南ちゃん途中で車から降ろされたそうですよ」
「そんなに怒っている様子には見えなかったけど?」
やはり首をかしげる――千歌ちゃんも失礼なことを言った以上の情報をもたらされてないのか、それとも「私が失礼なことを言われたと認識しているかどうか確かめているのか」どちらとも取れないけど。
気になる発言としては「香典返し云々」だ――ダイヤちゃんの癇に障るとしたらそれくらいしかない。
「気に障る発言はされてないわ、冗談の範疇だろうし」
「思い当たる点はあるということですね」
果南ちゃんを庇ったつもりが、追い込む結果になってしまったよう。気にしていないとの枕詞は、千歌ちゃんには通用していないご様子。
明るいし礼儀正しい、周囲からの元気な子だよねと印象を与える女の子だけれども、その実、マナーに対しては非常に厳しい。
古くからの旅館の女将(見習い)も勤めているし、高名な方の接客もすることがあるとかで、少なくとも周囲から見受けられる、明るくて細かいことは気にしない女の子ではない。
「後学のために伺っておきたいんですけど」
隠そうとするな、言えと、言わんばかりに下から見上げる。
上目遣いなのに、一つも嬉しくない――上目遣いといえばラブコメじゃなかったのか、こんなのラブコメじゃない、雰囲気はまるで拷問。
「香典返しはいらないよ」
「そのシチュエーションは?」
「……」
追求を強めてきた――彼女自身も癇に障るものでないと判断したのか、後々の追求のために情状酌量の余地がないようにするためか。
心の中でにこやかに笑う果南ちゃんに土下座で謝りながら、事細かに内容を説明した。
千歌ちゃんは満足いったように頷き「場合によってはダイヤちゃんに、と考えていたんですけど」と――それはつまり、車で帰る途中に置き去りにしたのが、過度な報復だったと。
つまりはAqoursのリーダーの中で「果南ちゃんは車で置き去りにされても仕方ないほど失礼なことをした」と、判断されてしまったわけで。
「スクールアイドルの先輩を盾にするだけでも許せません」
「身から出た錆だし、結果的に私が呼びつけてしまったから」
「因果応報です、たとえ衝動が正義感によるものだとしても、人に対する悪意は報復を生むんです」
耳が痛い――栞子ちゃんを放っておいたやつに痛い目あわせようぜと、みんなに集合をかけたのは私も含まれるし。
果南ちゃんが悪いばかりじゃないのでと説得しようとしたけど、千歌ちゃんは「それはもういいですので」と聞く耳を持って頂けず――用事のついでと管理人の仕事の補佐をしている栞子ちゃんの顔を見に行き「こんなに素直な子を放っておいたのか」と、クマの神様に対してのヘイトが強まった――まあ、あいつはどうでもいいや。