栞子ちゃんの作る地元の料理は、凄絶な見た目を誇っており、周囲の学生が遠巻きに眺めているのが分かる。
「罰ゲームなのかな」「嫌がらせとかされてたりして」と言ってくれるのはありがたいんだけど、心配のされ方がどう考えても同学年。
私の知人がこの場面を眺めていたら「絢瀬絵里の棺桶を用意しなくちゃ」「葬式面倒」と「微妙に現実じみた反応をされる」
自分もわれ関せずの立場にいたら同じことを思いそうな感じの。
これが成長して社会に出た人間と、未来に向けての展望が覆されていない学生との違いなんだなって思った。
「めっちゃ張り切ってしまったとよ、神様から食材も送ってきてもらったし」
食材の入手先が謎だったけれど、いけすかない神が一枚噛んでいるようだ――おそらくアイツはほくそ笑みながら「美味しく召し上がって頂こう」とか、言っていたに違いない。
こんなしょうもない復讐の手段しか取れない奴が、本当に神様かどうかは疑問だけれども。
ちなみにエマちゃんには果林ちゃんを呼びに行ってもらっている――彼女の想定は「朝香果林と三船栞子は同じ地方の出身ではないか」と。
イメージし難い――栞子ちゃん自身も語っている通り、読者モデルを務め誰しもから憧れている果林ちゃんと、見た目は際立っているのに、他のすべてがイナカモノズな彼女とはまさしく月とすっぽん。
もちろんこの場で「同郷でしょう?」と指摘するつもりはない、彼女の反応でこちらが察するだけだ、もしも同じ出身だとすれば、二人っきりでの会話や秘密の交流で仲良くなってくれればいい。
そこに介入するつもりはない、エマちゃんも「みんなが仲良くしてくれるのが一番」と。
「では、いただきます」
手を合わせていろんな人への感謝を込めながら――もちろん励んで作ってくれた栞子ちゃんにも、お手伝いしてくれたエマちゃんにも、周りで「うわぁ」と言いながらも心配してくれているみんなにも。
最初のうちは「いただきます」と言っていたのは私を含めて一部だったのに、月日が経った今では「いただきます」を言わないと周りから注意をされる。
その仕様に一枚噛んでいるのが朝香果林ちゃんで、背筋を伸ばしていただきますと言い。
彼女のようになりたいと願う女の子が「いただきます」を言うようになり、女の子にいい目を見せたい男の子も言うようになったのは――まあ、悪いことではないので。
しかしとんでもないインパクトだ――昆虫料理と言うけれども、これから昆虫食するんだなって分かる――何の虫かはわからないけれど、道端で見たら「うわっ!」と驚くんだろうなって。
しかし何の罪もない昆虫を料理としていただく以上、見た目にどれほどインパクトがあるからと言って「チェンジ」と言ってしまえば、友情ノーチェンジを歌ったμ'sのメンバーとして情けない。
それにこの手の料理は受け入れられないと分かっている栞子ちゃんも固唾を呑んで見守っている――彼女ばかりは果林ちゃんが同郷だと信じていない、私とエマちゃんは十中八九そうだろうなとあたりをつけているのに。
それに――カリンという名前の同年代の男の子がいた――と栞子ちゃんは語っている――怪獣のような子だったと彼女は語り、エピソードを聞いていると朝香果林と結びつくものはとてもない。
ケド、だからこそ彼女は隠したがる――もちろん多くの人に知られずとも良い、仲の良いエマちゃんと――これから彼女にできるであろう仲間にさえ、弱点を含めて知ってもらえれば。
冷静になって考えてみれば「絢瀬絵里が昆虫料理を食べる必要はない」だって栞子ちゃんに「地元にはこういう料理がある」と言ってもらい、果林ちゃんの反応を伺えばよかったのだから。
脳内にいる星空凛が「アホ丸出しにゃ」と言っているのが聞こえる――後日に是非にもこのエピソードを知ってもらい、脳内ではなく直接私に向かって言って欲しい。
そうすれば私もアホであることを認識し、こんなアホみたいな行動をしないで済むかもしれない。
「……お、意外と言ってはなんだけど、これはおいしい」
箸を伸ばしてから口に入れるまで時間がかかったけれども、食べてみるとなんてことはない。
香ばしい感じや、風味や、味付けが、和のテイストを誇っていて――見た目のインパクトさえなんとかすれば、多くの人に親しみを込められる料理になるに違いない。
料理は見た目も含まれる以上、見た目のインパクトがかなりの問題を誇るけれども――それさえ乗り越えていただければ。
「絵里さん! 信じていたとよ! わだすの料理をきちんと食べてくれる人だって!」
「出されたものは頂くわ、よほどのものだと周囲が止めるけれど」
凛や理亞ちゃんが調理失敗したものでさえ美味しくいただこうとするので「それを食べてはなりません!」と聖良ちゃんに手を叩かれてしまったり、花陽にも「食べたら死んじゃうよ!」と頭を叩かれてしまったり。
後者は焦った結果の勢い余っての行為だったけど、私は内密にして墓場に持って行こうとしたのに、Printempsの両者にバレ「先輩を叩くのは何事か」と花陽はしこたま怒られたらしい――
ことりには叩くどころか蹴り飛ばされたこともあるので、人のことが全く言えないのではないかと。
「でも、こういう食べ方でいいの? 地元の人がする食べ方とか」
「ここまでお上品には食べねーなー、村の人はセミを手づかみで食べてそのままバリボリ行ったり」
カマキリかなんかみたいな食生活をしているんだろうか――でも、後日ネットで調べてみると「セミ」はわりと美味しいらしい、捕まえたものをすぐに口に入れるのは衛生面で問題があるそうだけど。
――と、ここで解説を受けながら栞子ちゃんの料理を食べていると、エマちゃんが果林ちゃんを伴って戻ってきた。
逃げないように手を握っているけれども、かなり強い力が入っているのか、果林ちゃんが泣きそうになっているのが気になる。
ここまでそれなりに時間が経過したけど、やってくるまでにかかったということは、抵抗はかなりしたんだろうな。
「わだす、一生懸命作ったから、是非にも果林さんに食べてほしいんだけんども」
もちろんこの場で食べていただく必要はない――あくまで栞子ちゃんには近くに来たから誘いをかけたにすぎない。
果林ちゃんが断る姿勢を見せれば、エマちゃんが「だったら私がいただくよう」と言って、料理は私たちの胃袋に収まることになる。
が、勢い余って栞子ちゃんが「是非にも」「一生懸命作った」と断りづらい枕詞をつけてしまった――果林ちゃんが断るハードルが高くなってしまった。
エマちゃんが手の力を緩めて彼女がいつでも逃げられる姿勢をとったけれども――果林ちゃんはプルプルと震えながら留まり。
なんだろうか感情が読めない――怒っている風にも思えない。
「これは――あなたの地元の食材を使っているの?」
「味付けに使ったのも全部地元のものを使っているとよ、わだすのおばばに調味料も分けてもらって、料理の腕は劣ってしまうけんども」
劣ると言うけれども、食べ始めるまでに敷居が高かったとはいえ、口に入れてしまえばあまりの美味しさに「おかわり」と言ってしまいたくなるほど美味。
「せっかく作って頂いたんだもの、食べなければ仕方がないものよね」
食べなければ仕方がないと言いつつ、私の隣に陣取り、これはすべて自分のものだと言わんばかりに料理と正対する。
そして何度となく「仕方がないんだものね」と仕方がなさそうな態度で「遠慮なく」箸をつけ、周囲の子達からも戸惑いの声が上がっている。
――おそらく果林ちゃんには、目の前の料理しか見えていない。
普段節制することが多いせいで、タガが外れると食べてしまいがちなんだろうか。
ほぼ全てを自身で完食し、思い出したように「エマも食べる?」と告げ、彼女が戸惑う態度を示しながら「果林ちゃんが全部食べていいんだよ」と言い――寮生から「朝香果林ご乱心事件」と呼ばれるモノは幕を閉じた。
時間経過で果林ちゃんも冷静になったか「読者モデルの先輩からこの手の料理がいいと聞いていたから」と周囲に吹聴し、生徒のみんなも「ですよね!」と同調し昆虫食ブームが起き、栞子ちゃんが嬉しい悲鳴をあげたのは言うまでもない。