「練習は厳しいものにしなければいけないわ」と、真剣な面持ちをしたツバサに言われて背筋を伸ばす。
そうすれば不思議と彼女が年下の子どものように思え、上目遣いをされれば、お願いことを何でも聞かなければなという気分にもなる。
かといって何でもホイホイ願い事を叶えていれば、アラジンに出てくるランプの魔人だって「もうそれ以上は願い事を叶えられません」と職場放棄をするほどの願い事が彼女の口から発せられ、魔人でもなんでもない私は、悲鳴を上げるしか取り柄がなくなろうか。
「何か失礼なことを考えなかった?」と睨みつけられたので、居住まいを正しつつ「あなたの可愛さに虜になっていたわ」と、白々しいおべっかを言い、殴られるかと思ったら「おかしいわね? 虜にできるほど魅力があるつもりはなかったけど」なんて言いつつ、頬を染めてみせる。
見事な演技だと思う、これだとどうしたってかまいたくなってしまう。
優木せつ菜さんがスクールアイドルとして危機を迎えているけど、ご両親を納得させるためのハードルは私が思ったよりも高い様子で。
それを乗り越えるためには厳しい練習を課さなければいけないよと、彼女が提言しているのだ。
茶化すような真似をして申し訳ない、反省するので今度は胸ぐらのひとつも掴みあげてほしい。
家政婦は見たの女優さんみたいな感じで、ランジュちゃんと栞子ちゃんが私達の事を興味深そうに眺めていた、何かを誤解しているのであろうか、どうぞ私達は気にせず続けてくださいと言ってくれたけれども。
あなたたちを伴っての話し合いでも、別に何か問題があるわけじゃない、言いたいことがあるのならば積極的に提案してほしい。
「やっぱり、せつ菜さんが許されるものじゃないと」
どれほど同好会で高いパフォーマンスをしたところで、せつ菜ちゃん自身が許されるものでないといけない。
彼女の人気や能力を持ってすれば容易かと思いきや、理解をさせるためのハードルは私の想定以上に高いご様子。
話し合いに加わることにはゴネたツバサも、その点には納得して「良い提案をしてくれるわね、この金髪ポニーテールでも爪のアカ一つも舐めさせてあげて」と、何か含むところがあるのか、私への嫌味も忘れることがない。
「部のパフォーマンスの向上は頭打ちになっているから、私もあなた達の練習を観に」
と、発言の途中で私の前に現れる一つの影。
小柄なツバサよりもさらに背が低く、高校一年生の二人よりもさらに年下に見えてしまう外見。
そんなことを口にすれば「チビってことですか」と、胸ぐらの一つや二つは掴みあげられるのを覚悟しなければいけない。
それで彼女のストレス解消の道具になるのなら、喜んで胸を突き出すつもりではある。
「ご安心下さい先輩、先輩の意思は後輩である私が実行いたしますので、先輩にご足労いただく必要はありません」
何度も繰り返し先輩を強調するけれども、私の記憶では鹿角姉妹はA-RISEを推していたはず。
理事長も「みんなと仲良く過ごすのよ」と理亞ちゃんに声をかけていたけど、彼女はにんまりと笑いながら「絵里さんにはお世話になっていますから」と強調していた。
A-RISEを推していたから、ツバサと仲良くするつもりだとみんなから思われているのだ。
と、私は独り合点し、どうぞよろしくお願いしますと声をかけた。理事長は私の発言を聞いて「本当に大丈夫なの絵里ちゃん」と告げたけれども「理亞ちゃんはみんなと仲良くできる子です」
実際にAqoursのメンバーとも、μ'sのメンバーとも仲良く付き合っていた。
真姫とはかなり濃いオタクトークをしていたし、凛ともなかなか手料理を食べてもらえないという話で盛り上がってきた。
それは自分の料理の技術に問題があるのだと、聞いていた聖良ちゃんも花陽も言いたげだったけれども、二人が楽しそうにしているから「あなたがメシマズだから人に料理を食べてもらえないのです」って、すごく言いたげではあったけれども口には出なかったから……。
そんな経験もあり、理亞ちゃんはツバサと仲良く過ごすんだろうなぁと、期待をしていた。
期待というかほぼほぼ想定であり、寮の案内をする間に「是非にもここでいい経験をしていってね」と声をかけたほどだ。
年下の学生からも学ぶところはいくらでもある。
むしろ私なんぞから学ぶ点の方が少ないかもしれない。
ただ、A-RISEとして常に最前線でステージに立っていたツバサからは、何かと得るものがあるに違いなく。
燃え尽きてしまったステージへの情熱も、再び熱を帯びるかもしれない。
聖良ちゃんともそんな話し合いをしていた。
仕事の内容までは教えてくれなかったけれども、妹のためにステージに立とうと思っていますからと。
仕事が軌道に乗るまでは秘密の話なのだ。
が、ツバサと顔を合わせた瞬間、理亞ちゃんは私の腕に抱きつくようにしながら「絵里さんには昔からとてもお世話になっていまして」と、見とれてしまうような笑顔で言ってのけた。
ツバサが握手をしようと手を伸ばしていたんだろう、その動きが見事に止まり「昔からとても世話になっていた?」と、首を傾げてみせた。
「悪いけれど彼女とは、現役のスクールアイドルの時代からの付き合いなんだけれども」
と、自分の方が昔から付き合いがあったと強調する。
もちろんこれは、勝負事を挑まれればどんなことでも叩き潰すトップランカーとしての矜持であるに違いなく。
ただ、理亞ちゃんだってツバサのそんな性格は分かっているだろうし、推しているんだから「自分の方が」みたいな話をすれば、論争になるとわかっているはずなのにどうして……。
「先輩と一緒のベッドで寝たことは一度や二度ではありません」
理亞ちゃんの発言に周囲からは「やっぱり」「異性の恋人はいなかったけど」と声が上がったけれども「やっぱりってどういうこと?」
異性の恋人がいなかったからつまりはそういうことだと勘違いされてるってこと? 理亞ちゃんを振りほどいて真剣に否定したかったけれども、腕に抱きついている彼女はそれに感づき、腕を絞め殺す気なんじゃないかなってほどの力を発揮。
骨が軋む音が聞こえるようだった。
「寝る前に優しい言葉をかけていただいたのも一度や二度ではありません」
「やっぱり」「部屋に鍵をかけておかなきゃ」と学生たちにとんでもない風評被害が及んでいる。
果林ちゃんは一人「異性の経験豊富だけってわけじゃないのね」と間の抜けたことを言っていたけれども、どうかそのままでいて欲しい。
「汚らわしいから近づくんじゃない」と見下されるように言われたら、私の豆腐メンタルはあっけなく崩壊する。
ツバサはエマちゃんに「廃棄する予定のフライパンとかない?」と声をかけ、声をかけられた後輩は「あるからちょっと持ってくるね」と、少しだけ緊張した面持ちで、何とかして一般ゴミで処理できないかと考えていたフライパンを持ってきた。
よもやそれで私の頭をぶん殴るつもりではあるまい。
私は廃棄されるフライパンで殴られるつもりはない、かといってFF4に登場する格闘家のように、愛のフライパンで殴られるつもりもない。
長い間昏倒をしているわけでもない、むしろ彼女に全力でフライパンで殴られれば永眠する可能性だってある。
「ゲームで愛のフライパンで殴られて目を覚ました人がいたから」と、トップアイドルが言えば「それは仕方がない」と裁判官だって言うかもしれない。
もしも裁判官がA-RISEを推していればその可能性もある、人間は感情で生きる生き物だ、できるだけ法律を遵守し、感情を排斥してと言っても機械ではないから無理がある。
「あなたもこうなりたいのかしら?」
理亞ちゃんに向かってフライパンを掲げ、何をするのかと思いきや、格闘家のパフォーマンスみたいに、金属製のフライパンが粘土みたく曲がっていく。
周囲からどよめきが上がるけれども、エマちゃんは「すごい力持ちなんだねぇ」と語っていた。
どうかそのままのあなたでいて欲しい「女の子がフライパンを曲げるなんておかしいよ」と低音ボイスで言われてしまえば、ツバサも正気に戻って死にたくなるに違いないし。
「そんなゴリラみたいな力を持っているから、寝る前に優しい言葉をかけていただけなかったんですね」
なんとここで相手に向かって同情するような視線を向けた。
馬鹿と言われて怒っている相手に「お前が馬鹿だから馬鹿って言われるんだよ」と、言いたげな感じで見下すような同情の姿勢を見せれば、どんな聖人君子だって「やろうぶっころしてやる」と怒り狂うに違いない。
この二人の間に挟まれている私は「ダレカタスケテー」と花陽になりきって助けを求めたかったけれど。
と、「まーちゃん!」と栞子ちゃんが言い、私の危機に乗じてクマの神様がやってきたのがわかった。
今もなお私に対して復讐の機会をうかがっており、この時も敏感に危機を感じ取ったんだろう。
最初は驚かれた外見も「プーさんだ」「ミスタープーだ」と最近では、むしろユーモラスでは? みたいな扱いになっている。
学生の順応性ってすごいなって思った記憶がある。
「まーちゃん! 何をしてるとよ! 何もないのにここに来ちゃだめだって前も言ったよ!」
「この金髪がダレカタスケテと言ったからな、追撃をする良い機会だと思って」
最低にも程がある。
仮にも神様のつもりなら、追撃ではなく初撃で私を沈めてほしいものだ、そうすれば彼女たちだって喧嘩を止めるに違いないし。
や、どちらかか、両方が神殺しってあだ名で呼ばれるオチになるけど。
「絵里さん……何ですかこいつは」
「私に蹴り飛ばされたことを逆恨みして、今もなお復讐の機会を伺っている神様よ」
「……本当なんですか? ツバサさん」
「残念ながら本当なのよ」
理亞ちゃんはツバサに、ツバサは理亞ちゃんに色々を含む気持ちはあったようだけれど。
「絵里さんに危害を加えるというのならば、黙っていてはいけませんね」
「奇遇ね、身の程を思い知らせてあげましょう?」
「クハハハ! 小娘二人が何をするつもりか!」
喧嘩するなら外でやってと、私が言い、クマの神様も「確かにここにいては栞子が危険だ」と理解のあることを言う。
外から聞こえてくる「あっ! ちょ! やめ!」「ぎぃやぁぁぁぁ!!」等の悲鳴を聞かなかったことにした。
――そして鹿角理亞、綺羅ツバサ双方は未だに仲が悪い、どうにかこうにかして仲良くして欲しいものである。
ダレカタスケテー(魔法の呪文)
「クハハハ!(以下省略