嫌味に言うのを意識したわけではないけれども、しずくちゃんからアドバイスを求められて「あんまり有名な声優じゃないけれど」と言ってしまう。
絵里に聞かれたら「年下の子に私相手みたいなマウント取らないの」と窘められるに違いない。
しずくちゃんが謝罪をする前に手で制して「今のは私が悪かったわ」と微笑んで見せる。
微笑とか、ニッコリ笑顔とか、苦手だけれども、私が悪いことをしたのだから仕方ない。
「せつ菜さんから、自分の好きなアニメの主演をされた方ですよ! とすごく怒られてしまいました」
年下の後輩ちゃんは恥ずかしそうに目を伏しながら、私にとっての新情報を暴露する――サインを求められた覚えもなければ、そのアニメについて尋ねられたわけでもなく。
どうやら、ファンはファンとして一定の距離を保つべきと考えているらしく、そんなことをおくびにも出さないように我慢していたとしたら、名台詞の一つも言っても構わない。
それに、彼女は自分たちのトレーニングにも弱音を吐くこともなく付いてきた。
正直音を上げるかなって考えていたのに、指折りの知名度を誇るスクールアイドルは意識の高さだけではなく、熱量の大きさ、そして、絵里やツバサさんが好きな根性も持ち合わせている。
が、そこが理亞ちゃんの評価が芳しくない点で、スクールアイドルはスマートに努力を見せないのがベストだとしている。
聖良ちゃんもそうだけれど、人並み外れた努力をさらけ出さないのが格好いいみたいなとこがある。
そこらへんは各人の考え方だから、こうあるべきなんて言わないけれども、努力の氷山の一角くらいは露出しても良いんじゃない? と私なんかは思うし。
「主演をされるとは、どれくらいすごいことなんでしょうか?」
「たしかに、実際に勝ち取ってみないと分かりづらいわね」
せつ菜ちゃんもすごい倍率を勝ち取ったとか、すごく評価されているとか、聞きたいのはそこじゃないのに的なフォローをしてくれたようで、すごいと言われるのはこそばゆいけれども。
「私は養成所に通わないで、なんとなーくオーディションに行って、なんとなーく受かって、そこでデビューしたわ。当時の演技は見たくないくらい酷いけれど」
とんでもない数の酷評されたし、内部でも顔でオーディションに受かったと陰口を叩かれたし。
それに――主演の男性声優さんや、何十年も活躍されるベテランの演技を見た時「うわっ! とんでもないトコに来ちゃった!」と頭を抱えた。
正直逃げ出したかったけれども、逃げ出すことなんてできなくて、言われるがまま一生懸命演技をして。
「もう声優として呼ばれることはないだろうなって思ったわ」
「……どうして続けようと?」
「後ろを振り返ったらね、道がなかったのよ」
大学に通いながらコスプレをして、そこから声優デビューをして、自分の実力を思い知り「あ、やばいぞ」と思ったら、周囲には就職活動で死ぬ気になってる同窓生、タレントとして下積みを始めていた凛、死ぬ気でやっているのに就職できる気配のない花陽。
今から就職活動をするって考えたときには、周囲には何周遅れ扱いされていると気づく。
自分が後ろも振り返らずに全身全霊に突っ走ってきたと気がついたときには、後ろの道は引き返すことができないほどにボロボロになっていた。
「前に進むしか無い、でも、知識も経験もない、学ぶしか無かった――ほら、絵里がモノマネがうまかったでしょう? 彼女には何のメリットもないのに、もう自分は声優として食べていくしか道がないのって泣きついたら、分かった、一緒に頑張りましょう! って」
彼女と勉強し始めてメキメキと上達した……んなら格好いいけれども、きっかけはとある同人ゲームの出演だった。
絵里にはナイショにして欲しいと言われてるからアレだけども、彼女の嫁のヒナちゃんが同人サークルを制作しており、運良くそこにキャストとして充てがわれた。
そこでキャスティングで一緒になり、演技指導を頂いたのが今もなお頭が上がらない及川さんで、声優としてキャスティングがされない時期には成人向けゲームの仕事も紹介していただいた。
「せつ菜ちゃんが観たってアニメは、血反吐を吐くような努力をしてオーディションを勝ち取ったものじゃないけど」
「え?」
もちろん、とんでもない倍率のオーディションを勝ち取って、ようやくキャスティングされた作品もあるけれども、彼女が評価してくれたアニメはこの人がいいですっていう指名だった。
同人ゲームでキャスティングされてたけど、名義も変えていたし、及川さんに課せられたトレーニングは一言で言えば地獄だった。
「プロに追いつこうとしてんだから当たり前でしょ!」が口癖で「後ろに道なんか無いわよ! 諦めたら死ぬわよ!」と嘆きそうなときには怒られた。
それでもそんなトレーニングに諦めずについていけたのは、すっかりニートが板についてて「暇だから」と言った絵里が付き合ってくれたから、べつに彼女は声優になるってわけでもなく、オーディションに行くわけでもなく、そしてキャスティングもされることもなく。
何のメリットがあるわけでもないのに「暇だからね」となにかを言われれば答えた絵里がいたから。
ことりに「なんで絵里ちゃんにベタぼれなの」と、自身を棚に上げつつ言われたときには「かれこれこういう理由で」と説明し「ああ、一時連絡が取れなくなってたのはそれで……」と納得していただいた。
「どうして……指名を? 同人ゲームってので評判が良かったからですか?」
「や、声優デビューのときにね、私は新人の中で一人頭を抱えていたの、演技をするってなれば、スタッフさんに、ああいうふうに演技をするにはどうしたら良いですかって頭を下げて回ったわ、居残ったし、教えてもいただいた、活用する能力がないから、演技は酷評されたわ、当たり前よね」
いまは「こうすればいいんだな」ってことも「こうすればうまくいく」って知識がなくて宝の持ち腐れだった、正直、よくオーディションに受かったものだなと、今となっては考える。
「キャスティングされた人の中にね及川さんの旦那さんがいて、いい人がいないなら、あの子がいいんじゃないって言ってくれたのよ」
もちろんそこで落第点の演技をすれば、二度と声優として呼ばれないって分かってたし、及川さんも及川さんで「端役だから」と笑いながら言うので「端役にしろ全身全霊を尽くすだけ」と応え、実際にスタッフさんの前で演技し終えたときにようやく「え? 主役なんですか?」と素っ頓狂な事を言ってしまったほどで。
それから、オーディションにも呼ばれるようになり、勝ち取ることもあれば、指名をいただくこともあった、そして名が売れてからしばらく、後輩に追い抜かれて現在に至る。
「……どうして、主演の指名を頂けたんですか?」
「新人の頃、みっともなく頭を下げて回って、演技指導を受けたっていったでしょう?」
私のために付き合ってくれたベテランさんが、及川さんの旦那さんの親友で「彼女は謙虚で素直だから努力すれば伸びるよ」と言ってくれたらしく、選考が難航してたときに、ちょうど嫁にスパルタ指導を受けてた私のことを思い出す。
「まさか受かるとは」と彼も言ったし、及川さんも「オーディションに落ちたら指導を加えるつもりだった」と落選を予想していたけれども、原作者の先生が「この子の声は同人で聞いたけど、イメージに合ってる」との鶴の一声があり、では、彼女で行こうと。
「運が良かったのよ、努力の結果じゃないわ。私がせつ菜ちゃんにすごいと言われる要素があれば、運でしょうね」
「……どうして?」
「だって、周りには自分と同じくらい努力している人がいて、懸命に頑張っている人がいて、じゃあ何が良かったんだって言ったら、もう、運しかないのよ」
笑うしかない――よく努力が実ったと言われるけれども、んなものは誰しもしているので、恥も外聞もなく頭を下げて回り、周囲の人に助けてもらった結果。
自分が何をやったかと言われれば、運を使ったくらいしかない。
元々は、絵里の嫁が同人ゲーム作ってて、ゲームのスタッフに及川さんって指導のプロがいた。
ダメだった私はお願いします助けてくださいと頭を下げて、血反吐を吐くようなスパルタ指導を受け、一人じゃ乗り越えられないくらい辛いトレーニングには絵里が付き合ってくれた。
この経緯から、自分ひとりの努力でなんとかなったとか胸を張っていたらバチが当たって地獄行き間違いなし。
「じゃあ……運を……あ、いや、そんなこと」
「自分をさらけ出すことよ」
「え?」
「自分をごまかしていたら、ダメ。弱い部分を、自分の嫌な部分を積極的にさらけ出すの、観たくもない自分自身をさらけ出すのよ」
「……ど、どうして」
「そんな自分をさらけ出すとね、この子がそこまでやったんだからって、思わず勘違いして、自分を助けてくれるお人好しがいるのよ、その人のことを生涯愛してしまうと誓ってしまうような、ね」
とても残念なことに好感度では上に何名かいる様子。
諦めるつもりは毛頭ないけれども、そろそろ孫をと父からも言われている。
あなたはそろそろ子どもを作るのをやめなさいと返答するのが約束になってるけど。
「その運は、スクールアイドルとしてパフォーマンスを見てもらう力かもしれない、演劇部で役に受かる力かもしれない……ただ一つ言えるのは、何かを隠して、ごまかしている人は信用されないの、恥ずかしいかもしれないけれども、本当のあなたを観てもらえるようになると良いわね」
なんていうか、アドバイスになってないアドバイスだな、と、演技を上達する方法はと問われて、今まで長々と語ってきたけれども、自身のできる努力では頭打ちだから、助けてもらえる誰かを頼れ、頼る誰かを見つけるためには自身をさらけ出せ、と。
うん、絵里かツバサさんに潔く殴られてしまおう、アドバイスに失敗したのでどうぞ殴ってと言ったら、軽くでも本気でも応じてくれると思う。
「今の私は……何かをごまかしていますか?」
「ええ、まるで仮面をかぶっているかのよう、内面を覆い隠して、優等生を演じている、それが友人たちから観て、ベストの桜坂しずくなんだと勘違いしている」
演技の上達とはまるで関係のない方向になっている――煙に巻きやがってと思っているかと思いきや、尊敬の念が増したような……ああ、これが絵里が思わぬ方向で尊敬されて困る気持ちなのか。
もしかして嫌味なのかなって思ってたけど、ああ、この背筋がこそばゆく感じる感覚……たしかに困る、自分の意図通りに向かうのが人生かって言えばそうじゃないけれども。
「友達から……本当の私を見せて嫌われたり」
「友達を疑ってはいけないわ、そして、そんなことで嫌うような友達は本当の友達ではないの、切り捨てて構わないわ……私の見る限り、この合宿に参加しているみんなはそんなことをしない」
疑念を持つ気持ちはわかる、でも、疑っていては友達に信頼してもらえない、誰かから信頼してもらえるはずもない。
だから自分から気持ちをさらけ出さないといけない、本当の気持ちを隠さないようにしないといけない。
包み隠さず本音を吐露せよってわけじゃない、そこはちゃんと空気を読んで必要な分を取捨選択する……まあ、大人でもできてる人は少ないし、それを私ができてるかって言っても首を傾げるけど。
「分かりました……まだ、踏ん切りはつきませんが、真姫さんのように努力してみます!」
「え、ええ……模範となれるかどうかは分からないけれども」
そして合宿所にいる最中、何をするにもカルガモのようについてきて、絵里に「確かに模範にしてもいいと思うけれども」と苦笑いしていた。
「西木野真姫が名義を変更して出演しているゲーム」からも学ばないでほしいなと、もう、絵里の顔に書いてあるし、ツバサさんからも「何から何までではダメよ、取捨選択しなさい」と「成人向けゲームには行き当たってもスルー」を進言され、理亞ちゃんには「行き当たりそうな人には賄賂を送っておきました」と彼女の得意のイラストを提供したと教えてもらった。
けども、そんな我々の努力もお嬢様の好奇心にはまるで通用せず、案の定「さらけ出すとはこういうことでは?」と勘違いした桜坂しずく嬢が下ネタをふんだんに使ったトークをするまで長い時間はかからなかった。