綺羅雪菜クンが「優木あんじゅさんに憧れるならば、自身も優木雪菜と名乗るべきです」と言い、音の響きだと「優木せつ菜」そのままだけども、姿は優木せつ菜から大いに離れた。
以前から綺羅雪菜さんがステージに立つと中川菜々がステージに立っていると勘違いされ、生徒会長さんは二足のわらじを履いていると、生徒たちからは話題になっていた。
もちろん生徒会長さんは優木せつ菜であるので、二足のわらじは履いているのだけれども、生徒間では「優木せつ菜=中川菜々」はバレてない(謎過ぎる)ので、中川菜々がスクールアイドルをやってるとの評判は彼女にとって困ったものになるようで。
そして、中川菜々がスクールアイドルをやっている事がバレたのも、元々が綺羅雪菜として中川菜々がステージに立っているとの誤解を確かめんとしたときに、中川菜々=優木せつ菜がバレたという経緯がある。
なぜ優木せつ菜=中川菜々が中川家の皆様にバレていなかったのに、ある日突然にバレてしまったのか経緯が謎だったけれども。
「絵里さん……あんじゅさんに似てますか?」
モノローグを中断し、目の前にいる男性を見やる――男性だと意識しておかないと、眼前のそのヒトは完全に女性にしか見えない。
今まで胸元に詰物をした経験はなかったそうだけど「絵里さんが言うので」と優木あんじゅ化に邁進したときには、ツバサから何度もトゥーキックを脛に受けたものだ。
が、絢瀬絵里の脛の尊い犠牲を経て、少々小柄ではあるけれども、優木あんじゅのそっくりさんは無事に完成され、本人と比べてみようとあんじゅ自身を呼びつけた(断じて私ではない)時には「絵里に呼ばれてきたけど、良いものを観た」と笑いながら言った。
繰り返すけれども、ツバサが「絵里が呼んでるから来て」というのを彼女が了承したので。
みんながやたらと絢瀬絵里は優木あんじゅを呼びつけられる人材扱いするけれども。
高校時代のあんじゅを模しているため、現在の彼女とは違うけれども、何も知らない生徒から「A-RISEの優木あんじゅさんも高校時代から姿が変わってない」と妖怪みたいな扱いをされている。
このエピソードには続きがあって「優木あんじゅさんも?」と私が首を傾げ、「も」とはなんだ、他に何年も前から姿かたちが変わってない妖怪みたいなやつがいるみたいじゃないか。
と、ツバサを見ながら言い「あ、ツバサのことか!」と言ったら、彼女がエマちゃんの声マネをしながら「絵里ちゃん……本気じゃないよね?」と言って、死ぬほど似てないのに末恐ろしい部分だけは激似で、背筋が凍るかと思った。
最近背筋が良いと褒められるのは、このときの経験が糧になっており、何も緊張感を持って選抜したから胸を張っている訳ではない。
「安心してちょうだい、今のあなたはドコからどう見ても優木あんじゅよ」
「過去にツバサ姉はスクールアイドルは憧れを体現するものだと言われました、まさにこれが私のあこがれの姿です!」
果たしてそれが全スクールアイドルが抱く、憧れに向けて努力する姿かと言われれば首を傾げるほかない。
だけれども、憧れに向けて必死こいた結果、スクールアイドル部での彼の立場は「センターに立っても問題ない実力」になり。
彼の才能を目覚めさせたとして私の評価が上がったけれども、そこでようやく「提案は西木野真姫」と言い、一時的に上がった評価は波が引くようにもとに戻った。
――さて、前置きはともかくとして、私は緊張で柱に向かって話しかけている少女のもとへ赴く。
「どうしたの? 幽霊でもいる? 友達なら紹介して」
そこではじめて緊張のあまりトンデモ行動をしていると気がついたみたい。重い雰囲気を携えた彼女は、栞子ちゃん、ミアちゃんの両者も話しかけるのが憚れるほどで。
優木雪菜さん(笑)の会話が途中で切り上げられたのも、エマちゃんの応援をするために両手にブレード持ってる部外者のお姉さん(読者モデル)と、本日はお手伝いでステージには立たない近江彼方さんに、ズルズルと引きずられていったからで。
「……観客がいるステージに立つの、はじめてだから」
PVや同好会や部のメンバーが居る状況以外でパフォーマンスをするのははじめて、しかもトップバッターとして会場が温まってない状況。
多少、緊張はするであろうことは予測できたけど、ステージに立つことに恐怖を覚えるほど固まってしまうとは。
理事長も観客席でのんべんだらりと見守る予定が、娘の緊急事態だと察し、舞台裏まですっ飛んできたはいいものの。
アドバイスをすることすら出来ずに、星飛雄馬のお姉ちゃん化してしまっている、手伝わないのなら退場して頂きたい。
「誰にでもはじめてはあるものよ、そこを避けていたら、永遠に前に進むことはない」
周囲から「異性と付き合ったことのない人がなんか言ってる」「はじめてを経験したこと無いのに偉そう」「だからちょっと前までニートしてたんだ」とヤジを飛ばされるけれども、ランジュちゃんはニコリともしてくれない。
私がディスられて終わってしまって、ヤジを飛ばした面々もバツが悪そうである。
「上手くいかなかったらどうしよう、受けなかったらどうしよう……そんな気持ちがある、でも、一番怖いのは、アタシが日本のヒトじゃないから受けなかったらって」
エマちゃんがビクリと震えた、正直な話、私も背中がむず痒くなった。
差別意識だとか、同調圧力とか、同じ国ではないから色眼鏡で見るヒトはいる、それこそ日本じゃなくったって。
ランジュちゃんにとって、受けなかった理由で一番イヤなもので、一番に思い当たる点がそこだったに違いなく、その可能性はやってみなければわからない産物でも、怖いものは怖いのだ。
「怖いものは、乗り越えるしか無い」
「え?」
「怯えていて、縮こまっていて、何もせずにいたら、恐怖は一生自分自身につきまとう……そんな事はわかってるわよね」
人から受ける悪意を乗り越えた経験も、乗り越えられなかった経験も、人にはあると思うし、これからも自分にも、ランジュちゃんにも訪れると思う。
悪意との戦いは、それこそ全知全能の神にでもならない限りは、誰にとっても避けることのできないものだ。
「ランジュちゃんは、どうやって乗り越えた?」
「……勉強もした、嫌なことも我慢した」
「それでは、ステージでの悪意は乗り越えることができないわね」
彼女だって、今までどうやって乗り越えてきたか、を、ステージに活用しようとしたけれど、未経験のモノを乗り越えられると自信を持つには足りないご様子。
かと言ってココらへんのことは、誰かからのアドバイスだけでは足りない。自信を持たなければ、どれほど有益なアドバイスをしたところで意味など無い。
まあ、私が有益なアドバイスができるかって言うと、そうではない。私がアドバイスをして、もし問題が解決したのならば、自分の有益なアドバイスではなく、アドバイスを聞いた人間が有能だったまで。
「絵里さんは、すっごいアウェーのステージに立ったことがあります?」
「無い」
正確に言えば、個人では、ない。
「でも、向かってくる敵を殴り飛ばして、蹴り飛ばして、全員ぶっ飛ばして縛りつけてやったことならある」
この場でそのイベントを体験したことがあるのが、綺羅ツバサだけだから、興味のある面々は詳しい経緯を彼女に聞いて頂きたい。
内容を端折って、わかりやすく説明する能力をちゃんと持ち合わせているから、無視していただいても構わないけど。
「ぶっ飛ばしてやらなかったら、自分自身も、守るべきものも、恐怖に押しつぶされるところだった。悪意を持って向かってくる相手は、怖くたって、嫌だって、全身全霊で叩き潰すしか無いのよ」
とはいえ、ここはステージなので、悪意を持つ観客をひとりひとり叩き潰していては、パフォーマンスの続行もままならないし、何よりスクールアイドルが拳で問題を解決するわけにもいかない。
「ステージの上で……支配しちゃいなさい」
「え?」
「観客の心を支配しちゃうの、鐘嵐珠に全部を委ねちゃうような……圧倒的なパフォーマンスでね」
力づくでなんとかする――喋るゴリラみたいな解決方法だけども、ランジュちゃんがこの危機を乗り越えるためには、ゴリラだろうがなんだろうが、悪意をワンパンでぶっ飛ばしてくれないと。
「……絵里さん、観てて」
有益ではないアドバイスだけども、ランジュちゃんはちゃんと目に輝きを取り戻した。
胸に情熱を抱きしめていて、その重さから凹んでしまうところもあるけれども。
「スクールアイドル同好会 鐘嵐珠――今日は、アタシを見上げるみんなのために、アタシが努力してきたことをたくさん語る予定でした」
「でも――アイドルのステージに言葉なんていらない――」
「この中に、アタシのことが好きな人も、嫌いな人もいると思う、どちらでも構わないわ、アタシ、結構心は広いつもりなの」
「すべての人の心を、ランジュってすげー、で支配してあげる――」
「そう、あなたの心を、思考を、視界を、全部が全部、アタシで満たしてあげるから!」
発破をかけて危機を乗り越えさせたは良いけれども、覚醒しすぎて優木せつ菜のステージに影を落としてしまっては……。
ケド、どのみち始まってしまったものは乗り越えてくれることを願うしかない。
恨みがましい目を多方面から向けられてしまったけれども、ステージから戻ってきたランジュちゃんに、栞子ちゃんやミアちゃんが全速力で駆けて抱きしめ、先程までとは打って変わっての表情を観「絢瀬絵里を晒し上げてウサを晴らそうぜ」と息巻くメンバーがいなかったのは助かった。
や、安心してたら肩を叩かれたので、ビクッとしたのはね、タイミングが悪かったってことで許して欲しい。
「娘に、友達と、熱意を向けて一生懸命になれるもの、2つのものが見つかってよかったわ」
「……まあ、それさえあれば、人生なんとかなりますからね」
「それは、親が与えられるもんじゃないから……コレで、本業に集中できる」
今までだって理事長職に従事してきたけれども、ココからは必要以上に顔を出さないということか。
「娘をよろしくね……あ、でも、娘のステージがあるときは教えて、エルオーブイイーランジュ! って叫ばないといけないから」
やめていただきたい、ステージ下でヲタ芸をしながら娘を応援する理事長はヤバイ、不祥事になりかねない。
トップバッターがボルテージを最高潮まで引き上げたステージは、途中、優木雪菜さん(笑)がステージの真ん中ですっ転び衣装が破けて下着が露出するという珍(チン)事があったけれども。
姉がすっ飛んでいって、彼をお姫様抱っこで救出して事なきを得た、得ていると思う。
そして最後にステージに立った優木せつ菜(本物)が、本日一番のステージを披露し――観客の皆様のアンコールに応えて、もう一度楽曲を歌いきった後に。
「私は今日、沢山の人の力を借りてステージに立っていると自覚しました! ファンの皆様だけではなく、裏方の皆様、学園の生徒の皆様……支えてくれる人たちがいなければ、ステージに立てないと……そして何より、私を今まで育ててくれた家族……応援はしてくれないかもしれません、不出来だと怒られるかもしれません……でも、もっと前から、言わなければいけませんでした!!! 私を支えてくれる方々本当にありがとう! あなた達がいるから! 私は私の大好きを叫ぶことができます!!! 本当にありがとうございます!」
あれは卑怯だ、といつの間にかとなりに陣取っていたツバサが言い、あれで納得してくれなかったら、殴ってでも納得させなきゃ――
こうして優木せつ菜は親バレからの引退危機を乗り越え、生徒会長との二重生活をしながら現在もスクールアイドルを続けている。