優木せつ菜さんが諸手を挙げてスクールアイドルを成せるようになって以降、寮の管理人である絢瀬絵里には平穏な時間が流れていた。
同好会のみんなは優木せつ菜に追いつけ追い越せで頑張っているし、部のみんなは優木雪菜さんの印象を拭う活躍をと息巻いている。
ポロリ事件で部の知名度は大いに向上したものの、評判では未だに優木せつ菜を代表とするスクールアイドル同好会に差をつけられている。
エマちゃんのパフォーマンスではファンの前面に立ってヲタ芸を披露する読者モデルさんや、ランジュちゃんがステージに立つとなれば仕事を放り投げてライブに参戦する理事長の影響もあってか、ニジガクの生徒の皆様の中には「スクールアイドル同好会がラブライブに出場するつもりなんでしょ」との声も聞かれる。
そう、理事長が娘のライブに参戦するばかりに、虹ヶ咲学園の代表のスクールアイドルは同好会との評判が拭えない。
以前、近江彼方、桜坂しずく、中須かすみのデビューライブを藤黄の生徒が見に来ていた。
当然のように準備に駆り出されていた私が、列の誘導やモギリをしている際に「同好会のパフォーマンスは素晴らしいです、ですがラブライブに出場するのは自分たち」みたいなことを言われ「この子たちはラブライブに出場するつもりはないですよ」と言ったら「え?」と驚かれてしまった。
それからもう一つ「同好会に有名な読者モデルの方はいませんか?」と言われたので、そのヒトは今日はエマちゃんがステージに立たないのでお休みと言ってしまったけれど、これでは彼女が同好会の部員みたいに思われてしまう。
果林ちゃんと来たら「私は読者モデルで忙しい」「エマを応援できればそれでいい」と言いながらも、顔に「スクールアイドルやりたい」って書いてある。
でも、頑なに同好会に入らない。
近頃は「今日はエマちゃんがステージやる」とか「エマちゃんが手伝ってほしいって」とエマちゃんをダシにしてホイホイと来てくれるヒト扱いになってる。
かのように説明すると、お嬢様っぽい藤黄の女の子は「スイス……」と言い、隣にいた子に「ほら、行くよ」と引っ張られていってしまった。
それはともかく、ツバサに「あなたに借りを貰ったわよね」と、のんびりお茶をしばいているところに声をかけられ、いつ来るかいつ来るかと待っていた私は「やれる範囲で頑張るわ」と余裕の笑みを見せた。
半分くらい見栄である。
「考えたんだけど、制服を着てもらおうと思って」
ツバサの割には邪悪度が高くない、全裸になって腕立て伏せやってとか、全裸になって校内を歩き回ってとか。
男子生徒がいる状況では難易度が高いけど、目に触れる人間を絞って、えげつないことをやらされるかと思った。
後者の場合は理事長に許可を頂かないといけないので、彼女の恨みをよほど買ってない限りは、許可は出されないはず。
出されるようならば身から出た錆である、甘んじて受けるつもり。
「それ、虹ヶ咲学園の制服でしょ? アラサーが着るには厳しいけれど、多くの人の目に触れなければ……まさかっ!?」
誰の目にも触れないという条件をつければ「多少恥ずかしくてもいいか」と考える私の思考を読み取り、全裸とかヒモ水着ほどの恥ずかしさはなくても、アラサーが高校生に混じって同じ制服を身につけるという。
どのような人生を歩んでいれば、そのように人が嫌がる罰ゲームを思いつくのかと、ため息をつきながら言ってみると。
「まあ、あなたに関しては特別だけれど、人を楽しませられる人は、人が嫌がることもできるのよ。その逆もしかり、ただ、自分のやってることが」
「人が嫌がるってのを分からない人は、絶対に人を楽しませることができない……か」
繰り返し繰り返し、耳にタコができるほど、綺羅ツバサさんからエンターテイメント論として聞いたことがある。
しかし今の発言を考えると、絢瀬絵里が嫌がるってのを的確に理解して、ワザワザこんな罰ゲームをさせてるってことは、ソイツの性格は極めて最悪の部類なのでは?
「あはは! よく分かってるじゃない!」
上記の思考から読み取ったことを「あなたは性格が最悪ね」と結論づけて言ってみると、発言を聞いた瞬間は口をぽかんと開いたツバサが、数秒後にはお腹を抱えて笑い出した。
私に性格が最悪だと言われれば、ことりを筆頭に「何を舐め腐ったこと抜かしてやがる」と殴りかかってくるのが一般的なので、よく分かってると褒められ、面白おかしい発言を聞いたとばかりに笑い出した人を見。
ニジガクの制服を提供(服飾同好会にツテがある)してくれた栞子ちゃんも真新しい制服を持ったまま固まっている。
「え、絵里さんに悪く言われて、ツバサさん、おかしくなってしまったとよ!」
「あはは、栞子さん、だいじょうぶよ、気は触れていないわ」
ツバサは慌てて介抱の準備を始める栞子ちゃんを手で制し、私も彼女が天高く放り投げた制服をキャッチし、今もなお、おかしい発言を聞いたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「でも、おかしいのは本当よ」
栞子ちゃんが困ったようにスマホを手で握り、ドコかへと電話をかけようとするけれども、いったいドコへ電話をかけるつもりなのか。
病院に電話をかけたところで「そういう相談は承ることはできません」と素っ気なく言われるのがオチ。
そしてA-RISEの二人にかければ「原因を作ったやつに言え」で丸投げされて終わりである。
「フツーとかさ、他の人と考え方が同じって人間が、誰かと違う面白いことをやろうとか、人と違うことをやろーで、違うことや面白いことはできないのよ、誰とも同じ人間が思いつく、誰かとは違うことってのが思いつくだけ」
驚いた――人払いをし、栞子ちゃんっていう口の固い証人だけを生贄にし、嫌がらせを断れない状況を作ったかと思いきや、その状況を利用して栞子ちゃんにアドバイスを送っている。
この手のアドバイスは自分を慕うアイドルの後輩にすら「商売敵だから・なる可能性があるから」で教えない彼女が、栞子ちゃんには、本当に限られた面々にしか言わない発言をしている。
「ランジュちゃんがすごいからってさ、栞子ちゃんが、じゃあ、ランジュちゃんみたいになろうって言って、出来上がるのはランジュちゃんのパチモンなのよ、劣化品でしかない。そんなものは、誰かに憧れを与えるアイドルじゃない」
そう――ランジュちゃんのステージは親友二人に大きな影響を与えた、片方は「ステージに立つのはしばらくあと、いまは作曲する」と部屋に引きこもり、さぞ名曲が出来上がると一同に期待を寄せられたけど、SNSにて同好会の面々の批評(笑)をしていたアカウントに突撃していただけだとバレ、強制的に練習へ連れて行かれた。
海未に「いい曲ができたらあなたに歌詞を」と私が言ってしまったせいで「絵里の期待を裏切るとはいい度胸です」と意気揚々と園田監察官が誕生。
理事長にも「娘の期待を裏切った」で拉致する許可をもらい「ボクは学生」の反論を封じる。
「うふふ! ボクは! ボクはね!!! 自由が欲しかったんだ!!!」と叫びながら連行されるミア・テイラーさんを眺めながら「あの子も結構濃いヲタクよね」とのつぶやきが漏らされる。
そして、ミアちゃんはともかくとして、栞子ちゃんも「ランジュちゃんみたいにステージに立つべ!」と一念発起、気合の入れすぎでオーバーワーク気味にならないように、管理人の仕事はエマちゃん、果林ちゃんの二人に引き継がれた。
ランジュちゃんのように、で「ちょっと高圧的な感じで」と思い当たった彼女は「わだすが凌駕するべ!」と決めポーズまで(提供はよっちゃん)披露。
けど、方向性がファンが求める方向性とは違ったのか、評価はまるで芳しくなく、もっとランジュちゃんに近くと頑張っていたのを、いつ止めるべきかとは考えていた。
「誰にも思いつかないオリジナリティ溢れる才能や個性が、誰かと同じことをして降ってくるわけがないでしょう? そんなものは自分ができることをして、懸命に頑張った人間に神様がご褒美みたいに与えるものよ」
ここで栞子ちゃんが自身にアドバイスを送るために回りくどいことをしたと気がつく。
そして、彼女も知っているはず、長い間、こんなふうに生活をしてきて、ツバサが「アドバイスを下さい」的なことを言われて「極めて優等生的な回答」で煙に巻いていたのを。
こんなふうに、三船栞子に寄り添って、彼女にしか通用しないようなアドバイスを、誰に聞かせるわけもない――あ、私はほら、この手の話をいつも聞いているので、忘れろと言われれば潔く殴られるし。
「わだすは……」
「あなたができることを、一生懸命やりなさい、背伸びせず、駆け足をせず。
一歩一歩着実に、できることを積み重ねて、はじめて目標へとたどり着くことができるのよ」
ツバサが栞子ちゃんにアドバイスを送り、やれやれ、こんな制服まで用意をして回りくどいマネを、と思ったけれども、私が制服を着て服飾同好会の部室へと赴き、部員が制作する服のモデルになる未来は回避できず「え、だって感動的な感じだったじゃない」って、言いつつ、苦笑いしながら制服へと着替える。
窓に写った自分を見ながら「制服を無理に羽織って若作りしているコスプレイヤー」にしか見えないと嘆き、寮生にも「すごいね、絵里ちゃん高校生に見える!」「もしかしてニジガクに編入?」とヤジを飛ばされ、心のなかでさめざめと涙しながら「ツバサから与えられた罰ゲームなの!」と、説明すると「さすがツバサちゃんすごい!」「トップアイドルだっただけはある!」と言うけれども、すごいと思うならとりあえずちゃん付けはやめよう、本人は真面目に気にしている。
三船栞子ちゃんが「わだすは巫女として生きてきたから、巫女さんっぽく憧れのキャラを憑依させてステージやる!」との発言は聞かなかったことにした。