しばらく平穏な時が流れた――翌日に同好会がたむろしている部室に顔を出した二人に、当然のようだけど悪い印象を抱く人間はおらず。
普通に歓待され、特に侑ちゃんにかわいいを連呼されたかすみちゃんなどは、すっかり骨抜きになってしまい。
「かすみんは可愛さを追求していきますよ~!」と、勢いよく叫び、しずくちゃんから「これはぐっしょり濡れていますね!」とネタにされていた。
桜坂家のお嬢様の下ネタのせいで、二人が入部したくないと言ったらどうしようかと思ったけれど、彼女らがピュアだったおかげで、お嬢様のどぎつい下ネタに気がつくのは入部して以降だった。
スクールアイドルに立候補した歩夢ちゃんとは違って、侑ちゃんはみんなを支えて行きたいとのこと。
そんなに可愛いんだからアイドルをやればいいのにと部外者のお姉さんに言われたけど(エマちゃんがいるのでいる)
「果林さんがスクールアイドルになったらいいんじゃないですか?」と見事な逆襲をされ、しどろもどろになった彼女に助け舟を出す人間は誰一人いなかった。
そろそろ入部しなよ、と誰しも思っているけれども、果林ちゃんが入りたいと言うまで待っているのだ。
口をパクパク動かして金魚みたいになっていたけど、しばらく時間が経過した後に「今さら入ったら、おかしくないかしら?」と、要領を得ないことを言い。
「今さら入らないっていうほうが変だよ」とエマちゃんに言われたのをきっかけに、ようやく部外者のお姉さんは部外者のお姉さんではなくなった。
これでようやく皆々から部外者のお姉さんって言うのめんどくさいからそろそろ入部しなよと、ネタにされるのを回避できる。
部活時には、しずくちゃんのとんでもない下ネタに顔を真っ赤にする上原歩夢ちゃんがお約束になっているけど――侑ちゃんの入部のおかげで私も管理人の仕事に取り組めるようになった。
今までも、できる範囲でやっていたけれども、理事長からどっちかに集中してくれていいのよと言われたのに甘えて、ついついに馴染みのあるスクールアイドル活動に集中してしまった。
元々は寮の管理人として学園に携わっているのだから、本来優先するべきは寮のみんなだった――「これからお掃除おばさんとして活躍するのでよろしく」と言った時には「料理だけじゃなくてお掃除もしてくれるの?」「絵里ちゃんはお嫁さんとして完璧な才能を持ってるのに、なんで男の人から選んでもらえないの?」と言われて「そんなことは私の方が聞きたい」と言ったらみんなが笑ってくれた。
ひとまず歓迎されているので良かった――
今まで手を抜いていた清掃活動に取り組んでいると、理亞ちゃんが「以前スーパーで姉さまに会いまして」と言われて、ようやく内容を話す気になったのだなと感じた。
前々から触れないように触れないようにはしていたけれども、正直な話、触れたくてしょうがなかった。
困った人間を見ていると、どうしたって助けたくなってしまう。
身の程を知らないので、自分のできること以上の問題を抱え、結局周囲のみんなを頼る大チョンボをすることがあるけど。
生まれ持った性癖のせいなのか、それともそういう習性が自分に備わっているのか、生まれた時からの馬鹿の一つ覚えで、困った人を見ると助けたくなってしまう――アホなやつだと言われるけど、友人関係には恵まれている。
身の破滅に至るほど問題を抱えることもないのも助かっている――ストップをかけてくれる周囲のみんなのおかげで。
「どスケベなアイドルの正体が、聖良ちゃんだった?」
「その通りです――アレを姉さまだと認めたくない自分と、やはり姉さまなのだと、感動を覚えた自分がいます」
揃いも揃ってスーパーに出かけた割には、みんながみんなスーパーで体験した出来事をネタにしないので「これは絶対に何かあった」とバカな私でも気がついた。
何気なくスーパーに行った面々のおかずをちょっと多くしたり、お菓子などのワイロを送っていたけれども。
よく考えてみたら、人の顔色伺ってご飯の量を多くしたり少なくしたりするのはいつもやっていることだから、ワイロでも何でもなかった――と、気がついてしまった。
「仕事の内容にケチはつけられないでしょう?」
「……もしかしてご存知だったのですか?」
「いや、帰ってきた日に様子がおかしいから、スーパーに来たアイドルっていうのを調べてみた、ツバサと」
隠してもしょうがないのでツバサと二人で調べものをしたと告白したら、理亞ちゃんが「あのアマ」と死ぬほど恐ろしい声色で言ったけど。
ともかく話の腰を折ってもしょうがないので、何十万レベルで再生されている動画や、評判について検索したことを認める。
同一人物だと認めたくない部分もあるけど、ハイスペックなパフォーマンスや、とんでもない動きをする身体(主に胸部)を見ていれば「これは鹿角聖良」だと認めざるを得ない。
出てきた瞬間は卑猥な何かだと思うのに、パフォーマンスを眺めた後はまさに「圧倒されてしまう」
ツバサも「何かから解き放たれたように生き生きとしている」とコメントし「でも今までのパフォーマンスが、彼女にとってやりたくなかったことだとは思わない」と。
ツバサの聖良ちゃんを理解している感は、私に釈然としない感情を抱かせたけど、理亞ちゃんも同じみたいで「何ですかあの人は、まるで姉さまのすべてをわかっているみたいじゃないか」と。
その鬼神を身に宿したみたいな、凶悪な表情は控えていただきたい、掃除用具を持つ手に思わぬ力が入ってしまう。
「彼女のマネージャーをやっている女の子が、妹の親友でね」
「え?」
「世間は狭いのだと思わず笑ってしまったわ、格好はともかくとして、妹のアドバイスでああなったみたい、まあ、以前からルビィさんごっことかやってたし」
マネージャーの女の子が聖良ちゃんと恋人同士であるとか、衣装とステージの考案は彼女であるとの話は控えておいた。
理亞ちゃんが興味を持ったなら他の人から聞けばいい、なんでもかんでも私を通じてでは色眼鏡が入ってしまう。
なお、妹のリクエストは聖良を妖精みたいな感じにして欲しい――である。どうしてああなった。
「……どうして、あんなふうに地元の牛肉を宣伝しようと」
「月島農場は経営がギリギリだったそうよ」
人手不足というのもあったし、後継者不足というのもあった、品物が思いのほかに安値でたたかれるというのも。
品質にはもともと自信があったみたいだけれど、知名度や、風評の差で、経営を成り立たせるほどではなかったみたい。
妹の紹介から恋人同士になったふたりは「何とかしたい」と言い、亜里沙や雪穂ちゃんや穂乃果も集まって「何とかしよう」と作戦会議をし「自分のできることで宣伝するしかないのでは」と、結論を抱いた。
つまり月島歩絵夢(つきしま ぽえむ)ちゃんや、聖良ちゃんが高校時代に行っていたスクールアイドル。
最初は二人でタッグを組んでアイドル活動をしていたけど、宣伝効果は期待していたほどに得られず「理亞ちゃんに声をかけてみようか」との意見もあったみたいだ。
でも、聖良ちゃんが拒否をし「自分がどんな立場になってでもいいから、アイ活で何とかしてみたい」と。
「どうして……姉さまは私に声を」
「気持ちを代弁するわけじゃないけど……周りから言われるんじゃなくて、あなたがそういうことをしたいと思わなきゃ、昔の繰り返しになってしまうと」
「そ……んな……」
半分くらいに涙声になって、目の辺りを手で覆って俯いてしまったから、これからの声はただの独り言だ。
届かなくったって構わない、ほんの少しでも彼女の救いになってくれればいい。
勝手に気持ちを代弁しやがって、ふざけたことをしたと言うのならば、聖良ちゃんには喜んで殴りに来てもらいたい。
右の頬でも、左の頬でも喜んで差し出すつもり。
「自分の思う通りに事をしてみなさい、それが聖良ちゃんの望みでもあるだろうし、私も、そっちの方がいいと思う」
「……そういうものが、私には分かりません」
「だったら探せばいいのよ、自分の人生を賭けたい。
心から引かれるものがあったら、それを望むのなら、自然と目の前に現れるものよ」
私にとってスクールアイドルがそうだったように――自然と目の前に現れたとするよりかは、穂乃果が持ってきてくれたと言った方が正しいけど。
そんなことをお酒の席で、感謝の言葉と一緒に言ったら「一生懸命頑張ってた絵里ちゃんへのご褒美を、私が用意したっていうのは畏れ多いけど」と苦笑いしながら反応され、思ったより喜んで頂けなかった。
「そうですね……恋する乙女的なことを言うと、好きな人とキスをしてみたいとか」
「……できれば私に手伝えるものが良かったわ、でも、そういう経験がある人は……亜里沙でよければ紹介して」
「いえ、練習くらいだったらいいんじゃないでしょうか、これから好きな人とするために練習の一つや二つはするものだと思いますよ」
そんなものなんだろうか――少なくとも知人からは、練習として友人間でキスをするとは聞いたことがない。
真姫は「そんな文化は私が収録しているゲームでしかない」と言うかもしれない――でも、私の知人がそうだからといって、全世界の女の子がそうだとは限らない。
「さあ、目の前には何をされてもいいと思っている女の子が一人、すべてはあなたの決断次第、正解の選択肢を選んでハッピーエンドと向かうことにしましょう!!!」
と、理亞ちゃんが変な事を言った瞬間、私の横を化け物じみたスピードで何かが通り過ぎ、キス待ち顔をしていた理亞ちゃんは一瞬だけガードが遅れた。
ツバサや同好会や部のみんなが注目しているのは知っていたけど、理亞ちゃんに感づかれないほどの距離なので、それなりに距離があったものとは思われた。
それを一瞬で詰めて、相手にガードされる前に顔を蹴り飛ばすとは……さすがは元トップアイドルである。
トップアイドルにそんな身体能力が求められるのならば、女の子の夢ランキング1位のアイドルが陥落してしまうかもしれない。
「おおっと、足が滑った、ごめんなさいね、出来の悪い足で、注意しておくから、どうか許してちょうだい」
「相変わらず足癖が悪いですね、そんなんじゃ嫁の貰い手ひとつないんじゃないですか?」
「人の目を盗んで抜け駆けするような性格の悪さの女に比べたら、足癖が悪いくらいなんてこともないんじゃないかしら」
「私は姉さまからこのように学びました、抜け駆けされる方が悪い。距離が近いことに甘んじて努力をしていないからこそ、とんびに油揚げをさらわれることだってあるんですよ」
「だったら努力なさい、努力をした結果が抜け駆けをせずとも得られる結果ならば、みんなが許すでしょうし」
「……え?」
アドバイスするまでに回りくどすぎるんじゃないかと――私も心配する一同を手で静止するのが大変だった。
長い付き合いだから、ポッと、いいことを言おうとして戸惑っていることが丸わかりだったし。
「何かを恐れているみたいだけど、恐れているものを乗り越えるためには、努力することしかないのよ、努力して変えられないものだったら諦めなさい、それはあなたにとって変えられないものなんだから」
理亞ちゃんが感動を覚えるような表情をして、ここで終わっておけば、二人の仲がもう少し良くなったんじゃないかと。
「例えばあなたが、私よりもチビであるとか、胸が小さいとか、能力が低いとか……そういう、どうあがいても変えられない事実は、変えようとしても意味がないものよ、さっさと諦めて、変えられるものを変える努力をしなさい」
珍しく余計な言葉を付け加え、誰しもが「努力の尊さだけを謳っていればよかったのに」と、嘆きの声を上げるツバサの発言は、二人の関係は維持しつつも、理亞ちゃんの生き方を前向きにさせたとか。
後日、聖良ちゃんから「さすがはツバサさんです」との声が届いたけれども、それだったら二人の喧嘩を止めるために骨を折った私のことも褒めていただきたい。