日本語はまことに難しい。
先日起こった騒動が私に認識させる。
エマちゃんに「喧嘩を止めるために骨を折った」と言ったら、彼女は優しげな表情を不安気に変化させ、私の左腕を折るつもりでは? と勘違いしそうになるほどにねじり上げた。
近くにいた果林ちゃんも親友の思わぬ行動に驚き「追撃なんかしちゃダメよ!」と、慌てていたのか理解できない言動をする。
騒動に「何か面白いことやってるぞ」と言わんばかりにやってきた一同が「エマちゃんご乱心」する姿を観て「やれやれどうしたどうした」と事情を尋ねた。
かれこれこういう経緯があってと果林ちゃんが説明をし「ああ」と理解した風なのは栞子ちゃんで「エマさん、骨を折るっていうのは、苦労するっていう意味だよ」と説明。
その言葉でようやく私の左腕は解放され「よかったよ~、絵里ちゃんの腕が折れちゃったのかと思った」とほんわかとした調子で言ったけど。
スジが軽く逝ってしまうんじゃないかってくらいの力に、この子を喧嘩に参加させてはいけないと認識を強めた。
自分の何も考えずに口から出した言葉が、思わぬ不幸を呼び、口は災いの元だと認識を新たにし。
これからは余計な言葉を口から出さずにいよう――と、考えていたら「無理なことはやめなさい」「できることだけを努力すればいいんですよ」と、いつもの面々に窘められ、私の決意は数十秒で雲散霧消した。
※
せつ菜ちゃんが両親の許可をもらいスクールアイドル活動に邁進できるようになってからしばらく。
寮にある自室に戻ったら、ベッドが大きくなっていた。
さては新しい管理人を? と、不安になった私は理事長に電話をかけ、電話がくると予測していた理事長に「娘のデビューライブに協力してくれたご褒美」と説明してくれた。
金銭面での負担が大変だったのでは? と、電話なのに首をかしげながら聞くと、彼女は笑いながら「あなたの元々使っていたベッドを売りに出したら、だいたい元が取れたから」と説明してくれた。
私の使っていたベッドを売りに出すのは別に構わないけれど、そんなのに大枚を支払う人間が真っ当であるのか。
「詐欺かなんかに引っかかってません?」と不安げに問うてみると「大事に使ってくれればそれでいいから」と。
ちなみに売却先は私の友人の「園田海未」の自宅。
後日に「絵里の匂いに包まれながら毎日眠っていますよ」と変なことを言うので「ファブリーズでも撒いておきなさい」と。
「ぐぬぬ」と真姫がほぞをかむ様子を見せていたので、今度ベッドが売りに出される時には頑張ってちょうだいと、左手で目を押さえながら言うしかなかった。
それはともかくベッドの大きさが巨大だったため、部屋の面積が多少圧迫されることになった。
リフォームをするのは無理なので、私物を少々を売り払おうと思った。
とはいっても私物は、ことりから送られてくる衣服や「学生と過ごすんだったらこういうアクセサリーとか興味持たなきゃダメだよ」と、μ'sやAqoursのメンバーから送られてくる小物類。
かさばるとはいえ善意で送られてきたものを売り払うわけにはいかない、と、決意したんだけれども。
「あなたの部屋って。物が多すぎてたむろしにくい」と、ツバサに指摘をされ、学生が使う場所で酒浸りになるのもよくないと、考えた私は。
「かれこれこういう事情で、着なくなった服を売ってもいいでしょうか」とことりにお伺いを立て「いいよ」と、返信を頂いた時には喜んだ。
「貴様にそんなことをする価値があると思っているのか」「今すぐ殺しに行くから首を洗って待っていろ」と、殺害予告が返ってくるんじゃないかと怯えていたのが、杞憂になって助かった。
「せっかく棺桶を用意していたのに」「葬式で泣く用意をしてたのに」みんなからも安堵の声が聞かれた――そのため、私が身につけて「微妙に学生から不評だった」衣服は、希望者に安値で譲られることになった。
最初はオークションでとなったけど、やたら張り切ってしまった黒澤家のお姉様のおかげで「物品買い占め」が起こり、多くの方々から不協和音が聞かれた。
一人一限なおかつ安値――ダイヤちゃんは「欲望が抑えきれずに結果的に損してしまった」と嘆きの声を上げた。
「昔話の悪者のようですね」とは海未のセリフだけれども「安価のものが一人一品ならば、無償で譲っていただければいいのでは?」と、悪知恵を働かせたのはどこの誰だったかしら?
そんなこんなで小銭稼ぎは終了し、稼いだ分は学生の皆様や、寮で暮らす皆様が暮らしやすいように、備品をマイナーチェンジした。
「みんなの生活が良くなるように予算を使った」と胸を張っていたら「そうじゃないのでは?」と言うかのように首を傾げられたけれども。
※
翌日に目を覚ましたら、ベッドの近くにメイド服を身にまとう南ことりがいて、これはおそらく「私の服を売って小銭稼ぎをしたのなら、自分のためのものを買うのが当然でしょ」と言いに来たに違いない。
格好がメイド服というのも「貴様を冥土の土産が必要な立場に追い込んでやる」との意思表示に違いない。
寝ぼけ眼は一発で覚醒し、脳機能は普段から「ポンコツ」呼ばわりされているので期待はしないけど、ひとまず彼女の神経を逆なでしないように、朝の挨拶から。
「……おはようございます」
「なんでいきなり敬語なのかな?」
気を使ったつもりが、全くの逆効果になる。
彼女の唇の端がぴくぴくと震えて、怒りを覚えているのだ、と一発で察しをつける。
これから彼女のメイド服が血にまみれることになるのなら、洗濯する際にはぜひにもクリーニング屋さんを使ってほしい。
私が小銭稼ぎで得たお金はまだ残っているので、そちらもどうか使っていただきたい。
どうぞこれを使ってと、言える立場であってほしい。
棺桶にいるのならば、化けてでもアドバイスをしておきたい。
「それ、戦闘民族の衣装なんでしょう?」
「なんでメイド服がサイヤ人の戦闘服と同じ扱いされるのかわからないけど、絵里ちゃん好きでしょこういうの」
「……好きだったのかしら?」
ことりがスカート部分を膨らませるように回転すると、そういうのを漫画で見たことがあるなぁと、感心した。
おそらくバイト先の喫茶店でもやったことがあるに違いなく、ミナリンスキーとして、長らく人気があったそうだから、周囲のお客様から歓声を浴びたことでしょう。
私が同じことをしたらブーイングが発生するか、そもそもやらせてもらえない可能性もある。
だけども私が首をひねった姿に、ことりはヘッドバットするんじゃないかっていうくらい距離を近づけて眺め。
「本当にお好きでない?」
「特別メイド服に思い入れがあるわけじゃないかな?」
とはいえ、わざわざことりが絢瀬絵里がメイド服が好きだと聞いて、わざわざ着替えて起こしに来てくれたのはありがたい。
感謝の言葉と一緒に頭を下げると、彼女は照れたように頬を赤らめながら「そんなことないよ」と指先で顎をかいている。
「人づてに聞いたんだけど、絵里ちゃんは朝起こされるならメイド服の女の子がいいって口走ったことがあるって」
「酷い風評被害を人づてに聞いたのね、誰が言ったか興味があるから教えてくれない?」
いったいどこの誰がそのような発言をしたのか――該当者が多すぎて予想できない。
ともあれ、私のためにそうしてくれたのならば、先ほどと同様に感謝の言葉を述べなければ。
「メイド服はともかく、色々苦労してくれたみたいね、ありがとう」
「思いのほか喜んでもらえなかったみたいだね」
「喜ぶ演技をして欲しいなら、いくらでもするけど?」
「この服を脱いだらどうかな?」
「……朝メイドさんに起こしに来てもらって、服を脱がせるなんてシチュエーションが現実に起こりうるのかしら?」
私は石油王になったことがないので、彼の生活など想像すらつかないけれども。
一般人がメイドさんに起こしてもらうシチュエーションですら珍しいのに、そのメイドさんが服を脱ぐというのだ。
極めて珍しい以上に珍しい、およそ現実では起こりうるまい。
「ところで稼ぎはおいくらになりました?」
「……全て差し出せと言うならば、借金をしないといけないけど」
「や、そうじゃなくて」
全て白状しろと言わんばかりに、上目遣いをしながら「教えてくれると嬉しいなぁ」と言ったので、抗えない衝動に駆られた私は、ダイヤちゃんの顛末を含めて説明した。
「それってつまり、私の服に対する評価じゃなくて、絵里ちゃんが身に付けたってことが付加価値があったってこと?」
「そうなのかしら? そういうのって私が決めることじゃなくない? 私に付加価値があったから値段が釣り上げられたって言ったら、ことり、腹立たない?」
「そうだね……?」
黒澤家のお姉様にそのような意図があったとしても、評価にはさほど影響せず、単純にことりのデザインした服が欲しかったのかもしれない。
会話からはそのような意図は散見されなかったけれど、誰しもがあけっぴろげに心の中の考え方を口から出してるほうが珍しい。
心の中に何かしらの考え方を含めて、会話をするのはよくある。
話しているうちに何かわからなくなる時もあるけれども。
「服装っていうのは、着ている人間と、衣服の共同作業で評価が決まるわけだから」
「さぞかし評価を下げられたことだと思うわ……今はちゃんとデザインの勉強もしているから」
「勉強熱心だね、昔からそうじゃなかった?」
「……そんなことはないと思うけどなぁ」
口からポロっと失言をしたことに気がつき、うまいことごまかそうと思ったけれどは、誰もからポンコツと称される脳みそでは、うまい言い訳の一つも生成できなかった。
ことりが体を近づけるようにし、ベッドが軋んだ音を立てる。
このベッドに血が飛ぶようなことは避けていただきたい。買って三年くらいならともかく、まだおろしたて、汚すには惜しい。
「どうしてそんな風に、自分の評価を下げるようなことをしてるの?」
「……私のデザインのセンスがないのはみんな知っているから、それに準じただけよ」
「嘘つき、私の評価を上げようっていう腹積もりだったんでしょう?」
評価を上げると言うか、もともとのきっかけは彼女の自信をつけるため――だったんだけれど。
そんなことは今の彼女には関係がない。
考えてみれば昔のように、すごいすごいとおだてて、頑張らせる必要はなかった。
どうしたって昔の出来事のせいでで放っておけない感じがあるから、彼女にはとにかく自信を持っていただけなければと。
それが余計だったっていうことかな、それに自信は私がつけさせなくてもいいっていうことかも。
「そうよね、あなたはもう立派な大人だ、昔みたいに私が、すごいすごいって言って自信をつけさせなくてもいい、立派なデザイナーさんになりました」
「……え?」
「どうしてもね放っておけなくなってしまって、自分が下がればことりが上がるかなって思ってたけど、立派な社会人に、世話掛けちゃしょうがないものね」
思えば昔の関係を維持するように努めていたのも、自分自身がμ'sっていうスクールアイドルグループに執着しているせいかな?
何してるの絵里(ちゃん)的な反応が聞きたくて、 ついつい小ボケもかましてしまうけど――今となっては私が所属したスクールアイドルグループも過去のものになっている。
どうしたって昔のようにはいかない――昔のような関係が居心地が良かったのは確かだけど、いつまでも維持しようっていうのは、ただのワガママなのかも知れない。
「もしかして、あの時の流れで今も?」
「どうしてもね、あなたがまた膝を抱えて悩んじゃうんじゃないかって思うと、自信をつけなくちゃって考えちゃうのよね? でも、そんな心配もいらないかな、ことりはずいぶん立派になった」
高校時代の彼女なら瓦割りなんてできないだろうけど、今では平気で10枚や20枚素手で叩き割ることができるんでしょう。
力もついたし、自信もついたんだと思う。膝を折ってしまうような評価にも負けない、きちんとした結果も残している。
いつまでも私が「ことりのためになるようなことを」と考えているのは、彼女のことを甘く見ているってことかな。
「私は立派になったから、絵里ちゃんに助けてもらわなくても大丈夫」
「そっか、大人になったのね、私が手を引かずとも……むしろ私の方が手を引かれてるかもしれない」
「そんなことはないけど、隣に立てる人だと思うよ?」
「隣に?」
見事なプロレス技だった、ぐえっ! と、悲鳴を上げる暇もなく押し倒され、関節を決められて抵抗ができない。
しかも腕は発言できないように、顎の辺りを押さえ、ややもすると呼吸が止まってしまいそうな圧迫感。
膝はすでに腹部の辺りに乗っている、彼女が体重をかければ胃液が口から飛び出すに違いない。
本当に彼女は立派になった――私の助けなどもう必要ないに違いない、必要ないと思うからどうにか助けてほしい。
「絵里ちゃん……!」
彼女は相手を抵抗できなくさせたというに、まだ何か言おうとしているのか、腕が呼吸にさしあたりがある場所に置かれているので、悲鳴もあげることができないし、どうにか助けてと懇願することもできない。
しかしなぜ彼女はここまで乙女的な表情をしているのか、真姫の出演するゲームなら、数クリック終えた後にエッチなシーンが展開するような感じじゃないか。
頬は上気し、口元はパクパク魚みたいに動き「ことりなんだから魚っぽい仕草しないでよ」と、冗談でも言っておきたい。
それでふざけるなと殴ってくれれば、この拷問みたいなシーンもすぐに終わるに違いないし。
「絵里ちゃん! 私と、け……け……いや、つ……付き……!」
「……」
何か言おうとしているけれども、どうやら時間切れのようである――私の呼吸が止まったってわけじゃなくて、絢瀬絵里の危機になると、どこからともなく現れて私の命を狙う神様が。
「哀れだな! 絢瀬絵里! あまりにも可哀相だから余がとどめを刺しに来てやったぞ!!!」
神様はことりをどかそうとしたんでしょう、でも神様の馬力でも彼女は微動だにせず。
動かそうとしたクマも「ん?」と言わんばかりに首を傾げ、私はことりの表情が見えているから、神様の未来が容易に想像がつくけど。
「お前さぁ……空気が読めないって言われたことない?」
本当に南ことりが喋ってるのか、と言わんばかりの音声が周囲に響き、神もたじろいだ表情を見せる。
完璧にキレちまった……そんな雰囲気のことりが私から離れ、有無も言わさず、クマの神様の腹部の辺りに蹴りを加え、倒れ込んだ神様に何度となく蹴りを加える。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねって言葉……その身に……叩きつけてやるよ」
ことりさんは神様を昏倒させる蹴りだけでは飽き足らず、私の部屋の様々な物品を破壊し尽くし、生活するには不可能な状態にした。
残念ながらおろしたてのベッドも二つに折られ「これが本当のダブルベッド! 」と、やけっぱちになりながらギャグを飛ばすほかなく。
あまりの轟音に様子を見に来た皆様も「すごいわね! 人って特大のベッドをダブルベッドにできるんだ!」「これってトリビアになりますかね!」と、私のギャグに同調し、 壊された物品の上でデザインをしていることりに触れることがなかった。
管理人室で生活が出来なくなった私は、理事長から「しばらく通いで仕事してちょうだい」と、お咎めなしは不可能なので、管理人室の惨状が元に戻るまで流浪の民になることに。
引き取り手はいっぱい上がったんだけれども、穂乃果が手をあげたのを見て「働いている妹を眺められるかも」と考えた私は、穂むらにお世話になることに決めた。
彼女と一緒に穂むらまでの道のりを歩きながら「もしもさ、亜里沙ちゃんの首筋かどこかにキスマークとかついたらどうする?」と言われたので、少し考えた私は「見て見ないふりをすると思うわ」と、妹の働いている姿が見たいばかりに選択した結果で、見たくもないものを見る可能性もあるのだと――