千歌ちゃんに頼まれて、ことりちゃんがプロデュースしているファッションブランドのアンテナショップの店長に会いに行く。
その名も渡辺曜――わざわざ、この桜内梨子ちゃんが会いに行くと言うんだから、少しは歓迎して欲しいところ。
趣味や特技はアウトドアなくせに、性格がインドアなものだから、カプ厨である私を常にヤキモキさせる存在。
そいつにサプライズゲストを歓待するような、能力なんぞあるわけがなく、何日も店に張り付いているせいで、百年の恋も冷めそうな外見をしていたから、ツーカーの店員さんに「店長を借りる」と告げると「喜んで~」と応じられた。
「だめだよ、私はちゃんと稼がないといけないんだから働かせてよ」
「そんな姿を見られたら、婚約指輪を送る相手の千歌ちゃんにも、愛想を尽かされちゃうわよ?」
Aqoursのメンバーとして、二年生組が高校卒業したあたりから「いつになったら、渡辺曜は高海千歌にプロポーズするのか」
その手の話題が大好きな花丸ちゃんや、ルビィちゃん、そして、鞠莉ちゃんも「三年以内に、少なくとも恋人同士にはなる」と予測をした――その予測は見事に外れ、渡辺ときたら、常に千歌ちゃんは告白待ちの状態なのに、何か条件をつけては恋人関係に至ることがない。
もしかして好意的なのは私だけなんじゃないかな、と、千歌ちゃんは不安があるけれども、渡辺がヘタレなだけで、お互いの好感度はほぼマックスと言っていい、これがエッチシーンのあるソシャゲだったら、何かプレゼントを送ればR18シーンがすぐさま始まるに違いない。
違いないんだけれども、ナベときたら「婚約指輪をちゃんと買えるようになってから」が、ここ最近の言い訳で。
以前までは「一人暮らしがきちんとできるようになってから」「手に職をつけられるようになってから」「デザイナーとして食べていけるようになったら」と、恋人同士にならない言い訳を常に変遷していき、このままおばあちゃんになるまでそのままなんじゃないか、花丸ちゃんはネタで言うけれども、ナベの動向次第ではその可能性も大いにある。
「毎日家に帰ってるの? その様子だと、身だしなみを整えるのおざなりにして、デザインに集中してるんじゃない?」
「デザイナーの世界は厳しいんだよ、ピアニストの梨子ちゃんだって、それくらい知っているでしょ?」
「果たして、自分の外見にすら執着できない人間が、他人を可愛くできるデザインができるのかしらね?」
呆れたように言ってのけると、ナベもさすがに自覚はあったのか「これからはきちんとします」と反省した態度を見せるけれども、彼女は毎度のことを仕事に執着して外見を整えるのを忘れてしまう。
コラーゲン代わりのプロテインの飲み過ぎで、肌や髪が綺麗なのは腹が立つ。
肌の調子が悪いであるとか、毛先が細くなった人は是非にもたんぱく質を取って欲しい――渡辺が効果を実証している(個人の感想です)
「ほら、きちんと髪も身体も洗う」
「でもここラブホテルじゃん!! 誰かに見られたらえらいことになるよ!」
「誰かに見られてえらいことになるほど有名人じゃないでしょうが、早く誰しもから指をさされるほど有名になりなさいな」
押し問答が続きそうになったので、こんなところで入るか入らないかたじろいでいると誰かに見られるわよ、と言葉を吐き、渡辺と一緒にラブホテルに入っていく――もちろん体を重ねようってわけじゃない、本当にご休憩のために入る――や、ご休憩っていうのがセックスの隠語であることも、大人になった私は知っているけれども。
※
彼女が身を清めている間に、美容院の予約を取っておいた――鞠莉ちゃんとツーカーの有名店で、彼女には「エステも予約しておいたら?」と言われて「そういえばそうだ」と。
というわけで美容院に行って身だしなみを整えさせた後、エステにも向かわせておきたい――こういうことをやっておかないと、ことりちゃんから「グループのメンバーの面倒も見られないのか」と、ヤジられる。
や、絵里ちゃんみたいに、メンバーの危機的状況になったら超常的な感覚で察知し、すっ飛んで来るのは無理。
数年前、ことりちゃんが住むフランスのアパートの一室に、日本にいるはずの絵里ちゃんが唐突に現れて「寂しがってると思って」と、何から何までお世話を焼いたというのだから驚く。
勉強をしている学生から、勉強ではなく嫌がらせを受けてしまったことりちゃんの危機をなんとなくで察知し、世話を焼いたことりちゃんが泣き腫らして眠った後。
首謀者の罪状をちゃっかりついてきたツバサさんとタッグを組んで白日のもとにさらした。
後日に日本の経済界に顔が通じるような学校の偉い人に「あんたら何者だ」みたいに問われた時に「スクールアイドル」と答えたという伝説がある。
同じことをりこっぴーにもやってのけるというのはさすがに無茶ぶりが過ぎる――こういうエピソードが、凛ちゃんの悪い男に騙されかけた騒動を中心に枚挙に暇がないというのだから、さらに無理が過ぎる。
花陽ちゃんも「絵里ちゃんに負担をかけるわけにはいかないから」と、頑張っているのは好意的だけれども、他のメンバーにはなんとなく「いざとなったら絵里ちゃんが助けてくれるし」みたいなところがある。
果たしてそのような状況になった時に、絵里ちゃんがちゃんと助けてくれるかどうかは未知数――なにせ希ちゃんは「アパートの家賃が払えなくなる」「路上で占いをして過ごした」等の危機に瀕しながらも、絵里ちゃんは助けに向かわなかったくらいだし。
ニコちゃんにもその手のエピソードがない――要領よく立ち回っているから、絵里ちゃんの手を借りるほどの危機に至らなかった――のか、助ける相手を選んでいるのか不明。
過去のトンデモエピソードを思い出していると、ナベがお風呂から上がってきて――多少見栄えのする外見になった。
エステも予約してあるからと告げると、観念したように首を振り「好きにしてください」というので「処女頂いちゃってもいいの?」と、首をかしげると――ようやくココがその手の場所と思い出したのか。
「さすがにメンバー間でのその手の交遊は控えたいんだけど」
「おいやめろ、他のスクールアイドルがその手のネタが噂じゃないみたいじゃないか」
アイドルと聞くと何故だか枕営業と考えつく人が、μ'sのみんなを使ってトンデモ同人誌を作っているのは知っている。
ナマモノじゃないかとの指摘もあるけど、クリエイターの皆様は「これはアニメのキャラクターだから」と主張をされる。
彼女たちの尊い犠牲があってか、Aqoursの私たちがアニメ化した時には「成人向け同人誌禁止」のおふれがなされて、あることはあるらしいけれども、隠れてやっているので「やめてください」と指摘するつもりもない。
その手の同人誌を買い漁る真姫ちゃんでさえ、Aqoursには手を出してないそう。
や、買い漁るって言っても、購入こそ真姫ちゃんが一手に担っているけど、皆様が回し読みをしているとか。
クリエイターの皆様のためにも、是非にも同人誌は買っていただきたく。
「身だしなみはきちんと整える――あなたのデザインが売れて、モデルさんと対面した時に、こいつと仕事したくないって思われたら損よ」
「ことりちゃんを凌駕する才能を披露すれば、私だって」
「調子に乗るな」
なんたら女学院っていう、デザイナーとしてトップクラスの教育受けて、周囲にも、ルナ様とか呼ばれている神扱いされてるトンデモ人材がいて、ことりちゃんの環境はナベと比べられるはずもない。
彼女に才能があれば花開く可能性もあるけど、才能っていうのは環境と状況が良くなければ花開かないもの。
「才能ってのは花開かせるには、神様がご褒美をくれるような人じゃないと――自分の面倒も見られない、身だしなみも整えられない、デザインの修行は店長職の二の次、それでことりちゃんを凌駕するだぁ? 寝言は寝ていなさいよ、才能を花開かせる神様だって、ナベのことなんかノーセンキューって言っちゃうわよ?」
ただ神様って呼ばれる存在にはあまり期待ができない、絵里ちゃんやツバサさんと言ったメンバーから蹴り飛ばされているクマだって、周囲から神様だと謳われているし。
「……じゃあどうすればいいのさ」
「デザインで食べていくならデザインの修行をする、そこはすっぱり諦めてことりちゃんのスネをかじって生きていくなら、店長としてこれからも頑張っていく――ダイヤちゃんたち3年生が卒業して、新生Aqoursのデザイナーとしてデビューしたあなたが、μ'sのことりちゃんのスネをかじっているって言うのは、メンバーとして憤りを覚えるけど――ま、ナベの才能のなさを私も知っているからね」
なにせ、3年生になって受験戦争――と、周囲のみんなが統合先の高校に入って焦る中。
曜ちゃんは「新生Aqoursのデザイナーとして、過去と遜色ないものを作る」とか言い出し、勉強そっちのけでデザインに集中し、卒業する頃には入れる大学がなく。
あまりに哀れに思ったとかで、ことりちゃんが自分の右腕としてスカウトした。
ケド「この才能は期待ができる」とことりちゃんに言われたナベは、未だに花開くことなく。
今ではデザインは二の次になってしまい、ことりちゃんの期待に答えられてない。
「お金の問題は」
「誰かに頭を下げるなり、アドバイスを求めるなり、できることはたくさんあるでしょう? 現実にかまけて夢を忘れる人間が、女の子の夢を叶える事なんて出来ないと思うけど?」
よく夢を追いかける時に現実の問題が――なんていう人がいるけど、現実を忘れるほどに夢を追いかけなければ、夢は叶うことがない。
夢が叶った時にそれが現実になってしまうと、夢を追いかけていた時の自分を忘れてしまい、才能が腐る人がいる。
誰かの目標になるのも、誰かの夢としてイメージされるのも、死に物狂いで夢を追いかけてきた人間の特権――何かの二の次で、夢が叶ったところでどうなるというのか。
中途半端な人間が出来上がるだけで、そういう存在は夢を叶えたといえるんだろうか。
「ねえ、ナベスケ、あなたの今の目標は何?」
「……よくわからない」
「ちょっと前まで千歌ちゃんに婚約指輪を贈るって張り切ってなかった?」
「それは目標としてあるけど」
「あるけど何?」
「今の私が迎えに行ってもいいのかなって」
「千歌ちゃんを迎えに行くのって、高名なデザイナーの渡辺ってこと?」
「そうだね」
「ちゃんと持ってるじゃないの、その目標に向かってきちんと邁進しなさいな――今のままだと2万年経ってもそのままよ」
「何で2万年なの?」
「私の尊敬するプロ野球選手にあやかってね」
2000本安打を目標に頑張ってきたそうだけど、10年間の現役生活で二本のヒットしか打てず、このままのペースでは2万年かかると聞いて諦めることにしたそう。
下手すると三年か四年でクビになってしまうプロの世界で、誰かから必要とされ、ひたむきに現役を続けてきた――私はその人のエピソードが狂おしいほど好き。
一流の人たちが揃うプロの世界でも、プロになるくらいの才能を持ちつつも、花開くことなくクビになる選手はいる。
ひたむきに努力を続けていたとしても何とかならない世界でも、何とかしようとした結果で、10年間でヒットが二本しか打てなかったのに、その間クビにならなかった。
何て言うか、夢を追いかけてる人っていうのは、そういうことに気がつかないよなって思う。
すごく目立つ目標ばっかり追いかけて、人から必要とされることをひたむきに頑張るってことを忘れてしまう。
ナベがこれから南ことりと同じ舞台に立つことがあっても、同じ能力を持っているのなら、ことりちゃんが選ばれてしかるべきだ。
彼女の基盤も、下地も、何もかもがナベとはまるで違う。
「ま、そこまでは言ってあげないけどね」
「何のこと?」
「美容院の予約の時間があるから準備しなさい。デザインの修行を頑張ったら、ご褒美として教えてあげるからさ」
「予定はオフにならない?」
「ここで押し倒されて前と後ろの処女を私に奪われてもいいなら」
脅迫すると、彼女が直立不動で「今すぐ準備するであります」と。
その姿を眺めながら「誰かに尻をひっぱたかれないと、こういう奴っていうのもしっかりしないのかしらね?」とつぶやき「出来れば自分も、誰かにそうして励まされたかったな……」と、天井を仰ぎ見た。