絵里ちゃんの休日を亜里沙ちゃんのオフと重ねたよ! と穂乃果に言われ、妹の働いている姿を見ながら休日を楽しむ――そんなシスコンの想定は見事に崩れ去ってからしばらく。
梅雨になろうとせん時期に栞子ちゃんが「理想の自分なるために、理想の人格を降ろす!」とのエピソードについて語っておきたい。
休日に出会った澁谷かのんちゃんについての話は、日を改めて紹介するつもり。
あのレベルの美少女が、自分を普通と表現することは一抹の違和感を生じるけど、彼女が自分のことを普通だと言っているのだから、そんなことないでしょと言うのはナンセンスだ。
少女漫画の主人公だって自分を普通と語っている――私は少女漫画でフツウの主人公を見たことがないケド。
「この前のしずくちゃんのインタビューには感動してしまったとよ、わだすってば自分のことしか考えてなくて、誰かのために真剣に行動する誰かの認識がおろそかになってた」
栞子ちゃんやエマちゃんや同好会の仲間が、私が休日を頂いても問題ないようにしてくれて。
先頭に立つ栞子ちゃんは寮内のみんなをまとめながら、休日なんだから24時間寝たいとの果林ちゃんに対しても、私がいないからやる気が出ないと語る理亞ちゃんやツバサの泊まり込みの職員の尻を叩き。
「あなたは邪魔だから来ないでほしい」と、A-RISEのリーダーに言わせるほど、こき使っている模様。
その模様を眺めた中川生徒会長さんが、自分の右腕として活用したい、今からでも生徒会役員の何らかのポジションにしたいと、好評価をしている。
彼女も来年受験に入り、生徒会長職だけに集中はできないので、もしも会長の立候補がなく、ポジションが空くのなら彼女に会長職を任せたいと。
だったら受験でスクールアイドルをやめるつもりなの? と尋ねてみたら「スクールアイドルはやりますよ!!!」と言ったので、彼女にとって会長職<スクールアイドルなのだな、と。
「ステージに立つ三船栞子に集中するために、わだすも怖がってなんかいられない!」
思考を中断し、栞子ちゃんに向き直る。
たどたどしい感じで歌を歌う彼女には好感が持てるけど、どうにもパフォーマンスのレベルが落ちると、ファンからは映るみたいで。
ファンレターには「頑張ってください」的な文面で認められていて、彼女も「これ以上頑張るには」と悲観的になる様子もあったけど。
確かに誰かの目からどう映るのかは、至上命題と言ってもいい。目に届く誰かのために全力を尽くす、そのためには巫女らしく理想の自分を体に降ろす――架空の人格を身体に入れるとの考えはよくわからないけど、ニコのように「キャラ作りみたいなもんでしょ」と楽観的にはいられない。
確かに理想の自分を演じるのなら、しずくちゃんやせつ菜ちゃんに通じるものがあるので、積極的に背中を押した入れたいではあるけど。
彼女は一度「ランジュちゃんのように!」で手痛く失敗した経験がある、同じようにキャラ作りで通じるレベルでおさまるだろうか。
しかも彼女はことりに気に入られたので、出会って早々に衣装を贈られ。
「2日か3日前に気に入ったばっかりですよね!?」と果林ちゃんに反応されるほどの超高速な作業だった。
その衣装に身を包み「こんな衣装が似合う人格を」と息巻いている――ただでは済まないような気もするんだ。
ちなみに何で忙しいはずのことりが度々訪れているかと言うと、理事長から「ワビの入れ方は理解しているわよね?」とにっこり笑われ「スクールアイドル同好会および、スクールアイドル部の皆様に無償で衣装を提供します」との契約を交わしたからで。
衣装のイメージを固めるためという大義名分で、寮に泊まることもあり、栞子ちゃんの虫料理にも舌づつみを打つ。
鳥類だからね、とは真姫のセリフである。
あれだけ破壊し尽くした寮を堂々と闊歩できるのは鳥頭だから、と海未にディスられたけれども――ことりの耳に入るところで言ってしまったから「やめてください! 作詞ができなくなります!」と腕をへし折られそうになったけど……。
陰口ではなく、ちゃんと聞こえるところで蔑むようなことを言うって、私の悪い部分まで真似しないで欲しい。
「世界のどこかにいるかっこよくてクールでなんでもできる、とんでもなく凄い三船栞子よ! わだすが求め、訴える!! どうかこの身に寄り添ってくんなまし!!!」
あ、これはキャラ作りになるオチだ――と、ニコが語った通りに、大した問題ではなかったと私が安堵したのがいけなかったのか、呪文のような言葉を叫んだ後に、糸が切れたように栞子ちゃんが倒れ、彼女が私だけが見てる状況が良いと言ったので、バレないように見守っている一同が、ざわめきに似た声をあげるけど。
駆け寄ってみると脈拍も正常だし、呼吸も特に乱れた様子はない、身体に熱を帯びているわけでもないから、いきなり大声を出したゆえに貧血に似た症状か、単なる立ちくらみか。
ただ、目覚める様子がないので「頑張ったね」って感じで額の汗を拭いたり、他のメンバーが近くに寄っても大丈夫そうなので手招きし、じゃんけんに勝利した菜々ちゃんが「以前からの疲れも出たのでしょう」というので、やっぱり今まで通り――と、このイベントを終了しようと締めの言葉に入った瞬間に。
「……ここはいったい、私は全て失ったはずでは?」
言葉が聞こえた一同は驚きを隠せない。今までは何をしゃべるでもナマりが入っていたのに、彼女から発せられた言葉は生真面目そうな――見た目相応と言えば良いのか、標準語をよどみなく出している。
キャラ作りどころではない、本当に別の誰かが憑依したみたいに――人が変わったようといえばいいのか。
「大丈夫? 体に特に変なところはない?」
何を話していいのかわからなかったので、ひとまず不調はないか尋ねてみた。
すると彼女は驚いた表情を見せ「絵里さん……? しばらく見ない間にずいぶんと大人びましたね?」と言うので「大人もなにも、もうすぐ30になるから……」と、戸惑って妙なことを言ってしまったけど。
「アラサーのババアね」「ババアが若作りしてる」と、同年代の皆様のヤジにも覇気がない。
今まで「若い」と言われるケースはあっても「大人びた」と表現されたことがないから、自分自身も、周りのみんなもどう反応していいのか分からないんだ。
「……せつ菜さん……ですか?」
周囲を見回し、近くに菜々モードのせつ菜ちゃんがいることに気がつき、おずおずと名前を問いかける。
せつ菜ちゃんも戸惑いを隠せない、自分を知っているとはいっても、今までの栞子ちゃんとは醸し出す雰囲気も、口調もまるで違う。
それに――大人びたと表現した以上、一朝一夕で顔が変貌するわけでもないから、大人びてない私を見たことがあるんだ。
ちょいちょいツバサを手招きし、彼女は「死ぬほど嫌そうな顔」をしながら寄り、
「念のため聞いておきたいけど、彼女は知ってる?」
「……申し訳ありません、どちら様でしょうか?」
これで今までの三船栞子ちゃんとは別人だと判明――だって、冗談でも「ツバサを知らない」なんて言おうものなら「分かったわ、これから忘れないように消えない傷をつけてあげる」とか言って、忘れないように殴りつけてくるから。
それに私が休日を頂いていた時には、ツバサを顎で使っていたそうだから「どちら様でも」「初対面でも」ないのは確実だし。
「A-RISEの綺羅ツバサ……ご存知ない?」
「……そのような名前のスクールアイドルグループは知っています。同好会に所属していた短い間に、たくさんのことを教えていただきました」
短い間も何も、現在彼女はスクールアイドル同好会の部員だ――つまり、ここではないどこかで、短い期間スクールアイドル同好会に所属をしていた三船栞子ちゃんらしき人物が憑依している。
一人一人に確かめてみたけど、SaintSnowは知識であるだけ――理亞ちゃんも顎でコキ使われていたそうなので、やっぱり初対面というのはおかしい。
「……ランジュ? 私の知っているあなたとはまるで雰囲気が違いますね」
「私は昔からこういう人、あなたの知っている鐘嵐珠はどんな人?」
「幼なじみです、昔からあなたのことを私は知っている。気が強くて、能力が高くて、自分の思い通りにいかないと不平不満を漏らすようなわがままな部分があって」
「……ステージの上のアタシが、そんな風に表現されることがあるけど」
ステージの上で不平不満を漏らしたことがないので、そのようなイメージを持たれるとの話だ。
しずくちゃんが「ステージの下のスクールアイドルは至って普通」と新聞紙面で語ったおかげで、ステージのイメージをそのまま相手に持つ生徒は極限まで減らされた。
紙面に載った写真にモザイクさえかかっていなければ、もう少し彼女の人気も高まったに違いないのに。
「それに、エマさんと随分と仲が良いみたいですね?」
「アタシとエマは年齢は違うけど、親友と言って差し支えない関係よ」
その言葉に栞子ちゃんは驚いた表情を見せる――どうやら彼女のいた場所では、ランジュちゃんとエマちゃんの関係は険悪か、かなり悪いと言って差し支えがないよう。
「信じられません……私のいた場所では、ランジュと友人関係を育むなど……」
その言葉に多くの面々が苦笑いする――口から素直に出た言葉なだけに、相手を貶めようとか、悪口を言おうとする意図はないんだろうけど。
そしてその言葉に苦笑いされてることに、どうしてだか分かってない――もしかして、自分のやっていることに気を回すほどの余裕がない?
「よほど殺伐とした場所にいたのね? いいのよ、ここには特に問題がないから」
「問題がない?」
「そうよ、自分が何を言ったかゆっくり考える時間なり、誰かのことに配慮してみたり……のんびり過ごせばいいのよ」
何から何まで完璧にできる人間はいない――彼女がもしも、自分の言った言葉に疑問を持てるほど余裕がなかったとしたら、自分のしている行動を振り返る時間がないほど忙しかったとしたら――それだったら、間違えてしまってもしょうがない。
今、自分たちに必要なのは彼女の間違いを指摘するんじゃなくて、彼女自身が間違いを自覚するのを待ち続けること。
かつて間違えてしまった私が、間違えている人間を見て、間違いを指摘されることがいいことばかりでないのは知っている。
どんどんどんどん意固地になり、どうしようもない状況に追い込まれて、それでも人は手を差し伸べてくれる。
だから今度は――今度は私が、彼女に向かって手を差し伸べる番だ、昔、手を伸ばしてくれた穂乃果みたいに。
とりあえず、ことりに対して「雰囲気が凶悪になりましたね」と表現したことに悪いとの自覚を持ってくれるまでは……彼女にはゆっくりしとしてもらいたいところだ。
私が殴られておくので……。