私が接客しようとするのが嫌だったのか、穂乃果は雪穂ちゃんに常連のお客様の対応を任せ、私はといえばお茶で喉の渇きを潤しながら、彼女が「すごく可愛いね!」との言葉を始まりにして、おべっかを連続で語りながら、結が丘女子高等学校に通う澁谷かのんちゃんと交流する様を眺める。
穂むらにやってくるお客様で、常連の方ではない場合「μ'sのリーダーがいる」との評判でやってくる人もいれば「アニメに出てきた聖地」を見物に来る方もいる。
どちらが金額を出してくれるかといえば、聖地巡礼に方々らしく「もう少し身だしなみに気を遣ってくださると」――どうやら食べ物を扱う店として、清潔さには気をつけていただきたい模様。
ルール違反であげつらわれる前に、金額を投資して悪評を防いでいるのでは? と、よこしまな大人の私は考えついてしまった。
なんでも都内で喫茶店を営業されている澁谷かのんちゃんは、新設校で美麗な校舎に気分の高まりを感じながら高校生活を送っているとか。
これでまたオトノキの首が締まって、ことりママンが「共学化とかしたほうがいいかしら」みたいな、変なことを言い出さなければいいけど。
何年かに一度廃校を匂わせて生徒を集める手腕は、閉店セールみたいだからやめてほしいと言われた手前、では共学化とこすいことをするかもしれない。
スクールアイドルで頑張っても、浦女みたいに閉校やむなしとなれば、学校の看板下ろす必要だってある。
前述した浦の星みたいに、何年か前から「閉校します」と宣言していれば、悲しいけれども、悲しさは時間が解決してくれる。
ただ、何とかして下さいと現役の生徒にお願いされたら「仕方がない」と自分が立ち上がる未来が見える――そもそもお願いされるのか、との想定が現実味を帯びるので、取らぬ狸の皮算用だけども。
「スペインのクォーター?」
なんとなく自分との共通点がある単語が聞こえたので、二人の会話に耳を傾けると、私のつぶやきも聞こえたのか、かのんちゃんはびくりと体を震わせるけど。
やっぱりクォーターとか、ハーフとか、とにかく日本人100%じゃないって言うと、色眼鏡で見られることがある。
「大丈夫だよ、あの人は宇宙人の血が入ったクォーターだから」
「どうぞよろしく、火星から来ました」
手をあげながらピコピコ言ってみると、高坂姉妹は思わず吹き出した。
火星の血が入っているかどうかはともかく、常識人の皆様からするとすっとんきょうなことをしたり言ったりするみたいで。
何百年か前に宇宙人と結ばれた先祖がいて、その可能性はあるかもしれない、AZALEAの歌で妙に心がしみる時があるし。
ダイヤちゃんに言ったら「わたくしとの共通点ですわ!」と喜んでくれたけれども、あなたはもしかして先祖に宇宙人がいるの?
「ほ、本当に火星にご先祖様が?」
ところがどっこい、あからさまに冗談だとわかるトークにかのんちゃんは真実味を感じたのか、両手で口を押さえつつ、目を開いて驚いた表情を見せた。
私の両手と両足が触手に見えたのだろうか、自分が気づいていないだけで「実は火星人とのクォーターです」と言うと、本当かもしれないと納得できる要素でもあるのか。
雪穂ちゃんは妙にツボにはまってしまったのか、おなかをくの字にして声を殺しながら笑っているけど、穂乃果はそんな妹を見て、少々機嫌を害したらしい――できれば私としては笑いものにされている時は、笑いものにして欲しいものだけど……。
この場に妹がいようものなら、LINEのメッセージに反応しないという報復を食らう可能性がある。
姉の願望ではなく、雪穂ちゃんは度々私をぞんざいに扱っては、妹から報復を受けるので。
いくら妹のやることとはいえ、ぞんざいに扱ったくらいで機嫌を損ねるなどいけない――と、年上らしく窘めてみたら、後日に海未から「もしも亜里沙が誰かにぞんざいに扱われて絵里は許せるのですか? 例えば私から、半径1メートル以内に近づかないでとか」と言われ。
私は首を傾げながら「もしも本気でそんなことを言っているのならば、私はあなたの首の骨を折らなければいけないわ」と何も考えないで言ってしまったらしく(記憶にないけど、そう言ったらしい)重ね重ねシスコンは病気との印象が皆様から持たれた。
「すみません、ちーちゃん……友達にも、素直に物事を信じすぎだって言われてて」
「素直で謙虚なのは美徳だから、どうかそのままでいて」
世の中には馬鹿正直って言葉があるけど、正直で何が悪いのか、素直に悪口を言ってしまうのはともかく、素直に驚いてみせたり、素直に褒め言葉が口から出たり、素直に一生懸命頑張っていたり。
美徳以外の何者でもない、馬鹿正直という言葉はそうなれない人間が正直者を揶揄する時に使う言葉だ、人間謙虚で正直にまっすぐ生きていれば必ず誰かが助けてくれる。
もしもそんな人が困っていたら、私はすぐさま飛んで行って、いらぬ世話を焼くつもり。
「どうしてですか?」
「素直で謙虚で正直に生きている人は運がいいのよ」
素直で謙虚なゆえに、人を騙そうとしている人から騙されることもあるかもしれない、悪く言われることもあるかもしれない。
他の人が体験しないようなとんでもない事態に巻き込まれるかもしれない――それでもなんとなく生きている、すごくお金があるとか、友達がいっぱいいるとか、見た目がすごく幸せそうでなくても、なんとなく生きている。
すごくお金があってお金持ちで美少女をはべらせていても、なんとなく死ぬ人間がいる一方で、そうは見えなくてもなんとなく生きている人は、正直に素直に謙虚に過ごしている。
そういう心根の豊かな人は、とにかくまぁ運がいい。困った時に誰かが必ず助けてくれる。
やるべきことはやらない人で怠惰の塊では話が違うかもしれないけど、人から愛される人は傍目から見て幸福に見えなくても、自分自身が幸福に感じていなくても、なんとなく生きていける。
この世界の中でなんとなく生きていける人はどれほど幸せなことか、少なくとも人から愛されず、信頼されず、後ろ指を指されるような人よりかは、たとえ困窮していたとしても幸せなことだ。
ただ、素直で謙虚で正直な人でも、何かに悪口を言うようでは幸せが逃げていく、そういうことはどうぞ心の中にしまっておいてほしい、沈黙は金という言葉がある。
あれこれ構わず口から出しているようでは子どもと同じ、どうか自省を持って沈黙を保っていてほしい。
「確かに……友達に囲まれてます――ピアノを弾いてくれる恋ちゃんとか、クゥちゃんとか、ちーちゃん……あと、彼女はもしかしたら私の事を友達って思ってないかもしれないけど、平安名すみれちゃんも」
聞き覚えのある名前が出てきた――雪穂ちゃんは聞いたことのない名前だと思うけど、穂乃果は学園の寮で会ったことがある。
名前と顔が一致するかどうかは分からないけど、事あるたびに「ギャラクシー」って言ってた子と告げれば「あの子か」とわかってくれるはず。
ちなみに〇〇子とあだ名をつけるかすみちゃんからは、名前にあやかった呼び名ではなく「ギャラ子」と呼ばれていて、それ以来一部の子からは「ギャラ子さん(ちゃん)」って言われたりもするけど。
でも、愛ちゃんの「ギャーちゃん」は本当に誰のことを言ってるのかわからないのでやめていただきたい。
ちなみにすみれちゃんが度々学園にやってくるのは、敵情視察であるらしい「自分一人でラブライブに優勝してみせる」と強気に言っているけれども、かのんちゃんが友達いるなら彼女もスクールアイドルに誘えばいいのに。
「スクールアイドルですか? ちーちゃんから誘われてグループには入っていますよ、名前ももう決まっているんです、4人しかいないんですけど」
「4人?」
「先ほど挙げたすみれちゃん以外のメンバーです」
「……ぜひにも彼女も誘ってあげて、もしも渋るようなら、絢瀬絵里って人がグループに入れって言ってたって伝えてほしい」
新設校が名を上げるためにスクールアイドルをやるとか、ラブライブに優勝するためにスクールアイドルをやるとか――目的は様々だけど、みんなと仲良くなるために一番良い手段がスクールアイドルだった――と、なってくれるのが一番嬉しい。
「でもいいの? 東京予選にライバルが増えちゃうんじゃ」
「楽しくやってて、他の人に見て欲しいってなったら、ラブライブ予選はいい舞台だと思うわ、勝つことを目標にするっていうなら止めるけど、楽しむのを目的にして、予選を踏み台にしてくれるんだったら、それってとってもいいことじゃない?」
「ラブライブの運営様に聞かれないようにしないと……ま、私も同意見だよ。どうにもラブライブの規模が大きくなった頃から、他のグループに勝利することがスクールアイドルってイメージがあるんだよねぇ」
どうにも他のグループからA-RISEに勝ったなんてすごいと、言われることがあるけれども、自分たちが自分たちの出来ることを一生懸命やった結果、オーディエンスはμ'sを選んだだけで、勝とうと思ってパフォーマンスをした記憶はないし、こうしたから勝てたというイメージもない。
ツバサにそんなふうに言ってみたら「自分達はμ'sをライバルだと思っていた、絶対に勝つんだと思っていたわ」「そこが自分たちの敗因の一つなんでしょうね」と苦笑いしながら言われ「光栄だけども、やっぱりあなた達がプレッシャーに負けただなんて思わない。オーディエンスが選んだのがたまたまμ'sだったっていうのが、しっくりくる」と。
「……そうか、それが私たちが……Aqoursに負けた原因なのか」
ラブライブ決勝でオトノキと雌雄を争ったAqoursだけど、雪穂ちゃんは現在に至るまで「パフォーマンスでは自分達は勝っていた」と言っていたし、千歌ちゃんも「その通りだと思います」と認めていた。
一部のサイトでジャッジミスではないか、と、度々論争の火種になるけど――有名税みたいなものだ。
コメントを求められたら「自分達は関知していないので」と言うしかないし、更に突っ込まれれば「パフォーマンスでは確かにオトノキのほうが上だと思いますよ」と言う。
「え? もしかして皆さんはスクールアイドルだったりするんですか?」
繰り返すけど、かのんちゃんはランニングの途中で美味しそうな店があったから寄っただけで、μ'sのメンバーに会いに来たとか、聖地巡礼のためにやってきたってわけじゃなかった。
そういえば自己紹介を忘れていたと、穂乃果も言いながら苦笑いし、もちろん私も名前を名乗ってなかったと気がつき、
「私の名前は絢瀬絵里、こちらは高坂穂乃果、昔の話だからわからないかもしれないけど、μ'sってグループのメンバーよ」
「エェェェェェ!!?? あなた方がすみれちゃんがギャラクシーナンバーワンユニットオブギャラクシーな! μ'sの方々なんですか!」
とても不思議な言葉が聞こえてきたけど、すみれちゃんの中ではμ'sってのはすごいユニットらしい――ギャラクシーナンバーワンユニットオブギャラクシーとは、どういう意味を持っているのか、何を表現しているのかは「しおりこちゃん」問題が解決した今でも分からないし、すみれちゃん自身も「どういう意味なのかわからない」と言っているので、とにかくギャラクシーということで。