「しおりこちゃん」騒動から数日。
食堂にて期末テストなる言葉が聞かれ、夕食を採る一同が「朝香果林ちゃん」の顔を眺めたけれども、彼女はテストよりもコオロギをいかにおいしく食べるかにこだわっていた。
読者モデルの中で流行っているとか、スクールアイドルの中で流行っているとか、はじめには大義名分をつけて昆虫料理を楽しんでいたけど。
最近では理由付けすらめんどくさくなったよう。
久方ぶりに帰ってきた栞子ちゃんに「カブトムシ!」と言って、煮付けを作って貰って以降、昆虫食への探究心を隠さなくなる。
そんな果林ちゃんのイメージは近寄りがたい読者モデル。
クールで沈着冷静なかっこいい人というより。
ゲテモノを食べながらも美少女モデルとしての 地位を保っている変人との評判が聞かれるように。
綺羅ツバサであるとか鹿角理亞であるとかの伝説と謳われるスクールアイドルと呼ばれる面々。
実情が変人であるとあっけなくバレており。
変人の一人や二人が増えたところでと、寮生の皆様は豪気な判断をされ。
読者モデルがカブトムシを食べていても「まあ、そういうこともあるよね」と考えるようになってしまった。
ただ。
テストの点数は昆虫料理の食べても向上するわけじゃない。
予習復習等の反復をしていなければ知識はすぐさま抜け落ちてしまう。
記憶は優秀ではないから、昨日覚えていたことでも、翌日には忘れているものだ。
――なんでも7割方脳から抜け落ちてしまうらしい。
ツバサが人間の記憶っていうのは――と、説明してくれ「確かに、何もかも覚えていたら大変よね」と反応したら「あなたはどれくらい記憶を保っていられるの?」と質問された。
「覚えておきたいことは覚えていると思う」と言いつつも、人間の記憶はそら都合よくいかない。
覚えていたいと思っていても忘れることもあるし。
忘れてしまいたい黒歴史が夢に出てきて「忘れるな」と訴えてくることだってある。
今の会話を果林ちゃんの前で話していたら「私は覚えていますよ」と言う。
すると「今日の授業で何を習ったのか覚えてる?」とエマちゃんに追撃された――果林ちゃんの表情が思わずひきつる。
ここで、自分はちゃんとしているからと主張したまでは良かった。
今の会話が予習復習してるのかっていう問いかけに気づいて、瞬間的に反応をした――さすが読者モデル、インタビュー慣れしておる。
でも、エマちゃんが「予習復習をちゃんとしている」と嘘をついた果林ちゃんに厳しくあたるのは当然。
過去の中間テストでは彼女が追試地獄に陥る――3年生のこの時期に大丈夫と理事長にも指摘されてしまった――監督不行き届きで私も怒られたけど。
「もちろんよ、日本史と現代文と」
「そうじゃなくって、授業の内容は覚えてる?」
「……ノートにはきちんと書いてあるわ」
「じゃあ確認させてもらっていいかな?」
「あいにく字が汚いものだから確認できないかもしれないけど」
「大丈夫だよ、弟や妹たちのノートを見てきたから、少しぐらい字が汚くても読めるよ、分からない日本語は絵里ちゃんに確認してもらうから」
とても仲の良い二人だけど、ライフデザイン学科と国際交流科では授業の内容も進み方も違うよう。
だから、果林ちゃんが授業はちゃんと取り組んでいましたと主張をすれば、学科が違うエマちゃんは追撃できない。
ここで同じ学科の彼方ちゃんに連絡をとる手段もある。
でも彼女は特待生の地位を保つので忙しいの。
家庭教師として真姫が勉強の面倒見てくれるから――すごく忙しいってわけじゃないとは思うけど。
真姫が面倒を見るって話になったおり。
桜坂しずくさんが「では私の家を貸し出しますので!」と強引に話を進め、学習に不安のある面々を取り揃える――おふざけに舵を取らないか一縷の不安があるけど。
合宿大好きキャラの海未が「勉強はよく分かりませんが、ちゃんと取り組んでるかどうかくらいは見られますから」と同行してくれた。
大丈夫だとは思うんだ……無事かどうかだけは心配なだけで。
各々が各々に学習していく姿を眺めていると「自分はそこまで真面目だっただろうか」と考える――なにぶん記憶にあるのはスクールアイドルのことばかり。
「ところで果林ちゃん、部屋の中でノートを拾ったんだけど」
「……どうして部屋の中に入ってしまったの? プライバシーは尊重されないといけないわ」
「このノートしばらく何も書いてないみたいだけど、授業にちゃんと取り組んでいるのか不安になっちゃうんだけどな」
「……それは授業に使っているノートじゃないのよ、ええ、そうに決まっているのよ」
「果林ちゃん、そろそろ白状しようか――ノートをちゃんと取ってないし、授業もあんまり聴いてないよね?」
ごまかせないと気がついたのか、彼女は罪を認めるように頭を下げ「今回のテストで追試だと、夏休みが半分くらい潰れてしまうの……お願いですから助けてください」と、素直に白状。
桜坂家での勉強合宿に朝香果林ちゃんが追加されたけれども「よく進級できたね!?」との彼方ちゃんの叫び声が聞こえた以外は、順調に学習は進んだ模様――や、本当によく進級できたと思う。
※
学生がテスト勉強に取り組んでいる間、大人達は「スクールアイドル部とスクールアイドル同好会、どちらがラブライブ予選に出場するべきか」と話し合ってた。
多くの女子生徒から「カリスマ読者モデル」扱いをされている果林ちゃんは抜群の知名度と人気を誇るし。
優木せつ菜さんは相変わらず大人気だ、同好会の中では別格の動画再生数を誇る。
東雲や藤黄やUTXなど人気のグループがいる高校の再生数には劣るけど――あ、そういえば。
遥ちゃんは東雲学院で 1年生ながらセンターに選ばれたと彼方ちゃんが胸を張っていた。
ライブの際には彼方ちゃんに誘われ、大声で遥ちゃんを応援する金髪ポニーテールと、デコのリーダーと、シスコンのお姉さまが見られた。
――東雲学院のみんなは死ぬほど恐縮していた、やっぱりツバサまで付き合わせたのは失敗だっただろうか。
遥ちゃんを観たいっていうんだもの、観たいって言われたら逆らえないもの……。
「ラブライブの本戦に出ると考えなければ、どちらでも構わないんじゃないかと」
長い間UTXでラブライブ出場に向けてのレッスンをしていたから、ニコはこの手の知識には明るい。
ただ。
UTXには「スクールアイドル同好会許すまじ」と、恨まれてしまっており。
彼女たちは勘違いしている――ニコが指導しているのはスクールアイドル部であって、同好会のメンバーじゃない。
UTXに通う矢澤虎太郎クンを中心としたメンバーが「同好会ぶっ潰す」と息巻いているため。
どちらが出場しても本戦に出るのは難しいとしか。
それに東雲学院や藤黄学園もUTXに負けるものかと頑張っている様子。
部や同好会の一部のメンバーが彼女らよりも優れているけれど。
学校の代表として何人か揃って出るとなったら、練習もし直さないといけないし――学園のライブは個人のものが中心だ。
璃奈ちゃんが本番のステージに立ったことがないから、いきなりラブライブ予選でってなったら――やはり難しい。
「以前からの目標の通り、スクールアイドル部にラブライブは頑張ってもらいましょう」
スクールアイドル部のみんなは個人でステージに立つこともあるけど。
基本的に部員が揃ってパフォーマンスを見せるケースばかり。
まとまりがあるかと言われればまとまりはない。
どこかの高校に勝てるほどレベルが高いかと言えばそうでもない。
ただ、大人数でステージに立った時には同好会よりも優れたパフォーマンスをしてくれるでしょう――との判断から、特別期待するわけじゃないけど、応援はするよ……みたいな。
※
「そりゃ期待はされないですよね……」
と、雪菜クンは現実がはっきりと分かっている。
パフォーマンスを見るんだったら優木せつ菜一択だよね! と言われてしまっているし。
彼自身もレベルが低いってわけじゃないけど、楽しませようとの意欲が優木せつ菜は別格だし、そこが応援されるポイントだ。
璃々ちゃんはラブライブ予選を知っているのか知識が怪しい。
ようやく1ステージ体力が持つようになった朱音ちゃんも「倒れなければいいよね」みたいな感じ。
雪姫ちゃんも芸能界で培ってきた経験と、スクールアイドルが全く別物だと早々に気がつき「もっと鍛錬をしなければいけません」と。
――そう、みんながみんな「胸を借りるつもりで」「鍛錬の一環として」と言い。
伝言を頼まれた絢瀬絵里も、さほど反発も反応もされず。
考えていた彼女たちを乗せる文句は披露できずに終わった。
※
予選一回戦の相手がUTXに決まった。
くじを引いた雪菜クンは「さすがオチをつける人材!」「敗戦確実の相手を引くなんて!」「応援する回数が一回でよかったですよ!」と、皆様にフォローされつつ本番を迎える。
姉のツバサも「全身全霊なんて考えなくてもいいのよ、ファンの皆様を第一に考えなさい、そうでないと自分たちみたいに決勝であっさり負けてしまうわ」と――その発言はどうかと思うけど、あっさりって言うか……あっさりだったんだろうか……?
スクールアイドル部の顧問として、予選会場にやってきたニコにはUTXの学生たちが、我先と駆け寄ってくる。
「先生に教えていただいたことを全身全霊でステージで披露してみせます!」と気合もたっぷり。
近くにいたツバサにも声をかけ「別の高校の顧問なんだけどね……」と苦笑いしながらも「UTXの代表として恥ずかしくないパフォーマンスをなさいな」とアドバイスを送る。
でも、私は違和感を覚えていた――ツバサが伝えたいアドバイスは、雪菜クン相手に言った「ファンの皆様を第一に考えなさい」だと思うんだけど。
UTXのみんなには「高校の代表として恥ずかしくないパフォーマンスを」と、UTXは格上だから、ファンのためとの想定が植え付けられてるってこと……?
※
本番前のステージ横で、緊張する面々の前に立つ。
なにぶん、UTXのみなさまにニコもツバサも取られてしまった、彼女らに付き添えるのが私くらいしかいなくて申し訳ない。
「誰からも期待をされていない。応援してくれるのは自分たちの仲間ばかり、それでもステージで全力を尽くそうなんて考えてはだめよ……大事なのはステージの下に立つみんなが何を求めているのか、何を考えているのか、思いやって、配慮して……みんなから応援されるようなパフォーマンスをしちゃいなさい」
「……それってレベルが低いってことですか」
「スクールアイドルはレベルの高低で争うものじゃないから、みんながこのスクールアイドルを応援したい、都の代表として応援したいっていうスクールアイドルグループなら……もしかしたらUTXにも勝てるかもしれないから」
「……パフォーマンスで勝つんじゃなくて、応援したいと思うスクールアイドルになる……」
雪菜クンはぽつりと呟き。
「みなさん、私はスクールアイドル部の中で一番の落ちこぼれです。みんなに支えられてようやくセンターにやってます。今日も私を支えることだけを考えてください――UTXに勝とうとかそういうんじゃなくて、この情けないセンターを精一杯支えてくださればそれで結構です」
「絵里」
何とも言えない意気込みを雪菜クンがした。
それが璃々ちゃんの中で、私の名前を呼ぶ理由になったのか。
彼女は透き通るような青い瞳で見つめ、何を考えているのかよく分からない声色でさらに続ける。
「あなたがスクールアイドルをやっていた時、ファンのみんなに一番喜ばれたことは何ですか」
「自分がパフォーマンスを完璧に成功させた時――と、言いたいんだけれども、ファンのみんなに9人同時にお礼を言った時かしらね? 本当に内緒よ?」
すごいステージを披露して喜んでもらえたこともあるけど。
心の底からファンに感謝を述べた時に、いつもとは違う歓声をもらった記憶がある。
みんなに支えられて自分たちはいるんだってパフォーマンスを終えた時に気が付き。
μ'sが9人同時に「ありがとうございました!」って言った時には歓声をもらった記憶がある。
合わせようって思ったわけじゃなくて。
感謝をしようとか考えたわけじゃなくて。
口から「ありがとうございました」って言葉が9人同時に出てきた。
だって、その言葉が出てきた瞬間「なんでみんなで同じ言葉を言ってるの」と言いたげに見合ってしまって。
その仕草でファンが、自分たちが聞いたこともないような歓声をあげたんだ。
「ユキ、アカネ、セツナ……自分たちには少ないかもしれないけどファンがいる。ファンの支えでスクールアイドルができてる。そのファンのためにできることをやりましょう」
「その通りですね、センターを支える前にファンの皆様に感謝をしなくちゃいけません、そこですよセンターのヒト」
「本当ですね、また私は自分のことばかりを考えて……ファン皆様には色物扱いされているようで……それでも応援してくれることには間違いがありません」
「ファンのためなんて考えたことないけど、応援している声が気持ちいいっていうのは知っているわ。観客席には英玲奈もいるでしょうし……他のみんなが感謝するって言うんだったら、メンバーの私もしなくちゃしょうがないし」
意気込みを終えたスクールアイドル部のみんなが「ありがとうございます、大切なことを教えていただきました」と頭を下げる。
――信じられないことに、合わせようとしたわけでもないのに……。
初めてかもしれない――彼女たちを応援しなければいけない衝動に駆られたのは……もちろん今までだって面倒を見たこともあったし、応援していた気もするんだけど……。
心の底から……今まで彼女達をちゃんと応援してきたのかって疑問に思ってきて。
だったら今からでも全身全霊で応援しなくちゃいけないなって。
「頑張れ、スクールアイドル部のReStars。頑張れ……星はいつだって空に瞬いている。だから上を見上げていけ!」
「はい!!!!」
※
と、ここでUTXに勝利できればもちろんカッコよかったんだけど。
センターの雪菜クンは振り付けをミスしまくったし。
朱音ちゃんは途中でヘトヘトになって歌えなくなっていたし。
雪姫ちゃんも璃々ちゃんもいつもの通りにとはいかなかったから。
それでも彼女たちは一生懸命パフォーマンスをして――。
ステージを終えたときに4人同時「ありがとうございました! 虹ヶ咲学園スクールアイドル部……ReStarsでした!」と大きな声で言って、ファンから大歓声を浴びていた。
※
寮に帰ったら真姫がいて「青春って素敵よね」と言う。
私も「青春みたいな事やってみたいわね」と続け。
ツバサも「青春と言ったらものづくりよね」と反応。
みんなで何かを作るのは楽しいかもと考えてしまったのが良くなかったか。
「ものづくりって言ったらやっぱりゲームかしらね?」
と、何も考えずに口から出す。
その時はみんなが「ゲームはないでしょう」と言ったから、私も「そうよね~」と続けて――
※
みんなで食事をして、お風呂にも入って、学生たちが眠ってから酒盛りをして。
そして翌日に。
「ゲーム作りたいわね」
「ゲームがいいんじゃないかしらね?」
2日か3日でブームが終焉するかと思いきや。
ゲームづくりが楽しいコトに気がついてしまう。
夏休みになり閑散とした寮の中で、大人達は「冬コミに参加してゲームだしたら面白いんじゃないの」と言い出した――セミがミンミン鳴いているから、頭が茹っておかしなことを言ったのだ。
そうに決まっておる――。