どうやって勝負をお断りするか考えていると、管理人室のドアをノックする音が聞こえ、セミの鳴き声が本格化してきて、ついに学生たちも目上の人の部屋を来訪する時にノックをするというマナーを身につけたか――と、少し嬉しくなってしまった。
かしましい子達に「もしもドアの奥で見てはいけないことをしていたら、どうするつもりなの」と、何度となく声をかけたけど「絵里ちゃんにそんな相手いないし」「もしかして絵里ちゃんの正体って鶴なの?」と、ネタにされてしまった。
生憎と誰かに恩返しをするためにこの世に生を受けたわけじゃない。人間の生きる目的がそう、だとは考えるけど。
よもや私だけが来訪する時にノックをしてない――その可能性はあるまいと考えていたら、ニコの部屋を恭しくノックをする学生を見つけ「どうして私の部屋と違ってノックをするの?」と言ったら「部屋でいけないことをしている可能性は大いにありますから」と言われ「確かに全くもってその通りだ」と納得してしまった。
ニコほどの美少女で高給取り、はてには料理上手で家庭的な才能もふんだんに持ち合わせている――よくよく考えたら引く手あまたじゃないか、と考えた私は、後日「恋人ができたら遠慮せずに報告してね、私のことを気にする必要はないから」と真剣な調子でいい。
ニコから「今のところ忙しくてそんな予定はない」と告げられ「なるほど、私も忙しいから恋人を作る暇がないのか」と反応し、目の前にいる彼女から「あんたの場合は誰にも選ばれないからでしょ」と、ぐうの音の出ない正論を叩きつけられてしまった。
二の句を継げないとはまさにこのこと――コロコロと可愛らしい声で笑うニコに「縁結びの神様にお祈りをしよう」と――神様って名乗ってるやつが教育実習生としていまだに学園に在籍しているので、神様にお祈りしようって気分は控えめ。
「遠慮なくどうぞ、ダイヤちゃん」
さて、過去回想して時間をつぶしてしまったけど、私の知人で部屋をノックしてくれる礼儀があるのはダイヤちゃんくらい。
他のメンバーは、勝手知ったる自室を扱うが如く。
穂乃果に驚かれたんだけど、海未は幼なじみの部屋に招かれた時でさえノックをするのに、なんで絵里ちゃんはと告げるので。
そんなことは私が聞きたい、と首をかしげながら言うしかなかった。
「おはようございます――理事長と同じものですがどうぞ」
丁寧に菓子折りを持って来てくれるなんて嬉しい――そんな風に言うと、彼女は苦笑いをしながら「自らが招いた種ですから」と。
やっぱりそうなんだなって思った。
桜坂家の使用人として紛れ込み、以前まで私に嫌がらせをしていた人間は、元々黒澤家でサファイア再興を謳っていたようだ。
尻尾を掴むのが難しかった人間らしく、その人から芋づる式に隠れていた人間が出て来たと――私に感謝をする前に、同業者を裏切らせて味方に手なずけた梨子ちゃんに何か持って行ってあげてほしい。
「これでなんとか妹の意思に沿わず、自分の思うがまま――と考える人間はいなくなるでしょう」
「本当ね、権力と立場ってものを身につけると、面倒なことがたくさん――私も生徒会長なんてやってなければよかったわ」
「一緒にされるとそれはそれで問題があるような気がしますが」
黒澤家に三姉妹が戻って、血縁者同士が仲良く揃って暮らせばハッピーエンドじゃないか――そんな目的の為だったら私だって協力するけど。
問題なのは黒澤家に双子が生まれて同時に育てると、とても不幸なことが起こるっていう話。
三姉妹が揃えば黒澤家に問題が起こり、一族が不幸になったぶん、甘い汁を吸えるだろうっていう連中がいて。
その人たちからすれば、姉妹が揃って暮らして黒澤家が没落し、その立場にとって変われればって話なのだ。
人を呪わば穴二つ――恨みを誰かに押し付ければ、因果応報として必ず自らに恨みの代償がくる。
第一、悪いことをする人間なんて信用できないじゃないか――悪い人間が急に良いことをしようとか言ったら疑いをもたれるし、悪い人が悪いことをすればこんなやつ信用できるかって話になる。
「もうすぐ妹のファーストコンサートですわ」
自分が返信しなくても誰かしらから反応がある――そんな予測が私の中にもあり、デビューして半年でアキバドームでコンサートやるとか、元スクールアイドルの中でも別格の存在なのに、忙しかったもんでスタンプを私が送ったのを機に誰もがスタンプで返答を済ませた。
「もしかして誰も来てくれないんじゃないですよね!?」と、悲鳴じみた文章が送られたけど。
もちろんそんなことはない――いかにして彼女にバレないようにサプライズをするか。
「自分たちがサプライズでステージに立つとか」A-RISEのリーダーが提案するも「もう引退しましたので」とあんじゅに拒否られ計画は頓挫。
それでなくてもデビューコンサートで元トップアイドルがサプライズでステージに立つとなれば、よっちゃんの話題は確実に下火になる。
ではAqoursでどうだ、μ'sでどうだ、サプライズステージは次々に提案されたけれども「体がついていきません」「よっちゃんの立場にそぐうステージの自信がありません」と、提案してしばらくで拒否が多数派になるものばかり。
じゃあ、いっそのこと誰一人応援に行かない――確かにサプライズとしては最上級だし、驚かれることには間違いがないけど、よっちゃんが膝を抱えてデビューイベントが引退公演に変わってしまう。
仕方がないので各々ができるサプライズを――と、なり。
デザイナーとして活躍する面々は、さりげなく衣装を提供し、作詞作曲のできるメンバーは名前を伏して新曲を提供した。
そのようなスキルのない人間は「やっぱりライブは応援するのが一番」となりまして。
「ハニワプロさんには足を向けて寝られない」
さすがに全員で応援するのは無理がある――そんなことは百も承知だった我々。
「メンバーは厳選しないと」と千歌ちゃんが言い、ダイヤちゃんも「なんとかチケットがとれるように掛け合ってみます」と断られるのを承知で発言。
誰もが「メンバー全員のチケットを用意してもらうなんて無理」と考えたんだけれども。
テレビ番組でありそうな「快く用意していただきました」とナレーションが付きそうなシチュエーションが起こり、しかもよっちゃんには当日まで内緒にすると――どこの世界で善行を重ねた結果でそんなことをやってくれるのか疑問。
とはいえ用意をしていただいた以上「予定があるので参加できない」なんてことは許されないので、私のような暇人はともかく、忙しいメンバーは予定のやりくりに苦労した模様。
「楽曲で千歌や梨子の介入がバレていますから、何か計画しているとは考えているようですけど」
さすがによっちゃんもμ'sやAqoursやA-RISEやSaintSnowといった面々が雁首を揃えて応援に来るとは思うまい。
「でも、私と一緒に行くっていうためにわざわざ?」
「バレないためのミッションは……各々が各々に行っては成功しないと思いません?」
「……まさか、ライブのスタートまで一緒にいるつもりなの?」
それぞれがそれぞれに会場に向かったところで、後ろ指を指されることもないだろうし……と、考えたけれども。
せっかくお膳立てをしてくれたのに「そんなことする必要ないんじゃない」と指摘するのも野暮。
「使うバスはS○Dの方々にご用意いただきました」
「ツッコミどころが満載のボケをしないでちょうだい」
エマちゃんや果林ちゃんといった寮生の皆に見送られ、 我々はよっちゃん応援ツアーへと出発する――