千歌ちゃんがサービスエリア内で購入したたこ焼きを、爪楊枝から地面に転落させた。
「何をやっているのよ千歌ちゃん」とたしなめる梨子ちゃんの声は震えていて「まだ慌てるような時間じゃないよ」と曜ちゃんはもどかしいと言わんばかりに手指のストレッチをしていた。
Aqoursのメンバーが緊張している姿を眺めながら、我々はああはなるまいと決意をし、枯れ木が敷き詰められた藪の中を歩くみたいな態度をしている理亞ちゃんに「これでも食べなさいな」と、私は食べ物を差し出したつもりだった。
自分の手に握られていたのが、ポケットの中に入っていたハンカチだったので「ごめんなさい、あなたはヤギじゃないから食べられないわね」と苦笑いしながら空を見上げ、よっちゃんの心の中も荒天の海のようにざわめき散らかしているんだろうかと。
普段ならば「何をしているのよ」とツッコミを入れてくれるツバサも、自身がステージに立つより緊張しており、英玲奈に「全くお前たちは何をしているんだ」と呆れた声を上げていたけど、彼女もよっちゃんのステージの開始が18時だと認識していたのに、バスツアーは9時に出発したことにツッコミを入れてない――
なんで我々がサービスエリアで時間を潰しているかと言うと「こんなに早い時間に現地入りをしたらバレる」と、アキバドームに着いてから気が付いたのだ。
誰一人「こんなに早い時間に会場入りしても意味がない」と気が付かないまま出発し「こんなに緊張していたら体が持たないんじゃないか」ってくらいに緊張している。
タレントを務めている凛や、デザイナーとして名声を高めていることり、そして何よりアイドルとして活躍していたA-RISEやルビィちゃんなどはサインを求められたけれども「サインってどうやって書くんだっけ?」と不安気に四方を見回し、ファンから「ご自身の名前を書いてください」切望されていた。
「あぁそうか自分の名前か」と普段ならば、これに書いてくれって適当なものを渡されれば「絢瀬絵里」ってミミズののたくった字で書く一同も、ご丁寧に自らの名前を書き「達筆ですね」とファンから言われていた。
あれを芸能関係者やファンに「アイドルのサイン」として見せたら「お前が書いたんだろう」とツッコミを入れられそうな産物が出来上がっている。
や、本当に書類に明記するみたいな感じで、自分の名前を書いている一同を眺め「自分にサインを求める人がいなくてよかった」と心から安堵している――珍しく僻み根性もひとつもない。
知人がファンにサインを求められていたら、こんな私でも「ちょっとサイン書いてみたいな」と卑しいから考えるのに。
※
頑張って時間を潰した一同は、ハニワプロの皆様から「こちらから入場してください」と言われて何の疑問も持たずに入場し、白地の壁に落書きをするような高揚感と不安を覚えつつ「ステージ前の彼女が気がついてしまうといけないので変装してください」と言われたので「気がつかれてはいけないな」と、半額の商品を手に取るみたいな感じで何も考えずに変装をした。
この手の「自分の正体を偽ってバレないようにする」技術は心得ており、凛から「私にもやってほしい」というものだから「任せておいて、星空凛だってわからないようにかわいくしてあげるから」と、心の中にしっかりとやらなくてはと合図を送り「なんでこんなメイク術を身につけてるの?」とことりから睨まれてしまった。
ファンの皆様に紛れてよっちゃんを応援することになるのだろう――そんな予測は見事に外れ、エアポケットみたいになっている部分に全員が集められ「こんなところでサイリウム振ってたら、自分たちの方が目立ってしまうのでは?」と考えたけれども。
「ファンの皆様の安全を考慮して」と説得されれば「トップアイドルが応援してたらファンはそっちは見る」と納得してしまった。
「なんといってもデビューイベントだからね、彼女もこちらを見ている余裕はないでしょう」
その通りだと思う――A-RISEのデビューイベントには呼ばれもせずに行ったけど(呼ばなくてもくるっていう予測があったらしい)彼女たちはファンの中に紛れている金髪ポニテに気がつかなかったそう。
後日に「いたの?」と言われたから「先頭で大きな声出してたけど」とちょっと憤慨しながら言ってみると、ツバサは申し訳なさそうな表情をしながら「ごめんなさい、緊張していないつもりだったけれど、先頭に立ってるあなたに気が付かないなんてね」と言われてしまえば「あなたでも緊張することがあるのね」と言うしかなかった。
ラブライブ本戦にて、A-RISEが応援の声をあげてくれてたらしいんだけど、μ'sのメンバーは誰一人気が付いていなかった。
後年アニメでその模様が放送され「あれって現実じゃないよね?」と私が言ったら「現実よ」と怒られてしまったし。
どうしたって信じられなかったので穂乃果と一緒になって、英玲奈やあんじゅにも確認したけど「現実」だったそう――ごめんなさい、妹には気が付いていたんだけど。
花陽やニコに「あれは現実だったらしい」と声をかけたら、宝くじの一等が当たったのにそれを川に落としたみたいな絶望的な表情を浮かべ「え?」と言い「土下座して謝りに行くから付き合って」と誘われた――穂乃果と一緒になって土下座したのにとの反応はできなかった――本当に申し訳ない表情をしていたものだから。
ステージが暗くなって「これから始まるんだ」と高揚感に包まれた――スクールアイドルのステージとはやっぱり一味違う、ファンからお金をもらって、最高のパフォーマンスを見せる。
ファンからの声援が対価のスクールアイドルとは違って、自らの技術に磨きをかけて、類まれな努力で超常的なパフォーマンスを見せる。
その姿は現実にアイドルがいるっていう感覚を忘れさせるほどで、この世の中に天使とか神様とかがいるわけないと思うけど(ウチの学園で教育実習生をやってるのは忘れる)ステージに立っているプロのアイドルっていうのは、本当に天使とか神様みたいな――この世ならざるものみたいな。
アイドルとしてステージに立っていたツバサに自らの感覚を語れば「そこまで高尚な存在じゃないけど」と苦笑いをするけど「高尚な思いは傾けているつもりよ」と喜んでくれた。
が、わーっ! と歓声を上げる一同の中に知人が紛れ込んでいるのに気がついたのだろう、明らかに動揺した表情を見せた、後日にファンの感想のツイートで「ファンの応援に感極まった」と表現されたけど、なんてことはない。 Aqoursのメンバーが普段のキャラをかなぐり捨てて「よっちゃん! よっちゃん!」と大きな声で叫んでいたから。
ルビィちゃんが「お姉ちゃん頑張れ」と叫んでダイヤちゃんが「もちろん頑張りますわ!」と叫び聖良ちゃんにぶん殴られる一幕があったけれども、とりあえずトラブルもなく、つつがなくライブは終了した。
素晴らしいパフォーマンスに「いやぁ、いいものみた!」と満足しているとスタッフの皆様に「せめて彼女に挨拶だけでも」と誘われたので、とってもいいステージだった高揚感に包まれた我々は「感謝の言葉を述べよう」と一同が揃って控え室まで向かい、部屋の中に入った瞬間「あんたたち正座」とよっちゃんに言われた。
μ'sやA-RISEのメンバーまでも「あんたたち」呼ばわりしたことは、後日謝罪の言葉を頂いたけど、正座させたことまでは悪いと思ってない模様。
彼女が拗ねたように唇を尖らせながら「全員、今日のステージの感想文を提出すること」で、今回の件は手討ちするというので、我々は思うがままに感想文を書いた。
私なんかは、声量も素晴らしくて、感情がビームみたいな感じで自分を撃ち抜いて、なんていうか本当に良かった! みたいにひたすら褒め称えていた一方、A-RISEは案外ダメ出しを書いていたとか、千歌ちゃんや梨子ちゃんも「あの曲の歌い方はね」とメッセージを送っていたので、アレ? ひたすら褒めてたのって自分だけ? と不安になった。
※
果林ちゃんに「夏休みの宿題は終わった?」と声をかけたら「エマや栞子に手伝ってもらったわ」と胸を張ったので「どうして一年生に手伝ってもらっているの」と――
なんでも「しおりこ」ちゃんは学力に関しては聡明らしく、三年生の宿題も無難に手伝えるとか。
「上級生の勉強の面倒を見られるくらいなら、生徒会の面倒を菜々ちゃんに見てもらうのは控えたら良かったのに」と声をかけるしかなかった。
珍しく嫌味なツッコミをしたのでツバサが飲んでいたビールを吹き出し、理亞ちゃんの顔を直撃したけど、それは私の発言が面白かったんじゃなくて、単純に彼女の顔にビールを吹きかけたかっただけなんだと思う。
毒霧攻撃をされた理亞ちゃんは「おい、グレートムタ・ツバサ」と先輩にも関わらず呼び捨てで扱いフライパン片手に殴りかかった。
が、廃棄するフライパンではなく、普段から寮で使われているフライパンで殴りかかったので「そんなことをするのはやめなさい!」とエマちゃんに片手で襟首を掴まれ止められた。
その姿を眺めながら「もうすぐ夏休みも終わるのね」と言うと、教育実習生なのに教育実習してない薫子サンが「夏休みが終わってしまうのは寂しい?」と。 「終わるから、休みが尊く感じるんでしょうが」と呆れた調子で言った――長いこと生きている神様(らしい)には、物事が終わるって感覚がよくわからないらしい。
風邪を引くから健康でいるのがありがたいし、美味しくない料理を食べるからおいしい料理がありがたく感じる。
同様に働いているから休みがありがたく感じる――毎日毎日休んでいたら暇で仕方がない。
エマちゃんがツバサにも「食べ物を粗末にしちゃいけません!」と怒っているのを眺めながら「ここで1番怒らせちゃいけない人はエマちゃんだな」と笑っていた。
――笑っていたのが良くなかったんだろうか。