「どうしてせつ菜さんのお料理は口にするのが難しいのでしょう?」と栞子ちゃんが口から発するので。
天井を遠くにあるものを眺めるように目に力を入れて眺めた。
顎の辺りに手を這わせ「うーん」と口から息を漏らしながら、誰一人傷つかない答え方はあるだろうかと、大人なもんだから考えて。
誰か一人をも傷つけない理想論など、それこそ神様でもない限りは思いつかないわけで。
夏休みは昼まで寝ていたいからセミを全部食べつくすつもりと、果林ちゃんはセミからすれば悪魔みたいに言われそう。
ある程度賛同の声を得られたのは、セミが子孫を残すために一生懸命鳴いているのを「うるせえ!」と判断する人たちがいるから。
物事は良い部分と悪い部分があるけれども、いい部分から眺めてみればそれはいいことであろうし、悪い部分から眺めれば批判されるような悪いことになる。
人間の目は二つしかないから、良い部分と悪い部分を眺めようとするのは難しい。
これが三つも四つも五つもあれば物事の善悪の判断に、冷静さを欠く部分が少なくなるのではないかと。
だけども。
ではあなたの目を五つにして確かめてみましょうと、神様的な存在に言われたら「取り合えずチェーンソーを用意すればいいよね」と。
襲いかかることを辞さない――
目を五つにすれば物事の善悪の判断できるかもしれないけど、確かめてみようとまでは思わない。
何秒か考え、ある程度せつ菜ちゃんに累を及ぼす結論であることを彼女に心の中から謝罪をしつつ。
栞子ちゃんの目を見つめながら、できるだけこの意見は内密にしてほしいと約束してもらう。
彼女は真面目な表情を作り何度か頷いた。
本当に素直ないい子だ――
この子が学園の壇上で中川菜々さんに強い口調で辞任を迫ったとは思わない――揚げ足取りをしたと言っていた。
もしも場に私がいたならば全力で殴りかかっていたかもしれない。
私が殴る前に海未が飛び膝蹴りでも交わしていたかもしれない。
真面目な女の子の心を傷つけないように、近くにいた演劇部部長のモモちゃんにも、できれば内密にと頭を下げておく。
彼女は余裕のある笑みを湛えながら「自分には人に対する信頼感ってものがないので」と言ってのける――
演劇のために全てを捧げている女の子は、本性が演技の妨げになると感じているので、何かと舞台に立った時の自身に繋がるような発言をする。
彼女の本音を引き出すのはなかなかに骨が折れる作業だ――そんな部長に育てられているせいか、しずくお嬢様の方向性はなんとなくおかしい。
「例えば……ハンバーグを作ったりするよね」
「ん、わだすもレシピを片手に作ったことがあるだ」
世の中の大抵の料理にはレシピが存在する。
先人達の苦労の産物だ。
これを見れば大抵の料理が作れるようになる――
レシピ通りに作り上げるという能力が必須ではあるけど。
ある程度ごまかしても美味しいものが出来上がることは保証する。
自分のオリジナリティなるもののえぐみさえ入れなければ。
菜々ちゃんの料理がオリジナリティ(笑)的なものを付け加え、駄目になってしまっている。
何かと自分らしくとかオリジナリティなんてものが、もてはやされている昨今ではあるけど――残念なことにツバサや真姫といった、才能あらたかな面々に比べれば凡才極まりない私が「誰にも思いつかないようなオリジナリティ溢れる創作物を作ろう」と考えたところで、凡人が思いつくオリジナリティ溢れる創作物が出来上がるだけだ。
ではオリジナリティとは何か、を考えた時に「様々な物を組み合わせて」「結果的に出来上がるものが」その人が持つオリジナリティだと思う。
だから知識や経験や技術が必須だ――それでもなしにオリジナリティあふれる料理を作ろうとするから。
菜々ちゃんは紫色のケーキも作るし、毒沼みたいなスープも作り上げる。
試しに木のスプーンを入れてみたら、どういう事情かわからないけれども全部溶け切ってしまった――
隣にいるエマちゃんが怯えた表情をしながら、夏場だから薄着になもので胸もプルンプルンと震わせながら「これは捨てちゃったほうがいいんじゃないかな」と恐怖におののいた声で指摘したけれども。
「彼女がせっかく作ってくれたから」と、流し台にぶち込む前に自分の口の中に入れてしまった。
相変わらず人智を超えるような。
宇宙人がこの世界にやってきて菜々ちゃんの料理を食べたならば、戦争を仕掛けようとしていても「この人たちには手出しをしてはならない」と判断しちゃうかもしれない。
「そんなハリウッド映画みたいなことあるわけないじゃない」朱音ちゃんがテレビ番組でゴジラを眺めながら「でも、その料理だったらゴジラも裸足で逃げ出すんじゃないかしら」と。
その場にいる誰しもが「ゴジラは元から裸足なのではないか」と考えたけれども、シスコンの英玲奈が「お前は本当に頭の良い女の子だな、私には思いつかないような非凡な考え方をする」と褒め散らかしているので、余計なことは口から漏らすまいと――。
「彼女の中には、こういうよりも作りたいっていう頭しかないのね」
「……それは美味しいとかそういった考えのものかい?」
「や……見た目はこういうものとかそんな感じかな?」
表情がどんなものをしているのかは、鏡がないのでわからないけど。
自分の発言を聞いた栞子ちゃんもモモちゃんも 、棋士が長考するような表情をしたので「なんでそんなことをしちゃうのか」みたいな事を考えているに違いない。
菜々ちゃんは悪意をもって「クソマズ料理を食べさせてやろう」「健康被害を起こして困らせてやろう」といるわけじゃない――結果が出ないので、酷い扱いをされてしまうけど。
彼女は良かれと思って料理を作っている――何も、食べた瞬間に健康被害を引き起こすようなものを作り上げようとして作ってるわけじゃない。
頭の中に描いた最高に美味しいもの――を現実世界に再現しようとするも、彼女にはそれだけの技術がなかった――おおかた料理の中にどんな食材が入って完成されているかって考え方に甘い部分があるんだと思う。
そんなことを言ってしまえば彼女の評価が下がってしまうけど、自分たちだって、パソコンが内部でどんな処理をして起動されているのかわからないし、電子レンジだってスイッチを押して温めができるけれども、どういう原理で温められているのかわからない。
聡明なツバサに電子レンジって何で温められるの? と尋ねれば、彼女は道端に落ちている犬のフンを眺めるような目をして「こういう事情があるの」と説明してくれるだろうけど、果たして私に理解が及ぶだろうか。
「それはつまり……レシピを眺めればその通りに実行できると?」
「あらゆるハウツー本が出版されるのは、ハウツーの通りに人間が過ごせないことの現れ……菜々ちゃんがレシピをレシピ通りに作り上げるまでには、もっと鍛錬が必要でしょうね」
演劇部部長のモモちゃんは「確かに指導の通りに人間は動かない」と、思い出したくないものを思い出したような、苦渋の決断に迫られた時みたいな表情を浮かべるし。
栞子ちゃんも「うまくやろうとしてもうまくできないことなんていくらでもある」と、むしろこちらは自信を深めたような表情をした。