髪を切った。
いい大人になったのだから、少々ショートにと華麗にギャグも決まる。
一部の知人は絢瀬絵里と言えば金髪ポニーテールのイメージがあるのか。
断髪を知らずに顔を突き合わせた瞬間にワナワナと震えだし。
「どうしたの絵里ちゃん!? 引退するにはまだ早いよ!?」
このコメントは花陽のものだけど。
私はなにがしかのプロにいつからなったのか、何を引退したのか、未だにわからない。
女性として終わってるから引退なら、指摘される謂れはいくらでもあるけどね?
※
ことの始まりは、暑いさなかに扇風機の話題で盛り上がった時。
扇風機の風に向かって「ワレワレハウチュウジンダ」と言った事があるのかどうかから。
「え?」
みたいな顔をしてアラサー連中の話を聞く学生たち。
彼女らがランドセルを背負っていたころ、スクールアイドルとして青春の汗を流した一同は思わず固まる。
もちろん、扇風機といえば羽がないものでしょというものじゃない。
今のところ主流は羽のある方だと思うし、校内にもある扇風機は羽があるタイプだ。
理事長に「羽のない扇風機を」って冗談で言ったら「自腹で買って」と返答された。
ちなみに理事長室にある扇風機は羽がないタイプだし、なんなら温風だって出る。
「学園のお金の私的流用」だとさらに冗談を言ったら「東京湾の魚に餌になる?」と返答された。
間違いなく目が本気だったと思うけど、理事長は「冗談に決まってるじゃない」と言って憚らない。
と、冗談から生んだ悲劇はともかく。
「や、だって、や、やったでしょ? 扇風機に向かって……」
「その行為に何の意味があるんですか?」
桜坂しずくちゃんからよもや行為の意味のあるなしでツッコミを受けると思わなかった。
マジメに疑問だったのか、真姫がいるにも関わらず下ネタもなしの指摘。
普段なら「行為と言ってもセック○の隠語じゃないですよ」とでも言うんでしょう。
実際、みんなの視線に気がついて同様の言葉を言ったし。
「え? ブランコに立ち乗りですか?」
公園にブランコってそもそもあるんですか、って言われたらどうしようかと思った。
幼少期に男子顔負けの姿を見せていた私やツバサや理亞あたりの面々は、ブランコに立ち乗りしてジャンプしたことがないって言われて驚いた。
や、真姫や海未からも「なにをしているのか」的なツッコミをされたので、性格もあるんだと思う。
が、アラサー連中をさらに驚かせたのは、高咲侑ちゃんの冷静な言葉であり。
「砂場って入れるんですか?」
「え?」
同好会の練習が校内で行われて、休憩がてらに寮に集まり。
ヒエヒエの飲み物を金髪に用意され、一服していた面々。
お年寄り一同はジェネレーションギャップにより、背筋が凍るような思いをしている。
「お、おだんご! お団子作った!」
「そ、そう! きれいに作るには技術が!!!!」
外国の人でもないのに……あ、失礼。
カタコトの日本語で子どもの時の話をし、聞いたツバサがさらなる同調を重ねる。
なお、真姫から「砂場に入ってお団子?」とここでも首を傾げられたので、同年代でも人によると強調しておく。
おだんごを「汚いし」と言われ、ブランコや登り棒を「危ない」との指摘を受けた面々――
「これが若さか」とシャア・アズナブルでも無いのに言い「公園で何して遊ぶの?」と苦し紛れに続けた私に「ゲーム機で」と言葉のナイフが突き刺さった。
※
「絵里、バーコードバトラーで遊ぼう~」
理事長から仰せ付けられた事務作業をしていると、学校の職員なのにその手の指示を受けないツバサに言われ。
バーコードバトラーどころか、片手に持っているのは酒瓶だけども、あえて何も言わない。
子どもの頃のゲーム機で「DSとかPSP」って言われたときに思わず固まってしまった。
ワンダースワンをなにそれって言われたし、ゲームキューブもなにそれって言われたし。
セガサターンとドリームキャストを知らないって言われたときにはゲーマーの理亞ちゃんがキレたし。
大量の酒を持ち込み、なんとつまみまでも持参した彼女の赤ら顔を眺めながら。
砂場に向かって幅跳びしないの? と言った時に全否定されたのはよほどショックなのだなと察した。
「美少女だから見とれちゃった?」
「あ……そうかもね?」
お互い歳を取ったものよねと言おうとして、思わず「何を言おうとしているのか」と首を振った。
苦し紛れに言った台詞は割と冗談では済まされない気もするけれども。
お酒の勢いでってことで許して頂きたい――ツバサの顔が赤いのもまた、お酒のせいでってことにしておく。
「……そうだ、髪の毛を切ろう」
「は?」
「どうにも私にポニーテールのイメージがあるようだし」
肩のアタリまでバッサリと指でハサミで切るような仕草を取る。
それを観た彼女は「冗談でしょ」と言って、私が何も反応をしないもんだから、すっと目を細め。
唇の下あたりに指を置き、長考する仕草を取ったのち。
「平気だという確証があるようね?」
「理解が早くて助かるわ」
「……私の中にも、何度か同じ夏休みを過ごした経験があるような気がしていた」
「……本当に理解が早くて助かるわ」
夏休みが始まった当初「これから二学期だ」と思った記憶がある。
いつの間にかに薄れてしまったけど、それが間違いでないとはある程度の確信を得ている。
ひとつは「以前桜坂家の皆様にご挨拶された」
事実、しずくお嬢様の心情を煩わせる嫌がらせが過去には行われており。
その対象に挨拶なんぞ間違ってもしない。
いないものとして扱われた記憶もあり、黒澤家や綺羅家双方から「原因の追究」がされたけれども――
「いいの? もしもエンドレスエイトみたいなことになってなかったら、あなたの唯一のアイデンティティが失われるわよ?」
「べつに、そんな物が必要な立場じゃないし……それに」
「それに?」
「あなたとお揃いでカワイイじゃない?」
「デコは出しておきなさいよ?」
お酒の勢いも借り、普段なら滅多に口にも出さないような冗談を言ってみると。
予測していたのか、それともその記憶がなくなるという確証があったのか、彼女は澄ました口調で言ってのけた。
――翌日。
「ちょっと髪の毛を切ってくる」と寮のみんなに告げ「お、絵里ちゃん女子力が高い!」と揶揄された。
コペ子ちゃんから「かすみんくらいに短く」と言われ「それじゃあ、絵里のアイデンティティがなくなる」とニコの指摘。
普段なら積極的にニコに同調し「ポニーテールを切ったら土に埋めておきましょう」とかいうツバサが何も言わず。
ツインテールにめったにしなくなった彼女が流石に怪訝そうな表情を見せた。
ただ、矢澤にこほどの能力の持ち主でも、肩のあたりまでバッサリ行くとは予測できなかったらしい。
「頭が軽くなった」と「そりゃ中身が無いから」と酷い会話をツバサとしながら寮へ戻ってくると。
スクールアイドル部の面倒を見たあとで休憩していたのか、真姫と麦茶を片手にくつろいでいたニコが。
「お、お、あ!?」
手に持っていた麦茶を床に落とし「何やってるのよニコちゃ」と私に気がついた真姫の動きが止まった。
さすがの彼女も驚いたけれども、根性でコップだけは落とさなかった様子。
「……なるほどね」
そしてすぐさま私の意図に感づき「私もコップを落としておけばよかった」と笑う。
ケド、ニコや真姫のように長い付き合いで理解を示してくれる面々はともかく。
「かすみんくらいに」と言ってしまったコペ子ちゃんは大いに責任を感じてしまい、慰めるのが大変だった。
当人の許可を取らずに「中須かすみソロライブにご招待」を進言し、関係者一同にご迷惑をかけてしまったけれども……。