とてつもなく嫌な夢を見ていた。
夏の空はどこまでも高く、突き抜けるような日差しは熱く。
過去にスクールアイドルとして活躍していた私は――
「……はっ!?」
慌てて身体を起こす。
周囲を見回し手で顔を擦る。
そんな私の姿を一人の少女が見守っていた――。
あ、少女じゃない。
少女と見紛う若さではあるけど、年齢は三十手前。
スクールアイドルだった過去を数えるには両手では足りない。
私の失礼な考えを読み取ったのか。
綺羅ツバサは睨みつけるような視線を向けてくるけど。
すぐさま首を振り。
「こんなことをしている場合ではないものね」
「ごめんなさい、寝坊なんて」
「仕方ないわよ、嫌なことから逃げ出したいのは当たり前だし」
「……そうね」
十数年前スクールアイドルとして活躍していた私は。
五年前に宇宙人と出会った。
宇宙人といえば現実には存在せず。
アニメであるとか漫画であるとかライトノベルであるとか。
私の頭がおかしいんじゃなくて、人類は宇宙人に出会ったの。
「この星に危機が迫っています」
地球から遥か遠く離れて――はいるようだけど。
やつらは、地球人が何百年もかけて移動する距離をまたいでくる。
テンプラー星人の皆様は、奴らの来訪を未然に防いで来ていた。
生活が犠牲によって成り立っていた時。
感謝をして終わるか、それとも共に立ち向かうか――
惑星が滅びさる様子を編集した映像を眺め。
「いつもありがとうございます」とはならなかった――まあ、一部の人は信じてなかったけど。
地球を守るため、若者たちは戦場へ向かうように。
私も若ければ、 テンプラー星人の皆様が開発したバラバラーに乗り込んで――さっさと死んでいたかも。
ただ私にはバラバラーに乗るための資格がなかった。
生体兵器なソレは相性が大事らしく、まず男は乗せない。
滅亡危機のなか男の価値は極めて激減した。
政治家とか社長とか……戦場に立つ必要のないポジションには男性がいるけど……。
私がスクールアイドルをやっていた時代では、考えられないほどに。
でも、テンプラー星人は解決策を示した――男がダメなら、女の子になってしまえばいい。
笑ってしまうような解決策だけど……希望者は多かった。
そりゃそうだ、女性が戦場に立ち、適合しない女性は家事労働に取り組み、男性の立場はなくなった。
女性になったところで何が変わるのか――との男性は、もうそろそろ絶滅したかも。
そりゃもちろん、一見すると男性にしか見えない女性に変わるのなら、控える人もいたハズ。
それこそもう、とんでもない美少女に生まれ変わるのなら。
男性の扱いが著しく悪くなった世の中で生きるくらいなら。
女性になってしまえと考える人が多くなるのも当然かもしれない。
私がスクールアイドルをやっていた時代に、バ美肉なんて言葉があったけど……まさか現実でバ美肉が体験できるとは。
「……どうしたの? 気分が悪い?」
「……ごめんなさい、いくら考えたところでしずくちゃんと栞子ちゃんが戦場に行くのは決まっているのに」
「地球全体の危機なんでしょう? 仕方がないのよ」
彼女がスクールアイドルだった時に「仕方がない」とか「無理」とか、口から出さなかったのに。
虹ヶ咲学園や自身が在籍していたUTXの学生が戦場に行くようになってからかな。
地球滅亡を回避するために戦う――でも、そうしたくない人間がいるのは当たり前。
UTXやニジガクやオトノキ――有名スクールアイドルが在籍した高校は今まで聖域だった。
ここに入れば適正があっても戦場に立つことはない。
そのぶん競争率も極めて高くなってしまったけれど……。
「見送らなくちゃいけないのよね」
「……演劇とスクールアイドルの両立、見てみたかったな、どんなスクールアイドルになっていたかなって」
「時代が悪いのよ」
ちなみに栞子ちゃんは戦場に立つことを希望していた。
だけども彼女の身を守りたい家の皆様や――彼女の幼なじみで、一際彼女のことを大切に思っているランジュちゃんが……。
絶対にあの子を戦場に立たせるわけにはいかないと一肌脱いだ。
栞子ちゃんが戦場に向かうってなった時に、ランジュちゃんが理事長に叫んだ言葉が耳に付いて離れない。
「嘘つき!!!!」
時代が悪い――なんか殺伐としている。
ひと押しがあれば平穏が崩れ去ってしまいそう。
※
栞子ちゃんとしずくちゃんの見送り式には、限られた生徒の参加のみ。
理事長がそのように配慮した――希望者はたくさんいたけど。
「寮長として、二人を見送らなくちゃいけないなんてね」
「私は昔、世界大戦を舞台にした映画を見ていました――変わった子どもだったんです」
まるで花嫁似てるみたいな華やかさだった。
少なくともギガ・バラバラーに適合して、戦争をするっていう女の子には見えない。
「私はいつも思っていました――どうして戦争を回避できなかったんだろうって」
「しずくちゃんはどうして回避できなかったと思う?」
「気づかずに戦争が始まっていたら回避のしようがありません」
ムダ話で彼女の時間を浪費するわけにはいかない。
ずっとずっと泣き続けている、ミアちゃんや璃奈ちゃんやかすみちゃんを前面に出す。
「し、しず子ぉ……かすみんとスクールアイドルやるんでしょう? こんな時代だからって、争わないで幸せになる方法を探そうって!」
「……その夢は皆さんに託します。どうか私の代わりに」
「嫌だよ! そんなの絶対に嫌だ! スクールアイドル同好会には桜坂しずくと! 三船栞子がいなきゃダメなんだよ! ボクの作った曲も、高咲侑が作った曲も! ベイビーちゃんが作った曲も! 歌う人がいなかったら何の意味もないんだよ!」
「……私が戦場に立たなかったら、聞いてくれる人がいなくなってしまいます」
だからその人たちのために、としずくちゃんは目を閉じる。
舞台の上でたくさんの涙を流したけど、今日の彼女は一滴の涙も流さなかった。
同好会の仲間や、限られた人たちが参加する見送り式の中。
絶対に来ない! 何があっても来ない! 引っ張られたって来ない! って実際に、来るつもりはなかったんだろう。
でも、来なきゃ一生後悔するって……分かってしまったんだろう。
今までフテ寝でもしていたのか、それとも眠れずにウトウトしている最中に現実に気づいたのか。
髪の毛はボサボサだし、目は充血しているし、肌はボロボロだけど……ランジュちゃんは二人を見送りに来た。
何か言葉をかけたいけど……ここはやっぱり幼なじみ同士、期するものがあるだろうから。
「……あなたには嫌われてたと思っていましたよランジュ」
「嫌い! 嫌い! 進んで戦場に行くような女の子なんか!」
学園に通う女の子がそう、ってわけじゃない――中には、戦いの場に引っ張り出すために学園に通うそんな生徒だって。
そんな彼女を同好会に引っ張り込むのは、それはもう大変で。
……パフォーマンスで一つ枠を作り、これに出てくれなければステージは失敗すると脅迫したから。
「私には戦場に立つ適正があります――過去からそのように謳われていました」
「ステージ下から見守ったとき、別の適正が見つかったよ、アタシには……この同好会のみんなも、あの子や、ミアや、侑が必要なんだ……しずくも、栞子も……アタシも、みんながみんな同好会で頑張って、スクールアイドルフェスティバルを開いた時にわかったんだよ」
「何がですか」
「戦争したい人なんていない!」
「したくなくても、私たちが戦わなければみんなが死んでしまいます」
「だからね……アタシも……や、同好会も連れて行ってほしい」
と言っても、みんなでバラバラーに搭乗して活躍しようってわけじゃない。
「アンタならできる、スクールアイドルの曲を大音量で流して敵と戦うの……もしかしたら、すごい効果があるかもしれない」
「挑発と受け取られて、さっさと死ぬかもしれませんよ」
「その時はアタシも死ぬから……ただでは死ぬつもりはないけど」
「それは困ります。私が守ろうとする場所には、あなたもいなければ」
と、ランジュちゃんに乗っかるわけじゃないけど。
実はこれ、μ'sやAqours、様々なスクールアイドルも考えていた。
音楽によって戦いを止めることができたら。
悲しみの連鎖を止めることができたら。
暴力だけじゃない、強い力だけじゃない。
ステージパフォーマンスで争いをやめさせられたら。
「こんなにたくさん……いくら適性があるとはいえ、全ての曲を流すまで生き残っていられるかどうか」
「だったら私も手伝うよ栞子さん」
続々と手渡されるスクールアイドルのCDに苦笑いする女の子。
どうやらこの場に参加していなかった、東雲、藤黄の生徒からも託されているみたい。
和やかな雰囲気に包まれたけど。
別れの時間は刻一刻と迫っていた。
「戦うしかないと思っていた私が、スクールアイドルになりました」
ステージに立つ楽しさを彼女は知った。
今までずっと楽しい時間だったと笑っている。
「同じスクールアイドルの仲間、そして私を応援してくれるみんなを……守りに行きます」
次に、しずくちゃん。
「戦う場所に行くなんて、とても不幸だって思いました」
そりゃそうだ、好き好んで死地に向かうなんてありえない。
「いまもそうだと思います……これ以上、逝ってほしくない」
無理だと思うけど無理っていう人は誰もいなかった。
「スクールアイドルになったこと、演劇と両立したこと……楽しかった。別れは辛いですが、出会えたことが嬉しいです……逝ってきます」
※
揺らされる体が起床した時に、バキバキバキってひどい音がした気がする。
辺りを見回すとパソコンの画面があり「ああ、シナリオを書いている最中で寝てしまったんだ」と思い出す。
「ひどい夢を見ていた……」
「そんな体勢で寝ているからよ」
どうやら突っ伏すように眠ってしまったらしい。
顔がとてもひどいことになっているはず――寮の学生に見つからないうちに整えておかないと。
「あー、このシナリオやり直さない?」
「何日か経って私も冷静になったわ、マブラヴオル○のパクリは良くない」
酒が入った勢いで企画会議は進み、○ブラヴみたいなのがいい! で 〆られた。
「や、どうにもね、戦場に立つ女の子っていうのがかわいそうになってきちゃって」
「感情移入しすぎよ……ま、らしくないのはわかるけど」
スクールアイドルとしていがみ合うこと、喧嘩しちゃうこともあったけど。
争うことも、負けて悔しい思いをすることもあったけど。
ステージの上では等しく平等、誰もが明るくなれる。
誰もを楽しませるそんなスクールアイドルが戦場に立つなんて。
「ねえ、ツバサ……スクールアイドルって何だと思う?」
「おお、インタビューで煙に巻いていた質問が来た」
煙に巻いちゃだめでしょ。
「そりゃもちろん、みんなが夢を叶える場所よ」
「そっか、本当のアイドルじゃないから誰もがステージに立てるもんね」
「ええ。みんながみんなアイドルになれる、そんな素敵な場所――スクールアイドルっていうのはそうじゃなきゃ」
やっぱりこのシナリオはない――と、私はやり直しを誓い。
ツバサも手伝うわ、と笑いかける。
原画を依頼する前でよかった――もしかしたら自主的にマブラヴみたいなの作ってるかもだけど。
「ねえ、ツバサ」
「さっきから質問が多いわね、何?」
「……スクールアイドルって何ができると思う?」
「どうしたの? 私みたいにスクールアイドルとはなんだったのかって書籍の執筆を依頼された?」
――もちろん断ったけどと笑う。
「スクールアイドルって言うのは……なんかね、やってた」
「やってた?」
「そう、できるできないとか、やってみようやりたくない、そういうんじゃなくて……最高のパフォーマンスのために、色んな事やってた……バカみたいなこともやったものよ」
「面白かった?」
「ええ……失敗することも、怒られることも、とんでもないことになっても……振り返ってみれば楽しかった、あなたは?」
「そうね、色んなことがあった、色んなことがあったけど……楽しかった」
でもスクールアイドル論とはちょっと違う。
やってみたら楽しいですって、怪しい勧誘じゃないんだ。
執筆の企画が頓挫したのは、オチが販売向きじゃなかったから。
「あー……そうだ、スクールアイドルでゲーム作ろう」
「……あなたってやっぱり面白いわね」
「や、架空の存在よ? 自分がヒロインになろうってわけじゃないからね?」
「えー? 主人公とエッチなことしてくれるんじゃないの?」
ツバサはコロコロと楽しそうな声で笑う。
終業式の日に「そうだ髪の毛を切ろう」と長髪をバッサリ。
軽くなった頭で私は成人向けゲームを作っている――学生がいる、虹ヶ咲学園の寮。
はじまったばかりの夏休みに――これから楽しくなりそうだなと思い至る。