聖良の運転が一人ジェットコースターと称されるのは、めっちゃ運転が荒いから。
なぜ教習所の人間が彼女に免許を取得させたのかについては。
色気で釣られた説、教習所では本気を出した説が多方面から唱えられるけど。
とにかくまあ、彼女のおかげでスクールアイドルが免許を持っている。
イコール、運転が荒くてド下手と表現されることアリ、マリーもされている。
一方、自転車で普通乗用車並の速度を出そうとチャレンジする人間もいる。
冷静に考えれば、その挑戦は無謀としか言いようがなく。
「自転車で出せない速度を出すために自動車がある」と嗜めるためにマジレス。
「それもそうか」と果南と曜は冷静になってくれたけども。
絵里は時折、自転車で内浦にやってきては志満さんの運転する軽トラを追い抜く。
朝に学園を出発、昼過ぎには十千万に到着。
着いて早々に深夜まで働き、朝には学園に戻る。
アホみたいなタイムスケジュールをこなした際には、多くの人間から「アイツは人間じゃない」との評判が聞かれた。
なお、こんなタイムスケジュールを組ませるに至ったチカっちはめっちゃ怒られた。
絵里の信奉者でもあり、千歌の評価も高いダイヤが免許を取らなかったのは。
てっきり、自転車で自動車並の速度を出せると信じているとか、絵里と同じスケジュールをこなせると思っているか。
「忙しくて免許取れなかっただけです」
免許を取らない理由をこのように教えてくれた。
その、呆れ返って見下す視線にはマリーちょっと思う所あるけど。
親友のダイヤだから許すけど、赤の他人だったら二度と口を利かないけど……。
外向きの和装を身に着けて、ホテルオハラの最上階に顔を出した彼女は。
イルカに「フィン子~」とアホウな名前をつけてジャレたあと。
用事を忘れていたとばかりに咳払いを一つして、今のことは忘れてくださいましと上目遣い。
ダイヤのカワイイ部分よりも用事をさっさとすませて欲しいと望んだ私は、さっさと了承。
彼女が重々しい口調で語り始めるには、自動車の必要不必要の判断の是非を知りたいと。
いかんせん免許を持っていないため、車を持つ人の気持ちがわからないと考えたダイヤ。
なら聖良ちゃんにと、花陽には言われたそうだけども。
いくら仲のいい二人であるとは言え、聖良に「車とは」と語られても困る。
車を数十分で廃車にしてしまう運転技術を持ち(恋人からめっちゃ叱られた)誰かを乗せれば「あんな怖いアトラクションはない」と言われる。
妹の理亞を携えて颯爽と飛び出していったかと思えば、崖から車で転落し歩いて帰ってきたとのエピソードもある。
ルビィは姉妹が無事で良かったと語るけれども、むしろ無事なのがおかしい。
ガードレールがない道のカーブを曲がりきれず、そのまま何十メートルも下の地面へと転落し「車は駄目になったけど無事でした」と無傷で帰ってくるんだからおかしい。
が、そんな彼女も農耕車限定の免許を取ってから、運転するのがトラクターになったため、安全運転に努めている模様。
まあ、トラクターでどうやったらドリフトをかませるのか、頭文字Dみたいな運転ができるのか。
そんな話にもなってくる――あまり歩絵夢の悪口は言いたくないけど、普通車でも危険運転はするなと忠告して欲しいところ。
「ああ……なるほどねえ? 車の維持費もバカにはならないから」
黒澤家に保管されている高級車はメンテナンスをちゃんとしているため、運転しようとすればもちろん動く。
免許をとってからしばらく「あー、運転したいなー」と思ったソレも、歴史的価値、文化的な価値、コレクター垂涎の的――様々な付加価値により、そんな気持ちは雲散霧消。
ただ、様々な人から「譲ってほしいニャー」と猫なで声を上げられちゃう高級車を維持するには、やはりそれなりの維持費用がかかるわけで。
ダイヤが免許を持ってないので、せっつかれるのにも飽きたのもあるだろうし、コスト管理にも頭が痛い部分もあるだろうし。
ダイヤがためらいを覚えているのは、両親に高級車を運転してもらってドライブに行った思い出があるから。
いわば、子どものころのよい思い出が手放すことで離れていくのではないか。
――シスコンだから「ルビィも同じ思いを抱えていたら」との想定もあるに違いない。
あの子が、モノが無くなれば思い出も失われるって上等な価値観をこしらえているとは思えない。
たしかによっちゃんの騒動で精神的に成長した側面もあるけれども、ルビィ単独でアイドルとして成功はできなかった。
小泉花陽がどうしても欲しかった黒澤家がほうぼうに手を回し、自身らにせっつかなければいけない状況を作ったけども。
それだって絵里やニコに「必要とされている場所に行きなさい」と説得されてなかったら、黒澤家にお世話にならなかったはず。
けどまあ、花陽も花陽で。
就職してまもなくの初任給で一般的な新入社員の給料の三〇倍近い金額を貰い。
ダイヤから「ちょっと色を付けました」と言われたのを良いことに「そっか、世の中の新人さんはおんなじくらい貰ってるんだ」と信じてしまったから。
はたして巷で評価をされているほど、二人の相性がめっぽうよく売れ行きも好調に至ったとは……。
小泉家のご両親は「娘が体を売っているのではないか」と初任給でプレゼントされた超高級家庭用品セットを観て考え。
凛のご両親から様々な変遷をし、最終的に絵里からダイヤに「ちゃんとみんなに説明なさい」と怒られたため、月給は本当にちょっと色を付けましたくらいになった。
花陽の良いところは両親のために散財はしても、自分のために気を配ることはなかったので。
税金とかの問題は「黒澤家で全部面倒を見ます」とはなったけど――やあ、もっと恐ろしいのは、黒澤家が花陽を引っ張り込んでなかったら、面接で全部受かってたっていうんだからね……マリー的には引っ張り込んでなかったほうがむしろヤバかったと思うね……。
「思い出は……実物とは限らないでしょう?」
と、少々話がズレてしまったけど。
実物がなければ思い出も失われるって価値観はナンセンスって思うの。
お年寄りがベッドで寝たきりになって、そこに車を持ってこなきゃ思い出に浸れない――ってわけじゃない。
遠方の景観だって、若かりし頃の写真だって、記録や日記だって、過去の思い出に浸る大切な手段だ。
私も――この写真を眺めるたびにAqoursが浦女所属として、ラブライブの優勝を飾ったのを思い出す。
残念なことにマリーも――それどころか、三年生、一年生、どちらも写り込んでいない写真ながら「あ、コレはラブライブ優勝の瞬間を切り取った写真だ」と感激して、強引な手段で手に入れた。
「ラブライブ優勝Aqours」の文字をほうけた調子で眺めていた千歌に、曜と梨子が抱きついた瞬間。
なお、Aqoursの活躍を切り取ったスクールアイドル専門雑誌の写真コンクールで選外になるほど評価が低く。
実際にこの写真を見たときも、梨子の評価は抜群に低く、千歌からも苦言を呈されるほどだった。
「実物として残ってない方が……まあ、Aqoursらしいって、マリーとしては、考えるわけ」
過去の記憶を今に、とは大事な精神であるし。
未来永劫残しましょう、との思いを否定しない。
でも、役目を終えたものにまで「未来永劫残るように」と、実物を保存しなければいけないかは否定する。
浦女取り壊しに反対運動が起こったそうだけど、地元民やAqoursですらスルーをかまされ、いつの間にか下火になっていた。
取り壊し工事の際にはAqoursだけではなく、当時トップアイドルで、Aqoursとほぼ関わりのなかったA-RISEも見送りに来ていたけど、地元民ばかりで騒がれることはなかった。
が、浦の星女学院を見送る周囲の人間の中に、A-RISE、μ's、SaintSnow、はてにはeAstheArtやMidnight catsまで紛れており、ネットでは大変な評判になった様子――極めてどうでもいいけど。
「……わたくしたち姉妹の小さい頃」
「なあに?」
「写真はカラーでした」
マリーがどうでもいい思い出に浸っていると、ダイヤが写真を眺めながら。
目を潤ませ、思い出にひたると言うより、心に痛みを抱えているように手で胸元を押さえながら。
ポツポツと語り始めたことは、どうにも要領の得ない発言。
「今日は帰りますわ」
「……なあに、思いっきり後悔した表情して」
「もっと家族と写真を撮っておけば良かったと……痛切に後悔しています」
くるりと背中を向けて、ホテルオハラから逃げ出すように歩くダイヤを眺めながら、やあ、どんな事があってもイベントに参加するのは勘弁――
ダイヤはそれからというもの、白黒写真のカラー化に務めるようになり、ご両親だけで手は止まらず、資料館にある写真もカラー化を推進するようになり。
なぜこのようなことをと、問いかけられた時に「人間の目には白黒ではなく色がついて映るから」とインタビューで応じていた。
なお、その写真を眺めたお年寄りからは「当時の記憶」に関するエピソードが多く寄せられるようになり、郷土の歴史に関する資料が激増したため、コレに習った動きが全国にも広まりつつある。
※
……で、この話は終わらなかった。
「ねえ、鞠莉、なんで私の黒歴史を持っているのかしら?」
地上からスタッフが壁をよじ登る某かに警告する声が聞こえ「大変なこって」と戸締まりし、コレで事件の解決を待つばかりとティータイムに励んでいたら、締め切っていたはずの窓の鍵を開けて絵里が入ってきた。
ホテルの壁を登るだけでも十二分に頭がおかしいけれども、締め切っていたはずの窓を開けるのもおかしいけれども、虹ヶ咲学園からチャリンコを漕いでココまでやってくるのもおかしいし、水の上は歩けるんだから自転車でも行けるって論理も謎。
とにかくまあ、μ'sはマリーからみても変人揃いではあるけど、その極めつけが絢瀬絵里って女の子だ。
彼女の様子は極めて怒り心頭、こらえた物を我慢できないみたいな怖い表情を作り、黒歴史と称した写真を睨みつける。
自分が撮影してしばらくは「これがAqoursのラブライブに助けてもらった瞬間」と自信満々だったそうだけど、選外になったことと、数年が経ちAqoursのメンバーから不評を買ったことが、消し去りたい過去になった要因だと思われる。
ケド、自分のミスを消し去りたいってわけじゃなく、Aqoursのメンバーから不評だったのがすごく影響をしている――自分の消したい消したくないはどうでもよくても、梨子や千歌に「この写真は好きじゃない」と言われてしまえば、出来が良いと思っていても「では消そう」となるのが、この絢瀬絵里って人間だ。
「別に? 処分されそうになった写真を”たまたま”私が持っていても不思議じゃないでしょう?」
実際に選外になった時に絵里は写真を処分し、亜里沙がたまたまもったいないからと焼き増ししたのを持っていたに過ぎない。
ラブライブの写真を整理しようって穂むらで雪穂と写真を眺めている時に、例の写真が千歌の目に止まり、彼女いわく「得も言われぬ不愉快さを覚えた」とのことで他のメンバーに拡散された。
Aqoursのメンバーに拡散されたことは寝耳に水だったら絵里だけども、処分しろと頼まれたわけでもないのに、不評だったことから亜里沙にも「処分するように」と頼み。
彼女は言葉通り処分しようとしたところに私が現れて貰い受けたのだ――処分するまで東京にいた――東京ってか、絢瀬姉妹がいるアパートの近くで寝泊まりしてた。
この写真は絶対に手に入れなければいけない、と使命感に駆られた。ダイヤも同じ考えだったので、こっそり援助もしてくれた。
果南は千歌寄りだったし、当時はマル以外の二人も千歌寄りの考えだったのでアテには出来なかった。
ケドまあ、亜里沙も「ゴミ袋に入れるのは嫌だから海に流そう」と考えてくれなかったら、マリーの行動はマジでムダなものになっていたし、ゴミ袋に破り捨てて入れよう、だったらさらに終わっていた。
「人に譲渡するっていうのはね、処分とは言わないのよ」
「忠告ありがとう、ハーフだから日本語が不慣れなもので」
亜里沙には処分をしたとウソをつくように頼んだ――どうやらそれが、シスコンが怒り狂う理由らしい。
ここまでホテルオハラの最上階で社外秘みたいな扱いを受けていた写真は、Aqoursでも限られたメンバーしか目撃できてない。
後年続々と「あの写真は良かった」とかいうメンバーが増え、梨子なんかは出版社に掛け合ったくらい。
そこまでしてくれれば「実は」とダイヤと一緒に話す。
ラブライブ運営が発行した雑誌の写真は、優勝したAqours全員の写真ばかりで、優勝した瞬間にほうけた高海千歌にピントが当たってる写真なんかあるわけがなく。
マリーももう少し社会経験がなければ、優勝したAqoursの写真なんだから「全員集合して当たり前」と一笑に付したはず。
でも、Aqoursが優勝した瞬間は九人全員が横並びでいるので、狙っていなければ優勝した瞬間の全員集合写真なんぞ撮れない。
――これがもし、プロのアイドルを撮るためにたくさんのカメラマンが居る状況なら、Aqoursが優勝した瞬間の全員が写った写真も出てこようが、私たちはスクールアイドル。
それに、下馬評ではAqoursは断然不利だったので、マリーたちが優勝すると思ってなかったのも大きかった。
そりゃそうだ、相手はSaintSnowを破って全国に上がってきている北海道代表なんだから。
ちょっと話がズレたけど――優勝した瞬間を切り取った写真ってのが、絵里が撮ったものしかなかった。
梨子がその写真の入手に奔走したときには、ダイヤが止める隙すらなかった。
亜里沙がキチンと「鞠莉に譲渡した」と梨子に言ってくれなかったら、と思うし、絵里が幸いにも留守だったのも助かった。
そのおかげか、今の今まで絵里に私が写真を持っていることを知られなかったし、亜里沙は姉にすら内密にしていたから、知っているμ'sのメンバーもいないはず。
「そのために、わざわざホテルの壁を登ってきたの?」
「まさか」
まさかだった――壁を登って窓をこじ開け、そんな理由だと思ってた、シスコンならやるんだろうってマリーは油断していた。
閉じきっている扉がバタンと開き、スクールアイドルの仲間たちが続々と入ってくる。
一様にカメラを構え――るのもいるんだけど、千歌なんかは一目散に写真へと駆け出し、モノを抱きしめ「私だぁ……」と泣き始めている。
今まで千歌がその写真にこだわっているとは知らなんだ。
早く見せてくださいよ、と海未にせっつかれているし、真姫にも意味ありげな表情で眺められている。
まあ、この写真が失われそうになった原因が、高海千歌の全否定である以上は海未や真姫から嫌味を言われてもしょうがないよね。
「……なんで?」
「や、まあ、鞠莉も写真に写りたいかなーって、ね」
ダイヤにも「三年生が揃わないと格好が付きませんわ!」と促され、果南は「おー、フィン子~」とイルカとじゃれているけど。
好き勝手な行動をする面々を眺めていると、自分は高校時代に比べて随分とおとなしくなったものだと。
「はは……」
完敗とばかりに両手を上げ、その後はテンション高いマリーの写真をきっちり撮ってもらった。
数年後、十数年後――どんな自分になっているかはわからないけれど、きっと今日は素敵な日だったと、言うに違いない。