二学期の始業式を終えてしばらく、夕陽が落ちれば秋も予感させる頃合いに、友人たちのデートを尾行する我々。
肩が触れるほど距離は近く、息遣いや鼓動まで届きそうなほど、でもそこまで近づく必要はない、否定すると怒られそうだから黙ってるけど。
が、理亞ちゃんの呟きをきっかけに「そういえばそうだな」と、先程から覚えていた違和感に気がつき、どちらかか、もしくは両者に何らかの思惑があると推測した。
その内容は「姉さまには恋人がいるのに」だ。
覚えていない方も多かろうが、聖良ちゃんには歩絵夢という恋人がいる。
何の因果か妹の友人でもあり、スクールアイドルとしての後輩でもある。
岐阜県出身で農場を両親が営んでおり、経営危機に折には聖良ちゃんをミルクちゃんとしてデビューさせ、赤字から黒字へV字回復させた実績の持ち主。
元々のきっかけは妹の「聖良を妖精みたいにして欲しい」との忠告で、どこをどうトチ狂えば露出度の高い牛柄のビキニを羽織らせステージの上で踊らすと思いついたのか。
長い間の疑問はループする夏休みにて、彼女と交流した際に判明――なんとまあ、痴女にしかどう見ても見えない格好をして、キレッキレのパフォーマンスをし、拍手喝采を浴びるのは聖良ちゃんの性癖でもあるらしい。
ルビィちゃんごっこをする、よっちゃんみたいな中二キャラになってみる、等々、変身願望があるのは周知されており、なりたい自分になりたいとの思いは妹の理亞もちゃんも把握していたものの、露出度の高い格好で全身をくまなく観て欲しいまでは予測できず。
歩絵夢と恋人同士であることすら言えないのに「聖良ちゃんはおっぱいが揺れるのを観られたい」とか言ったら、まず間違いなく「ウソ」と疑われるであろうし「そんなデマを言うなんて」と怒り狂う可能性もある。
知らなければ私でも「デマ」を疑うであろうけど。
「聖良はそうなんです」と恋人から言われれば「あ、そうなんですか」とツバサと一緒にほうけた顔をしながらうなずくしかない。
ちなみになんでそこに訪れたかと言うと、農場のお手伝いに妹が駆り出されそうになり「それなら私が行くわ!」と、頼まれていないのに突撃したから。
なお、歩絵夢から電話で「亜里沙に頼もうと思って~」というのを「私が行くわ!」と結論づけたので、月島さんちはなにも悪くない。
「絵里さん?」
「や、謎が解けたかなって」
聖良ちゃんがマジでデート目的でツバサを連れ出したならば「アーン」して食べさせ合いしてるのを観て「釈然としない気持ち」を抱えるだろうし。
恋人同士みたいに腕にしがみついているのを観ても「おおう、まるで恋人同士じゃないか」と憤りを覚えるであろう。
「え、絵里さん?」
や、や、恋人同士とか言っても、自身がそうなりたいからの嫉妬で騒いでるんじゃない。
今まで恋人も一人いた経験がない者同士、急に先を越されたみたいに、や、それを人は嫉妬を覚えるっていうのかもしれないけど……。
「ふふ……」
「お……落ち着いてください、絵里さん、か、顔が範馬勇次郎みたいになってますから」
「嫌だわ、こんなにニッコリ笑っているのに?」
「ヒィィィィ!?」
二人の仲睦まじげな様子を眺めていると、その微笑ましさから、硬いレンガもやってられんとばかりにひび割れる。
砂糖菓子をかじったかの空間はカロリーの摂取のしすぎだと言わんばかりに、ぐにゃりと歪んでいく。
聖良ちゃんは「暑いですね? 空調機の故障でしょうか」と、んなことせんでもいいのに、胸元から手で空気を送り込み、数々の人の視線を集めるけれども。
彼女からすれば目の前にいるトップアイドルしか見えてないんだから、有象無象の視線に無頓着になっても仕方ない。
「ふ……ふふ……」
「やめるずら?」
カコンとこめかみの辺りにチョップが入り、あんまり痛くはなかったんだけど、意識を現実に戻させるには十分だった。
目の前が炎のように真っ赤に染まり、暑いと言えば暑いだろと思っていた私が、ただの幻覚だったと思うにいたり。
近くにいたはずの理亞ちゃんが、コチラをギリギリで視認できるかなくらいまで離れて行っている。
そして近くにいたのは、高校時代に比べて少々大人び。自身は「もう少し背が欲しかった」と語る小柄な体躯――亜里沙からは嫌味ですか? と胸に視線を向けられながら言われるトランジスタグラマー。
漫画家といえばベレー帽のイメージがあるのかこともなげにかぶり。
シックな装いの小洒落た服装で、よそ行きの用事があったんだなとすぐに分かる。
「痴女なんですかね」と妹に謳われた聖良ちゃんにも、花丸ちゃんの装いは見習って欲しいところ。
上もかなり際どいけれども「年齢的にはギリ……か?」とコメントされたホットパンツ姿はそりゃもう注目を集めていた「モデルさんかな?」とのコメントは水着の写真集を出して売上がさっぱりだったトップアイドルさんに突き刺さるのでやめて頂きたい。
「もう、せっかく、4コマのネタのために2人にデートしてもらったのに」
「すぐにネタバラシをしてほしかったわ」
ヤレヤレと言わんばかりに首を振り、花丸ちゃん登場により、絢瀬絵里と鹿角理亞双方に尾行されていたと気づいた両者も近寄ってくる。
おいでおいでをすると理亞ちゃんも周囲を警戒しながら、野良猫みたいな雰囲気を携えてやってくる。
どうして怯えているのかと、聖良ちゃんにジト目を向けられ「あー」と返答に困る私に対し、花丸ちゃんは犯人を言い当てる探偵のような調子で胸を張りながら。
「二人がデートしているのを観て、絵里ちゃんがマジギレしてたから!」
おいこらちょっと待てや、飛び出した二塁ランナーを牽制するように高速で花丸ちゃんに近寄ろうとすると、鹿角姉妹が盾となり彼女を守る。
ガーディアンかオノレらと、怖い声色を作って言ってみると、理亞ちゃんは少々たじろいだけれども、農場にいる牛と相撲をとったこともあるらしい聖良ちゃんは(なお、勝利した模様)ツン、と澄ました表情をたたえながら。
「ツバサさんを自身の所有物のように語りますね」
苛立ちを覚えた声に背中に寒いものが走る、たしかに普通のトモダチならば「デート? いってらっしゃ~い」とか言うかも知れない。
実際に穂乃果が「今日はデート」って言ったら、いってらっしゃ~いと言うかも知れない、少なくとも尾行はしない。
言い訳のように理亞ちゃんに誘われたからと口から出そうになったものの、彼女はなぜか屈伸運動に余念がない、まるで足腰をなにかに活用するかのように事前準備をしている――そのカモシカみたいなしなやかな足で蹴りでくわえようというのか。
一方、マンガのネームでも思いついたのか、花丸ちゃんはなんだか良く分からない絵をスケッチブックに描き、この場で一番頼りになるツバサは恋する乙女みたいにうつむいている、バレンタインデーにチョコを渡したくてしょうがない女学生か。
「そうね、自分にとって特別な存在であるのは確実ね」
「ふっ! ふっ!」と体操に余念がない理亞ちゃんをスルーしつつ、花丸ちゃんは「神ネタずら~」とスケッチブックから目を離さず、聖良ちゃんは不愉快さをひときわ示すように眉をひそめ、あからさまに不機嫌な態度で鼻を鳴らしてみせた。
あと、ツバサは両頬を手で押さえながら、やんやんと震えているけれども、そんなぶる〜べりぃ♥とれいんを歌ってる南ことりみたいな態度はやめていただきたい、私があんまりにもモノマネをするせいで、本物が見たいと理事長が言い出し、彼女には借りも借金も溜まりに溜まっていることりが、やんやんと歌いきった。
ラブライブ優勝できる! とのヤジは部と同好会からひんしゅくを買ったけれども、クオリティは現役のスクールアイドルに引けを取らず、普段から披露しているのでは疑惑がなされた。
なお、曜ちゃんが「ぶ、武士の情けで言えません!」と、ほぼ暴露に等しい叫びを残し、梨子ちゃんが大笑いしながら「渡辺は正直者で私は大好きだよ!」と言った。
が、千歌ちゃんの反応が芳しいものではなく「どちらに嫉妬したのか」は彼女の心の内を覗くほかない。
「では問いかけますが、亜里沙とどちらが大事ですか?」
「え?」
「順位など決める必要もありません、私にも歩絵夢と理亞がどちらが大事かと聞かれれば答えかねる部分があります」
ココに来て理亞ちゃんの準備運動の動きが停止した「姉さまには恋人がいる」と知る彼女も、いつも隣でマネージャー代わりをしている少女がそうだとは知らなかった。
聖良ちゃんも意図せずに自身の恋人を暴露したことに気がつき、少々焦燥感に駆られた笑みを浮かべつつ、左足を一歩下げ、攻めの姿勢を取り下げた、話題をそらすなら今だけど……。
「ですが、し、知れたことです、絵里さんはツバサさんとの動物園に向かった際、交流に夢中になり、亜里沙へのプレゼントを忘れた……今まで自覚が、理亞、良いところなんです、ちょ、まっ!」
「だらっしゃぁ!!!」と叫んだ理亞が、なんと大好きな姉さまに蹴りかかり、ガード不可避の超必殺技だと察したのか、避けに能力を全振りした、攻めてかかるのが似合う彼女がたじろいで逃げるほどの勢いだった。
言葉はかなりポンコツっぷりが如実に出てるけれども、周囲の人並みが「女の子消えなかった!?」と騒いでいるので、そろそろこの度の話し合いは時間切れ終了。
着地した際に履いていた靴がおじゃんになるトラブルや、ドラゴンボールの戦闘シーンみたいな姉妹のじゃれ合いがネットにアップデートされ、花丸ちゃんもたいそう満足した調子で「マンガのネタが~」と喜んでいたけれども。
顛末を聞いたAqoursのリーダーが彼女を正座させて、長時間説教をかましたそう、胸に抱えていたものがちょっと軽くなった。
そして私は、高咲侑ちゃんの突然の転科宣言に驚いている――