私が暇していると鋭い洞察力で見当を付けたのか、高咲侑ちゃんは抜き足差し足忍び足。
気づいていないと大方の予想を立てたか、それとも、気づかないふりをしている絢瀬絵里に怒られでもしたいのか。
他者からポンコツとこき下ろされる脳みそでは、宝くじの一等が当たるレベルでしか推測は的中せず――さりとて、確実になれば予想ではなく予知と表現されよう。
確実に未来を見通す力があれば、虹ヶ咲学園の雑用係から占い師に転身して、濡れ手に粟で能力を骨までしゃぶり尽くすつもりだ。
凡庸極まる私が、身の丈に合わない卓越した能力を持ち合わせても、駆使できるかは一縷の疑問を沸かせるけども。
「絵里ちゃん」
暖簾をくぐり、代金を支払って頂くお店の味には劣るけれど、良い茶葉と評価の高い急須で注げば、凡骨でも程々に美味しいものを入れられる。
湯呑に汲んだほのかに甘みを生じる煎茶を頂き終え、ほっと一息入れた私に、侑ちゃんは折よく声をかける。
適時を見計らって会話を促そうと声をかけるんだから、単純な私は、歓喜に酔いしれながら振り返り、話しかけた侑ちゃんも唇を広げながらにこついた。
目を細め、肩の力が緩む姿を眺めると、同年代の友人のような気安さも満更でない。
「ピアノの演奏に付き合ってほしいんだ」
自身の入れたお茶で喉を潤していた私に、気軽に頼むのは憚られたのか、おっかなびっくり近づく侑ちゃんが話しかけた理由は。
編入試験のために熱心に頑張っているピアノを静聴して欲しかったがゆえ、どこぞの馬の骨でも「わぁ、すごいわねぇ」と熱を帯びた目で褒めちぎれば気分も良くなる。
手を上げながら賞讃する言葉を脳内で列挙しながら、侑ちゃんにも不安はあるだろうし、できるだけ勇気づける表現も必須だな、と。
編入試験に受からならければ、って目的はあるけど、未知なるものを探求し努力をする姿は、同好会や部のメンバーに多くの影響を与えている。
作曲家として度々同好会や部にも曲を提供し、ピアノの心得もあるミアちゃんも侑ちゃんの演奏を耳にしてから。
「ボクも明日から懸命に練習をしなければならない」
視線をそらして、顔を少々高揚させながら、もじもじとしながら褒める姿に、親友のランジュちゃんも感極まるように目を伏せた。
見ているだけで気持ちが和らぐような二人の様子に、音楽科編入に心配や不安を覚えていた面々も「侑が立ち向かっているんだから」と気合を入れ直す。
オーバーワークにならないように、と、同好会や部のみんなの練習には、今まで以上に留意を重ねている。
講師扱いの自分たちもまた、高咲侑の挑戦の影響を受け始めていた。
「同じ曲でも、真姫や梨子ちゃん、ミアちゃんとはまた違っている」
「劣ってます?」
「それはもちろん」
私が答えづらい質問に苦笑いしながら応じると、侑ちゃんも不用意な表現をしたと察し、ペコリと頭を下げる。
些細な仕草や表情から、決して気落ちしたわけじゃないと確認してから、ロークオリティの脳みそで一生懸命に考えた言葉をかける。
「正直、ピアノの演奏って高校を卒業するまで、真剣に聞いたことってなかったのよ」
授業で高名な演奏家のピアノ――に限らず、様々な楽器の音色は傍聴してきたけど、集中していたとは言え、すごく悪い言い方をすると「どれも同じ」ほどの認知度だった。
アラサーが素直に告白すれば、侑ちゃんも同じ心構えで音楽の授業は受けていたみたい。
卒業してから真姫の家には度々呼び出され、コスプレ衣装の制作、アニメ鑑賞会のイベントもあったけど。
学校の先輩を部屋に呼んで自分のしたいことをするのも心苦しかったか、私はこんなにピアノが上手いのよと自慢でもしたかったか。
当時の心情は真姫に問いたださなければ明らかにならず、かといって年数が経ってるから「忘れた」可能性もある。
でも、真姫のピアノを聞いているうちに「ああ、演奏家で音色って変わるんだな」と気がつき「あなたの演奏って、授業で耳にするものより優雅よね」と何も考えずに口から出したら、突然グランドピアノが壊れた音を奏で、真姫が自分の髪の毛と同じくらいに真っ赤になってた。
「それはもう、ごちそうさまです」
「お互いに忙しくなるまで、何度も呼び出されて……おかげで耳は肥えたわ」
侑ちゃんの理解不能な論理を聞いたとせんばかりの視線には、年上としてわずかな敬意を望む。
「侑ちゃんの演奏は……優しい、真姫の優雅さと、梨子ちゃんの胸に秘めた力強さと、ミアちゃんの絶対的な自信から来るものよりも、第一印象として優しい」
譜面通りに演奏って前提がクリアがなされている上に、さらには楽しげにして、音色には個性もある――そりゃ、梨子ちゃんだって「忖度しろ」と理事長に訴えもする。
前までは趣味での演奏だって前提があったから、自分たちも「楽しげに演じてていいよね~」くらいにしか想いを抱いてないけど。
これからは音楽科で才能豊かな面々と肩を並べないといけない――あ、ちなみにミアちゃんは普通科、勘違いされがちだけど。
侑ちゃんの演奏に刺激を受けてから、音楽室に現れては璃奈ちゃんのはんぺんに演奏を聞かせている――当人いわく、ネコも熱心に聞くほどの技術だとか。
ちなみにはんぺんにじっとさせるのは、真姫も梨子ちゃんも侑ちゃんもできない、世界的にも珍しいのでは?
「侑ちゃんがそれをできるのは……歩夢ちゃんのおかげよ」
「え?」
「支えられる心地よさを知っているから、支えようって思う、だから演奏が優しい、誰かのためにって頑張れる人」
「真姫さんたちは」
「あの子たちはプライドが高いから、演奏している私が全世界で一番くらいに思ってるのよ――方向性が違うだけで、どっちがいいとは言わないけど」
ちょっと前に歩夢ちゃんが「侑ちゃんを信じきれていなかった」と、罪を自白するように呟き。
侑ちゃんも歩夢ちゃんと二人だから頑張れてこれたと、ちょっと忘れているみたいだから、関係がこじれてしまう前に、オバサンがおせっかいを焼いちゃう。
「……そっか、誰かのためにやれたのは、私のために頑張ってくれた歩夢がずっとそばにいてくれたから……歩夢……ごめん……」
涙をこぼす姿を視線から外し、彼女も一人になりたいときもあるなって自己完結し、歩夢ちゃんを音楽室に来るよう呼びつけた。
一人になって泣いたら、ふと誰かが恋しくなる――気持ちが軽くなったときに傍にいてほしいっていうのは、大切な人だと知っている。