高咲侑ちゃんの編入試験まで数日――ミアちゃんが「プロ野球中継」にチャンネルを合わせてから数十分くらい。
一月ほど前には自分を忘れないでくれと言わんばかりに、学生たちが夕食を食べ終えよう時刻まで周囲が明るく。
暑さと明度に辟易した一部スクールアイドル(元を含む)「クハハ……! 太陽よ、キサマの命も数刻だ!」と窓越しに決めポーズを取る姿を懐かしく思う。
隆盛を極め、暴虐の限りを尽くしていた真夏の暑さでさえ。
空調機器たちの懸命な努力も「キサマらではオレの暑さには勝てん」とばかりにあざ笑っていたのに。
時が流れれば夏は秋に背中を切られ、そのまま何ヶ月か休眠をする――もしかすれば地球の裏側に逃げているのかもしれない。
騒がしいと言えば婚活中のセミたちが論われる。
あんまりにもうるさいもんだから、果林ちゃんが「唐揚げにして全部食べてしまおう」と企て、虫取り網を片手に真夏の日差しが降り注がん外へと飛び出し、生徒会一同が仕事の休憩の一旦で遊びに来た際に、何をしているのかと問いかけられた。
そこら中のセミを捕まえて全部唐揚げにして食べるつもりよ、とバカ正直に告白するのも憚られたので、ポンコツって呼ばれている脳みそをフル回転させながら、絢瀬絵里は果林ちゃんが後ろ指をさされない言い訳を考える。
賄賂含みの冷たい飲み物を差し出しながら「あれはトレーニングの一環」と告げ、読者モデル(女子高生に大人気)さんが木に登り始めたのを観「あれは素晴らしいトレーニングになる」と、ほぼ嘘なんだけど、嘘だと承知されなければ納得される。
夏休みに至ってもそこにいる生徒会長が偽名でスクールアイドルをやっているって気づいていない副会長さんが「せつ菜ちゃんもあのトレーニングをするんですか?」と疑問を口にし、一気に風向きが変わった。
スクールアイドルとしての知名度は今もなお、我が学園では優木せつ菜が一番であり、部や同好会のメンバーにもファンが増えたものの、知名度では格落ちと言わざるを得ない。
部のセツナが優木雪菜を名乗っているためにセツナ(♀)と表現されることもしばしば、一昔前のポケモンみたいね、と感想を漏らすと「でも、新規を入れる確率が高いのは♂なんですよ」なんて、菜々の姿で悔しそうにしていた。
そう、虹ヶ咲学園のスクールアイドルを知る取っ掛かりが部なのだ。口さえ開かなければ銀髪の妖精みたいな璃々ちゃんに、性別以外は美少女の優木雪菜、英玲奈の妹の朱音ちゃんも姉と遜色ないレベルの美人で、雪姫ちゃんも幼少期は可愛いで売っていた。
すぐさま同好会のスクールアイドルに推し変されちゃうのは、今後の課題でもあるけど。
「同好会としてはあの鍛錬を推奨していないわ」
高いところにいるのにエモノを捕まえるヒョウみたいな勢いでセミを捕まえている姿。
アレで読者モデルとして雑誌に載ったら「クールで沈着冷静」とか「冷徹な印象を持つ美少女」等の代名詞が書かれちゃうんだから困る。
あの姿を見るだけでは「ジャングルの王者カーちゃん」とか「ジャングル大帝カリン」とかのキャッチフレーズのほうが似合う。
「なるほど……ソロアイドルとして活躍する同好会ならではなんでしょうね」
あんなトレーニングをしていると誤解されるのは嫌だとばかりに、菜々ちゃんが口を開いて言葉を紡ぐ。
せつ菜ちゃんを推しているとは言え、菜々会長にも尊敬の念を抱いている副会長ちゃんは「その観点はありませんでした」と、特殊なトレーニングも果林ちゃんだから推奨しているなんて誤解した。
果林ちゃんの猛攻に遭ったセミたちも、夏を過ぎれば姿を消す――季節とは違って、彼らは新しい世代に命を繋いだ後、今を生きる昆虫たちに食べられたり、鳥に摘まれたりする。
諸行無常と読むか、輪廻転生と表現するかは、虫の声を聞く人間の感情に任せる――そこまででしゃばるつもりもない。
昼間に延々と婚活してたセミたちとは違い、コオロギを中心とした虫たちは夜にパーティをする――どちらが陽キャかはインドアな傾向がある絢瀬絵里には及びもつかない。
アラサーたちが酒を片手にギャーギャー騒いで婚活どころではない一方、学生たちは明日に備えて寝るし、虫たちは命をつなぐために必死になっている。
以前までなら、その中心に立っていたツバサや理亞ちゃんが――主に後者が静かになっている。
特徴的なツインテールをおろし、肩にかかる髪をサラサラと揺らしながら、笑うときには口元に手を携え、おしとやかな態度を取る。
ニコも高校時代にはキャラ作りでそんな姿を見せていたけど、芸能界に身を置き、引退した以降も社会に身を委ねてからは、TPOを弁えてきちんとした態度だって取れる。
理事長に丁寧な態度を取っていたので「絢瀬絵里にもやって」と軽い調子で言ったら「いいけど、お給料ちょうだい」と返答された――社会の荒波に揉まれると人付き合いでさえお給料に直結するのだから世知辛い。
世の中にはどれほど「コレも仕事だ」と言って飲み会や接待に時間を費やされるのか。
自分は真っ当な社会人にはなれないなんて、苦笑いをしながら言うと、ニコったら真面目な調子で「あなたは天才だからもったいない」と。
ニコに言われたからちょっとうぬぼれて、滅多に褒めてもくれないから嬉しくもなり「天才かぁ、悪くないわね」と喜んでいたら「働かないで給料をもらうことよ」と調子に乗るなとばかりに諌められた。
唇をすぼめて照れたように頬を染める姿が、どれほど彼女の言葉通りニートの才があるとの罵りに信憑性をもたせるかは、人間の心情に一日の長がある学者先生たちの論評に任せる。
さて、キャラ作りについて長々と語ってしまったけれど、今の鹿角理亞ちゃんの調子は「セツナ」関連のエピソードが適切だ。
一時的に太陽に向かって「クフフ」と笑ってしまうほど脆弱な作りではなく、かといって、ニコのようにゲシゲシ突いても「ふぅん」で受け流せるほど硬度が高くもない。
私や聖良ちゃんに向かって、高らかに「全てのスクールアイドルが理想と思うような絶対的な存在になる」と言っては見せたものの、理亞ちゃんがライバル視しているツバサのほうが戸惑うほどボロを見せる。
大阪のおばちゃんみたいな虎の顔を全面にあしらったユニフォームのチームの捕手のリードを「次はあのコースのこの球を投げる」と一球ごとに予測し、高い的中率を誇るミアちゃんのドヤ顔が極まる一方。
リアちゃんは同じことをしててんでダメなもんだから、だんだんとおしとやかさからかけ離れた表情になっていく――歌舞伎役者が睨みを利かせんがごとく表情が歪んでいく姿は、聖良ちゃんが「アレが妹の本当の姿なんです!」と言ったモノとはまるで異なっている。
やあ、アレ以降さっぱり格好良さも威厳も取り戻せないから、岐阜にいる聖良ちゃんになんて伝えたものかと……。