知識欲はさほどないと思う――あるにしても平均的か、もしくはそれ以下、下手を打てば落第クラスかも。
人の心への探究心をもとより持ち合わせなかったか、成長の過程にて不要と捨てたか。
薫子さんの「誰かの心の中身を知りたいと思わない?」って発言を「興味ない」って即答した。
彼女の誘いに反発して困らすの意図があったわけじゃない。
薫子さんのナニカに刺さったか、笑いを堪えつつ「どうして?」と尋ねるので「本当に興味ないのよ?」と、もったいぶりながら私見を披露。
「私の場合は大して考えてないから……バレるのが嫌なだけ」
アインシュタインだったり、ニーチェだったり……偉業を残したひとなら心の中身を覗いても面白かろうが、私に限らず、歴史に名を残すでもない――スクールアイドルとして百年単位に名が残っても困る。
薫子さんは腕を組んで空を見上げながら「人間は確かに何も考えていない」と「 あなたほどじゃない」って気持ちが生じないほど、彼女はどこか遠くを眺める仕草だった。
ロックミュージシャンとしての矜持があるのか、神様だから人間の浅ましさには含みもあるのか。
「それでも私は……あなたの不愉快に貢献したい」
完全に油断をしていた――この人なら信用してもいいかなと、胸のうちに思いを抱いたのを看破したか……不愉快の天才の通りにズケズケと心の中に土足で踏み込む。
他人を信用しましょうと道徳の教科書に出てくるなら、ただし三船薫子だけは例外って注釈を置いとかないと。
サヨナラホームランを打たれた伊藤智仁みたく、がっくりと膝をついて――あ、ベッドだからそんな気分ってだけで。
頭を振っていると有無も言わさず準備を進められ、絢瀬絵里の人の心を知る運動は唐突にスタートした。
※
騒音レベルのセミの声を懐かしく感じ「蝉時雨も来年まで持ち越しね」と、ポンコツが風流に決めたのが悪かったか。
今年の夏も彼女ができなかったとばかりに、残暑厳しいなかセミが唐突に騒ぎ出した。
お前が変なことを言うからと視線を集めたのは、自分の発言が異質だったのもある。
「絵里ちゃんは自分を見たことがないの?」
「スクールアイドル時代の動画なら」
華やかだった自信もある。
なにせ自分以外のメンバーも豪華絢爛、見ていて飽きない。
私が見る限り絢瀬絵里の体調は懸念された――久しぶりの公の場で往年の輝きを見せる芸能人もいる。
あの頃は良かったにだいたい集約されてしまうのは、変貌ぶりもまた話題になるから。
自分の体調ではなく他の人がより良く過ごすを追求したので、キャパオーバーにより倒れた。
薫子さんは「人間かくあるべきよね」としたり顔でつぶやくけど、 前を見ずに走り続けるのは危険だ――こうあるべきと勧めないで欲しい。
「こっちを一瞥しただけでスルーか」
「どうしたの? 自分との対話を果たせずでよかったじゃない?」
「あの絢瀬絵里は後で説教」
なぜ自分を説教したいと語ったのは、ひとまず棚に上げていただき。
絢瀬絵里を目視できた理由を説明したい。
ドローンからの景色みたいに自分を眺めてない。
そうなってるなら私は生涯を閉じてる――あいにく自分の身体ではないにせよ生きている。
今の自分は薫子さんのいとこ――麻生那由多。
自分がいない場所での自分の評判を聞く――どうやら人間はそれを夢見るそう。
心の中だって「考えてんのかわかんないからいいんじゃない」と、 好意的に見えて死ぬほど嫌われていたら……。
例えばダイヤちゃんから「いけ好かないクソアマが妹に近づいてる」と陰口を叩かれれば、クソアマと呼ばれる理由があっても傷つく。
私なんぞの陰口を叩く暇はなかろうし、叩いても絢瀬絵里が真っ当になるわけじゃない。
あいつは人の悪口を簡単に言うとダイヤちゃんに悪評が広がるだけ、是非やめていただきたい。
そして、周囲からも同調されるなら自分の嫌われ具合が増す――好感度の逆転は難しかろう、なれば関わりを持たずにひっそりと暮らす。
好きなみんなに嫌われてまで、関係を続行させようとは思わない。嫌われても関係を続行させるのは仕事だけでいい。
「知らない生徒がいたら、歓迎会を開こうってのが私じゃないの?」
「なるほど修正しておく」
カミーユみたいにはしなくていい――でも、勘の鋭い連中に「あいつは偽物だ」と気が付かれても困るか。
やっぱり修正はお願いする――絢瀬絵里ってのはああいうやつと説明するのが頭痛いけども。
「プーさんじゃないですか……あら」
私は名前で呼ぶけど、学生間では熊の印象が強いらしい。
それよりもしずくちゃんがおしとやかなお嬢様をやってるのを驚いてる。
真姫に影響されたのか、それとも地か、桜坂家の令嬢は呼吸レベルで下ネタを吐く。
誰の前でもそうなのかと思いきや、初対面の那由多に「神様は妊娠してから出産が早いですね」とかボケずに「はじめまして桜坂しずくです」と、優雅に頭を下げた。
「それとも、はじめましてではなかったですか?」
「いえ、いとこがプーさんと呼ばれているのに驚いてしまって」
華麗な令嬢ぶりに二の句を告げずに見つめてしまい、慌てて出た感想だった。
彼女は「いとこ……?」と怪訝な発言を聞いたとばかりに眉をひそめ、警戒モードに入る。
この「なんだこの人は」的な反応が懐かしい、出会った当初は信頼も厚くなかったと思うし。
「妹がいるんだから、いとこだっているわよ?」
頭の中で「かすみさんと会わせるべきか」検討に入ってるんだな「いとこかどうか」に着眼点はない。
薫子さんの発言を完全にスルーしたのは彼女の人徳に含みがあるにしても、初対面の相手をここまで観察するんだな、と。
真姫と顔を合わせる前のしずくちゃんなら「自分がどう思われても」の感覚がなかったハズ。
外面の良さを見せ、さらには不躾に観察する――上げてから落とせば効果は抜群。
相手が悪い人間なら「悪い部分を見せると横柄になる」いい人間なら「スルーして仲良くなろうとする」
もちろん二者択一ではないので「こいつ何様だ」と怒るにいい人間もいるし。
「こいつは利用できそう」と笑顔の仮面を貼り付けて、あえて相手を乗せる悪い人間だって。
「私は麻生那由多……来月から学園の普通科に通います」
「那由多さんですか……よろしくお願いします――ところで、隠し事が得意とか言われませんか?」
考えが読み取れなかったので直球で質問してきた。
同年代が相手なら手玉に取れる、と、今まで考えていたか、それとも観察に気づきながらも無視の姿勢に憤ったか。
わからないなら全力で向かうとは桜坂家の皆様に恨まれてもしょうがない。
「見られて困る隠し事がないので」
「いえいえ、オモテがあればウラがある、光があれば陰が差す……せっかくの縁です。秘密の一つや二つ披露してください。教えてくれたらとっておきの秘密を白状しますから」
さらに切り込んでくる。
自分がいくら傷つこうが相手を詰ませれば勝ち――攻撃一辺倒で後先考えないのは彼女らしい部分。
「プー子と……アレ?」
でも時間切れ、 しずくちゃんが用事から帰ってこないのが不満か、何してんのしず子とばかりに、かすみちゃんが歩いてくるのが私にはわかってた。
一直線にこちらに意識を向けていたので、親友の怒りを認知できなかった――しずくちゃんも自分のミスに渋い顔をする。
シリアスな状況だから「プー子」にはツッコミを入れない。
「何ですかこの可愛い人は! 可愛いの宿主のかすみんでさえ、ちょっと及びもつかないって考えちゃいますよ!?」
そういえばまだ自分の顔を鏡で見てなかった――どうせならこの世で一番美しい外見にしてと無茶ぶりをし。
薫子さんに「具体性のない指摘は勘弁」と首を振られ「妹と同レベル!」と言ったけども。
さすが我が妹、かすみちゃんに「及びもつかない」と言わせてしまうとは……顔を見るのが楽しみになった。