以前まで自分の庭にしていた寮内に侵入する。
かすみちゃんに招かれたので、断りもなく土足で上がるわけじゃない。
――扱いは悪い、過去の自分とは別の意味で。
薫子さんがいとこと紹介したからじゃない、理由に含まれると思うけど。
彼女の人徳と評価で私の悪印象が高まったとは、考えるも定義するのも失礼だ。
来客のお茶をしずしずと口に含む。
ツバサにお茶を入れてもらうとは、麻生那由多、かなりレアな経験をしているぞ。
A-RISEのリーダーも過去にお茶汲みをしたのかな?
昔、お茶を入れてと頼んだら「頭が高い」と口にしながら、ダンベルで殴りかかってきたのに。
今に思えば照れ隠しもあったハズ、そう考えていなければやってられない。
何に対しても高い能力を発揮するとツバサも胸を張るし、私も彼女の得意分野で勝負を仕掛ける。
「なんでそんなバカなことするの?」と疑問を抱いたか、過去に例がないレベルのバカを見る目を穂乃果にされた――あ、上記の言葉を口にもされてる。
「不得意なジャンルで勝負して、負けて悔しがるのを楽しむのはどうかしているわ」
いいところまでは行っても勝つには至らない。
相手が得意なジャンルで勝負をして、結果がこれだ。
もしも相手が不得意だと思われるジャンルで勝負をし、同じ結果を招いてみろ――メンタルブレイクすると思わない?
「絵里ちゃんが不得意なもので勝負を仕掛けられるのはいいの?」
「ポリシーを相手に押し付けるつもりもない」
もちろん、私の不得意なもので勝負を仕掛け、哀れにも負ける私を指差されても構わないし――自分のスタンスは基本的に譲らないってだけ。
けど、譲っても構わない部分はいくらでもある、相手によっても対応方法は変わる。
コミュニケーションには残念ながら正解がない。
正しいと思った回答がとんでもない間違いで、修復が不可能な亀裂が走ったことだって。
……今から自分がするのが、人間関係に致命的な亀裂をもたらす何かになるかも。
「そのように見られると緊張します」
さすがのA-RISEのリーダーも笑顔の仮面を貼り付けて、敵意を向けていると看破された経験は少ないか。
しずくちゃんから直接か、それともかすみちゃん越しにワンクッションでもあったか、思考が読めない人の報告で寮内でも指折りの権力者が直々に尋問に入る。
光栄だ、少なくとも絢瀬絵里なら「生ゴミとして捨てろ」とぞんざいな扱いを受ける。
よくわからない、とは、尊敬にもなるし、恐怖にもなりうる。しずくちゃんからすれば「すごく怖い」になったのか。
かすみちゃんをうっかり「可愛い」と褒め、恨みを買われたなら「自分で何とかしろ」と、冷たくあしらわれる。
「そのようにとはどういった意味合いかしら? 指示語をわかりやすく説明すると”何を考えているのかわからない”と評される数も少なくなるわ」
が、しずくちゃんの私への感想が「怖い人」なら、尋問できるメンバーは他にもいる。
どうしても、綺羅ツバサでなければダメ、の理由が想定できない。
彼女がその気なら「絵里がなんとかしなさいよ」と面倒事を避ける。
いくらソイツが忙しそうでも、ツバサの頼みだったら「わかった」と用事を放り投げて応対する。
絢瀬絵里が言うんだから間違いない、自分を世界一理解があると言われれば違うけど。
ケド、今の会話でピンと来た。
過去には関係の深さで許された省略も、初対面の麻生那由多から同じくされれば「なんだこいつ」と感情を抱くのも無理からぬ。
もとが旧家のご令嬢なしずくちゃんが「初対面のクセして距離感が近い」相手に警戒するものしょうがない。
「スクールアイドルって気に入らないことがあると、自分の思う通りにしたいんですね?」
ツバサに尋問される前に、気に障る発言をしたら絢瀬絵里をキレさせなさいと神様に言っておいた。
案の定「よしきた!」と威圧しながら金髪は立ち上がり、梨子ちゃんから「マジンケン!」との連呼を受けつつ、おめえじゃねえ座ってろとばかりにキック連打。
中身は分からないけど、タイミングがばっちりだった――絢瀬絵里を理解してるに違いない、私よりもよほど。
そしてツバサの意識が那由多から逸れた――もしも、こちらを自分の思い通りにしたいなら、私が怒り狂おうとも無視する。
何より今の発言は「スクールアイドル」を馬鹿にしてた。
それだけじゃなくA-RISEだって下に見てる。
この場にいる誰しもが癇に障る発言をしたな、私としては抜群の出来で笑える。
「あなたには経験がないと思うけど」
意識が外に向いたのをごまかしつつ、 不愉快そうに眉を顰める。
以前から子どもっぽいとは思ってたけど、感情を露骨に浮かべると幼さが増す。
齢30も近く、油断してると大人びた小学生にも見える。
頭の中で子どもっぽいなと、いつも考えていても、普段はまじまじと見つめる機会がない。
お前ごときが顔面を眺めるなど不敬である、とでも言いたいのか、じっと眺めたが最後、殴られるのがオチ。
「私は人生を思い通りに生きてきたの」
「良かったですね! 人生初の思い通りにいかない人材ですよ!」
こんな時に一目散に殴りかかる金髪は「ステイ!」って梨子ちゃんに抑えつけられ、腕っぷしの強さを誇る面々も、先頭に立つツバサが暴力を振るう様子がないから、態度にしか出さない。
ちょっと心配だ――もしも私が中に入ってれば、梨子ちゃんのステイが通用しなかったハズ。
「静かにしてなさい」とか言って、かまわずに殴ってるか、それとも蹴り飛ばしてるか。
「黙れ」と、言葉が汚くなるかもしれない――思いの外、自分の事って結構わかってるわね?
「思い通りにしても……その減らず口が叩けるかしら?」
「図星を突かれて口封じですか」
「なるほど、上手いな」
英玲奈が血の気の多い面々の「お前は黙ってろ」の視線に「どうもありがとう」と、クールに応じている。
久方ぶりにクールな統堂英玲奈を見られて感動を覚えてる――や、彼女の冷静さってキャラ作りだと思ってたのに。
「やめておけ、そいつは殴ると言ったら殴る女だ」
「暴力行為で捕まります」
「思い通りには行くだろう?」
「一瞬だけ憂さが晴れても意味がないです」
私の発言に虚を突かれたように背筋を伸ばし、面白い発言を聞いたとばかりに微笑んでみせる。
「なるほど、お前は絢瀬絵里みたいな女だな」
「そこでいっぱい殴られてる人ですか」
「そいつも同じことを言いたいんだが、どうせ話は聞かないと諦められてるんだ」
驚いた表情を浮かべなかったろうか?
誰かに暴力をするのは良くない――とは言えない、何せ私も殴ってる。
人の振りして我が振り直せ、これもまた忠告にならない。
私ときたら百二百の反面教師がある、一つ一つ参考にしていたら人生が終わっちゃう。
どうせ話は聞かないと諦めてはいないけど、彼女たちへの訓告が意味をなさないのは知ってる。
「那由多とか言ったか」
「はい」
「なんで暴力はよくない?」
「平和的な解決手段じゃないので」
暴力も辞さない――でも、まずは話し合いのテーブルにつくのが先だ。
最初から「地球を救うためには人口の半分を殺せばいい」と言い出したら「何だお前は」と排除されるのと同じ。
「では、平和にするために暴力が絶対必要だったらどうする」
「そんなものはまやかしです」
「平穏に過ごせる環境が戦いによって得られても?」
「戦いは一度始めたら……終わらせなくちゃいけない、終わって休憩している間に、癒えなかった悲しみが新しい戦いを呼ぶ、だから最初から暴力や戦いで物事を解決しようとしちゃいけない、悪口雑言では何も変わらないように」
自分に代わって殴られてるサンドバッグを不憫に思っても……あの立ち位置に戻りたいわけもないけど。
どうしても暴力的な手段でしか物事を解決できないなら、私は……あくまで自分の場合だけど、力不足を呪う。
本当に一握りの英雄みたいなのが、暴力ではない、大きな力で何かを変える――ってのを、力押しで物事を解決にあたり、前のめりになってぶっ倒れたバカが教えてくれたので。
「極めて理想的だな……悪かった、絵里、コイツはお前よりもとんだ甘ちゃんだった」
「え?」
感動的なこと言うじゃないか、と褒められる心持ちだった――そういう流れだったと思う。
拍手でも貰えるんじゃないかと考えたし、そうされたらどうしようかなって想定もした。
「人間社会が歪んでるなんて決まってるだろう? その解決策もまた、歪んでるんだよ、非暴力主義は結構だが、んなものは神が拵えた理想的な世界でしか通用しない」
あ、あれー? みたいな表情で首をかしげるのを、薫子さんが手で口を抑えて笑いをこらえながら眺めていた。
こうなるって分かってたわね? 殴りかかりに行きたいけど、自分で暴力を否定しちゃったから殴りにも行けない。