「せつ菜、料理はできるか?」
せつ菜ちゃんの料理の腕を知る者は、すべて恐れおののき逃げる準備をはじめた。
私だって逃げたい。
渾身の説得文句が「だから何」みたいな感じで済まされてしまい。
手を取り合って仲良くする魂胆が破談になった。
あの場では必ず「お前はいいことをいうな」と、警戒心を解き「みんなもそんなところにいないで仲良くしろ」って流れだった。
そうじゃない流れを作った英玲奈は元に戻った時に、朱音ちゃんを彼女の目の前で溺愛してやる。
「雪菜、お前も料理の準備を始めるんだ」
どのように可愛がってやろうかと、頭の中で工程を並べていると、さらに英玲奈は料理をさせてはいけない料理人を追加した。
今まで「Wセツナ」に同時に料理を作らせた人間はいなかった――。
たった一人でさえ、災害レベルのメシマズが出来上がるってのに。
同時に料理を作らせれば地獄の釜の蓋が開くかもしれない。
「薫子、お前は逃げるんじゃない、監督責任だ」
どうやら「Wセツナ」の料理を食べさせられるのは、私一人ではないみたいだ。
「私が死んだら災厄が起こる呪いでもかけとけばよかった」と、魔王みたいなことを言っている。
あなたは神様だから人間を救う立場でしょうに……死こそ救済とか身勝手を言うつもりかしら?
優木せつ菜の料理はまさに「ケミカルクッキング」――料理は愛情を叫ばれて久しい。
愛情があれば何でも許されるなら、せつ菜ちゃんの料理はみんなに食べてもらえる。
気持ちだけで成り立っている料理を食べた者はお腹を壊すし、下手すると匂いだけで倒れる。
せつ菜ちゃんは大好きを叫ぶとか変なこと言っているけど。
聞く耳を持たない人に叫んでも「うるさい」と怒られるだけ。
彼女のハイパフォーマンスなら「大好き」を聞いてもらえる可能性も高まるけど、それでも叫べばいいってもんじゃない。
聞いてもらうんだったら、聞いてもらう努力をしなくちゃいけない。
個人が気持ちよくなるのは努力とは言わない。
彼女が「私の大好きが詰まった料理を食べてください」と意気揚々と準備をしているのを眺め「自分の大好きが他人の大好きとは限らないんだけどなぁ」と――
綺羅雪菜氏の料理もまた「カオスクッキング」――姉のツバサが実験台にされては、脂汗をかきながら完食するのを見るに忍びなく。
「美味しそうだから分けてちょうだい」と言っては彼女のぶんまで平らげる。
料理に何が入っているのか極めて謎だけど。
彼の場合「自分は料理ができる」って思い込んでいるのが難点。
そして自分の理想とする料理を作るために「試行錯誤を繰り返す」
もちろん試行錯誤を繰り返すのはなんら悪いことじゃない――。
例えば塩を入れすぎてしまったらどうするか?
模範解答は「水を入れて薄める」とか「最初から作り直す」――失敗すれば「では次からは計量スプーンで測ってから入れよう」になる。
でも彼は失敗を認めたくないので「しょっぱいなら砂糖を入れればいいや」と結論付ける。
それをもう一度味見すれば当然「美味しくない代物ができ」
味覚に少しアレなところがあるのか、それとも最初の「しょっぱい」が改善されてオーケーなのか。
さらにそこから材料を追加するためにとんでもない代物ができる。
この二人が同時に料理を作ろうってんだ。
真っ当な感覚を携えていれば「生贄を捧げて逃げよう」になるのが分かる。
生贄とされた私たちは「身から出た錆だしな」と――
や、隣にいる神様は祈りを捧げているけど、神様ってどんな存在に祈りを捧げるワケ?
「……っ、離れていても邪悪な気配が漂ってくるな」
死の料理人たちが料理とは名ばかりの劇物を作ってるので。
蜘蛛の子を散らすようにみんなは逃げ出したけど。
英玲奈は責任を感じているのか、それとも私たちを哀れんでくれたのか。
自分なら何とかなるって自信もあるのかもしれない。
調理している現場からはそれなりに距離があるのに邪悪な気配は漂ってくる――
ダンジョンで紫色の煙が蔓延っている場所を歩く、そんなRPGの一場面を思い出した。
どのように調理をしていれば「紫色の煙」なるものが発生するのか。
原理は全く不明だし、発生元で作っている料理人にはノーダメージなのもおかしい。
もしかしてWセツナってのは正体がポイズンスライムとか、毒霧を発生させるモンスターとか?
「平気そうだな? 慣れているのか?」
「人に料理を作ってもらって、裸足で逃げるほど礼儀知らずでもないので」
「……なるほど、それは道理だ」
少々怒りを携えているのに感づかれたか、眉を顰めるの私に苦笑いをしながら英玲奈も同調する。
もちろん彼女たちの作る料理が「ブラックホールが生成できそうな」物体になるのは容易に想像でき。
生存本能を刺激させれば、どのように強気に「矢でも鉄砲でも持ってこい!」と言っていたところで普通は逃げ出す。
隣にいる薫子さんが「カミサマタスケテー」と言っているけど、微妙に花陽に似ているのが悔しい。
声帯が絢瀬絵里じゃないし、まだ顔を合わせていない(と思われている)花陽のものまねはできない。
ツッコミどころがそうじゃないのは百も承知だ。
「知らないようだから教えてやるが、あいつらの作る料理は泥団子よりもまずい」
英玲奈も妹が作った泥団子を口に含んだ経験があるようだ――純粋無垢な目をしながら「食べて」と言われれば、姉はダークマターだろうが泥団子だろうが、そこら辺の石ころだって食べる。
さすがの私も、そしてシスコンとして名高い英玲奈も、泥団子を食べたら周囲から「何をしているの!」と怒られるのが当然――や、懐かしい思い出だ……。
普通ならば泥団子を食べるなんておかしいとツッコミを入れるけど、妹の作ったものなら泥団子であろうが食べるのがシスコンだ。
「平和主義も口だけではないようだな」
「作ったものがゴミでもない限りはいただきます」
「……そうだな」
自信なさげに頷かれると、こちらも背中に氷を当てられたみたいな、驚きとなんともいえない嫌な感じが漂う。
彼らの料理は「そこら辺のゴミ箱に捨てておきなよ」と言われるほどのお粗末さ。
これがダブルになれば命の危機に瀕する恐れだって十分にある。
「お待たせしました――お互いに自信がある者同士……うまくいかないかと思いましたが相性ぴったりでした!」
口を開いたら吐きそうになるので、英玲奈共々頷くだけ。
見た目からして混沌――目に入れるだけで「あ、これは食べたら死ぬやつだ」とわかる。
きょうび毒キノコだって、ここまで鮮やかな毒々しい色はしていない。
こんな皮膚の生物がいれば「危険生物だな!」と一発で分かるし、魚なら釣り上げた瞬間に海に還される。
見ているだけで鼓動が高鳴る――毒々しいマーブル模様は、生物ならある目的のもとで品種改良でもされたレベル――。
早鐘を鳴らすみたいに心臓が動いている、命の危険を感じる。
調理場での会話が容易に想像つく「塩を入れすぎてしまいました」「では砂糖を入れればいいのでは?」「砂糖も入れすぎちゃいました」「では塩を入れることにしましょう」
――こんな感じで料理を作っていれば、こういう見た目のものが出来上がるんだろうな……。
「いただきます」
どのみち食べなければしょうがない。
生命維持に問題が起こっても、一応絢瀬絵里は生きている――中身は違うけど。
ソレが逃げる姿を観て強気な面々も「これはやばいヤツだ」と同調したからね? 私への多大な信頼を本当に感謝するよ?
「おぐっ!?」
今まで食べたことのないものの味がした――人生で様々なものを口に含んでは「何をしているの」と怒られてきたけど。
口に含んだだけでヤバい以上の代物が口の中に入っている。
飲み込もうとすれば全力で体が拒否をする。
これが入ったら自分は死ぬと、本能で理解する――
だからどうした! 人間やればできる! 毒物だってなんのその!
辛いものを食べた後みたいに、汗腺から汗が吹き出し、同時に寒気が襲い掛かってくる――大量に血を流した後みたい。
胃の中のものを吐き出そうと体が必死になっている――
うえっ、うえっ、とえづきながらも、脳が危険だと拒否をして体が動かなくなる前に何とかして体の中に入れるのが先。
こんなもの英玲奈や薫子サンに食べさせるわけにはいかない――その一心で、試験前だってこんなに集中したことない。
闇雲にスプーンを動かして――美味しいご飯だってこのスピードで食べたことないのに!
「んはっ……ハァ……ごちそうさま……お腹が空いていたから……たくさん食べさせてもらった……んぐ……」
「お味はどうでしたか」
「世界一よ……他に例を見ないほど……」
100メートルを全力ダッシュで走りきるのを――数百回やった後みたいな、食べ物を食べただけだと言うに、ゼーゼー言いながら感想を述べ、Wセツナが手を取り合って喜んでいるのを眺めながら。
「やっぱり武器を持って……平和を歌うなんて……そんなのあっちゃいけないことでしょう?」
「手を取り合って、仲良くなれる場所を目指して、みんなも同調した――行った先が地獄だったらどうする」
「地獄だって走り抜けてみせるわ……その先に、天国があるかもしれないし」
「大したバカだな」
本当に大バカだと思う――もう少し賢ければ、嫌な思いだって、痛い思いだってせずに済むのに。