目が覚めたら病室だった――そんな場面をアニメで見たことがある。
慌てて身体を起こして周囲を見回すと、病室の中なのに、ライブハウスのステージに立つパンクなお姉ちゃん。
神様であることすら最近では疑わしい――三船薫子さん。
「ハァイ、お久しぶり……かしらね?」
「優木せつ菜の料理、綺羅雪菜の料理、鹿角理亞のお菓子……私は全ての人材に料理を作らせることができるわ」
睨むようにして視線を向けると、さすがの神様も宇宙創造ができそうなクッキングをお見舞いされるのは嫌だったのか、左足を一歩引いて逃げの姿勢をとった。
その姿に満足して「今のは冗談だから」と頭を下げる――信用ならなかったのか「本当に?」と強調して来るけど「本当です」と胸を張る。
しばらく自分の体じゃなかったから、なんとなく違和感があるけど――それでいて身体が重い気もする。
これが他人の身体を自由にするってことか……と、転生モノの主人公になった気分だな、と。
神様をたじろがせていい気分になったから、周囲の環境にもある程度余裕を持って目線を向けられる。
以前まではなかったカレンダーも、時計も、ちゃんと目視できる……入院したてってか、倒れて早々は余裕がなかったのね。
「ごめんなさい、世話をかけた」
「ある程度は知ってるけど……何月何日だかわかってる?」
申し訳なさそうな調子で回りくどいセリフを吐くから、薫子さんに謝罪の言葉もそこそこに「どうやってみんなに許してもらおう……」とすぐさま事の重大さに気がついた。
目に付いたカレンダーには日付の上にバツ印がついていて、それはつまり「私が目を覚まさなかった日」かいつまめば「入院中」だった日。
そして、9月のカレンダーの日付には28までバツ印が付けられてる。
つまりは麻生那由多として好き勝手やっていたせいか、それとも入院が長引くほどの体の不調だったかで、侑ちゃんの編入試験の日はとうに過ぎており、さらにはダイヤちゃんが溺愛する妹のルビィちゃんの誕生日までが過去のものになってる。
「身体の調子は?」
万全ではないと正直に告白する。
反論したいのは山々だけど薫子さんと喧嘩しても得られるものはなく、却って自分が不利な状況になる可能性さえある。
逆境は自分を成長させる糧になるけど、大きすぎる逆境は不遇にしかならないので――自分で不遇になってどうする。
望まれれば不遇な立場に陥ろうが、長い入院生活で「お前はいつまでも入院していろ」と述べる知人がいるとは思わない。
よしんばそう思っていても、賢い人は炎上騒ぎになるような失言はしないし、騒ぎになってもスマートに解決する。
薫子さんが人の不幸が楽しみと下世話なこと言う神様とはいえ、調子はどう? と尋ねて「最悪ですって言って」と望むわけがない。
「このザマではステージに上がれない」
「調子の良い悪いかがそこなの?」
あまりに心配させてもしょうがないので、自らオチをつけるような発言をし、薫子さんもしょうがないなぁと言わんばかりに眉をひそめ、軽く鼻で笑ってから。
「せめて栞子ちゃんの誕生日までには退院したいんだけどな」
「……ちょうどその頃には選挙活動が始まるわね」
10月になれば選挙活動が本格化する。虹ヶ咲学園の学生たちには寝耳に水な「中川生徒会長が舐めプをかます」イベント。
私も詳細を聞いたことがなかったし、生徒会役員のみんなも、もちろん新生徒会長として期待をされている三船栞子ちゃんも「ご安心ください、生徒会選挙には必ず落選してみせます」と。
まるで自分が「生徒会選挙に立候補したら必ず当選する」と言わんばかりだけど、私から見ても、かつて生徒会長を務めた穂乃果や、ダイヤちゃん……そして現役の恋ちゃんから見てもなお「この学園の規模でスクールアイドルと両立しているだけでもすごい」
普通科と音楽科の双方を取りまとめている恋ちゃんでさえ、てんやわんやになる機会もあるというに、生徒数では数十倍、学科数も盛りだくさん、それを数名の生徒会役員と一緒に、現状問題もなく取りまとめてきた。
……そこまでの実績がありながら、一年生にバトンタッチしようとは。
栞子ちゃんも「せつ菜さんがそこまで言うんだったらわだすも頑張ってみっぺ!」だし、彼女ががんばるって言うんだったら、ランジュちゃんも「使えるものは何でも使えましょう」ミアちゃんも「ボクにできることはないけどね」言いつも協力の姿勢。
学園のみんなが「今まで特に問題もなく生徒会活動を執り行い、これからも期待に応えてくれるはず」な元生徒会長と「みんなに支えられなければしょうがないし、スクールアイドルを優先させる時もある」の生徒会長候補のどちらを選ぶかといえば。
感情を抜きにしたところで「やってみないとどうなるかわからない」ほうより「今までやってくれた」ほうを選ばなきゃしょうがない。
「……中川さんが何をやってるかあなたも分からない?」
「申し訳ない、できれば介入しない」
「……や、世話をかけた」
私には対してはともかく栞子ちゃんには厚い情があるのか、口出しをしたいんだろうけど、線引ははっきりとしている。
よほどのことがない限り「三船栞子」の意思を尊重し「しおりこ」の意見には従わない。
ごく稀の例外を除く――ただ、あの時の「しおりこ」は空気も読めれば、癇に障る発言はしない……別人としてとらえておくべきか。
「絵里ちゃんのその想定は正解よ」
「……」
人の心を勝手に読むな、と視線だけで不愉快さを讃えつつ、ポンコツの考えも正解を導き出しているのだなと思った。
「しおりこ」が2種類いたとしても、自分が尊重するべきは「わだす口調な三船栞子」だし、薫子さんとしても同じ考えなのかな。
こちらの私の想定には「……」と全くの無反応、困ったことに何を考えてるのかすらわからない。
こういう能力があるんだから、わざと自分が殴られるような「目は口ほどにものを言う」態度を改めればいいのに。
「それで退院の日取りは?」
「本日12時より、付き添いの方ご来訪~」
実に楽しそうな笑顔で――今まで遠くを見るような、何考えてるかわかんない表情してたのに、プレゼントが待ちきれない子どもみたいな、ウキウキワクワクさ加減に「あ、とんでもない奴が付き添いに来る」と一発で察した。
時計を見ると「あと1時間くらいしかない」と察し、逃げるべきか、寝たふりをするべきか、と困ったけれども……これ以上入院して費用がかさばっても。
「私みたいな格好をする?」
「高校時代にやったからなあ」
ワイワイガヤガヤと、薫子サンに着せ替え人形にされつつ(着替えは魔法で一瞬)時間が経過していく――そろそろ誰かしらが来る頃だな、と、結局、白塗りじゃないけどロックな絢瀬絵里さんみたいな感じに整えられ準備は万端。
「じゃあ、絵里ちゃんかっこいいポーズ決めて!」
「えぇ!? あーっと、こんな感じかしら?」
誰かしらが来るなら、多少カッコ悪いポーズをとっていても目撃者が少なくて済む――そんな想定もあったし、薫子サンもサタデーナイトフィーバーの指を上げたポーズを取るとは思っていなかったのかもしれない。
とても残念なことに「付き添いの方」が一人ではなく、ぞろぞろと集団で入ってきたので、パンクな格好をした絢瀬絵里が「あ、それって知ってます、止まるんじゃねぇぞのポーズですよね!」とせつ菜ちゃんにツッコミを入れられるまで固まり、せっかく心配までして(永眠させようと思ったのではあるまい)付き添いに来てくれた方々も「なんて言おうか」と思い悩んじゃったのは……まあ、私がポンコツだったってことで許していただきたい。
――そのおかげか殴り倒されることはなかったけど、ダイヤちゃんから「ツラを貸していただけますか?」敬意もへったくれもないし用件で呼び出された。
殴ってもらった方がマシなイベントにならないことを祈りたい。