喫茶店に呼び出された時点で、彼女の息のかかった店員さんとかいるのかな、と重い気分と身体に鞭打ってやってきたけど。
黒澤ダイヤちゃんが呼び出してくる時点で、彼女が自由に使える喫茶店だってのがわかるのに、私が来た瞬間「いらっしゃいませ~」って軽い調子の声が聞こえてきたのに、お客様は誰一人いなくて。
普段なら美味しいスイーツを作っているコックさんが見えるのに、今はスーツ越しにも筋肉隆々だってわかるマッチョマンなんだもん(普段からマッチョマンが美味しいスイーツを作ってる可能性はある)
コックのふりをして戦艦に侵入する……そんなハリウッド映画を見たような気がするけど、そんな料理人が雁首を揃えて私を眺めているんだもの――その上ダイヤちゃんも和装で気合十分なんだもの。
こんな状況に置かれたら、元気百倍のアンパンマンだって「顔が濡れて力が出ない」とか泣き言を言って。
「さっき顔変えたばっかしでしょ」とバタコさんにツッコミ入れられつつ、相手に立ち向かわないといけない――パン工場ってのはとんだブラック企業である。
「わたくしが何を言いたいのか、よくご理解なさっているご様子で」
声の調子は冷たい、どれくらいの冷たさかと言うと、指を入れた瞬間に「つめたっ!」って入れた指を引っ込めてしまうくらい。
困った私も「間違えましたごめんなさい」と踵を返して逃げ出したいところではあるけど、ダイヤちゃんを取り囲んでいる店員さんも、美少女のくせしてなかなか運動センスのありそうな筋肉の付き方をしている。
スクールアイドルをしたらさぞかしいいところまで行きそうだ、私を含めて年齢的には、スクールアイドルとはとても呼ばれない年齢だけど。
背中を向けたところで「ところが敵に回り込まれてしまった!」みたいなシステムメッセージが誰かしらに流れ「残念絢瀬絵里の冒険はここで終わってしまった!」と最終的には流れる。
退院したばかりだというのに、これでは必死こいて治療してきてくれた病院の方々には申し訳ない。
「喉乾かない?」
「これは失礼を、ではテーブルに参りましょうか」
話題をそらすために提案したら、ドアから遠い場所に案内されてしまった――迂闊すぎて頭が痛い。貸し切りになっているので、別に一番奥の席に陣取る必要は全く無いんだけど、ダイヤちゃんったら「人を処刑する時にはいつもこうしておりますので~」くらいの和やかさで、私のことを奥まで案内してくれた――わざわざ手を取ってくれるのは、体調の悪い病人が相手だからだと思う。
ちなみに喉が渇いているのは本当――緊張からくるものもあるし、ここまで来るのに重りでも背負ってるみたいに体が重くて、気分の不調だけではなくて、本当に体調も悪いんだろうなって思う。
できれば見た目には出ていないでほしい、心配されているようでは肩身が狭い、罵ってくれてるぐらいがちょうどいい、扱いが乱雑だった頃の方が気が楽。
「とりあえず生二つ」
「アルコールが禁止されているのをわたくしは把握しておりますが」
お医者様に言われたのではなく、真姫から「酒の力で普段の調子で仕事に励まれたら困る」と固い口調で言われて、反発する気力も失せた。
彼女ときたら「これから結婚を申し込みます」くらいの真剣な調子で、声色も「グングニル装備してます」って力強さで、肩に入った力なんか「ジャミラでもあるまいし」と感想を抱くほどで。
とにかくまあ、とても逆らうことができないレベルの怖さで「真姫さんって怖い声を出す時にどんな声になるんだろう~」くらいの気軽さで、見学に訪れていたしずくちゃんが心底震え上がっていた。
長い付き合いでも末恐ろしいガチ説教を、そこまで関係の深くない相手が耳にすれば背筋も凍るのが分かる。
や、海未に「やめておいたほうがいいと思いますよ?」ときつい調子で制止されたのに「大丈夫です」と言ってしまったお嬢様にも少々問題があるので、フォローは同好会の皆に任せておいた。
私は立場がないし、μ'sのメンバーにも「海未の制止を振り切った」弱みがあるから、かといってAqoursや元スクールアイドルの面々も、大人として「控えるべきところはちゃんと控えなくちゃいけない」と教えないといけないから……フォローしたいのは山々なんだけどね。
「じゃあダイヤちゃんだけでも」
「メロンソーダ二つ」
私はアルコールを飲めないのは自業自得にしても、今まで酒浸り――飲んだ量は東京ドームでも沈められてしまいそうな……とんでもなさ。
そんなメンバーまで「あなたと飲まないと面白くないし」で、すっかりお酒を控えられてしまった――未成年のメンバーにはもちろんお酒なんて飲ませられないからいいんだけど、A-RISEまで「年齢も年齢だからそろそろ控えておく」と言われてしまったのは、さすがに申し訳なかった。
胸の中に抱く気持ちは……ダンベルを飲み込んだ時ってこんな感じになるんだろうなって、胃もたれとかそういうんじゃなくて、とんでもない罰が体の中を通る感じ。
頭の頂点から、足の指の先まで、電気ショックでも走らせたら――そんな感情を抱くのかもしれない。痛いとも苦しいとも辛いとも言える……。
もしかしたら無敵の人っていうのは、申し訳ないって気持ちを持ったことがないのかも。
すごく痛くて苦しいってのも、もちろんそれはノーセンキューだけど、大切な相手に「こんなことさせてしまった」と、考えるのはそれ以上に辛い拷問か何か……何だと思う。
そういう気持ちがわからない人っていうのは無敵だろうし、ある意味幸せだろうし、死ぬほど不幸だって思う。
「……あなた達まで自分に罰を与えるように、我慢を繰り返さなくても構わないのよ」
テーブルを握りながら、出来る限り強い表情を作って、さほど恐怖感を抱く表情にはなってないと思う――あまり自信がない、怒ろうと思って怒るのはあいにくと慣れてない。
ヤカンを火にかけてから沸くみたいに時間がある人……そういうのに憧れたりもする、何と言うか、私の場合は怒りが爆発に近い、絶対に触れられたくない地雷を踏まれた時には……なりふり構わず突っ込んでしまうわけで、それが結局、こんな運命を迎える訳になったけど。
「絵里さんは人に怒るのが下手ですね」
自覚がある――面白くなって、ついつい吹いてしまった。聞けば煽られてるようなセリフだけど、怒るのが下手なんて、よほど理解している人にしか指摘ができない。
彼女との関係性が嬉しくなって、それが今も経てもなお存続していることに、神様には感謝してもいい……人間の関係性まで認知しているとは思わないけど。
ダイヤちゃんは届いたメロンソーダに口をつけながら、言い出しにくいこと口にするようでしないようで、美味しい食べ物に箸を伸ばそうとして、引っ込めてしまうみたいな――迷い箸はマナー違反なので、できればはっきり言ってもらいたい。
「私は……人の上に立つ人間として、間違えてはならぬと――何せ、間違えてしまえば、たくさんの人が苦しむ、時には情を捨てることだってあります」
口調が切り替わった――普段は「わたくし」と丁寧に話すけど、もちろん丁寧な口調が崩れないけど「私」に変わる時は気をつけないといけない。
数少ない本性を話す機会だ、本当の気持ちなんてニュータイプにでもならなきゃわからないし、相手が教えてくれなくてしょうがない、そして相手がそこまで信頼してくれないと仕方がない。
「たくさん失敗してきました、私も……絵里さんもそうだと思います、自分自身が失敗したと思っていないものでさえあると思いますよ」
「はは、それは難儀だ、失敗を振り返ってるだけで人生が終わっちゃう」
パーフェクト超人でもない限り――や、まあ、パーフェクト超人でさえ、ミスはするだろうけど……1日に失敗する数、1日に選択する数でさえ、人ってのは膨大らしいから。
選択ミスをした結果、とんでもない事態に巻き込まれることは、選択の数からいっても、誰にでもあるって考えて当然かな。
それら全てを覚えていて、失敗してしまったと何度も繰り返し考えるなんて、それはとても不幸なことだ、たくさんあるなら一つや二つくらい忘れてもいい、忘れてはいけないことさえ忘れなければ。
「間違えてはならぬ……それこそが間違いでした」
「間違えるとたくさんの人が苦しむんじゃない?」
「いいえ、取り返しのつかない間違いだけはしてはならない、二度と関係が取り戻せないような、二度と会えなくなってしまうような……元通りにならない間違いだけは……本当にしてはならないと、私は思うんですよ」
よほどメロンソーダが美味しかったのか、顔を俯いて、両手でコップを抱えるようにして、ストローで味わうようにしながらジュースを啜ってる。
顔を下げているから表情までは分からないし、何より……飲み物を飲むときに音を立てるのはマナー違反だし……指摘するだけ野暮かな。
そんなに震えながら飲むほど美味しい飲み物なのか、炭酸だから、ちょっとむせたりなんだりして、泣いているように見えるのは、変なところに飲み物が入ってしまったからかな?
「……でもまた、こうして出会えたから、これからもよろしく」
「ええ……よろしくと言われなくても、地獄の果てにだってついて行くつもりですよ、私の推しは絢瀬絵里、ただ一人なんです」
「さすがに自分を推している子を地獄なんかに連れてくわけにはいかないか……」
推されているほうとしては、できれば箱推しになってもらいたいな――μ'sもそうだし、スクールアイドルってのはどれも魅力的なユニットだから。
それでも……それでも……たった一人、あなただけを推したいという人を大切にしなくて、何がスクールアイドルなのか。