ならば妄想だ。
あの世界で、海外レースっぽいものをやるにはどうしたらいいか、
ちょっとこじつけてみました。
ウマ娘小説なのに、ウマ娘が出てこない詐欺小説です。
今、世間では空前のウマ娘ブームを迎えていた。
幾多のドラマが生まれ、多くの人々がライブに熱狂する。
だが、光あるところには影がある。
頂点に立ち、輝くウマ娘達の足下には、力及ばず、センターに立つことの出来ぬまま消えていく多くのウマ娘達がいる。
それはある程度は仕方のないこと。
だが、闇はそこではない。
そもそも立つ舞台がない、そんな多くのウマ娘達がいるのだ。
その理由は……地方舞台の衰退であった。
かつて、日本の至る所に、ウマ娘達が頑張るレース場があった。
今ほど交通機関もネットワークも発達していなかった時代、ウマ娘達の走りやライブを見に十大レース場へ行くことの出来るものは限られていたのだ。
その隙間を埋めるような、小さいながらもレースとライブを見られる場が存在していた。
そこではご当地アイドルともいえるウマ娘達が、中央には及ばぬレベルながらも、地元ファンの支持を受けて、それなりに頑張っていたのである。
だが、時代の流れは非情にも、彼女たちの頑張りを押しつぶした。
皮肉にも、中央の盛り上がりが、その輝きが、地方の細々とした灯りをかき消してしまったのである。
そして、遂にとある地方のレース場が破綻の危機に陥ったとき、あまりにも破天荒な事態が起こったのであった。
一つは、世界を覆った疫病の大流行。
中世期ほどひどくはないものの、これによって、ウマ娘界にも、一つの影響が出た。
海外遠征の中止である。
ウマ娘の世界に、一つのあこがれがある。
フランス・ロンシャン。
そこで行われる、世界最高ランクのレース&ライブ。
――凱旋門賞。
日本で頂点に立ったウマ娘が、いつか挑んでみたいと思っている場。
ウマ娘のレベルが上昇してきた昨今、機は熟した、と、URA関係者は考えていた。
そこに襲いかかったのが件の疫病である。
これによって、密かに下準備が整えられていた遠征計画が、すべてぽしゃってしまった。
……これが一つ目の僥倖であった。
そして、二つ目の僥倖が、とある金持ちの酔狂である。
ウマ娘ファンであり、関連事業で一生掛かっても使い切れない金を稼いだ成金がいた。
彼の人物の夢は、ロンシャンやドバイ、サンタアニタでライブをする推しのウマ娘を見ることであった。
儲けた金も、そのために投資するつもりであった。
もう食うにも住むにも困らないだけの金は稼いだのだ。なら、残りは好きにしよう、と。
ところがこのザマである。
投資先を失った彼人がふと目にしたのが、故郷のレース場の廃業問題であった。
投資して存続させることは、彼の資金力を持ってすれば簡単であっただろう。
だが、彼の眼力は、そんなことをしても一時的な延命にしかならないことを理解していた。
地方の箱には、観客を呼ぶ魅力が不足している。
中央に対抗するのは不可能かつ意味が無い。
地方独自のウリがいるのだ。
さらには、ウマ娘界にとっても意義のあるものでなくてはならない。
そんなとき、彼の脳内で、ひどい悪魔合体事故が起きた。
彼はその有り余る資金で件のレース場を事実上買収し、大改装を行う。
レース場の構造を、アメリカのとある有名なレース場――アメリカ最高峰のレースが頻繁に行われる――そっくりに。
要は丸パクリである。レース場のデザインに著作権はない(笑)。
彼は、この改装の理由をこう説明する。
今は不可能でも、いつかは日本のウマ娘達が国際レースに海を越えて挑む日が来る。
その時のための『練習場』として、彼の国に対応した走りを学んで欲しい、と。
なお、ちゃっかり設定レースも、日時などは変えたもののパクった(笑)。
ひどい話ではあったが、一部のウマ娘達にはまさに救世主となった。
芝に対応できないタイプの娘である。
米国型の高速ダートの馬場に対応したウマ娘達が、喜々としてこのレース場で、素晴らしいパフォーマンスを見せた。
パクリとはいえ目新しい会場に、観客もそれなりに増え、ネット中継とかもあって、結果このレース場は持ち直した。
……そして、こういうのが成功すると追従者が現れるのも常である。
悪乗りした中東の大富豪まで参戦し、日本の衰退していたいくつかの会場が、練習場の名の下に有名どころのパクリ会場に改装された。
アスコットやロンシャンまで。
URAも、開き直って『いつか本戦に挑むために』と称して、パクリロンシャンで2400のGIレースを開催する始末である。
そしてウマ娘達は、いつか本物の海外で驀進するために、かつての地方競馬場で、今日も模擬海外レースを走るのであった。