設定とか背景とか一応考えてあるけど、なんかめっさふんわりしてます。だって、そもそも原作の時代背景すら違うし。
とにかく新城さんが艦これ世界で美少女に囲まれて悪戦苦闘しつつ、戦闘では狂気しつつ、艦娘の一部がその狂気に引き摺られつつ日々を過ごしていく話が見たい。『新城提督』流行れ。
前編
「失礼するっ!」
返答も待たずに、ドアが勢い良く開かれた。
入室というよりも突入に近い勢いである。
司令室に踏み込んできたのは長身の凛々しい女性だった。
人間離れした美しさがある。
実際に彼女は人間ではない。人間の肉体に戦艦の力を搭載した『艦娘』と呼ばれる――その中でもトップクラスの戦闘力を誇る部類の――海の兵士であった。
司令室の中を見渡し、その艦娘はデスクに腰掛けた人物に目を留めた。
ほとんど睨むような眼つきである。
「提督!」
「――『長門』 入室の許可は出していないが?」
長門が話を切り出す前に、提督と呼ばれた男は言った。
その視線は手元の書類に落としたまま、仁王立ちする長門の方を一瞥もしていない。
代わりに、彼の傍らに別の書類を持って控えた秘書艦の『不知火』が、無作法を咎めるように鋭い視線を向けていた。
駆逐艦クラスでありながら、その眼光には格上の長門に匹敵するほどの迫力が秘められている。
一顧だにしない提督と厳しい不知火の対応に一瞬たじろぎながらも、長門は意を決するように一歩踏み出した。
「提督、納得のいく説明をしていただきたい」
上官に対する口の利き方とは思えない、強い口調だった。
「次の出撃――何故、私が第一艦隊の編成から外されているのだ!?」
その声と眼つきには、強い不満と怒りが表れていた。
迫る長門に対して、提督と呼ばれる男が手の中にある書類を机の上に置く。
ゆっくりと、落ち着き払った動きだった。
自らの抗議を意に介していないかのような仕草が、また長門を苛立たせた。
男は顔を上げた。
ありていに言って、魅力的な顔立ちではない。
正直なところ、凶相に近い。少なくとも、女子供が好き好んで近づきになりがたる類の顔ではなかった。
部下の反抗にも近い物言いに対して、特にこれといった反応も示していない顔だった。
別の言い方をすれば、無視しているといってもいい。
「君には別の任務が与えられているはずだ」
凶相の提督は淡々と言った。
「その任務が『演習』とはどういうことだ!? 何故、私を実戦に出さない!?」
「それは君が不適当だと判断したからだ」
「な……っ!」
簡潔な返答に、長門は絶句した。
詰まるところ、目の前の男は『実戦に出すのが長門では不足だ』と断じたのだ。
実際の言葉の裏に秘められた意図はともかく、彼女自身はそう受け取った。
美しい相貌が怒りで歪み、羞恥で赤く茹った。
艦娘の中ではトップクラスの戦力を誇る『戦艦』に位置する彼女にとって、己の実力不足を指摘されることは自尊心を大いに傷つけるものだった。
特に気に入らないのは、この提督が自分の能力を判断するのに比較したであろう対象だった。
「私が、不適当だと……」
当然ながら、個々の戦力を比較するのに用いる基準は、自分の持つ艦隊の他の艦娘達である。
そして、長門や秘書艦の不知火を含めたこの提督の持つ艦隊の人員数はそこまで多くはない。
長門も全員を把握している。
その上で、断言出来る。
自分より優れた戦闘能力を持つ艦娘は、この艦隊には存在しない。
「戦艦である私が、駆逐艦や軽巡洋艦などよりも戦闘に不適当だと言うのか!?」
戦場における相性の違いはあれど、おおむね『戦艦』とは『駆逐艦』や『軽巡洋艦』と比べて格上に位置している。
劣っているのは、運用の際に消費される燃料や弾薬など資材の多さぐらいだった。
それさえ強大な戦力の代償と考えれば妥当な釣り合いである。長門が自身の評価を不服に思うのも道理だった。
提督への不満が、もはや反抗心に近いものとなって態度に表れている。
それを警戒するように、これまで微動だにしなかった不知火が一歩前に進み出た。
「長門さん、下がってください。それ以上は提督に対する不敬と受け取ります」
「……駆逐艦に過ぎないお前より、私の方が劣るだと……っ?」
同じ艦娘である不知火に移った長門の視線には、遠慮のない敵意が込められていた。
しかし、それを受け止める不知火も全く怯む様子を見せない。
貫禄だけならば、長門と互角に渡り合っている。
一触即発の空気の中、凶相の提督はおもむろに口を開いた。
「納得がいかないのなら説明してやる。丁度、この書類もそれに関するものだ。見ろ」
先程まで手元にあった書類を、放るように長門の前へ差し出す。
納得させられるのならしてみろ、と言わんばかりの挑むような目つきで長門は書面を睨んだ。
「ここへ配属されてから三回、君は実戦に出ている。それらの戦果とその後に消費した資材を纏めたものだ」
「……確かに資材の消耗は激しい。しかし、それは戦艦クラスを運用する上で必要な」
「そうではない。戦艦の燃費の悪さは承知の上だ。その上で貴艦を運用した」
「ならば――!」
「問題なのは、消費に対して成果が見合っていないことなのだ」
その答えに、長門の頭は真っ白になった。
ハッキリとしすぎた物言いだった。
「そ、それは……」
「ありていに言って、君は消費を覚悟の上で送り出した僕の期待に応えていない。よって、それが少しは『マシ』になるまでは実戦に出せない。いや、出したくない。だから演習を命じた。理解出来たか?」
「で……出来ません! 私の働きが相応のものではないと、アナタは仰るのか!?」
「全くもってその通りだ。君は無能ではないが、特別有能でもない。そして、大量の資材を投入してまで実戦で運用する価値と必要性は今のところ存在しない。それが君を不適当だと判断した理由だ」
「この書類にもありますが、三度の出撃においてはいずれも私が一番の戦果を出しています!」
「うん、その通りだ。しかし、それはあって然るべきものだ。戦艦クラスならば、この程度の戦果は想定の範囲内であるべきものだろう。出来て当然のことは評価に値しない」
「そんな、馬鹿な……っ」
「それは自らの評価が不当であるという意味か? 君の自己評価が如何なるものかは知らないが、少なくとも僕の見立てにおいては君よりも優秀であり、優先する人材が他にいるのだ。
対費用効果の面においては、そこの不知火や天龍達の方が遥かに君よりも勝っている。僕は無駄遣いは嫌いだ。君一人の運用で無駄に資材を浪費するくらいならば、他の艦娘達に十分な装備と弾薬を与えて送り出したい」
「――」
「この判断が不満ならば、僕の艦隊から出ていってもらっても構わない」
「それは……!」
「元々、ここへの転属は君自身が希望したことだ。望んで僕の下で戦いたがるような莫迦ならば、これくらいの要求には応えてもらわなくては困る」
強烈な返答の嵐だった。
最初の勢いは消え去り、長門の顔色は完全に青褪めている。
俯き、睨むような視線は力なく足元に落ちているだけだった。
まだ人柄もよく知り得ていない目の前の提督が示す態度――何か鋼のように硬いものに裏付けされた冷酷さと傲慢さに耐えられなくなったのだった。
「まだ何か質問はあるか?」
言葉とは裏腹に、有無を言わせない厳しさのある口調だった。
「……いや、ない」
「今回の任務に不服はあるか?」
「……ありません」
「ならば、下がれ」
長門は命令に従った。
肩を落として部屋から出る弱々しい後ろ姿を、提督はもう一瞥もしなかった。
◆
「――新城提督」
新城直衛は座ったまま、視線だけを上に向けた。
自分を見下ろす、傍らの不知火と意図せずして目が合った。
思わず目を逸らしてしまう。
自らの秘書艦として傍に置く程信頼する不知火との付き合いは、先程の訪れた長門はもちろん、彼の持つ艦隊の中で誰よりも古く長いものだ。
しかし、この可憐な生物の視線を真正面から受け止めることは、未だに慣れないのだった。
いや、そもそも強大な兵器としての面と美しい少女としての面を併せ持つ艦娘という歪な存在自体に、新城は慣れることが出来なかった。
それは先程冷たくあしらった長門についても例外ではない。
視線を逸らした不知火への謝罪を示す唯一の感情表現として、新城は小さく頷いてみせた。
不器用というより、彼に内在する人間的欠陥ゆえの反応であった。
しかし、不知火にはそれで十分だった。
新城直衛が、彼にとって最大限の人間的努力を払って気遣いを示してくれたことまでを理解しているからだった。
「先程の件ですが」
自然な態度で話を続けた。
不知火なりの気遣いだった。
「長門の運用についてか」
「そうです」
「手間が省けた」
「もう少し、言い様はなかったものですか?」
「ない。彼女には速やかに理解してもらわねばならない。そうでなければ、誰の為にもならない」
無碍なく切り捨てる新城に対して、不知火はそれ以上何も追求しなかった。
新城がある種の部下に対して、能力評価という点では過酷そのもの態度で挑むのは今に始まったことではない。
それらは皆、望んで戦場に出たがる者や自身の下で働きたがる艦娘達に対して向けられる態度だった。
同じようにその洗礼を受けた不知火が、ある時に理由を尋ねた際の答えが『好きで戦場に行くような莫迦はそう扱われて当然だ』などというのだから、まったくの確信的な方針だった。
先程の長門に向けた、厳しさを通り越して冷徹とすら取れる言動も、そこに起因する。
逆に、自らの役割への責任や献身で戦う艦娘達に対して、彼は優しかった。
不知火は、そんな新城直衛の考え方を誤解なく理解していた。
時には限度を超えるほど冷酷にもなれる目の前の提督は、人の世の平和の為に己の役割を全うしようとする艦娘達の健気さを羨望しているのだった。
「仮に、今回の件で長門が僕に反感を覚え、ここを出ていったとしても、それはそれで問題の解決に繋がる」
続けられた言葉には、さすがの不知火も僅かな反感を覚えた。
自分の下に就いた部下を、無責任に放逐するような真似だけはしないと思っていた。
何らかの意図があるにしろ、それを明らかにする為に口を開きかけ、
「提督、遠征から戻ったぜ!」
「只今戻りました~」
ノックと共に、扉の向こう側から聞き慣れた二つの声が響いた。
言葉を遮られる形になった不知火が黙り込み、代わりに新城が入室の許可を出す。
入ってきたのは、新たな二人の艦娘だった。
「ご苦労だった、『天龍』『龍田』」
「おう、遠征は大成功だったぜ」
「集まった資材は、このようになります」
似通った容姿と服装でありながら、性格は全く正反対の二人だった。
特に天龍に関しては自らの上官である提督に対して、無遠慮が過ぎる態度である。
しかし、新城はそれを咎めることもなく、龍田から報告書を受け取った。
彼女の態度を矯正するのは、長い付き合いの中でもはや諦めている。
それに態度以外ならば、新城のあらゆる要求に天龍は応えたのだ。
長門の場合とは全く逆である。『実』を満たす相手ならば、多少『礼』を欠いても新城は頓着しない。
「――うん、よくやってくれた。二人とも」
「へへっ、当然だぜ」
「まったくだな」
「ったく、相変わらず愛想のない提督だな。もうちょっとオレ達を称賛してもバチは当たらねぇぜ?」
「君達が任務を全うして帰ってくることに何の疑いも持っていなかったんだ。これ以上言うことはない」
「……へっ、そうかよ」
「ん? 何を顔を赤くしている?」
「なんでもねぇよ!」
「天龍ちゃんは、提督に『信頼している』と言われて照れているのよね~?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
「いや、その解釈で合っている。先程の言葉は、つまり僕が君達に絶対の信頼を置いているという意味であって――」
「だぁああっ、うっせえ! 言い直さなくていいんだよ!」
部屋の中は途端に騒がしくなった。
女が三人集まれば姦しい――と、いう意味ではないが、不知火を加えたこの三人と新城は古参の付き合いだった。
長門が配属される前。更に、現在の規模になる前の最初期の艦隊を構成していたのが不知火、天龍、龍田、そして今はもういない一人を加えた四人の艦娘だったのだ。
新城にとっても、この三人はある程度の気安さを許して話し合える面子である。
自然と、口元が緩んでいた。
「そういえばよ、さっき長門とすれ違ったぜ」
天龍の言葉に、新城と不知火は一瞬視線を交差させた。
間が良いのか悪いのか、分からない。
しかし、はぐらかすことの出来ない重要な話題であることは確かだった。
「どのような様子でしたか?」
不知火の方から尋ねた。
「ん~、まあハッキリ言って機嫌が良さそうじゃあなかったな」
「かといって、怒っている様子でもありませんでしたね。強いて言えば傷ついた様子でした」
「そうか」
龍田の補足に、新城が曖昧に返す。
察しのいい彼女は、それだけで何かを把握したらしい。
苦笑を浮かべた。
「女の子にあまり厳しい言い方は感心しませんよ、提督」
「女として扱われたいのならば、ここにいるべきではない。そういった繊細な扱いを望むのなら、長門は以前の所属に戻るべきだ」
「……まさか、そういった旨を彼女に言ったんですか?」
「かなりストレートに言いました」
不知火が答え、龍田は軽くこめかみを押さえた。
「ああもうっ、提督ったら~」
「なんだよ、龍田。提督が厳しいなんて分かりきったことだろ? 長門の奴もヘコんだままじゃないって」
「天龍ちゃん、皆がアナタほど神経太いわけじゃないし、提督の真意を理解出来るわけじゃないのよ~?」
「ど、どういう意味だそりゃ!?」
「天龍ちゃんだって、昔は新城提督に厳しく扱われすぎて、こっそり夜中に泣いてたじゃない。『アイツはオレなんか必要ないんだ』とか『失望されちゃった』とか」
「う、うるせえぇー! 昔のこと蒸し返すんじゃねぇっ!」
「天龍さん、安心して下さい。不知火も提督の冷酷で容赦のない態度には何度も枕を涙で濡らしたものです。何も恥ずべきことではありません」
「不知火……そうだったのか!」
「……君達は、軍人である僕に何を望んでいるというのだ?」
『もうちょっと女心を分かってください』
三人は異口同音に言った。
新城は憮然とした表情で黙り込むしかなかった。
「――それで、まさか長門さんに『出ていけ』と言ったわけではないでしょうね?」
「命令はしていない。ただ、そういった選択肢もあると示しただけだ。理由ももちろん説明してある」
新城は長門にも見せた書類を、天龍と龍田の二人に差し出した。
長門がここへ転属して以来、彼女の消費する資材の多さは有名だった為、二人にも問題がどういったものなのかすぐに理解出来た。
何より、二人は不知火と同じく新城直衛という提督の戦闘における思想や好みを熟知している。
彼は火力戦の信者でもあった。
戦闘に必要な資材は必要なだけ使わせる。担当する艦娘達が恐縮するほど出し惜しみをしないが、不要だと判断した場合の無駄遣いを徹底的に戒める厳しさも持っていた。
「貧乏臭い戦は嫌いだ」
周りが慣れ親しんだ部下ばかりの為か、新城は拗ねたような表情を浮かべていた。
「しかし、燃料も弾も決して潤沢ではない。そもそも『ここ』は長門のような戦艦を運用出来るレベルの基地ではないのだ」
新城達が拠点とする基地は、とある半島に存在する。
数多くの艦娘を収容し、彼女達の装備を開発・整備する施設も兼ね備えた母港本拠地となるのが本来の『鎮守府』と呼ばれる基地だが、ここにはそこまでの設備や規模が備えられていないのだ。
そもそもが元は航空基地として運営されていたものの跡地であり、急ごしらえの拠点として用意されたものなのである。
現在でこそ艦隊として形を整えてはいるが、新城がここに着任した際には人員も資材も何もかもが不足していた。
現状でも、艦娘の増員は他所の鎮守府からの異動という形で呼び寄せるしかなく、それもこちらから要請出来る立場ではない。
大抵は送る側の都合で選ばれ、ほとんど左遷に近い形で新城の下へ異動させられる。
当然、不本意な形での配属となるので士気も低い。
それを新城は、不知火達と共にまともな艦隊となるように立て直していったのだ。
いや、現状でもまだまだ十分ではない。
第一艦隊こそ編成されているが、第二艦隊を組む為の数も揃ってない状態だった。
駆逐艦でさえ足りていないレベルの艦隊なのだ。
その中にあって、戦艦長門の存在は戦力として過剰であると同時に異常ですらあった。
「何故、彼女がここへの転属を希望したのか、未だに僕には分からない。彼女ならば、もっと活躍出来る場所があっただろうに」
「彼女自身の意思はともかく、配属に至る経緯は提督もご存知かと思いますが」
「ああ、確か提督ってなんかお偉いさんの一人に気に入られてるんだろ?」
「実仁准将ですね」
龍田の補足に、新城は嫌そうな顔をした。
天龍の言う『お偉いさん』には違いないが、その立場は彼女の認識を超えるほどに複雑な――今はそれはどうでもいい。
とにかく、その人物をある切っ掛けで助けたことが関わりの始まりだった。
新城は彼に恩を売り、そして厄介事に目を付けられ始めた。
「僕は人員と資材の支援を頼んだだけだったんだがな。まさか直属の艦隊から戦艦を送りつけてくるとは思わなかった。しかも、当人まで希望しているというから始末が悪い」
「まるで長門さんが厄介者みたいな言い方ですね。感心しませんよ~?」
「厄介と言えば、その通りだ。彼女自身にとっても決して良い状況とは言えない。早いところ現状と僕に失望して、元の艦隊に戻った方が誰の為にもなるだろう」
「やはり、彼女への態度にはそういった意図もあったのですね」
不知火の問い掛けに対して、新城は頷くことで肯定した。
「確かに彼女の戦闘力は、他の艦娘達と一線を画している。いまだ戦力不足である我々にとって心強い味方だ。
しかし、彼女の場合その優れた戦力が必要以上に人目を引きすぎる。いや、元々そういった目的で造られた戦艦なのだろう。長門は英雄となるべくして生まれた戦艦なのだ。大艦巨砲主義を体現する存在であり、彼女が所属する艦隊の象徴となって戦うことが本当の役割なのだ。ただの一戦力に収めることは出来ない」
「よくわからねえな。長門が有名だったら、何か困るのか?」
「英雄には相応の責務が課せられるということだ。見ろ」
新城が促すと、不知火が手持ちの資料を二人に差し出した。
「おっ、随分とデカイ作戦じゃねぇか。こいつに参加すんのか!?」
「ああ、こちらにも出撃の要請が来ている」
「へへっ、当然オレも連れてくんだろ? 腕が鳴るぜ!」
「誰も連れていかない。この要請は拒否するつもりだ」
「なにぃ!?」
「それは可能なのですか?」
「何とか捻じ込む。無駄死には僕が最も唾棄すべきものだからな」
不満を表情に表しながら視線を向けた天龍は、それ以上に不機嫌を凶相に重ねた新城の顔を見て黙り込んだ。
この提督がある面で酷く臆病でありながら、戦いでは恐れを知らぬ悪鬼の如く振舞う面も持ち合わせていることは知っている。
決して身の安全の為に要請を拒否するわけではないのだ。
彼が『無駄死に』だと判断するのなら、参戦は本当に無駄な行為なのだろう。
「龍田ならば理解出来ると思うが、この作戦の規模は僕達の艦隊で参戦出来るようなものではない」
「はい。駆逐艦や軽巡洋艦が徒党を組んでどうにかなるレベルではありませんね」
「その通りだ。うちで通用するのは長門くらいのものだろう」
「なるほど。長門さんの戦力を見越しての要請ですか」
「まさに。長門を旗艦として先陣に掲げ、艦隊を率いて戦うというわけだ。まさに英雄の所業だな。ええ?」
「そして英雄の取り巻きである我々は戦火の中で一人ずつ死ぬ」
不知火が締めくくるように言った。
皮肉のようであり、まったく現実的な結論でもあった。
出撃の要請は、長門の存在を前提としたものであり、その他の艦娘達を戦力として数えていない。いや、犠牲として数えてすらいないのだった。
「長門がいる限り、僕達はこういった戦いを望まれるのだ」
新城は言った。
「だから、誰の為にもならないと言ったんだ。長門はもっと自分の力を十分に発揮し、評価もされる背景の在る場所へ戻るべきだし、僕達には相応の戦場というものがある」
「でも、本人はこの艦隊で働くことを希望しているんでしょう?」
龍田が微笑みながら言った。
新城は言葉に詰まった。
本当は遠回しに三人を説得しているつもりだったのだ。自分の艦隊に長門がいることは不釣合いなことであり、本来の場所へ戻るべきだと周囲にも認識させるつもりだった。
「……その通りだ」
鉛を呑み込んだような表情で、新城は答えた。
思惑が外れたのだと悟っていた。
少なくとも、龍田は長門がこの艦隊に居ることに反対をするつもりはないらしい。
「僕には、全く理解出来ない」
苦し紛れに付け加える。
「私には、なんとなく分かります」
龍田が答えた。
子供の疑問に答える母親のような優しい声色だった。
「長門さんは、きっとアナタを英雄にしたいんです」
全く予想していなかった答えに、新城は目を丸くした。
「……なんだと?」
「いえ、もっと単純に、アナタの為に武勲を挙げたいんだと思います」
「僕の為に?」
「はい」
「ますます理解出来ない。何故、彼女がそんな動機に至るのだ?」
「それは、彼女にしか分かりません。彼女だけが見た、あるいは経験した何かが、その想いに至らせたのかもしれません」
「曖昧すぎる話だ。君の話も憶測に過ぎないし、何の根拠もないだろう」
「憶測には違いありませんが、根拠はあります。アナタの下で戦う艦娘として、私も同じ気持ちだからです」
「なんだって?」
「私も提督の為に戦い、そして出来ればアナタを誰もが認める英雄にしたいです」
龍田は笑いながら、そう答えた。
本心が透き通って見えるような、美しい笑顔だった。
新城は、今度こそ心の底から困惑した。
好意と敬意を込めた龍田の真っ直ぐな視線に耐えられず、逃げるように目を逸らせば、傍らの不知火が同じように自分を見ていることに気付いた。
まさかと思い、天龍に視線を移せば、こちらも同じように笑っている。
三人の笑みが全く同じ意味を秘めたものだと、何故か理解出来てしまった。
「それは困る」
新城は硬い声で、かろうじてそれだけ言った。
「何、情けないこと言ってんだ。オレは龍田みたいに、アンタに偉くなって欲しいなんて思っちゃいない。そういうの、よく分からないしな。
だけど、アンタをオレがこれまで会った他の腑抜けた提督どもよりはマシな奴だと思ってるし、それを周りの奴らに思い知らせてやりてぇと思ってる。オレは、アンタの為に死ぬまで戦うって決めたんだ」
天龍が笑いながら言った。
牙を剥くような獰猛な笑みだったが、そこには獣が自分の群れの長に向けるような純粋な敬意と忠誠があった。
それは艦娘達が無条件で持つ、ある種の刷り込みにも近い上官への敬意と好意とは違う。多くの提督が羨望して止まないものだった。
しかし、新城本人の内心はそれをまったく認めていない。
軍隊における大抵の不快事に新城は慣れている。
自身の生まれや立場から、軽んじられたり疎まれたりすることなど幾度となく経験した。部下や上官からの悪意など、その最もたるものだ。
だからこそ、龍田や天龍から向けられる健気とすら思えるほどの信頼と期待が臓腑に重く刺さるのだった。
「君達は僕に率いられて地獄に行くことが望みだとでも言うのか?」
「司令。非礼を承知で申し上げます」
背筋を伸ばして、不知火は答えた。
「不知火の任務は、提督が望む時、望む存在になることです」
新城はため息を吐いた。
何もかも諦めたような気分で、何もかも手に入れたような幸福感を味わっていた。
少なくとも、人間を超えた力と美しさを備えた三人の女から与えられる信頼と好意が、男として嬉しくないはずがなかった。
畜生。自分が戦場にいるのは戦う為であって、忘れ難い者達を得る為では決してないのに。
「やはり僕には理解出来ない」
新城は憮然としながら呟いた。
◆
「不機嫌そうだったわね~」
部屋から退室した後、龍田が小さく呟くのを聞いて、並んで歩く天龍と不知火は思わず左右から彼女を見つめた。
口調にも現れている通り、龍田は楽しげに笑っていた。
「司令のことですか?」
「そうよ、新城提督のことよ」
「あの野郎、ひねくれてるからなぁ」
当人の前ではとても言えないことを、天龍はあからさまに肩を竦めながら吐き出した。
「誰よりも提督自身が認めたがらないでしょうけど、私はあの人が国を救う英雄になると思ってるわ」
龍田は微笑みながら言った。
しかし、その細められた瞳には冗談の類は一切込められていない。本心から言っているのだった。
「救国の英雄ですか。御本人は、酷く嫌がるでしょうね」
不知火も、龍田の言葉を否定しなかった。
「オレとしては、是非ともなってもらいたいもんだぜ。救国の英雄。アイツは長門を引き合いに出したが、だったらアイツにとっての相応の戦場ってやつは、きっと一番地獄に近い所になるぜ」
天龍は嬉々として断言した。
「ええ、不知火もそう思います」
「私もよ~。でも、一つ問題があるわ」
「なんだよ?」
「当の本人は、英雄よりも魔王になりたがると思うの」
不知火と天龍はまったく同意した。
三人の艦娘には、新城直衛という男と共に戦い始めた時から抱く、ある種の確信があるのだった。
◆
航空基地を流用した急造の母港本拠地。新城直衛は、そこに陸軍から異例の転属を行った新任の提督だった。
この場合の『提督』とは現実的な軍隊に当て嵌まる役職ではない。
多数の兵隊を持たず、艦娘という戦闘力に関しては一騎当千の存在を従える、異形の艦隊の司令官であった。
彼ら、そして彼女らは日夜海上で『深海棲艦』と呼ばれる謎の敵と戦いを続けている。
新城直衛は、複雑な経緯を多数の人間の思惑と悪意に導かれて、その地位へと納まることになったのだった。
思惑と悪意。それは現実の人員配置にも表れていた。
全ての階級や手順を飛ばして提督に任ぜられた新城は、艦隊の指揮経験はおろか海軍での従軍経験すらなかった。出世とはお世辞にも言い難い。
もちろん、艦娘達の運用が海軍の既存のノウハウを大部分は無意味なものにしていたが、それでも全く勝手の分からない仕事であった。
手探りで、悪戦苦闘の日々だった。
この不幸な新任提督にとって唯一幸運だったのは、現実からの要求が少ないことだった。
この急造の基地に配属された際の、そして現在に至るまでの人員は本人を含めて僅か五名に過ぎない。部下となる艦娘達はたったの四名だった。
基地を運営する為の動力である『妖精』と呼ばれる――これは本当に文字通りのものだった――は、命令に従う部下というよりも勝手に働く従業員に近い。
そして、そんな僻地に存在する未完成な艦隊には、軍の誰も期待しなかった。
送られてくる任務は、海上警備や資源輸送など、本来の鎮守府でならば第六艦隊などの予備兵力に一任する遠征任務ばかりである。
時折、護衛任務なども混じっていたが、小競り合い程度の戦闘があるくらいだった。時にはそれすらない、平和な航海となる場合もある。
つまり幸運なことに、新城には十分な時間的余裕が与えられていた。
初めての仕事に慣れながら、小競り合いの中で自分が戦うべき敵を知り、部下となる艦娘達の力を知り、経験を積んでいった。
人手不足により、一人で何役もこなさなければならない面倒はもちろんあった。
輸送任務一つにしても、たった四人しかいない艦娘達に一任出来る余裕や楽観まではなかった為、輸送艦に乗って新城自身が同行しつつ、現場で指揮を取っていた。
これは陸軍で部隊を率いていた時の経験や感覚が、彼自身の内側に色濃く残っているせいもあった。元々、現場の指揮官だったのだ。
しかし、それらの面倒事も忙しさとは無縁だった。
むしろ、時間が経ち、現在の立場に慣れると共に新城には仕事を楽しむ余裕すら出来ていた。
元々海軍や船には興味があった。
自らが率いる艦娘という特殊な存在についてはかなり持て余しているが、広大な海原を船で進むのは好きだった。
そうして、おおむね順調な日々が続いた。
平穏と表現してもいい時間だった。
しかし、この広大な海の一角は、確かに戦場となっていた。
もちろん、新城直衛はそれを一日たりとも忘れたことはなかった。
◆
「――やっぱり交戦中だ。かなり派手にやってるな」
遠見をしていた傍らの天龍が言った。
軍隊にあるまじき大雑把な報告だったが、新城は文句を言わなかった。
元陸軍所属であった彼は海軍のやり方というものをよく知らないし、それが艦娘という兵士を率いるものならば尚更常識を捨てるべきだと既に学習していた。
それに、分かりやすくはある。
二人が立っているのは資源輸送艦の甲板の上だった。
新城は黒い軍服の上に貫頭衣のような白布を纏っていた。防寒や迷彩を期待した物ではなく、れっきとした海上用の装備である。
白布の内側で手を動かし、帯革に挟んでおいた伸縮式望遠鏡を取り出すと、それを伸ばして天龍の示した方向へ向けた。
しばらくして、望遠鏡を離した。表情には不満の色がありありと浮かんでいる。
覗き込んだ対物鏡越しの視界は、何処までも深い闇だった。
当然だった。そういった時間帯である。
空が低く重い雲で覆われている為、月明かりすらない。海上には当然光を放つ人工物など一つも存在していなかった。
新城達の立つ輸送艦にも一切の灯りが点いていない。
もちろん、故障や無意味にそうしているのではなかった。
こちらの位置を誰にも悟られない為だ。
敵に、そして味方にも。
「確かに、火砲の光が見えるな」
望遠鏡で見えたかすかな光の瞬きを、新城はそう判断した。
天龍の報告を疑う余地など持たなかった。
艦娘が持つ能力に対する信頼などではなく、現状得ている情報から判断した為だ。
発端は、資源輸送任務中に受信した味方の艦隊からの通信だった。
支援要請――いや、明確に相手を指定してないそれは救難信号に近いものだった。
「無線で要請をしてきたのは、あそこの味方の艦隊で間違いないか?」
「は、はい! 更に詳細な内容を傍受しました!」
新城の問い掛けに、天龍とは別の艦娘が応えた。
秘書艦の『電(いなづま)』だった。
「でも、傍受だけでよかったんですか? その、応答とか……」
「必要ない。傍受した無線から判明した戦況を教えろ」
「わわっ! はい、分かりました! えーと……っ」
新城はあまり意味のない行為だと理解しながら、再び望遠鏡を覗き込んで傍らの電へ視線を向けないように努めた。
艦娘という存在にどうしても慣れることの出来ない新城が、特に敬遠しているのが、この電だった。
美しく、若い少女の容姿を持つ艦娘の中でも、電は特に幼い子供のような姿をしている。それが全ての原因だった。
若い兵士を部下に持ったことがないわけではない。それでも、この電の見た目は幼すぎた。
性格も、新城とは全く合わないものだった。
幾度か経験した戦闘の中で、敵に対して『沈んだ艦も出来れば助けたい』と切に呟く彼女の優しさを、羨望すると共に酷く場違いで危ういものだとも感じていた。
電の考え方を非難しているわけではない。むしろ、平和の中では美徳とされるべき部分である。
少年兵を躊躇いもなく殺めた経験のある自分の方が、人間でありながらこの艦娘よりも『まともではない』と自覚もしている。
しかし、戦場では『まともでいる』という贅沢が許されないことも熟知していた。
電の優しく健気な面は、新城にとって不安材料であり、また同時に自分の中の異常性を浮き彫りにする直視し難い部分でもあるのだった。
ありていに言って、新城は電のことが酷く苦手だった。出来れば、遠ざけておきたかった。
しかし、それでも彼女を秘書艦として傍で働かせている理由は至極単純だった。
四人の中で部下として最も有能であり、常識的であり、何より従順だからだった。
「戦況は味方の圧倒的な劣勢のようです。艦隊の被害、大破2、中破3、轟沈はなし」
「今のところはな」
天龍の補足に、電は抗議するように小さく唸った。
しかし、それを否定出来ないことは誰もが分かっている。
新城は無言で先を促した。
「艦隊は前後から敵の挟撃を受けています。前方の敵の火力が強く、背後からの攻撃に全く対応出来ないとか。全滅は時間の問題――とのことです」
「何らかの罠にでも嵌められたようだな。それで、支援要請か。背後の敵を叩けとのことだな」
「明確な命令は出ていませんが、そういうことかと……」
「こちらの存在には味方も気づいていないな?」
「はい、ですからすぐに援軍に向かう旨の応答を」
「待て。まだ思案中だ」
「ええっ、要請を無視するんですか!?」
電は非難するよりも、純粋に驚きの声を上げた。
交戦している艦隊を指揮しているのも新城と同じ提督だが、その立場や階級までが同じではない。
事実、新城の艦隊は他の鎮守府から送られる雑多な任務をこなす、下請けのような立場にあった。
軍隊として正式な命令の下で彼と彼の艦隊を自身の軍事作戦に組み込む権限も、相手の提督には与えられているはずであった。
「相手はこちらの存在を認識して要請を出しているのではない。つまり、僕達に彼らを助ける義務は存在しない」
いかに権限があろうと、命令は明確な指定がなければ機能しない。
新城の艦隊にも、課せられた任務への軍事的責任が存在するからだった。他の提督が持つ権限とは、その優先順位に割り込む為のものに過ぎない。新城は彼らの部下ではないのだ。
無線を発しているということは、少なくとも周辺に味方がいる見込みを立てているということである。
それがあの艦隊の艦娘達の独断なのか、後方で指揮する提督の判断なのかまでは分からないが、こちらの輸送任務の航路や日程などを把握しているのは確かだった。
その上で、近くを味方が通りかかる望みに賭けて支援要請を発している。
詰まるところ、要請を発している相手にもそれを受け取る対象が存在するという確信はないのだ。
通信が届かない距離に味方がいるのかもしれないし、日程の遅れか何かで近くまで来ていないかもしれない。そして、それは任務に対する不手際ではあっても、要請に応じなかった過失とはならない。
もし、そうだった場合艦隊を待つのは全滅だった。
相手の悲壮な覚悟が伺える。
しかし、新城にも素直に援軍に向かえない、まったく現実的な問題が見えているのだった。
「仲間を見殺しにするんですか!?」
見たこともないほど険しい表情で、電が新城に言った。
これまで築き上げてきた提督への信頼や敬意が、全て消え去ろうとしている顔だった。
「もちろん、好きで味方の軍を見殺しにしたいわけじゃない」
新城は無感情に、これに応じた。
「しかし、現実的な問題がある。どうやって、背後の敵を叩くんだ?」
「それは、わたし達で攻撃して――!」
「駆逐艦2、軽巡洋艦2の少数戦力で、ほぼ無傷の敵艦隊に夜戦を仕掛けるわけか。素晴らしいな、まさに決死隊となるわけだ」
青褪めて絶句する電を一瞥して、新城は自らの必要以上に辛辣な返答を僅かに後悔した。
しかし、間違ったことを言ったつもりはなかった。
無線の内容から割り出した情報の中には、当然味方の戦力についてもあった。
戦艦や空母によって編成された強力な艦隊だ。おそらく装備も充実している。ハッキリ言って、員数すら足りていない新城の艦隊と比べれば格上の戦力である。
その艦隊を、挟撃とはいえ一方的に蹂躙している敵なのだ。
具体的な無線の情報からも、少なくとも敵には同等の戦艦や空母クラスが複数存在し、しかも全体の数では大きく勝っていることが分かっていた。
装備も十分ではない新城の艦隊では、例え横合いからの不意打ちであっても到底勝算のある相手ではなかった。
加えて、夜間の艦隊戦では敵味方共に被害が倍増する傾向にある。
暗闇で標的を捕捉することが困難な為、必然的に互いの距離を詰める形になる。射程距離が縮まり、全ての火砲が最大の効果を発揮する間合いで撃ち合うことになるのだ。
敵に対する大ダメージを見込めるが、それはこちらにとっても全く同じリスクとなって返ってくる。
条件が同じならば、あとは装備や性能の違いが生死を分けるだけである。
「決死隊だろうが、戦果が見込めるなら特攻だってしてやるさ。だが、それさえ難しいんじゃあな」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていた天龍が悔しげに呟いた。
四人の中で最も好戦的な彼女が、新城の判断に対して真っ先に反発しなかった理由がそこにあった。
「その通りだ。僕達の保有する火力では、敵の気を引くことすら難しい。敵はこちらになど目もくれず、標的の殲滅を優先するだろう」
天龍が自身に装備された7.7mm機銃を見て、舌打ちした。
対艦用の火砲ですらない、対空兵装だ。当然、敵に通じるような装備ではない。
本来ならば、軽巡洋艦の初期装備として14cm単装砲も備えていたが、それは以前の護衛任務中に戦闘で損失していた。
新しい装備はもちろん、その代用となる予備すら満足に手に入らない。それがこの艦隊の現状だった。
しかし、仮に本来の装備である単装砲があったとしても、戦艦クラスの装甲には十分な効果は見込めないだろう。所詮、その程度の火砲なのである。
同じ軽巡洋艦であり、装備も万全な龍田が残っていることは何の慰めにもならないのだった。
敵にとって、こちらの攻撃は豆鉄砲に等しい。
少しでもまともな思考をする相手ならば、無力な援軍など無視して、主力となる艦隊を有利な状況を維持したまま全滅させ、その後で脆弱な援軍の方も片付けてしまえばいいと判断するはずだった。
「まともなやり方では救援は不可能だ」
「でも、諦めるなんて……っ!」
電は必死に食い下がった。
単なる浅慮や無謀から来る反論ではなく、現状を理解しながら、それでも諦めを捨てようとする意志の強さから来るものだった。
「つまり、根性を悪くして戦うしかない」
新城は左右の二人を交互に見回した。
天龍が失笑を噛み殺す表情になった。
電は呆気にとられた顔になっていた。
「天龍、龍田と不知火を甲板に集めろ。作戦を伝える。電、無線は開いたままにしておけ。何か戦況に変化があったらすぐに知らせるように。しかし、応答はするな。味方にこちらの動きを悟られてはならない」
新城が矢継ぎ早に指示を出すのに従って、天龍が素早く行動を開始した。電は戸惑っていた。
もちろん、天龍の方も新城の意図を何か読めたわけではない。
しかし、とにかく味方を救う為に戦うことは決まった。彼女にとっては、それが一番重要なだけだった。
「電」
「は、はひっ!」
名前を呼ばれた電は、慌てて新城を見上げた。
第一印象は恐ろしく、傍で働く日々の中で実は意外と優しい人なのかと思い始めた。戦闘指揮には確かな信頼を抱き、時折見せる冷徹な判断にはやはり畏怖の感情が湧いた。
そして今、にやりとする凶相の提督に少し意地の悪さを感じていた。
「さっ、何をしている? 急げ、戦争だ」