終末世界を旅する二人が、お宝と出逢うお話です。

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偉大なる老骨

 

 

 

 どこまでも広がる瓦礫の道。熱で溶けた飴細工のような、不自然な潰れ方をしたクレーンの森を、一台の輸送トラックが歩いていた。

 四つの足のついた、どこか洗練されたそれ。機械でできた太い足で瓦礫を踏みつけ、蹴飛ばし、ときに避けながら、金色に輝く太陽に向けて進んでいく。

 しかしその心臓部たるエンジンは、ガロガロと音を立てて不調を主張し続けていた。

 

 それは輸送トラックが大きな瓦礫を跨ぎ、コンクリートの天板が耐えきれずに砕けた瞬間だった。

 ガシュ、と。エンジンから圧力が抜ける音がひとつ。制御不能に陥ったトラックは埋まった足を起点に転び、それきり沈黙した。

 音の立てる者の全くいない空間にしばらくの静寂。もくもくと黒い煙を吐き出し始めたトラックのハッチが、勢いをつけて開け放たれた。

 

「あ゛あ゛~!また壊れたぁ~っ!」

 

 このクソポンコツぅ!と悪態をつきながら飛び出した影は少女のものだ。

 彼女の装いは皮手袋にオーバーオールと、いかにもメカニックという様相。サイドにまとめられた明るい茶髪を揺らしながら、トラックの足をげしげしと蹴りつける。

 

「ちょっとギャル、あまりトラックに当たらないでください」

 

 それに苦言を申す、もう一人の影。長い黒髪と紺のスカートをふわりと靡かせながら飛び降りる。

 その正体は、夏の学生服を着た少女。激しい運動を想定しているのか、オーバーニーソックスの上から膝プロテクターを付けている。

 彼女は指ぬきグローブから出た中指で銀縁の眼鏡をくいと直し、トラックに向き直った。

 スンスン、と鼻を鳴らし匂いを確認すると、彼女は顔をしかめる。後方にあるエンジンルームからもくもくと出る黒煙は、相当な悪臭だ。

 

「うえ……。ギャル。これ多分、分電盤が焼けてますよ」

「え?マジ?オタクちゃん匂いだけでわかんの?」

「オクタヴィアです、ギャル」

 

 彼女、オクタヴィアは鼻をつまんで煙から逃れるようにその場にしゃがむ。一方でギャルは、備え付けの梯子を登り分電盤を確認し始めた。

 げほげほと聞こえるギャルの咳を背景に、オクタヴィアは考える。どこかの回路でもショートしていたのかと。

 

「どのみち安全確保はしないと」

 

 そう呟く。スカートのポケットをまさぐり、取り出したのはスマートフォンによく似た携帯端末。それの端に備え付けられたアンテナを伸ばし、あっちへこっちへ。

 頼みますよ~と拝んでいると、ギャルがトラックから飛び降りてきた。その顔は、一目見れば分かるほど怒りに染まっている。

 

「信じらんない!整備班のやつらの配線めちゃくちゃだったんだけど!」

「直る見込みは?」

「無い!エンジンまるっと取り換え決定!」

「でしょうね」

 

 オクタヴィアがもう一度、スンと鼻を鳴らす。それは鉛や錫が焼けたような、特徴的な匂いだった。

 

「ああ~~も~。荷物運んどかなきゃ交易長にぶっ飛ばされちゃうよ~」

 

 まるで世界の終わりに直面したようにうなだれるギャル。実際のところ、文明の終わりは迎えているのだが。

 第四次世界大戦。それが瓦礫の道の原因だった。

 

 超次元爆弾。核に代わるクリーンな新兵器。汚染は無し。通常の爆弾よりも環境に優しく、余波も最小限。

 そんな下馬評をぶら下げた兵器であった故に、全面戦争のスイッチも軽くなってしまったのだろう。結果は見ての通り、クリーンな大破壊。

 戦争後に生まれた彼女たちのような世代からすれば、クリーンだの汚染だの、どうでもいい事なのかもしれない。

 

 それはさておき。彼女たちが乗ってきた四つ足の正体は、瓦礫の山を蹴飛ばしながら走る、パワフルな輸送トラックだ。彼女の仕事は交易のための輸送であり、当然、荷も積んでいる。

 で、あるからして、輸送までの期限もあるわけである。しかしながらこのままでは、輸送どころではない。どこかの街に行くことすら儘ならないだろう。

 しかし、なんとかなるとオクタヴィア。彼女の視線は携帯端末の方へ向いている。

 

「付近にアクセスポイントがありました。名前はミラハ・オートワークス」

「オート!?もしかしてクルマの部品があるの!?」

「確定ではありませんが、かなりの確率で」

 

 彼女の持つ携帯端末には先ほど口にした工場の名が示されている。何故分かったかは単純、Wi-Fiの電波を辿ったのだ。

 やっほう!と飛び跳ねて喜ぶギャル。その豊満な胸が揺れ、オクタヴィアは無言で眼鏡を押さえた。

 

「それで場所は?」

 

 ここです、と、オクタヴィアの指がトラックの足元を指した。踏み抜かれたコンクリートには大穴があり、その隙間からわずかに風が吹いている。

 空気の流れに気が付いたギャルはハッとした顔になり、慎重にトラックの足元を調べ始めた。

 

「さて、ダンジョン探索でしょうか」

 

 オクタヴィアは一旦トラックに戻り、後部シートに置かれたコンテナを漁る。

 そして再びトラックから飛び降りた彼女の手には、ガンベルトと散弾銃が握られていた。

 

「どうです?」

 

 散弾銃を押し付け、オクタヴィアが質問する。

 

「ここ結構長い横穴になってる。多分なんかの通路だと思うけど」

 

 ギャルはそれの薬室を開き、装填されていることを確認。オクタヴィアもガンベルトを腰に巻き、ホルスターに仕舞われた拳銃を抜いた。

 

「光量は?」

「さっぱり。ライト持ってたっけ」

「ちゃんと二本持ってきてますよ」

 

 オクタヴィアの握った拳銃は、小口径のリボルバー。装弾数は少ないものの、頑丈で信頼性は抜群。それに弾も安価、かつありふれ、その辺の廃墟から拝借できることも多い。弾が詰まった事なんて一度もない、というのも彼女にとって大きな選択基準だった。

 一方ギャルの持った散弾銃は、切り詰められたポンプアクション。特別な能力こそ何も無いが、軽く頑丈で威力も抜群。工具を持ち歩く関係で、あまり重い武器を持ちたくない彼女にとって、最良の愛銃だ。それと、射撃が下手でもまあまあ当たるのも大きなポイント。

 

 オクタヴィアはガンベルトに付いたポーチからライトを2本取り出し、片方を投げ渡した。

 

「さっすがオタクちゃん!」

 

 喜びを全身で表現するように抱き着き、彼女の頭を撫で始めるギャル。その際に大きな胸がオクタヴィアの控えめな胸とぶつかった。

 ひゃー!と、情けない叫び声を上げる彼女。

 

「急に抱き着かないでください!」

「別にいーじゃん!オタクちゃんってなんか抱き着きやすくていい感じなの」

「何がいい感じですか!こっちは胸の格差を感じて惨めになるんですよ!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人。ゆるゆると登る太陽は、ちょうどてっぺんに差し掛かろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りゴミと埃しかない、無機物のカタコンベ。オクタヴィアからの第一印象はそれだった。

 長い通路。その脇に設置された薄型のキャビネットに、等間隔で設置された金属の扉。足元に積もった埃の量を察するに、少なくとも数年は誰も立ち入ってはいない。

 

「脅威なし。ギャル、いいですよ」

 

 ライトを逆手で握り込み、右手で拳銃をクロスさせて持つ。ハリエステクニックと呼ばれる手法で安全を確認したオクタヴィアはギャルを呼んだ。

 ほいさ!と飛び込んでくる彼女の埃を浴びないよう少し移動し、ヒップホルスターに銃を戻す。

 

「ぶええっ!何この埃っ!」

 

 案の定考え無しに飛び込んだ挙句、頭から埃をかぶったギャル。それを一瞥したオクタヴィアは、額に手を当てて溜め息を吐いた。

 落ち着くまでしばらく時間が掛かりそうだと考え携帯端末を取り出し、アクセスポイントの位置を確認。コンクリート壁と金属扉があるので正確な距離は分からないが、壁一枚か二枚ぶん隣、といったところだった。

 

「ギャル、遊んでないで行きますよ」

「ちょ、ちょい待って…口の中に変なのが…」

「後にしてください。光の無い地下で電池切れとか嫌ですよ」

 

 オクタヴィアが主張するようにライトを揺らすと、ギャルはさっと顔を青ざめさせる。

 彼女の頭の中では、過去の苦い記憶が電撃のように過ったからだ。

 

「電池切れは勘弁!いっぺんやらかした時丸一日出られなかったんだから!」

「そういえば誰かさんが残量も確認せずにズカズカ進むものですから、私も丸一日探す破目になったんですよね」

「そ、その節はお世話になりました……」

 

 しゅん、と小さくなる彼女。好奇心の塊であるギャルの手綱はきちんと握っておかないと、と再確認をしたオクタヴィアは携帯端末を見る。それが示すアクセスポイントは、かすれた文字が書かれた金属扉の先だった。

 ふっ、と息を吹いて埃を飛ばす。しかし腐食が酷く文字は到底読めるものではない。

 

「ギャル、読めますか?」

「いんやぁ、サッパリ」

「トラップの類は?」

「ちょっとまってね~」

 

 オクタヴィアは一歩下がり扉全体を照らし、ギャルは腰道具から通電テスターをはじめとした様々な道具を広げ始める。

 最初に埃を投げつけ不自然な揺らめきが無い事を確認、次に電気の有無を確認し、全体をぐるりと見渡す。最後にマイナスドライバーで隅をつつき終わると、よし!と声を上げた。

 

「電気なし、ワイヤーなし、レーザーなし、トラップなし!少なくともこっち側はね」

「裏側はどうです?」

 

 ドアノブの上に瓶詰手榴弾でも置かれてたらアウトかな、と笑いながら彼女は扉を押し開け始める。ギギ、と音を立てて僅かに開いたものの、それ以上は錆が邪魔をして動かないようだった。

 

「オタクちゃんヘルプ!」

「オクタヴィアです!」

 

 ギャルの物言いに怒りながら足をかけ、ガンガンと数度蹴った。すると錆がはがれるような音と共に、人ひとりがやっと通れるだけの隙間が開く。

 開いた隙間に頭を突っ込むオクタヴィア。その頭は部屋の向こうを確認すると、すぐこちらに戻ってきた。

 

「もうちょい開く?」

「いえ、これ以上は何かがつっかえていますね」

 

 先行します、と言い残しスルリとオクタヴィアが隙間を抜けた。その瞬間、いきなり扉の向こうが眩いほど明るくなった。

 

「っ、あああっ!」

「えっ!?オタクちゃん!」

 

 悲鳴とも驚きとも取れる声。

 まずいことになったかもしれない!慌てて隙間を抜けようとするも、彼女の身体はスレンダーなオクタヴィアと比べてかなりボリュームがある。

 腕と肩までは入ったものの、そこからがつっかえて、ぐりぐりと体をねじ込んでいく事になった。

 そしてスポンと勢いよく抜けて地面に転がったところで、オクタヴィアの姿が目に入る。

 

「わー!わー!オロン製アンドロイド『チャーロット』!しかも激レアの100番台!初期型のくせにこんな場所に居座ってるなんて、ここの人はよっぽど物好きだったんですね!」

 

 その目は好奇と興味にキラキラと輝き、その手はひたすらに接客ロボットを撫でまわしていた。

 やがてその視線はギャルの方を向き、ぴょんぴょんと跳ねながら手招きを始める始末。

 

「ギャル!ギャル!これすごいレア物ですよ!私現物なんて初めて見ました!大破壊の10年前にはもう部品の製造も終わっていていたような代物ですよ!これの管理者はよっぽ…ど…」

 

 捲し立てるようなマシンガントーク。しかし倒れたままのギャルのじとりとした視線に気が付いたのか、その勢いはだんだんと萎んでいく。

 歴史と機械に詳しく、そして強い興味を持ち、レア物を見つけると口が止まらなくなる。それが、オタクちゃんと呼ばれる所以だった。

 

「オタクちゃんさぁ…」

「な、なんですか」

「いきなり大声上げるからあわてて抜けてきたアタシの心配返してよ」

 

 がくりと肩を落とすギャル。

 その批難する言葉に、オクタヴィアは、うぐぅとしか返せないのであった。

 

 

 

 オクタヴィアに助け起こされ、埃を払ってもらったところで探索再開。

 ギャルが周りをぐるりと見渡すと、気になるものがいくつか目に入った。

 

 まず最初に接客用のカウンターテーブル。そしてその向こうにオタクちゃんが大変興奮していた接客ロボット。

 見上げれば眩く光る白色ダイオードが天井に埋め込まれていて、他には煙探知機やカメラといったデコボコがいくつか。

 左手側には瓦礫から覗く僅かな光が見え、足元には圧力センサーがあった。

 

「ああ、こいつが原因っぽいね」

「…この瓦礫がですか?」

「うん。この足元のゴムマットみたいなのって中に圧力センサーが入ってるんだ」

「そうなんですか」

 

 二人して圧力センサーを眺める。その上には断面が真新しい瓦礫が。

 おそらく扉を蹴った衝撃でぐらついて、オクタヴィアが扉を抜けた瞬間にそこに割れ落ちたのだろう。

 

『い い いらっしゃ しゃい せ』

 

 その時である。

 意識外からの突然の声。二人はそろって視線を向けると、そこに居たのは接客ロボットのチャーロットだ。

 二人は一瞬顔を見合わせたあと、オクタヴィアは握っていた拳銃をホルスターに戻し、チャーロットに話しかけた。

 

「ええっと…こんにちは?」

 

 とりあえず、問いかける。

 するとチャーロットはピピピと電子音を鳴らし、大仰に腕を広げた。

 

『はい ここ にちわ ミラハ・オートワークス! へ よよこ そ』

 

 ガクンガクンと異音を立てながら、手振り身振りで歓迎の気持ちを表す。

 その様にギャルは「あちゃあ」と声をあげ、オクタヴィアは「ほんとに応答しました…!!」と身を乗り出した。

 

『ゲスト様! の ほんじつつ よ けんを おうかがいいい』

「あ、すごい…こんな所まで動くんですね…。あ、えっと、本日の要件ですか?」

『はい おくるま の こうににゅう です ? けけんがく ですか?』

「見学ができるんですか?」

『もちち ん ミラハ・オートワークス! の ぱんふれ を どうぞ ぞぞぞぞぞ ぞ』

「あ」

 

 大きなモーター音がウィンと唸り、チャーロットはパンフレットを差し出すようなポーズで固まった。そしてその全身からガクリと力を抜き、その場に倒れ伏す。

 ガシャンと、金属が散らばる音。

 貴重なチャーロットが!と散らばるパーツを拾い始めるオクタヴィアを尻目に、ギャルがパンフレットを拾い上げた。

 埃を払ってみると『ミラハ・オートワークスへようこそ!』と書かれたタイトルが目に入る。広げて中を拝んでみると、各々の工場の役割と見学コースの順路が。

 写真の横に書かれた説明によると、ガラス越しに工場を直接見学できる場所まであり。それに対してギャルの興味がむくむくと湧いてくる。

 

「ねーねー、オタクちゃん」

「ちょっと待ってください、今チャーロットを直すのに忙しくて…」

「んもー。オタクちゃんそっちの技術はからっきしでしょ?後で直してあげるからこっち来てよ」

「え、じゃあそれなら…」

 

 ぽてぽてと足音を立ててやってきたオクタヴィアと肩を並べ、パンフレットを広げるギャル。その顔は喜色に染まっていた。

 

「これ見学者向けのパンフレットなんだけど、ここ見て?」

「…あ!これ!」

 

 ギャルが指さしたのはガラス越しに工場を直接見学できる場所。つまりそこまで行けば、工場の中に入れるかもしれないのだ。

 万が一ガラスが頑丈で割れなかっとしても、壁なり扉なりを壊してしまえばいい。そんな時のために、ギャルの肩にはマスターキーが掛かっている。

 

「どう?」

「なるほど、いいですね。あ、でもその前に…」

 

 何かを思い出したように携帯端末を取り出し、アンテナを伸ばすオクタヴィア。そんな姿を見たギャルは、そういえばアクセスポイント探してたんだっけとバツが悪そうに頭を掻くのであった。

 

「あ、チャーロットのすぐ裏です」

 

 ピピピ、という電子音と共にオクタヴィアがポイントを特定。ギャルが場所を確認してみると、なるほど壁にルーターが埋め込まれていた。

 

「あった。コネクタはCの3番かな?」

「Cの3…はい、接続しますよ」

 

 ギャルの言葉にオクタヴィアはそれに合うコネクタを用意し、アクセスポイントと繋げる。

 しばらくの無音。そして携帯端末が電子音を鳴らしたことでオクタヴィアが動き出した。

 

「えーと…ふふん、チョロいですね。ポチポチポチっと。はい、クラッキング完了です」

 

 所詮は一般企業のセキュリティですね、と得意げな顔で眼鏡を中指で押す彼女。それに苦笑いを返しながらギャルは「すごいねー」と褒めた。

 その適当な返事でも気を良くしながら携帯端末をいじり「カメラが生きてますね」と独りごちる。しばらくすると短い電子音が響き、ひとつ頷いてから携帯端末をポケットに戻した。

 

「録画されていたカメラの映像を一ヵ月遡りました。そしてAI診断の結果、映った物は全て風景のみです」

「つまり?」

「安全ってことですよ」

 

 一安心です、と胸を撫でおろすオクタヴィア。そして「じゃあ」とギャルが人差し指を立てた。

 次の台詞の予想が付いたオクタヴィアは、しょうがないなあと薄く微笑む。

 

「見学していこうよオタクちゃん!」

「オクタヴィアです!もう!」

 

 そんな笑顔も、ギャルの言葉で崩れたが。

 

 

 

 

 

 とりあえずチャーロットは捨て置き、二人は見学コースを歩き始める。

 順路は幸いにして壁に描かれており、迷うことはない。

 

 安全靴を履いたギャルはゴツゴツと、ローファーを履いたオクタヴィアはぽてぽてと足音を立てて順路を進む。

 

「ね、オタクちゃんはブーツとか履かないの?」

 

 オクタヴィアです、と訂正して彼女は眼鏡をくいと動かした。

 

「ローファーは制服の一部みたいなものです。イニシエの女子高生はソックスとローファーを履くものだったんですよ」

「ふーん。…ね、前から思ってたんだけど、なんでセーフクとか着てんの?」

 

 大破壊前の生活が忘れられず、当時の格好を続ける年寄りは多いと彼女は知っている。しかし、目の前のコスプレ少女のようなタイプはあまり聞かない。

 

「大破壊前の私たちくらいの女子はこんな服装だったんですよ。その中でも私のは委員長と呼ばれる役職のものです。ぶっちゃけると趣味ですね」

 

 ふぁっさー、と。まるで見せつけるように髪を払うオクタヴィア。ギャルは「そうなんだ、すごいね」と優しい視線を投げかけることで乗り切り、足を止める。

 壁にあった順路を示す矢印が途切れ、その先にある大きな門から光の道が伸びていたからだ。

 

「この先、展示場…だって」

「何があるんでしょうか?」

「んー。オタクちゃんが好きそうな超レア物とか?」

 

 あはは、まさかぁ。

 そう笑いながら門を潜る。すると。

 

「あーーー!!ギャル!!これ!!アレですよアレ!!」

「あーーー!!これあたしも知ってる!!ビッグホースだよね!!」

「そうですよ!!全ての四足トラックの祖先って言われてるあの!!」

「雑誌でしか見た事なかったけどホンモノってこんなサイズなんだ!!」

 

 大破壊前には既に絶滅危惧種、現存数3桁と言われていたアンティーク中のアンティーク。四足の祖ともいわれるトラックに出迎えられた。

 わいきゃいとはしゃぐ二人の前には、置物の岩に足を掛けた雄大な姿の老骨。

 『ワークホースⅤビッグホース 実物』。傍らに併設された看板には、そう綴られていた。

 

「見てくださいこの細い足!当時は人工筋肉だけで動かしてたからこんなにスリムなんです!」

「え、そうなんだ!じゃあなんで今のはハイブリットが主流になってんの?」

「単純に出力の問題と、トルク域の違いですね。多脚トラックは戦場での運用を想定していて、最悪どちらかが不能になっても動けるようにとも考えられています」

「そーだったんだ!あたしはてっきり電力量と整備の問題かと…」

「あ、もちろんそっちの問題もありますよ。あと装甲との兼ね合いがあったりとか──」

 

 オクタヴィアの早口解説にギャルも高速で相槌を打つ。

 メカオタクのギャルと歴史オタクのオクタヴィア。こういう時ばかりは二人してバカになるのであった。

 

 談義することしばらく。ふと何かに気が付いたオクタヴィアがハッと顔を上げた。

 

「これ持って帰れませんか!?」

「いや無理っしょ」

 

 これには流石のギャルも呆れ顔。確かにギャル自身としてもコレクションに加えたいという気持ちが無いわけではないが、どうやってこんな地下から掘り出すというのか。

 置く場所だって無いし管理の問題もある。彼女より幾分か現実を見ているギャルは、ないないと手を横に振った。

 

 

 

 

 一通り語り尽くし、後ろ髪が引かれる思いで穴が開くほどトラックを眺めた後。二人は順路を進んで行く。

 

「次は…四足トラックの歴史だって」

 

 壁に掛かった風化した看板。そこにはギャルが先ほど述べた通りの案内が書かれている。

 

「歴史ですか。私も色々知っていますが、やはり多角的に捉えるために、ここでも勉強していった方が良いでしょうね」

「本音は?」

「展示されている年表に興味があります」

 

 だよね、とギャルは笑った。

 次の扉を潜ると、ポッカリと大穴が。

 

「え、何これ」

 

 足元を見て、それから見上げる。

 下は深く、上はコンクリートの天井。ライトを取り出して底を照らしても、瓦礫の山が見えるだけだった。

 二人は顔を見合わせ、肩を落とす。

 

「これ、もしかして超次元爆弾?」

「恐らくは。範囲から考えて、集束爆弾(クラスターボム)の子弾が転がり込んだのでしょう」

 

 クリーンで、二次被害の少ない、大量破壊兵器。くり抜いたような独特の破壊痕こそが、超次元爆弾の一番の特徴だった。

 この先は危険だ。二人は示し合わせたように、来た道を戻っていく。

 

「どうしよっか?これじゃあパーツなんて一個も手に入んないよ?」

「うう~、予想外です。これじゃあ帰る事も出来ません」

「どこかにパーツでも落ちてれば…」

「そんな都合のいい事なんて…」

 

 展示場に戻ってきた二人は、はたと足を止め、展示物を見上げる。

 

 大破壊前には既に絶滅危惧種、現存数3桁と言われていたアンティーク中のアンティーク。

 置物の岩に足を掛けた雄大な姿の老骨、ワークホースⅤビッグホース。それが二人の目の前にある。

 二人は目を瞬かせながら、視線を合わせた。

 

「ギャル。パーツ探しなんてケチなことを言わず、彼に乗って帰るっていうのはどうです?」

「奇遇だねオタクちゃん。今ちょうどアタシも同じ事考えてた」

 

 ニッ、と二人が笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、レストアなしで動くワケないよね」

 

 パキパキに固まった埃を落とし、駆動部にグリースを手際よく差していく。ギャルが手入れをしているその間、乗ってきたトラックまでパーツを持って何度も往復してきたオクタヴィアは、比較的綺麗なベンチに疲れて座り込んでいた。

 

「ぜー、はー。で、具合はどうですか?」

「ビックリするくらい良いよ!メンテしてた人がいつでも動けるようにしてたっぽいね」

 

 愛を感じちゃうよね!とクリップボードを振り上げるギャル。それに挟まれた紙には日付と、誰が整備したかが事細かに書かれている。

 最後のメンテは2月29日が最後だ。

 

「それで、今日のうちに終わりそうですか?」

「よっぽどのアクシデントでも無ければね。でも日は暮れちゃうだろうから出発は明日にしとかない?」

「そうしましょう」

 

 こちらで寝泊まりの準備は済ましておきます、と言ったオクタヴィアはツナのオイル漬け缶を取り出し、蓋を少しだけ開けた。

 そして一枚のポケットティッシュをねじ込むと火を付け、傍らにマヨネーズ瓶を置く。

 

「げ、爆カロリー飯じゃん」

「嫌なら食べなくてもいいですよ」

「アタシ焼きツナマヨ大好き!」

「よろしい」

 

 オイルランプのような、優しい炎がオクタヴィアを照らす。

 食用油の焼けるいい匂い。彼女はこれが大好きだった。

 

「どんなキャンドルよりもいい匂いがします」

「オタクちゃんは色気より食い気だもんね」

「オクタヴィアです」

 

 まったくもう、と呟きながらテントの準備。床や天井はお世辞にも綺麗とは言えないので、念のためだ。

 ここまでやるとオクタヴィアの仕事は無くなる。彼女は見回りに行くとギャルに伝え、展示場を後にした。

 

「さて……」

 

 オクタヴィアはチャーロットの居た受付まで戻ってきていた。そして携帯端末を取り出し、柱や壁に爆弾を仕掛けていく。

 もちろん超次元爆弾などではなく、ただのプラスチック爆弾だ。その全てがノンアクティブであることを確認したのち、彼女は展示場に戻っていった。

 

「おっかえりー」

 

 出迎えたのはツナマヨにスプーンを突っ込んでいるギャルだ。その中身は既に半分ほど無くなっている。

 

「ただいま戻りました…修理はどうです?」

「ん、起動できるところまでは出来たよ。どこまで動くのかは分かんないけどね。そっちは?」

「通路を確保しに行ってました。開通は明日の朝ですね」

「ならもう食べて寝ちゃう?」

「そうしましょうか」

 

 ギャルからツナマヨを受け取ったオクタヴィアはそれを一気に掻きこみ、そのままテントに入る。

 あまりに豪快な食べっぷりに引き攣った笑いを浮かべるギャルは彼女を見送った後、そのまま後に続いた。

 

「ね、オタクちゃん」

「オクヴィアです。何でしょうか?」

「寝る前にお話ししない?」

 

 まあいいですけど、とオクタヴィア。彼女はガンベルトを取り外すと、そのまま毛布に包まる。

 そのまま横になったギャルはテントのてっぺんを見る。展示場の明かりのせいで、それはぼんやり明るかった。

 

「大破壊前ってさ、どんな生活が普通だったのかな?」

「ふむ…そうですね」

 

 ピ、と指を立てるオクタヴィア。

 

「私たちの年頃だと、ガッコーと呼ばれる場所に通うのが当たり前だったようです」

「それってどんな場所?」

「主に教育、協調性、あと最低限の身体の動かし方を学ぶ場所です」

「なんかマイルドな軍隊みたいだね」

「言われてみれば確かに。ですが軍隊にはそれ専用の教育施設があったらしいですよ」

 

 へー、そうなんだ。ギャルは目を閉じてガッコーを想像する。

 

「石灰石や粘土を主成分とする大きな建物に、砂で出来た大きな運動場。あと私のような恰好をした生徒が数百人」

 

 ギャルの頭の中には粘土で出来た不格好な建物と、砂の運動場と、無数のオクタヴィアが投影された。

 それはなんというか…凄いね!彼女の口からではそう返すのが精いっぱいだった。

 

「じゃあさ、もっと歳とったら何してたの?」

「カイシャとやらに所属するのが通例だったようです。場合によってはカイシャ自体を作る人も居たようですね」

「カイシャ…って何?」

「通貨を稼ぐことが目的のグループです。そうですね。例を挙げるなら、ここのような工場もその一つですよ」

「アタシここに所属する!」

「大破壊前だったらそれも有りだったでしょうね」

 

 でも、もう何もかもが瓦礫に埋もれてるんですよ。オクタヴィアは寂しそうにしながら、ギャルの頭を撫でた。

 撫でられた彼女はキョトンとした後、意地悪く笑う。

 

「何その手。慰めてくれるの?」

「そのつもりでしたが」

「じゃあ寂しそうなオタクちゃんも慰めちゃう!」

 

 ギャルは一気に距離を詰めると、そのままオクタヴィアを抱きしめた。「ぎゃ!」と声が聞こえたが、気にせず頭を撫で始める。

 

「よしよし。オタクちゃんは大破壊前の世界がホントーに好きだったんだねぇ」

「……」

「分かるよ?アタシだってトラックとか大好きだもん。大破壊前だったら手が足りないほど出逢いがあっただろうし」

 

 うんうん、わかるわかる。そう言いながらあやす様に、優しく撫でる。オクタヴィアの黒髪は滑らかで、非常に撫で心地が良かった。

 

「ね、このまま寝ちゃう?」

「ギャルが埃臭いので嫌です」

「うーわ、生意気」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!それじゃあ出発するぞー!」

「はい」

「そこはオー!でしょ」

 

 翌日、展示場。ビッグホースに乗り込んだ二人はいつもの掛け合いをしていた。

 

「荷物!」

「よし」

 

 指差し確認。中身のたっぷり詰まったコンテナを差し、オクタヴィアは返事をした。

 

「食料!」

「よし」

 

 指差し確認。中身の少ないリュックを差し、オクタヴィアは返事をした。

 

「チャーロット!」

「ミラハ・オートワークス!へ よよよこそ!」

 

 接客ロボの元気な返事。オクタヴィアは興奮した表情でチャーロットを撫でた。

 

「エンジンスタート!」

 

 ドルルン。

 エンジンは力強い振動と共に動き始めた。その音にウットリとした表情を浮かべるギャル。

 

「んん~V10エンジンはやっぱ違うね!」

「気筒が多いだけじゃないですか」

「そこがいいの!」

 

 口は多いが腕は確かなギャル。彼女はオクタヴィアに威嚇しながらも、的確に発進準備を進めていく。

 その傍らで、オクタヴィアは携帯端末を取り出した。画面には爆破、とだけ書かれたボタンがひとつだけ表示されている。

 

「さて…この後ですが」

 

 いいですか、と念を押すようにオクタヴィア。

 

「ここから外までの一本道を吹き飛ばして、崩れる前に駆け抜けます。ギャル、出来ますね?」

「あんま自信ないけどね。アドバイスある?」

 

 ふむ、とオクタヴィアが顎に手を当てて考える。

 そして人差し指を立てて言った。

 

「そうですね。餓死はかなり辛いらしいので、中途半端に突っ込むのだけはやめておきましょう」

「失敗はくたばる前提なんだ」

 

 うげ、と舌を出すギャル。この同乗者は肝が据わりすぎだとゲンナリした。

 

「訊きたい事があるなら今の内ですよ。今だったら何を言っても笑って受け流してあげます」

「オタクちゃんって処女?」

 

 一も二もなく飛んできた質問に、オクタヴィアのげんこつが炸裂する。

 ギャルの視界に星が散った。

 

「あ、頭が割れそう…!」

「殴らないとは言ってませんからね」

 

 ウフフ、と笑うオクタヴィア。当然目は笑っていない。

 悶絶していたギャルは頭をさすると、よし!と前を向いた。

 

「なんか元気出た!」

「マゾですか?」

「うっさいぞオタクちゃん」

「オクタヴィアです」

 

 ギャルがアクセルを踏むと、ドルンとビッグホースが返事をする。

 オクタヴィアはひとつ、ため息を吐くと、爆破のボタンに指を伸ばした。 

 



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