「あ、サンラクさん。私、サンラクさんのこと好きみたいなんですけど!」
「んぎっ!?」
それは、ある日、ぐうぜん口から飛び出した一言だった。
シャングリラ・フロンティア。神ゲーと呼ばれるそのゲームの中で、その日はたまたま、サンラクさんとタイミングが合った。その時抱えている急ぎのクエストがお互いになかったこともあって、「それじゃあちょっくら一狩り行こうぜ」とばかりに新大陸をうろついて歩いて……それで、ふとしたタイミングで出てきた言葉が先のもの。
その日は結局、なんだか微妙な空気になって、お互いにいつもより早くログアウトをした。いや、別に用事があっただけなのだけど。ほら、こう、外を走るという用事が。
うん。
まあ。
その場しのぎで作った口実なのは間違いないのだけど。
***
それから、三日。
私はシャンフロではなく、ベルセルク・オンライン・パッションというゲームに潜り続けていた。
「はぁ……」
幾度目かの対戦。幾度目かの勝利。とりあえずストーリーモードを、よく分からないバグ技を駆使してクリアして以来、対人戦でもそこそこ勝てるようになっている私こと秋津茜こと、今の名前はドラゴンフライ。
「いやー、強くなったねドラゴンフライちゃんも。最初の頃とは見違えたよ」
「あ、はい! これも皆さんの指導の賜物です!」
このゲームにはいい人がたくさんいる。元々過疎気味なのか、オンラインに繋げば顔見知りの人とすぐにマッチアップできるのも楽しい。なんでこんなに流行らないのだろうか。バグも多いけど、色々楽しいいいゲームなのにな。
しかし、今日ばかりは気分も晴れない。勝っても負けても、なんだかため息が出てきてしまう。
「どうしたんだい、ドラゴンフライちゃん。勝ったってのにため息ついてよぅ」
と、顔見知りのプレイヤーがそんな風に訊ねてきた。
「あ、いえ……別に、大したことではないんですけど……」
「けど?」
「多分、恋わずらい……みたいなやつじゃないかなと」
「「「恋わずらいだああ!?」」」
そう言った途端、なぜだか周りの人達が声を揃えて驚いた。
やや、過剰とも思えるその反応。それに私は首を傾げつつ、「あのですね」と自分の思考を整理しようとでもしているかのように言葉を続ける。
「相手は、その、サンラクさん……なんですけど」
「サンラクぅ!?」
「あの野郎ぉ!」
「それで、以前オフ会でもお会いして、ゲームの中と同じように優しくて、色々と面倒を見てくださる方で、素敵な人だなあとは常々思っていたんですが……」
「リアルで親交があるだとぅ!?」
「あの野郎ただじゃおかねえ!」
「それで、好意的には思っていたんですけど、ついうっかり一緒に狩りをしてる時に『好きです』って言ってしまいまして」
「な、なんたる羨ま死刑案件……」
「調査班、住所の特定急げ! 今夜は焼き肉パーティーだ! 人肉でな!」
「それで、『あれ、私ってそういうこと思ってたの?』と……まあ、色々ぐちゃぐちゃというかなんというか」
「お、お、俺のドラゴンフライちゃんがぁ……」
「おい、目を覚ませ! メディック、メディィィィィック!」
対戦モードにも関わらず、話を聞いてくれている人たちがバタバタと倒れ伏していく。なんだか物騒なことを言っている気もするけれど、いい人たちだからきっと冗談半分なんだろうな。
それよりも、人に話すことで自分の気持ちにも整理がついたような気がする。
うん、そうだ。
私はどうやら恋わずらいに悩んでいて。
その恋の相手はサンラクさんで。
つまるところ私は、サンラクさんを恋愛対象として見ている、らしい。
となれば、あとはやることは決まっている。
「そうか……うん、私、サンラクさんのこと好きなんだ。だったら、立ち止まってなんかいられませんね」
小さく呟き、拳を握る。
この恋が実るかどうかは分からない。サンラクさんの周りには、素敵な女性だって他にもたくさんいるのだから。
でも。
なにもしないまま、ただ眺めているだけなんて、そんなの絶対に納得なんてできないから。
「それにいざとなれば……物理的に強引に押し込んでいけばワンチャンゲットできるかもですし」
などと、小さく黒い呟きも漏らしてみたりなどしつつ。
まあ、要するに変わらない。
これまで通りに前向きに、全力全開でやるべきことをやるだけだから。
「あ、あの……ドラゴンフライちゃん?」
「あ、はい! なんか解決しちゃいました! とりあえず今からちょっと走ってくるので今日はこれで落ちますね!」
「はい? 走って?」
「ではお疲れ様です! お話聞いてくれてありがとうございました!」
ログアウトして、走れる格好にとりあえず着替える。
サンラクさん家の住所なら、知っている。片道で、距離的にはおおよそ60キロ弱といったところだろうか。多分、本気で走れば三時間ぐらいで着けるだろう。いいや、着いてみせるのだ。
「待っててくださいね……今から私、あなたのところに行きますから!」
後ろ髪をくくり紐で縛って、準備完了!
靴紐を結び、玄関を飛び出す。
自然と――口元は笑みを、浮かべていた。
***
俺は家でぼんやりと雑誌を読んでいた。
ここ数日、いまいちシャンフロに入る気分になれない。かといってクソゲー成分を摂取する気になるかといえば、そういうわけでもなく……いかん、これはまさかのスランプか?
俺としたことが、こんなザマとは情けない。
ここいらでいっちょ、なにかでリハビリをしてゲーマー魂に活を入れねばと思うところだが……っと。そこまで考えたところで、時間も時間だというのに玄関の方から呼び鈴の音が聞こえてきた。
「ったく、仕方ねえな」
今、リビングにいるのは俺だけだ。となると、必然、玄関に最も近い位置にいるのもまた俺になるというわけで。
仕方なくソファから立ち上がり、俺は玄関へと向かう。
そして、そこで俺が見たものは――。