SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory10 鶴嘴

「『鶴嘴』よ!儂はここにいるぞ、かかってこぬかぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 兵士たちの骸が転がる鉱山街中央広場。

 街の端にあった屋敷から始まった銀髪の青年と鉱人の族長による進撃は止まらず、ついに街の中央にいたるまでとなった。

 崖上から女上の森人の援護があったとはいえ、それぞれ数十人の兵士を相手取りながら前進し続け、それでも息を切らした様子も見せないのは異常とも言える。

 暗い刃の片手剣に血払いくれた銀髪の青年は、「どこじゃ臆病者!」と『鶴嘴』を煽る鉱人の族長の見つめて肩を竦めた。

 

「そんな挑発に乗ってくる相手なのか?」

 

「乗るとも!奴は単純な癖して自尊心が強い。虚仮(こけ)にしてやれば向こうから来るわい!」

 

「そうなのか」

 

 彼の言葉に意外そうな反応をした銀髪の青年は、ふむと声を漏らして顎に手をやった。

『鶴嘴』という奴が何者かは知らないが、少なくともここ数年で『鶴嘴』を見てきた鉱人の族長が言うのならそうなのだろう。

 

「……まあ、街中を探し回れば見つけられるか」

 

 銀髪の青年が片目を閉じて鷲と視界を共有しようとすると、鉱人の族長がその提案を鼻で笑った。

 

「はっ!そんなことせずとも、呼べばくると言うとるじゃろうが!」

 

 どこじゃ卑怯者!と再び叫んだ彼は、どこから湧いてきたのか敵の増援を睨み付ける。

 

「自分で手を下すつもりはないということか。この程度の雑兵で、儂らを倒せると思とるんか、間抜けめ!」

 

 口に拡声器(メガホン)でも着けているのかと言いたくなる怒号に、銀髪の青年は思わず片耳を押さえた。

 

「叫びすぎだ。耳が痛くなってきたぞ」

 

 彼はそう苦言を呈するが、鉱人の族長は聞き入れる様子を見せない。

 邪魔じゃ邪魔じゃ!と相変わらずの雄叫びをあげながら、現れた増援に向けて突撃していく。

 その背中を溜め息と共に見送った銀髪の青年は、仕方がないと言わんばかりに頭を掻くと、その背を追って走り出す。

 

「でぇぇぇぇりゃぁあああああ!!」

 

 雄叫びと共に振るわれた豪腕が兵士たちの身体を吹き飛ばし、銀髪の青年は降り注ぐ兵士の合間を縫って疾走。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐く音と共に剣を一閃し、すれ違い様に兵士二人の首を切り裂く。

 そのまま反転ついでに左腕の円盾を振り抜き、背を狙っていた兵士の顔面を殴打。

 ぐちゃりと骨と肉を潰す感覚に眉を寄せるが、すぐに振り切って追撃に剣を振り下ろす。

 左肩にまっすぐ振り下ろされた一閃は、兵士の鎧と骨を容易く両断し、そのまま心臓を切り裂く。

 がぼがぼと血の泡を噴く兵士を蹴り倒し、左に一歩踏み込む(ワンステップ)

 突然の接近にたじろぐ兵士の表情を見つめながら、剣を真一文字に振り抜く。

 鎧ごと腹を裂き、ぶちまけられる(はらわた)に一瞥くれて、左手を雑嚢に突っ込む。

 

「フッ!」

 

 そして短く息を吐きながら左手を振り抜き、先に捕縛用のフックが取り付けられたロープ──ロープダートを飛ばす。

 放たれたロープダートは兵士の喉笛を捉え、巻き取ると同時にフックが喉を切り裂く。

 声もなく裂かれた首を押さえながら崩れ落ちる兵士を他所に、拳銃嚢(ホルスター)に手を伸ばす。

 乱暴に引っ張り出した短筒(ピストル)で正面から向かってきた兵士の顔面を打ち据えて怯ませ、その口に銃口を捩じ込む。

 そのまま短筒を咥えさせたまま銃口を他の兵士に向け、引鉄を引いた。

 くぐもった炸裂音と共に弾丸が放たれ、短筒を咥えていた兵士の頭を四散させながら、奥で構えていた兵士の腹を撃ち抜く。

 頭を吹き飛ばされた兵士を踏み台に跳躍し、腹を撃たれて膝をついた兵士の脳天に剣を振り下ろした。

 暗い刃の一閃は紙を切るように兵士の身体を縦に両断し、臓物と共に溢れた大量の血が地面を汚す。

 剣を振って血払いをくれた銀髪の青年がちらりと鉱人の族長に目を向ければ、兵士の頭を殴り潰した彼が恐怖を煽るように豪快な笑みを浮かべた。

 

「はっはっ!どうした、もっと本気で来んか!」

 

「本気で来ても、この程度なら問題ないが」

 

 そして彼に合わせるように呟いた銀髪の青年は、たじろぐ兵士たちを睨みつけた。

 鉱人の族長が放つ圧倒的強者の迫力と、銀髪の青年が放つ冷たい殺意に当てられた兵士らは、流石に義務感より恐怖の感情が勝り始めたのか、じりじりと摺り足で下がり始める。

 その様子にとりあえずの勝ちを確信し始めた鉱人の族長は、はっ!と鼻で笑って兵士らを馬鹿にすると、腹が膨らむほどに息を吸い込んだ。

 

「『鶴嘴』よ、何度も言わせるでない!いい加減、儂らの前に顔を見せぬかぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 間近で太鼓を鳴らされたような、腹の奥底に響く重い声に、銀髪の青年は堪らず耳を押さえた。

 兵士たちも同様に耳を押さえる者もいれば、その迫力に腰が抜けて尻餅をつく者、涙ながらに逃げようとする者と、反応は様々ではあるが、まともに戦えそうなのはもう片手で数えきれる程度。

 

「──びーびーびーびー、うるせぇんだよ!カビ臭ぇ鉱人風情が!」

 

 そんな怯える彼らの耳に、ようやく希望を感じる声が届いた。

 兵士たちは一様に顔をあげてそちらに目を向け、つられる形で銀髪の青年と鉱人の族長も兵士の隊列の奥を睨む。

 

「俺の手を煩らせるなって、言っただろうが!何を苦戦してやがる」

 

 兵士たちが左右に別れて道をつくり、そこを堂々と歩くのは上半身裸の只人の男。

 筋骨隆々で二メートル越えの体躯。

 髪の毛は全て刈っているのかスキンヘッドだが、その代わりにどこか幾何学的な紋様の入れ墨が入れられている。

 いや、頭だけではなくその入れ墨は全身にまで及び、一見神々しいが、酷く不気味な気味の悪さも併せ持つ。

 そして肩に担ぐのは斧でも剣でもなく、巨大な戦嘴(ウォーピック)

 その戦嘴は一見ただの数打ちのものに見えるが、身体の入れ墨とよく似た柄の紋様が雑な作業で掘りこまれている。

 

「……あの入れ墨の紋様、どこかで見た気がする」

 

「あの紋様はいつ頃からか奴らが使い始めたものじゃ。兵士か、あるいはどこかの建物に使われていても不思議ではない」

 

 目を細め、神妙な面持ちで首を傾げた銀髪の青年に、鉱人の族長は親切にそう説明した。

 そう言われた銀髪の青年は余計に首を傾げ、「いや、もっと──」と何かを言いあけると、『鶴嘴』がゴキゴキと首を鳴らし、兵士らを一瞥。

 

「ったく、痩せこけた鉱人の一人も殺せんのか、お前らは」

 

「し、しかし、『鶴嘴』様……っ」

 

 言葉に怒気を込め、明らかに不機嫌な様子の『鶴嘴』に兵士の一人が弁明しようとするが、「あ゛?」とどすの利いた低い声だけで黙らさられた。

 立場としては上司と部下なのだろうが、やはりと言うべきか下からの意見は聞く気はないらしい。

 

「そういった手合いは、ふとした拍子に背中を刺されると相場が決まっているが……」

 

 今回は例外みたいだなと肩を竦めた銀髪の青年は、すっと細めた蒼い瞳に殺意を滲ませた。

 それを感じ取ったのか、『鶴嘴』は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、意外なものを見たかのように目を見開く。

 

只人(ヒューム)なのに亜人とつるんでやがんのか。へぇ、その馬鹿を逃がしたのはあんたか」

 

「誰が馬鹿じゃ、この愚か者めが!」

 

『鶴嘴』に煽られた鉱人の族長が憤怒の表情を浮かべながら煽り返すが、当の本人は額に青筋を浮かべているが返すつもりはないらしい。

 彼は銀髪の青年に目を向けながら、にかりとどこか友好的とも言える笑みを浮かべる。

 

「なあ小僧。今からこっちに鞍替えしないか?あんたなら、近衛騎士なんてすぐだぜ?」

 

「……近衛騎士?」

 

『鶴嘴』の言葉に銀髪の青年は眉を寄せ、気になる単語をおうむ返し。

 近衛騎士と言われれば、まず間違いなく王の護衛などの業務を行う騎士中でもより上位のものを示すものが思い浮かぶが。

 彼の返答を好意的と受け取ったのか、『鶴嘴』は「おうとも」と返しながら身体を見せつけるように両腕を広げた。

 

「俺のように王から二つ名を賜り、亜人狩りやこういった施設の運用の指揮をする。楽な割に給料払いのいい仕事だぜ?」

 

「どうせなけなしの金で雇われてんだろ?それよりも何倍の金が入るのは間違いねぇ。どうする、小僧」

 

「……」

 

 銀髪の青年は『鶴嘴』の甘言(かんげん)に顎に手をやり考える素振りをすると、「むぅ」と小さく唸った。

 その反応に攻め時と見た『鶴嘴』は満面の笑みを浮かべた。

 

「隣のそのカビ臭ぇやつを殺して、その首を俺に寄越しな。そしたら、王に推薦してやるよ」

 

 さあ、どうする!と煽る『鶴嘴』に、銀髪の青年は悩むように頬を掻いた。

 隣の鉱人の族長は「まさか、お主……っ!」と信じられないものを見せられたように驚きながら、素早く身構えた。

 銀髪の青年が頷けば最後、その頭を叩き潰さんと豪腕が振るわれることだろう。

 だが彼がこちらに来ると確信したのか、『鶴嘴』はニッと歯を見せて笑った。

 多くの兵士が無駄死にになるが、そんな彼らが束になっても勝てない一個人がこちら側につくとなれば安いものだ。

 時と場合によっては量よりも質が大事なのだ。そして、兵士においては質が何よりも重視される。

 その点、銀髪の青年は満点と言えるだろう。まだ若くて将来もあり、教育一つで何色にも変わる。

 そして彼を推薦することで自分の評価も上がり、あのお方の慈悲に報いることができる。

 亜人の首一つで、将来の近衛騎士と更なる武勲。まさに一石二鳥。

 ふふと不気味に笑う『鶴嘴』だが、銀髪の青年は「下らないな」と心底馬鹿にしたような声音で彼に告げた。

 

「……あ゛?」

 

 それを聞いた『鶴嘴』は、その言葉を文字通りの侮辱して受け取り、額の青筋を更に濃くした。

 肩に担いだ戦嘴を振りかぶり、力任せに地面に振り下ろす。

 鳥の嘴にも似た穂先が容易く地面を砕き、近くにいた兵士たちがその衝撃で転倒するほど。

 同時に強烈な殺意を放ちながら、「もう一回言ってみろ」と銀髪の青年を睨み付ける。

 相手が素人なら失禁してもおかしくはないが、銀髪の青年は怯んだ様子を見せない。

 

「俺がこっちにいるのは、金払いがいいからとかそんな理由じゃない」

 

 静かに、けれど力強く呟いた彼は、そのまま鉱山街を囲む崖の上に目を向けた。

 そこにいるかはわからないが、女上の森人がどこからか見ているのは間違いない。

 自分がここにいるのは彼女と出会ったことが原因で、彼女と共に逃げたのは自分が選んだ選択だ。

 何より、あの半森人の少女と出会ってしまったというのが大きいだろう。

 右手に握った暗い刃の剣を胸の前まで持ち上げ、ぎゅっと握り直す。

 そしてゆっくりと半身になりながら左腕に括った円盾を前に構えた彼は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「そっちのやり方が気に食わなくてな。関わるなら、亜人側(こっち)物語(シナリオ)がいい」

 

「それは俺の、ひいてはこの国に対する侮辱と受けとるが」

 

「馬鹿にしてるのがわからないのか?」

 

 鶴嘴の最終確認に、むしろあおるように返した銀髪の青年は、ちらりと隣の鉱人の族長に目を向けた。

 彼は一瞬でも銀髪の青年を疑ったことを悔いてか、「すまん」と短く謝る。

 

「気にするな。そういう言動をしたのは俺だ」

 

「むぅ。だが、仮にも恩人を疑うなど……」

 

「そう思うなら、あんたの同胞をさっさと助けるぞ」

 

 申し訳なさそうにする鉱人の族長にそう返すと、鶴嘴が嘲るように鼻を鳴らした。

 

「同胞を助ける?あんたら二人はここで死ぬんだよ!」

 

 二人に向けてそう吼えた鶴嘴は戦嘴を両手で握り、爪部分を地面に打ち付ける。

 

「《英知の父、知識の母、聖なる声よ。愚かな我が身に、どうか一時のご加護をお与えください》」

 

 同時に先程までの怒号をどこにやったのか、真摯なる想いが込められた力強い嘆願。

 何か来ると身構える二人だが、何かが起きたのは『鶴嘴』の身体の方だった。

 身体中に彫られた入れ墨を沿うように金色の光が走り、ただですら常人の倍はある筋肉が更に膨張。

 その輝きが戦嘴の紋様にまで伝達し、武骨な戦嘴が神々しいまでの輝きを放ち始める。

 瞳が血に餓えた獣のように爛々と輝き、筋肉が膨れ上がり、異形のようにさえ見える身体にバチバチと金色の雷が走る。

 

「……『祝福(ブレス)』か何かのように見えるが、全身にできるものなのか?」

 

「気をつけぇ。あれはそこらの雑兵とはわけが違うぞ」

 

 警戒を強め、相手の一挙一動に目を配る二人だが、『鶴嘴』は鮫のように獰猛な笑みを浮かべた。

 

「あのお方の加護を受けた今、俺は無敵だ」

 

 そう言った直後、彼は雷鳴と共にその姿を消した。

 銀髪の青年と鉱人の族長がぎょっと目を見開いたと同時、『鶴嘴』が二人の間に現れる。

 

「「っ!」」

 

 二人が反射的にそれぞれの得物を振り抜く。

 だが直後に弾けた稲妻により、二人が左右それぞれに弾き飛ばされる。

 

「っ……!」

 

「ぬぅ!?」

 

 突然の反撃に銀髪の青年が声もなく目を剥き、鉱人の族長が思わぬ痛痒(ダメージ)に唸ると、『鶴嘴』が笑う。

 

「どっちから先に殺るか。カビ臭い鉱人か、俺を馬鹿にしやがった糞餓鬼か」

 

 戦嘴をそれぞれに向けながらそう言った彼は、すぐに「決めた」と唇を三日月状に歪めて不気味な笑みを浮かべた。

 

「お前からだ、糞餓鬼!」

 

 そして『鶴嘴』は戦嘴を銀髪の青年に向け、直後雷鳴と共にその姿を消した。

 不可視の即効という初見殺しにもほどがあるそれは、純粋な速度動体視力や反射神経でどうにかなるものではない。

 雷鳴が天を駆け、地を駆け、銀髪の青年に直撃する瞬間、雷鳴が『鶴嘴』の身体を形作り、戦嘴が振り下ろされる。

 それでも反応した銀髪の青年は素早く円盾を構え、戦嘴の爪部分に当たらないように半歩前進。

 結果的に振り下ろされた戦嘴の爪が円盾の縁を深々と抉り取るが、盾を括る左腕には当たらず、長柄部分と円盾が激突した。

 凄まじい衝撃に銀髪の青年を中心に蜘蛛の巣状の罅が地面を走る。

 勢いのままに爪が彼の革鎧の肩当てにめり込むが、寸での所で爪が止まったおかげか、穂先が肩を貫くことはない。

 

「づぅぅ……っ!」

 

 それでも衝撃自体は伝わり、肩が外されかけた鈍い痛みに獣じみた唸り声をあげる。

 そのまま力任せに戦嘴を弾こうとするが、『鶴嘴』の腕力に勝てず、むしろ段々と押し込まれていくほど。

 腕力勝負で負けている事実を突きつけられた銀髪の青年は僅かに驚くように目を剥き、少しずつ爪が食い込む痛みに歯を食い縛るが、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。

 

「なにが可笑しい!」

 

『鶴嘴』のぎょろりと見開かれた瞳で睨まれ、唾混じりにそう問われた彼は、「なにも可笑しくはない」と浮かべた笑みをそのままにそう返す。

 

「だが、背後注意だ」

 

 そして彼がそう告げた直後、『鶴嘴』の背後からは「ぬりゃぁああああ!!」と鉱人の族長の雄叫びが響いた。

 ぶぉん!と空気が唸る音と共に豪腕が振るわれるが、『鶴嘴』は雷鳴と共に姿を消す。

 途端に押さえるものがなくなった銀髪の青年は体勢を崩すが、すぐさま地面に手をついて倒れかけた身体を支え、すぐさま体勢を整える。

 拳で空を打った鉱人の族長もそれは同じで、拳を振り抜いた勢いで反転し、そのまま地面に足をめり込ませて無理やり停止。

 

「むぅ。やはり厄介じゃの」

 

 そして髭を扱きながら目を向けた先には、戦嘴を肩に担ぐ『鶴嘴』の姿がある。

 余裕綽々といった表情で二人を睨み、かかってこいと言わんばかりに手招きを数度。

 だが馬鹿正直に挑めば負けることを痛感させられた二人は、その挑発には乗らずに息を整える。

 

「奴の速度と力のものが、先の付与(エンチャント)から来るものなら、時間の限り逃げ回れば勝ちではあるが」

 

「それをさせてはくれないだろう。速度で負けている時点で逃げは悪手だ」

 

 二人は手短にそうやり取りすると、銀髪の青年は深く息を吐いた。

 同時に稽古をつけてくれた母の教えを脳裏に過り、それこそが今だなと覚悟を決める。

 母曰く只人というのは馬鹿で、やろうと思えば自分の身体が壊れるほどの力を出せるのに、意図せずにそれを封じてしまっている。

 だがその枷というのは酷く曖昧で脆く、やろうと思えば簡単に壊せてしまうという。

 現にそう言った母は、自分の目の前で大木とも言える木を蹴りの一撃で折って見せた。

 いつもの人懐こく優しげな笑みとは違う、凛々しく、万人を魅力する美しい笑みを浮かべながら、母は自分の名を呼びながら教えてくれた。

 

『──大丈夫。私たちの子供だもん、何だってできるよ』

 

 そう言って出来るだろうかと不安に震えていた自分の頭を撫で、優しく抱き締めてくれた。

 その時の優しさも、力強さも、そして後に覚えた枷を外す感覚も、何もかも覚えている。

 

「ふぅぅぅぅ──……」

 

 剣と円盾を構えながらゆっくりと息を吐き、一度止める。

 ガチャリと頭の奥の何かが外れる音が聞こえ、どくんと心臓が跳ねた。

 それを合図に体温が一気に上がり始め、途端に身体が軽くなる。

 纏う雰囲気も変わり、放つ殺意は先程よりも研ぎ澄まされ、蒼い眼光もまた鋭い。

 本気になったと見ればわかるほどの変化に、それでも『鶴嘴』は余裕の表情を崩さない。

 

「只人だろうが、鉱人だろうが関係ねぇ。あのお方の慈愛を受けた俺が、負けるわけねぇんだよ!」

 

 直後己を鼓舞するように吼えた彼は、再び雷鳴と共に姿を消した。

 中央広場を縦横無尽に走り回る雷光に鉱人の族長は右に左に目を向けて警戒するが、銀髪の青年は違う。

 剣を鞘に叩き込み、壊れかけの円盾を投げ捨てる。

 

 ──兜は息苦しく、盾は重かった、だったか……。

 

 かつて母が読み聞かせてくれた英雄譚の一節を思い浮かべながら、自分は兜を被っていないなと僅かに自嘲。

 自由になった左手で鞘を掴み、右手で柄を握りこむ。

 タカの眼を発動し、暗くなった視界内を走り回る雷光の軌跡を追いかける。

 

「お主、死ぬ気か!?」

 

 背後から投げられる鉱人の族長の声を無視し、銀髪の青年は意識を集中。

 音もなくなり、臭いもなくなり、感じるのは殺意と視界内を駆け回る敵意に満ちた赤い雷光の輝き。

 時折身体を掠めていくそれは、的確に鎧の表面を焦がし、時には鎧を越えて薄皮一枚を切っていく。

 

「なんだ、殺される覚悟ができたのか!」

 

 一旦空中で姿を現した『鶴嘴』がそう言うと、銀髪の青年は更に深呼吸をひとつ。

 沈黙を返答と受け取った『鶴嘴』は歯を剥き出しにして笑むと、「望み通り、バラバラにやるよ!」と再び雷鳴と共に姿を消す。

 次は掠めるだけに止まらず、稲妻が銀髪の青年の鎧を吹き飛ばし、その身体を焦がしていくが、それでも彼は動かない。

 三次元的に縦横無尽に動き回る『鶴嘴』の姿を目で追いながら、僅かに腰を落として柄が形を歪めるほどに握りこむ。

 全身に叩きつけられる焼けるような痛みにも(ひる)まず、迫り来る死の気配にさえも(おび)えず、来る一瞬に備えて構え続ける。

 

 ──多少痛いのは我慢する。その先に勝機がある。

 

 故郷で剣聖とまで呼ばれている師からの教えは、技術というよりは心構え的な面が多かった。

 極東には『肉を切らせて骨を断つ』という言葉があるそうだし、それを実戦で試すには申し分ない。

 彼が覚悟を決めたのと同時、稲妻が一直線に銀髪の青年に向けて直進した。

 

「死に腐れ……っ!」

 

『鶴嘴』は吼えながら彼の目の前に姿を現し、戦嘴を振り下ろす。

 稲妻から実体となり、攻撃を行うまでは瞬きひとつにも満たない刹那的な時間。

 勝利を確信して醜く笑みを浮かべた『鶴嘴』は、果たしてその直後に起こったことを理解できたのだろうか。

 戦嘴を振り下ろすよりも速く銀髪の青年が抜刀。居合い切りの要領で、彼の両腕を切り飛ばしたのだ。

 

「……へ……?」

 

 暗い軌跡を残して振り抜かれた一閃は、『鶴嘴』に痛みを与えるのに一瞬の時間を与えた。

 銀髪の青年の頭を潰すつもりで振るった戦嘴は両腕もろともに宙を舞い、噴き出した鮮血が銀髪の青年の顔を汚す。

 そして両腕から脳を揺らして焼けるような激痛に悲鳴をあげる寸前、その喉に矢が突き立った。

 

「ご……っ!?」

 

 悲鳴の変わりに血を吐いた彼は、ぎょろりと崖の上に目を向ければ、そこには大弓を構える女上の森人の姿があった。

 彼女がトドメを指さんと矢を放ってきたのは、まず間違いない。

 

「お……っ、ぉぉおおおおおお!!」

 

 思わぬ伏兵と、それが王が抹殺指令を出した上の森人だと気づいて目を見開いた『鶴嘴』は、せめて一人だけでも道連れにせんと足を踏ん張るが、

 

「でぇぇぇりゃぁぁぁああああああああああああ!!!!」

 

 ここが決め時と見た鉱人の族長が踏み込み、無防備な腹に岩をも砕く拳を叩き込んだ。

 全身の骨を砕き、内臓を破壊するそれは、文字通り死を与える(クリティカル)一撃(ヒット)

 ごぼりと血の塊を吐いた『鶴嘴』の身体から金色に輝いていた紋様が消え、迫力も一気に衰えていく。

 それでも、それでもともがく彼に、銀髪の青年は静かに告げた。

 

「──その忠誠が、魂に安らぎ与えんことを」

 

 銀髪の青年はその言葉と共に、すれ違い様に『鶴嘴』の首を一閃。

 赤く染まった暗い刃に血払いくれて、音をたてずに鞘に納める。

 

「──安らかに、眠れ」

 

 そのまま背中越しに祈りの言葉を告げた直後、ごとりと音をたてて『鶴嘴』の首が地面に落ちた。

 一拍開けて彼の身体も膝から崩れ落ち、首と両腕から噴き出した血が辺りを染め、強烈な鉄臭さが鼻孔を刺激する。

 血溜まりの中を転がった『鶴嘴』の生首は、最期の意地として銀髪の青年の背を睨み付けるが、

 

「──っ」

 

 彼の背後に立つ、金髪を風になびかせる麗しい乙女の姿に幻視し、その表情を緩めた。

 王から教えられた、彼らが信じ、敬愛してやまない女神の姿によく似ているそれは、彼を魅了するには十分。

 

「──―、────────」

 

 振り向いてもらおうとパクパクと口を動かして何かを言うが、それが音となることなく、何を言ったかを知るのは『鶴嘴』ただ一人。

 やがて表情から力が抜けていき、白眼を剥いてそ最期の灯火も消え失せる。

『鶴嘴』の視線も、彼の言葉も知るよしもない銀髪の青年と鉱人の族長は、ざわざわと騒がしい辺りを見渡しながら顔を見合わせ、頷きあった。

 そして銀髪の青年が何かを譲るように手で示すと、鉱人の族長はごほんと咳払いをした。

 そして胸が膨らむほどに息を吸い込み、そして天上の神々にも聞こえるように声を張り上げる。

 

「──儂らの、勝ちじゃぁぁああああああああああああああ!!!!」

 

 反乱軍、大規模作戦第一幕。

 鉱山街解放戦は、彼の勝鬨により幕を下ろした。

 同時に囚人たちにもその興奮は伝わったのか、街のそこらじゅうから歓声があがり、街全体を震わせる。

 ホッと安堵の息を吐いた銀髪の青年は、幸か不幸か生き残った残党に目を向けた。

『鶴嘴』の死で心が折れたのか、一様に俯き、報復に怯えて震えている彼らに、一瞬言葉に迷うような素振りを見せると、一言告げた。

 

「命の保証はする。おとなしく投降しろ」

 

 

 

 

 




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