SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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 鉱山街解放作戦が終わり、囚人の解放や彼らへの食事の提供、捕らえた捕虜の収監など、諸々の問題が一段落がついた頃。

 

「私たちは一旦戻る」

 

「おうとも。こっちは任せておけい」

 

 少しずつ修繕が進む街の入り口に、女上の森人と鉱人の族長がいた。

 一応命懸けの戦場を共に生き残ったとはいえ、二人の間に流れる空気はどこか険悪なもの。

 自分たちでも理由がわからず、だがいつからか不仲となったそれぞれの種族の長だ。相手に善い印象はあるまい。

 だがそんな空気も飽き飽きしてか、鉱人の族長は髭を扱きながら溜め息を吐いた。

 

「あーもう止めじゃ、面倒臭い。今回は助かったぞ、耳長」

 

「……これからの戦いに、お前たちの力も必要になると判断しただけだ。それに、それも私の判断ではない」

 

 彼が恥を忍んで告げた礼の言葉に、女上の森人は言葉に迷うような素振りを見せてからそう返した。

 事実彼女がここに赴き、先の戦闘に介入する原因となったのは、ここにはいない銀髪の青年がいてこそだ。

 更に辿れば彼を雇った反乱軍参謀の圃人の判断であり、それを多少だが後押しした程度。

「礼くらい受けとらんか」と不満そうに鼻を鳴らす鉱人の族長に、彼女は僅かに微笑みながら言う。

 

「私にではなく彼に言ってくれ。私は様々な偶然が重なった結果、ここにいるだけだ」

 

「儂らの行く末は『宿命(フェイト)』と『偶然(チャンス)』の骰子(さいころ)が決めるのみじゃ。それならば、お主がここに来たのも神々の思し召しじゃろうて」

 

 筋骨隆々な腕を組み、さながら生徒に知恵を授ける師の如く真剣な面持ちでそう告げると、女上の森人はそっと目を細めて顎に手を当てた。

 

「……鉱人の癖に知的なことを言う」

 

 そしてどこか感心したような、むしろ受け手によっては侮辱とも取れる言葉を投げ掛けた。

 彼女からすれば鉱人は手先が器用な脳筋程度にしか思っていなかったのだろう。

 

「なんじゃと耳長風情がぁ!?」

 

 くわっと目を見開き、額に青筋を浮かばせながら鉱人の族長が吼えるが、当の彼女は気にした風もない。

 所詮は鉱人の激昂だと蔑んでいるのか、こういったやり取りに慣れてしまったのか。

 ともかく彼女からすれば、たたが数百年生きただけの子供と大差ないのだ。

 定命(モータル)不死(イモータル)である二人では、やはり物の測り方が違う。

 鉱人の族長にとっては今までの経験から打ち出された言葉であっても、女上の森人にとっては多少興味を引かれる程度なのだ。

 そして経験上、彼女の反応が鈍いのはわかりきっていた鉱人の族長は鼻を鳴らすと、肩を竦めた。

 

「……まあ、よい。耳長と話すだけ無駄じゃ」

 

「私としては無意味でもないのだが……。それより、あいつはどこだ」

 

 はぁと僅かに酒の臭いがする溜め息を吐く鉱人の族長を他所に、女上の森人は辺りを見渡して待ち人──出発直前に鉱人らに連れ去られた銀髪の青年を探した。

 鉱人の族長曰く「恩返しをするだけじゃ」ということで見送ったのだが、こうも遅いとなると多少は心配になる。

 ただですら只人に抑圧されていた彼らが、只人である銀髪の青年を連れていったのだ。

 恩返しという名の仕返しをする可能性も、零とは言えない。

 

「キィ!!」

 

 そんな後ろ向きな思慮をしていると、彼らの頭上を一羽の鷲が通過していった。

 彼の動きを追うように視線を巡らせれば、鉱山街の片隅にある、一際高い櫓へとたどり着く。

 ばたばたと音をたてて羽ばたき、その屋根の上に仁王立つ人物が差し出した腕に停まった。

 その人物は微笑みながら嘴で羽を弄る鷲を優しく撫でてやり、そのまま彼を空に放つと屋根の上から鉱山街を見渡した。

 本来なら街に入ってすぐにやるべきだったのだが、流石にあの状況ではやる余裕もなかった。

 その人物──銀髪の青年は深呼吸と共に鉱山街を見渡し、改めてその地形を頭に叩き込んだ(シンクロした)

 ようやく動き出した鍛冶場の場所を、活気が戻りつつある酒場の場所を、捕虜になった兵士たちが詰め込まれたあばら屋の場所を。

 それら全てを鷲が櫓の周りを一周する間に頭に叩き込んだ彼は「よし」と頷くと共に、足元に藁が詰められた荷車がある事を確認し、翼のように両腕を広げて身を投げた(イーグルダイブ)

 空中でゆっくりと回転し、背中から藁が詰められた荷車へと落下。

 荷車の木材が軋む音と、藁が揺れる音が同時に聞こえ、なんだなんだと辺りを先日解放され、街を歩き回っていた囚人だった人たちが集まってくる。

 

「「……」」

 

 遠目からそれを眺めていた女上の森人と鉱人の族長は顔を見合わせ、どちらが先にというわけでもなく歩き出した。

 鉱人の族長にとっても、女上の森人にとっても、自分の、そして一族の恩人である人物が、いきなり櫓から身を投げたとなれば、種族のしがらみを抜きにしてその身を案じるのは当然だ。

 小走りでそこを目指して走るわけだが、長身の森人と寸胴の鉱人では同じ一歩でもその歩幅はだいぶ違う。

 走れば走るほど女上の森人が前を行き、彼女も彼女で容赦なく置いていくものだから、鉱人の族長との距離は段々と開いていく。

 

「ぐ……ぬぅ……っ」

 

 そうなるとはわかっていても、やはり森人に負けるというのは屈辱なのか、鉱人の族長は走りながらも苦虫を噛み潰した表情になるが、彼女は既に人混みの中に入っている。

 

「これだから耳長は好かんのじゃ!!」

 

 そんな彼女の背に、わざと回りの野次馬にも聞こえるようにそう怒鳴り付けるが、自慢の長耳には届いていないのか彼女は気にした風もない。

「ええい、まったく!」と悪態混じりに人混みに突入した鉱人の族長は、人体を容易く引き裂く豪腕で前に立つ野次馬たちを退かしながら、ようやく件の荷車へとたどり着いた。

 

「少しは待とうとせぬか。お前さんはもう少し聡い奴だと思っとったんじゃがな」

 

 彼の苦言に「む……」と声を漏らした女上の森人は彼を見下ろすと、フッと小馬鹿にしたように笑いながら「遅れていたのか、気付かなかったよ」と告げた。

 先の怒号を聴力に優れる森人が聞き逃す筈もなく、彼女の言葉は『看破(センスライ)』の奇跡なしでも嘘だとわかる。

 ぴきりと音をたてて額に青筋を浮かべた鉱人の族長から視線を外した女上の森人は、「真面目な話だが」と前置きしてから彼に言う。

 

「敵は全て牢に入れ、伏兵もいないことを確かめた。無理に足並みを揃える必要もないだろう。それに、たかが兵士に不意討ちされた程度で遅れも取るまい」

 

 どこか説教するような口調で告げられた言葉は、無慈悲な程に正論であり、彼女なりの信頼の色が伺えた。

 多くの兵士は銀髪の青年と鉱人の族長の手で屠られ、逃げようとしていた兵士も彼女の手でその全てが射抜かれた。

 街から逃走した者もおらず、反撃の機をうかがうために街に潜伏している者も現状は確認できていない。

 王都には陥落したという情報も届いていないだろうから、奪還のための派兵もされてはいまい。

 もし兵士が不意討ちをせんと潜んでいても、たかが数人程度。鉱人の族長からすれば烏合の衆に他ならない。

 

「ぐぅ……っ!その通りなのが癪じゃが、お主にそう言われると身体が痒くなるわい」

 

 彼は森人に誉められるという特異な状況と、その気持ち悪さに表情を歪めながら背中や腕を掻き始める。

 一応水浴びはしただろうが、それでも落ちなかった垢が身体を掻く度にぽろぽろと落ち、それがかかるのを嫌った周囲の人たちが半歩下がり、彼を中心とした空間が生まれた。

 

「なんじゃい、お主らも似たようなものじゃろうて」

 

 そんな彼らを半目になりながら一瞥した鉱人の族長がそう言うと、言われてみればと野次馬たちも自分らの身体を見つめ、その汚さに顔をしかめた。

 そんな人混みの中にいても、神々が創りし美貌と高貴さを纏い、衣装にも素肌にも汚れひとつない女上の森人は、額に手をやりながらやれやれと首を左右に振り、溜め息をひとつ。

 

「あとで水を浴びてこい。どうせまた土に潜って汚れるのだろうが……」

 

「儂らは土竜(もぐら)か何かかと思っとるんか?全く、大地の広さを知らぬ耳長どもはこれだから嫌なのじゃ」

 

「森の美しさを知らん奴に言われたくはない」

 

「なんじゃと!」

 

 そして始まるのはお互いへの罵倒の応酬だった。

 やれ野菜しか食わぬひょろ長だの、やれ寸胴の樽だのと、お互いがお互いに、思い付いた罵倒の言葉をすぐさま放つ。

 また始まったと野次馬たちも困り顔になるものの、囚人らの比率で言えば鉱人が圧倒的に多い。

 それを証明するように野次馬の中にも鉱人が多く、族長に負けるなやっちまえと煽るのだが、

 

「……せめて亜人同士は仲良くして欲しいんだが……」

 

 そんな彼らの耳に、彼らの声とは違うものが届いた。

 騒がしかった野次馬たちも、鉱人の族長も、女上の森人も一斉に口を閉じ、なんだなんだと辺りを見渡すが声の主は見当たらない。

 そして空耳かと何人かが諦めかけた時、がさりと脇にあった干し草の山が揺れ、そこから人影が飛び出した。

 一切の音もなく地面に降り立ったその人影は、「鉱人と森人の不仲は知っているが」と苦笑混じりにそう告げて、族長と女上の森人に目を向ける。

 

「これからは背中を預けあう戦友だ。喧嘩をするなとは言わないが、程々に頼む」

 

 そしてこの中でも一番の若者でありながら、どこか説教じみた声音でそう告げたのは、二人が探していた銀髪の青年に他ならない。

 相変わらず黒い外套を羽織ってはいるが、その下に隠された鎧が先日の物とだいぶ違う。

『鶴嘴』の手で破壊された円盾が、磨きあげられた上等な物へと変わり、同じく修繕不可能な程に破壊された革鎧も、艶消しに黒く塗られた金属鎧に新調されている。

 かろうじて無事だった籠手や脚絆には鉄板を、無防備な二の腕には鎖帷子などを取り付け、防御力も底上げされている。

 その分重量が嵩みそうではあるが、流石は鉱人の技と言うべきか、見た目の割には軽く、大した違いは感じぬほど。

 

「間に合ったようで何よりじゃ」

 

 そんな有り合わせの素材だが、全霊を込めて作り上げた手製の鎧を纏う恩人の姿に族長が安堵の息を漏らすと、銀髪の青年は微笑み混じりに頷いた。

 

「感謝してもしきれない。あの鎧も気に入っていたんだが、この鎧もいい心地だ」

 

 着心地を見せつけるように肩を回し、身体を伸ばすと、「本当に金はいらないのか?」と問うた。

 彼の気遣いとも取れる問いかけを「いらん」と一言で断じた鉱人の族長は、にかりと豪快に笑いながら彼の肩を叩いた。

 

「これから頑張ってもらうんじゃ。報酬は何もかもが終わってから貰うわい」

 

「俺が死んでいなければ、な」

 

 彼の言葉に、銀髪の青年は肩を竦めながら少々皮肉めいた声音で返した。

『鶴嘴』との戦いで実感したことだが、今後の相手はあれと同じかそれ以上の強者との戦いが増えていく筈。

 それらに勝てるかどうかもわからず、何なら次の戦いで負ける可能性もあるのだ。

 冒険者として、そういった契約や約束事は重んじるべきではあるが、命がなくては守る守らないの話ではなくなる。

 鉱人の族長もそれを理解してはいるのか、真剣な面持ちになりながら「ま、それは儂も同じじゃが」と返し、女上の森人に目を向けた。

 

「さて、待ち人も来たんじゃ。出発するんじゃろ?」

 

「ああ。世話になったな」

 

「いや、礼を言うのはこっちじゃ」

 

 彼女の礼の言葉に鉱人の族長はそう返し、右手を差し出した。

 土に汚れ、指もごつく節くれ立っているけれど、その手に込められた信頼の強さは変わるまい。

 

「儂ら一族はお主らに助けられた。森人だろうがなんだろうが、礼を言わねば先代に顔向けできん」

 

 ──ありがとう。

 

 鉱人の族長は照れ臭そうにそっぽを向きながらそう告げると、女上の森人は苦笑混じりに彼の手を取った。

 

「鉱人に面と向かって感謝される日が来るとはな。わからないものだ」

 

「ええい、喧しい!自分が馬鹿らしく思えてきたわい」

 

 真剣そうに、けれどどこか愉快そうに告げられた言葉に鉱人の族長は彼女の手を払いながらそう返し、銀髪の青年に目を向けた。

 律儀に二人のやり取りが終わるまで口を閉じていた彼と、ついでに払われた手を見つめて額に青筋を浮かべる女上の森人を一瞥すると言う。

 

「儂らは奴らが馬鹿みたいに開けまくった穴を塞ぐなり、支えるなりをせねばならん。それが済んだらお主らの本拠地とやらに顔を出すわい」

 

「そうか。なら、再会はしばらく先になりそうだな」

 

「侍女の連中もしばらくは儂らの手伝いをしてくれるそうじゃから、姫さんにもそう伝えておいてくれ」

 

「わかった。まあ、下手に団体で行動して敵に見つかれば元も子もないからな……」

 

 鉱人の族長の言葉に銀髪の青年はそう返し、僅かに残念そうに溜め息を漏らした。

 自分と女上の森人だけなら、最悪敵に遭遇しても切り抜けることは容易い。

 だがそこに馬での移動や戦闘に不慣れな侍女の一団が加われば、その結果も変わってくる。

 一人でも囚われの身になればこちらの事情が相手に伝わり、ただですら少ない勝ちの目が更に減ってしまう。それは避けねばなるまい。

 それと同時に、あの娘にはもうしばらく寂しい思いをさせることになりそうだと、妹を心配する兄のような事を思慮してしまう。

 一緒にいた時間こそ短い──と言うよりは二日程度だ──が、彼女に対して情が湧いてしまうのは仕方があるまい。

 

「それじゃ、戻るとするか」

 

 ともかく、戻れば彼女の様子も探れるとわかっているのだから、彼の行動は速い。

 女上の森人に一方的にそう告げ、頷いた彼女を伴う形で馬小屋へと向かう。

 

「やれやれ、嵐のような連中じゃな」

 

 鉱人の族長は既に見送りは済んだと言わんばかりに二人を追わず、その場で髭を扱き始めた。

 そして野次馬たちに「ほれ、仕事に戻るぞ」と告げれば、様々な返事と共に野次馬たちも散っていった。

 

「族長様。ここにいらしたのですね」

 

 そんな彼らの背を見送った鉱人の族長に、ぱたぱたと騒がしい足音をたてながら侍女長が駆け寄ってくる。

 長いこと街を走り回っていたのか、額に汗をにじませ、呼吸も乱れて豊かな胸が上下に揺れている。

 

「なんじゃ、喧嘩でも起きたか」

 

 だが鉱人の族長がそんなもの構いもせずに問うと、彼女は「喧嘩ではありませんが……」と彼の言葉を否定しつつ問うた。

 

「捕虜の扱いに関してですが、いかがされますか?」

 

 そして聞いた相手が悪寒を覚え、その迫力に全身に鳥肌を立てんばかりに冷たい声音での問いかけ。

 彼女からすれば忌々しい『鉱夫』らの手下だ。殺したいほどに恨み、許可さえあれば今からでと抹殺してもおかしくはない。

 それを肌で感じた鉱人の族長は溜め息を吐くと、「閉じ込めておくだけでよい」と告げた。

 

「儂らと同じ扱いをすれば、儂らと奴らが同じになってしまうじゃろうが。それだけは避けねばならん」

 

「……かしこまりました。他の者にもそう伝えます」

 

 彼の言葉に侍女長はどこか残念そうに目を俯かせ、けれど己の感情を圧し殺しながらそう返すと、鉱人の族長は溜め息を吐きながら更に続けた。

 

「ついでに、捕虜に何かした者には儂が自ら手を下すとも言いふらしておけ。よいな?」

 

「承知しました……」

 

 最後に付け加えた脅しの言葉に侍女長は驚きつつ、相変わらずな彼の様子に表情を綻ばせた。

 そんな彼女の様子を気味悪がりながら、彼は彼女の背を叩いた。

 

「ほれ、いくぞ。やることが山積みじゃ」

 

「……はい!」

 

 そして微笑み混じりにそう告げてやれば、彼女の陰っていた表情も明るくなり、瞳にも覇気が戻る。

 

 ──女というのは、恐ろしい生き物じゃな……。

 

 ころころと変わる表情と、途端に失せた強烈な殺意との格差(ギャップ)に、鉱人の族長は胸の内でそんな事を呟いた。

 従者のように背後に控える侍女長にそれは聞こえてはいまいが、何となく嫌な印象を与えてしまったかと僅かに反省。

 同時に敬愛する王女に出会う時機(タイミング)が離れてしまったが、彼女を危険に晒すわけにはいかないと自分に言い聞かせる。

 そして前を歩く鉱人の族長の背に目を向け、観察するようにすっと目を細めた。

 大岩と見紛うほどに鍛えられた拳に、大木を思わせる豪腕。短いながらも大地を踏みしめ、その重い体躯を支える太い脚。

 それらに魅力されながら、僅かに艶っぽい笑みを浮かべた。

 

「しばらくはご一緒できますね、族長様」

 

 その一言にびくりと身体を跳ねさせ、全身に鳥肌を立てた鉱人の族長は「お、おう……」と額に脂汗を滲ませながら頷いた。

 

 ──女というのは、恐ろしい生き物じゃな……。

 

 

 

 

 

 帰りも馬で幾日か。念のため街道を避け、森の中の獣道を利用して、ようやくたどり着いた反乱軍の本拠地。

 

「──というわけで、終わらせてきたぞ」

 

 だん!と音をたてて勢力図の上に『鉱夫』と『鶴嘴』が持っていた硬貨を叩きつけ、金髪の圃人にただ一言そう告げた。

 

「いきなり『終わらせてきたぞ』だけ言われても困るのだけど……」

 

 それを言われた彼も困り顔になり、とりあえずと件の硬貨二枚を回収した。

 そんな彼らを、部屋の片隅で長椅子に腰掛けて見つめていた女上の森人は、構ってと言わんばかりに膝に乗ってくる半森人の少女を構いつつ溜め息を漏らした。

 

「鉱人の族長は無事。今は街の復興の為に残っているが、近い内に合流もできる筈だ」

 

「そうか。できればここにいて欲しかったけれど、仕方がないね」

 

 女上の森人が付け加えた情報に、金髪の圃人は苦笑混じりにそう返すと鉱人の駒を手に取り、鉱山街の位置に印をつけた。

「まずは一ヶ所目か」と顎に手をやると、銀髪の青年に告げた。

 

「協力に感謝するよ。今はとりあえず、休んで──」

 

 そして彼に感謝の言葉を投げると共に、一時の休息を与えようとするが、

 

「おう、戻ったぞ」

 

 そんな彼の言葉を遮る形で、赤い鱗の蜥蜴人が会議室に入ってきた。

 しゅるりと舌で鼻先を舐めた彼は、先に戻っていた銀髪の青年に目を向け、「なんだ、お前が先か」と不満げに目を細める。

 蜥蜴人もそういったことをするのかと、僅かに驚いた銀髪の青年だが、すぐに笑みを浮かべて「お互い無事で何よりだ」とお互いの健闘と無事を天上の神々に感謝した。

 

「それで、どうだった」

 

 そして彼がそれをしたからか、金髪の圃人は早速本題へと入らんと赤い鱗の蜥蜴人にそう問うた。

「おうよ」と返事をした彼は蟲人の駒を鋭い爪でつつくと、彼の現状を「だいぶまずいな」とただ一言で評した。

 

「元から戦向けの種族じゃねぇのはそうだし、力が強いってわけでもねぇ。あんまりほっとくと全滅するぞ」

 

「なら、次の目的地はそこだな」

 

 彼の言葉に銀髪の青年が間髪入れずに応じると、金髪の圃人も頷いた。

 

「蟲人──正確には蚕人(ボンビクス)。彼ら自身戦いを嫌い、反乱軍にも加わらず、只人の領域にも触れないように距離を置いていた一族だ」

 

 彼はそう言いながら蟲人の駒を持ち上げ、どこか切なげな視線をそれに向けた。

 

「けれど、武力を持たないからこそ侵略されてしまった。難しいものだね」

 

 血気盛ん──とまではいかなくとも、蟲人というのはその大体が只人に比べて屈強な種族だ。

 元より小さな虫ですら脅威となりえるのに、それが只人のそれよりも巨大な体躯をしているのだ。

 大木を掴んで離さぬ鉤爪は容易く人を引き裂くだろうし、相手を怯ませる針の一刺しは容易く身体に風穴を開ける一撃へと変える。

 だが、蚕人は違う。只人とよく似た姿に、蟲を思わせる触手や、飛べぬ羽を持つ彼らは、生涯をかけて絹と向き合い、至高の衣を織り上げるのを使命としている穏和な種族だ。

 そんな彼らからすれば、戦をしている時間さえも惜しいのだ。

 ぎょろりと目玉を回し、鱗に包まれた腕を組んだ蜥蜴人はしゅーっと鋭く息を吐く。

 

「逆に言えば、抵抗する力がないからこそ、今まで生き長らえたってわけだ。まあ、奴らの女王がうまく立ち回った結果だな」

 

 その結果こそ悲惨とも言えるものだが、彼の言葉には嘲りや侮辱の色はない。

 蜥蜴人にとって強さとは正義であり、正義こそが強さなのだ。

 腕力でも、美しさでも、歌声でも、何でもいい。相手より優れていることを証明することが、彼等と向き合う第一歩だ。

 だが逆に、弱いからこそできること、弱者なりの強さを示せれば、弱いこともまた正義となりえる。

 何とも矛盾していることではあるが、彼らの事を推し量るには、産まれ落ちた瞬間から彼らと共に生きる他にない。

 少なくとも銀髪の青年にはよく分からない考え方だし、それを理解しようと努力はすれど、理解できるとは思っていない。

 彼は只人で相手は蜥蜴人。文化の違いがあるのは当然なのだから、深く考えるだけ時間の無駄だ。

 

「──それで、なぜ全滅寸前になっている。女王が何か失敗したか」

 

 それを考えるよりも、目の前の惨劇を止めんと頭を捻る方が何倍も有益な時間の使い方だろう。

 銀髪の青年がそう問うが、赤い鱗の蜥蜴人の返答は「わからん」の一言。

 

「遠目から見ただけだが、兵士どもが必死になって何かを探し回っていたが……」

 

「その何かが鍵か」

 

 彼の言葉に銀髪の青年が神妙な面持ちで呟くと、金髪の圃人が赤い鱗の蜥蜴人に問う。

 

「近衛騎士の姿はあったかい?」

 

「わからんが、近しい奴はいるだろうな。兵士どもに指示を飛ばす女がいたが」

 

「女の近衛騎士、ね。まあ、敵なら容赦せん」

 

 銀髪の青年は蒼い瞳を細めると腕を組み、どこか好戦的な笑みを浮かべた。

 次なる冒険の舞台と、そこに待ち受ける近衛騎士(ボスキャラ)がわかったのだから、やる気になるのは当然のこと。

 

「案内役は俺がやる。お前は嬢ちゃんと仲良くやってろ」

 

 そんな彼に当てられてか、赤い鱗の蜥蜴人もまた牙を剥いて獰猛な笑みを浮かべ、女上の森人にそう告げた。

 当の彼女はその言葉が意外だったのか、「なに?」と声を漏らして眉を寄せる。

 だが、赤い鱗の蜥蜴人と金髪の圃人にとってはそれが意外であり、「は?」だの「え?」だのと間の抜けた声が漏れる。

 

「いや、彼の監視が私の任務だろう?」

 

 そして女上の森人がさも当然のようにそう言うと、赤い鱗の蜥蜴人が「俺がやりゃいいだろうが」と切り返す。

 その一言にハッとした女上の森人は、「それもそうだな」と得心した様子。

 

「……森人でも変なことを言うんだな」

 

「まあ、祈る者(プレイヤー)と大きく括れば、只人も森人も変わらないからな」

 

 赤い鱗の蜥蜴人がじとりと彼女を睨み、銀髪の青年が何とか助けようと口を開くが、説得力には大きく欠ける。

 場の空気が妙な方向に傾き始めたからか、金髪の圃人が一度大きめの咳払いをすると、三人の視線が彼に集まった。

 半森人の少女は相変わらず女上の森人の膝の上でくつろいでいるが、長耳が揺れているから聞いてはいるのだろう。

 

「とにかく、今回の作戦は君たち二人に任せる。そろそろ獣人の集落にも使者を出さないと……」

 

 赤い鱗の蜥蜴人と銀髪の青年に手短に、けれど明確な指示を出した彼は、そのまま顎に手をやって次の手を思案し始めた。

 そういったことは彼に一任している二人は顔を合わせると、行動開始だと言わんばかりに頷きあった。

 久しく手持ち無沙汰となった女上の森人は、とりあえず半森人の少女を愛でることにして、気持ちを落ち着かせ始める。

 そう、ようやくの休み。それなりに待ち望んでいた休息の時だ。

 

「……お前は休まないのか」

 

 そしてふと、自分と同じどころか自分よりも激務をこなした彼の身を案じるが、当の彼は気にした素振りもなく、赤い鱗の蜥蜴人と共に部屋を出ていってしまった。

 

「……」

 

 話を無視された挙げ句、任務からも外された彼女は言いえぬ気持ちを胸に抱き、小さく首を傾げた。

 そんな彼女を真似て半森人の少女もまた首を傾げ、へにゃりと気の抜けた笑みを浮かべた。

 その笑顔を見下ろした彼女は、同じく笑みを浮かべながら少女の髪を撫でた。

 

 ──とにかく今はこの娘と共に。

 

 母の変わりなど罰当たりなことは言わないが、せめて健やかに育つように。

 女上の森人はただただ優しく、慈愛のこもった手つきで少女を撫で回した。

 

 

 

 

 

 国の南西。蚕人の領域。

 本来であれば彼らが織った絹の衣を王都や近隣の村に売り、細やかながらも暖かな日々が流れていたその場所には、その名残さえもない。

 あるのは恐怖と諦観のみで、黙々と絹を織る蚕人の目にも覇気はない。

 そんな集落の中でも一人、異様な雰囲気を放つ只人の女がいた。

 肉感的な腿や豊満な胸元を見せびらかす、妙に露出の多い衣装を纏い、軍帽からは可憐な金色の髪が溢れている。

 手には怪しげな紋様が描かれた鞭を握られ、既に何度も使われたのか、大量の血がこびりついて強烈な鉄の臭いを纏っていた。

 加えて油断なく屈強な兵士二人を侍らせ、もう絹も織れぬほどに疲弊した蚕人の足蹴にした彼女は、「それで、お姫様はどこに行ったの?」と手短に問う。

 彼女が知りたいのは、最近行方不明になった蚕人の姫君の行方だ。

 蚕人は絹を織ることに生涯をかけるが、世代を経ることにその絹はより美しさを増していく。

 王族となればそれは顕著で、現女王が先日死んだ以上、至高の絹を織れるのはその娘たる姫君しかいない。

 故に女たちは彼女を探しているのだが、蚕人は「知らない」の一点張りで、彼女が望むことを口にしない。

 只人の病人よりも更に白い肌を血で赤く染め、白い髪を焼かれて黒く焦がされながらも、彼は決して口を割らない。

 彼の覚悟と相当なものだが、対する彼女も引く気はないらしい。

「そう」と頷いてぺろりと唇を舐めた彼女は、呪詛の込められた鞭を振るい、蚕人の身体を叩いた。

 スパン!と鋭い音と蚕人の悲鳴があがり、舞い散る鮮血は傷口から染み込んだ呪詛に当てられてか暗く濁っていた。

 

「っ……!──!!」

 

 傷口から血管を沿うように全身に呪詛が広がり、身体を生きたまま焼かれるような痛みに蚕人は声にもならない悲鳴をあげ、羽をもがれた蛾のように地面をのたうち回る。

 そんな無様な姿を見下ろした女は恍惚の表情を浮かべると、再び鞭を振るって蚕人に打ち付ける。

 悲鳴をあげる力さえも失い、瞳からも生気が失われていく中で、女は愉快そうに笑った。

 

「ふふ。言うのなら早くなさい。次はあんたの妹でも痛め付けてやりますから」

 

「──っ!」

 

 その一言に蚕人はぎょっと目を見開くが、それでも口を継ぐんで何も言わない。

 だが彼は最後の力を振り絞り、天上の神々に祈りを捧げる。

 

 ──誰でもいい。どうか、我らをお救いください。どうか、姫様をお救いください……っ!

 

 その祈りを最後に、蚕人は事切れた。

 糸の切れた人形のように動かなくなり、ピクリともしないその亡骸を踏みつけた女は「どいつもこいつも口かま固いわね」と嬉しそうに呟き、口を三日月状に歪めた。

 そしてその笑みをそのままに護衛二人に向け、告げる。

 

「もっと楽しみましょう?なにせ、蟲どもはまだまだいるのだから」

 

 その悪意の矛先が姫君に届くのが先か、あるいは銀の一閃でもって切られるが先か。

 それは神々にもわからず、『宿命(フェイト)』と『偶然(チャンス)』の骰の目次第。

 そして、既に骰は投げられたのだ。

 

 

 

 

 

 




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