SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory12 蚕人の里

 鉱山街を解放し、依頼が更新された銀髪の青年は、休むことなく移動を開始していた。

 

「国の端から端まで移動して、また端まで移動。忙しい限りだな、おい」

 

 馬の蹄が地を蹴る音に耳を傾けていた彼に、背後で窮屈そうに馬に跨がる赤い鱗の蜥蜴人が声をかけた。

 銀髪の青年は苦笑混じりに肩を竦め、厚い雲に覆われた空を見上げた。

 

「こういうのには慣れている。冒険者だからな」

 

 日差しがないだけありがたいと付け加え、肩越しに振り向きながら赤い鱗の蜥蜴人に問いかける。

 

「乗馬は初めてなのか?あまり手慣れていないように見えるが」

 

「乗る機会は少ないな。戦場は己の足で駆けてこそだし、氏族での移動は皆で荷物を担げばそれで済む」

 

「そうなのか」

 

 彼の返答に銀髪の青年は意外そうな声音で返し、ふぅんと興味深そうに小さく声を漏らしながら前に向き直った。

 銀髪の青年の知る蜥蜴人は肉よりもチーズを好み、乗馬にもかなり慣れている様子でもあった。

 集落を飛び出し冒険者となった者と、集落に残り、氏族を守らんとする戦士では、同じ年月を生きたとしても価値観は全く違ってくるのだろう。

 只人とて村生まれか街生まれかでだいぶ変わるのだ、蜥蜴人となればその違いは尚更だろう。

 

「蚕人に会うのは初めてだな」

 

 そうして僅かではあるが故郷を思い出したからか、ふと気付いた事を口に出した。

 只人、森人、鉱人、蜥蜴人、獣人と、二十年も生きていないがそれなりの種族とは会ってきた自覚はあったが、蟲人とは会った記憶がない。

 

「まあ、そもそも蟲人自体が一つの集落(コロニー)だけで全部済ませる奴らだからな。街ですれ違うだけでも幸運だろうさ」

 

 そんな彼の背にしゅるりと鼻先を舐めてから赤い鱗の蜥蜴人が返し、「それに」とどこか懐かしむように目を細めながら告げる。

 

「俺も会ったのは片手で足りるくらいだ。時々集落を出た奴が服を売りに来てな」

 

「どんな連中なのか、は聞かない方がいいか?」

 

「ああ。戦嫌いの連中なんざ、興味ねぇ」

 

 銀髪の青年は更なる情報を求めたが、赤い鱗の蜥蜴人はあっさりと彼の頼みを断り、「だがいい仕事をしやがる」と蚕人をそう評した。

 

「あいつらが織る服は、この国の腕っこきの職人でも作れねぇ代物ばかりだ。昔は王族とか、一部の貴族連中が取引して取り寄せていたらしいが……」

 

「今は無理やり作らせたものを、敬愛なる国王様へってことか。だが、その関係が崩れ始めた」

 

 彼の言葉を銀髪の青年が引き継ぐと、赤い鱗の蜥蜴人は鼻からしゅーっと鋭い音をたてて溜め息を漏らした。

 

「そういうこった。あと一日も走れば蚕人(あいつら)の縄張りだ。気を引き締めろよ」

 

 大事な締めの台詞を取られたからか、どこか不満げな声にも聞こえるが、そこは産まれながらの戦士たる蜥蜴人。

 自分に言い聞かせるように告げた最後の一言と共に表情を引き締め、前を走る銀髪の青年の背に目を向けた。

 彼が「勿論」の一言と共に軽く右手を挙げると、赤い鱗の蜥蜴人は「ならいい」と返し、先を急ぎたいのか軽く馬の腹を蹴った。

 けたたましい声と共に彼が乗った馬は加速し、前を走っていた銀髪の青年と彼が乗る馬を容易く追い抜く。

 突撃の加速に驚く銀髪の青年だが、馬の方は負けん気が刺激されたのか、彼が何かをする前に加速していく。

 

「お……おお……!?」

 

 横を流れていた景色が急に速くなり、さながら野を駆ける風となった彼は珍しく間の抜けた声を漏らした。

 だが手綱を離すことなく、十秒ほどで速度に慣れてしまえばむしろ馬に合わせて声を張り上げ始めるほど。

 

「キィ……」

 

 そんな二人を見下ろしていた一羽の鷲が、只人であれば心底嫌そうな顔をしながら出すだろう声で鳴くと、仕方がないと言わんばかりに羽ばたいて馬に追い付かんと加速。

 地上を駆ける二つの影と、空からそれを追う小さな影。

 三つの影たちが目指すは一つ。

 滅亡の危機に瀕する優しき蚕人らを救う。それのみだ。

 

 

 

 

 

 一度の夜営を挟み、全力で駆けつけたものの、それでも夜になってようやくたどり着いた件の蚕人の集落。

 うっそうと茂る森の中に突然現れるそこは、まさに軍の野営地と化していた。

 戦を好まないらしい彼らでは用意しないであろう、丸太を削り出して拵えたと思われる集落の四方を四角く囲む高い塀。

 塀の角にそれぞれ設置された櫓には、それぞれ持ち運びを考慮したのか簡易型のバリスタが置かれ、そこには砲撃手と観測手が一名ずつ。

 観測手が角明(ランタン)を掲げて闇夜を警戒し、砲撃手は合図があればいつでも撃てるとバリスタについている。

 簡易的な要塞とも言えるそこが、本来ならこの国一番の織物の名産地など、誰が思うだろうか。

 とある木の枝に止まって野営地を俯瞰する鷲の視界を借り受けた銀髪の青年は、思わず頭を抱えて溜め息を漏らした。

 夜の闇に紛れる黒い外套を羽織り、そもそも光が届かぬ距離を保っているからこその行動なのだが、隣の赤い鱗の蜥蜴人は「おい」と彼を小突いた。

 蜥蜴人特有の巨体を、本物の蜥蜴さながらに四肢を地面について這いつくばる赤い鱗の蜥蜴人は、視線の高さの都合上野営地を見ることもできない。

 

「で、状況は」

 

「見張りが沢山。四方は壁。ぱっと見た限り隙間なし」

 

「正面から食い破るか?」

 

「バリスタの砲火を掻い潜っても、蚕人を人質にされて詰みだろ」

 

 彼の問いかけに小さく唸りながら返す銀髪の青年は、顎に手をやって本格的に何かを考え始める始末。

 瞑目して野営地を俯瞰し、見張りの兵士や彼らに連れられていく蚕人──只人に蛾を思わせる触覚や羽を持つ人たちだ──を観察するが、何かあったのか少々慌ただしい。

 何より蜥蜴人が言っていた近衛騎士と思われる女がいない。どこか屋内にいるのか、拠点を離れているのか……。

 

「俺なら木を登れるが、お前じゃ無理だろうな」

 

 そしていつまで経っても何も言わず、低く唸りながら考え込む彼に、赤い鱗の蜥蜴人が溜め息混じりにそう呟いた。

 前の偵察は、戦士としてかの拠点を破らんとする己を必死に抑え込み、木をよじ登って中の様子を探ったのだ。

 ようやく暴れられると思っていたのに、それさえもお預けとなった彼からすれば、この時間はまさに不服の時だった。

 

「木を登る……」

 

 不満そうにしゅーっと鋭く鼻から息を吐く彼を他所に、銀髪の青年は不意に頭上を見上げ、月明かりも差さぬほどに折り重なった枝へと目を向けた。

 人一人なら余裕で支えられそうな太く、長い枝がさながら天井のようにはなっているものの──。

 

「……行けそうだな」

 

 明かりを確保するためか野営地の直上に枝はないが、そこに至るまでは大量の季が立ち並んでいるのだ。

 銀髪の青年は一言そう断じると、僅かに助走をつけてから木の幹に突撃。

 そのまま幹を垂直に数歩駆けあがり、手頃な枝を掴むお身体を引き上げ、その枝の上に乗った。

 

「……お前、只人なんだよな」

 

 一切の淀みなくそれを行った彼を見上げた赤い鱗の蜥蜴人は、蜥蜴人にあるまじき無防備にポカンと口を開けながらそう呟いた。

 当の銀髪の青年は「やろうと思えば誰でもできる」とどこ吹く風であり、蜥蜴人を見下ろしながら枝の上でしゃがんだ。

 

「バリスタを破壊してから門を開ける。そしたら、突っ込んでこい」

 

「バリスタを壊すって、簡単に言うな。あそこに登ればすぐにバレるぞ」

 

 銀髪の青年は赤い鱗の蜥蜴人に作戦とも呼べない──だが今できる最良と思われる策を説明するが、肝心の彼から待ったがかかった。

 確かに銀髪の青年が壊すと言ったバリスタは、拠点の四隅に設置されている。

 一つでも壊せば相手に侵入を気取られ、そもそも壊すためには櫓を登らねばならない。

 彼が見つかれば蚕人たちに危険が及び、何より彼自身も大きなリスクを背負わねばならない。

 赤い鱗の蜥蜴人は戦友たる銀髪の青年を心配しての言葉だが、当の彼は気にする様子もなく得意気に笑った。

 

「いや、櫓には登らない」

 

 獲物を狙う鷲のように鋭く、けれどどこか悪戯を思いついた子供のように目を細めながらそう告げた。

 赤い鱗の蜥蜴人は不思議そうに首を傾げ、彼にどうするのかと問おうとするが、彼はそれを待たずに駆け出してしまう。

 枝の上をひた走り、次から次へと枝を飛び移る様は森人のよう。

 

「……本当に只人かよ」

 

 彼の背を見送った赤い鱗の蜥蜴人は嘆息混じりにそう呟き、合図と共に行動(アクション)を起こせるように待機場所を変えんと地を這い始めた。

 枝の上を行く銀髪の青年、地を這う赤い鱗の蜥蜴人。

 上下から迫る脅威を知らず、兵士たちはいつも通りの静かな夜を過ごしていた。

 

 

 

 

 

「なるほど、これは中々」

 

 野営地を見下ろせる位置についた銀髪の青年は、内情を探りながら神妙な面持ちとなっていた。

 何かを探しているのか、かつてあったであろう蚕人らの住居は完膚なきまでに破壊され、かつては見事だったであろう姿は見る影もない。

 タカの眼越しに見てやれば、寝る間も惜しんで絹を織る蚕人らの姿や、彼らを監視する兵士らの姿も見えるのだが……。

 

 ──蚕人の数に対して、兵士の数が少ないないか?

 

 戦う力を持たないからと舐めているのか、あるいはそれどころではない何かがあったのか、それは定かではないのだが、どちらにせよ好都合だ。

 銀髪の青年は思いのほか簡単に終わりそうだと思いながら、けれど油断なく野営地を観察していると、ふとあるものに気付いた。

 野営地中央の広場には見せしめのように殺害された幾人かの蚕人の遺体が磔にされているのだ。

 尋問か、拷問をされたのか、一方的に痛め付けた相手を、ああして戦利品のように飾っているのだろう。

 銀髪の青年は目深く被った頭巾の下で額に青筋を浮かべ、込み上げる怒りのままに拳を握りこんだ。

 だがすぐに深呼吸と共に手から力を抜き、熱くなった自分を落ち着かせる。

 常に冷静に、常に万全に、冒険者ならばそれができねば死んでしまう。

 装備は万全、体調も万全、あとは心を落ち着かせていつも通りのことをするだけだ。

 ごきごきと首を鳴らし、肩を回して鎧の具合を確かめた彼は、身を預けていた枝から身を投げた。

 綺麗な弧を描いて跳んだ彼は見事に塀の上を飛び越え、塀の内側に積まれていた干し草の山に落下した。

 ばさりと干し草が揺れる音だけが微かに漏れるが、幸いなことに近くに兵士はいない。

 干し草の山の中からタカの眼を通して辺りを偵察した彼は、がさりと音をたてて干し草の山から飛び出す。

 内側に入ってしまえばこちらのもの、あとはやるだけやれば勝ちが見えてくる。

 銀髪の青年は建物の影に隠れ、近場の櫓を睨みつけた。

 辺りを警戒しながらも、建物の影から影、時には茂みの中を掻き分けて突き進む。

 そして誰にも気付かれることなく櫓の下にたどり着いた彼は左手のアサシンブレードを抜刀すると、柱の一本にバツ印を着けた。

 それが済めばすぐさま次の櫓に向けて移動を開始し、夜を駆ける影となって野営地内を疾走。

 音もなく、光も通らない場所を駆ける彼を見つけられる者は誰一人としておらず、兵士たちは各々の持ち場を巡回し、動きが鈍った蚕人に気付けと称して暴力を振るう。

 あちこちから聞こえる彼らの悲鳴に、今すぐにでも助けたいと動きかけた身体を無理やり止め、今すべきことを最短最速で行うように意識する。

 まずは混乱を生む。そして相手の意識がそれへの対処に向いた瞬間を見計らい、全員殺す。

 

 ──そう、それでいい。それでいいのだ。

 

 自分は一から十までの全てを同時にこなせるわけでない。

 一を終えれば二に、二を終えれば三に、一つ一つ確実にこなしていくしかできない不器用な男なのだ。

 少なくとも彼は自分のことをそう思っているのだが、極論言えば彼はそれを極めていると言っても過言ではない。

 一つずつしかできない変わりに、その一つをこなす速度をあげていく。

 常人なら一日をかけて行うことを、半日をかけずに終われるように、彼は常に全力で動き続けている。

 影の中を走り抜け、櫓に印をつけ、すぐに駆け出して次の櫓に。

 それを櫓の数──つまり合計四度繰り返すためには、文字通り野営地内を縦横無尽に駆け回るほかにない。

 馬もなく、持久力はともかく瞬間的な速度も他の種族に劣る只人の身でありながら、全てをこなすのに十分足らず。

 最後の櫓にバツ印を着けた彼は無言で頷いて印を指で撫でると、次の目的地に向けて走り出す。

 幸いなことにまだ気づかれてはいないが、今から派手なことをするのだ、まず間違いなく気づかれる。

 

 ──だが、問題ない。

 

 野営地に駐留中の兵士はあらかたマーキングを済ませ、蚕人たちの位置もだいたい把握した。

 騒ぎを起こし、蚕人らを救出しつつ門を開け、蜥蜴人を中に入れる。

 それらを同時進行というのは、どこかでぼろを出しそうで恐ろしいものがあるが、やらねばならぬ時もある。

 そんな思慮をしている内にたどり着いたのは、野営地中央広場。

 戦果を自慢するように蚕人を磔にする柱の先端に一跳びで乗った彼は、片手で印を組みながら真に力ある言葉を口にする。

 

「《サジタ()》」

 

 紡がれた真に力ある言葉により彼の頭上に超自然の力が集まり、辺りを照らしていく。

 辺りから兵士たちの警戒を促す声や、ここに駆け付けるために揺れる金属音が聞こえてくるが、彼は構うことなく更に詠唱。

 

「《ケルタ(必中)》」

 

 兵士たちが柱の上に仁王立ちする敵の姿を認め、各々が武器を構えて彼を包囲していく中、櫓の方からはバリスタが台座ごと回転し、こちらを狙う音が聞こえてくる。

 そして砲撃手が引き金を引こうとした瞬間、銀髪の青年は静に最後の一節を口にした。

 

「《ラディウス(射出)》!!」

 

 その直後、彼の頭上に集まった超自然の力が爆発し、四本の矢となって先ほど着けた印に向けて放たれた。

 魔術の基礎にして真髄──『力矢(マジックアロー)』は、本来なら威力は低いが必ず当たるという特性を持つ。

 だが幼少の頃から鍛えられ、下手な魔術師よりも魔術に通じている銀髪の青年のそれは、威力も他の魔術師の比ではない。

 本来なら上手く当てても人体を貫通する程度の威力しかないそれも、簡単な櫓を崩すだけなら造作ない。

 青い軌跡のみを残す不可視の矢は寸分狂わず櫓の根元に突き刺さり、盛大な破砕音をあげて根元から櫓を打ち壊した。

 もちろん上に乗っていたバリスタも、砲撃手と観測手もその崩壊に巻き込まれ、使い物にならなくなる。

 文字通り守備の要を失った兵士たちは驚愕と困惑の声をあげるが、それでもと武器を構えて銀髪の青年を見上げた。

 当の彼はゆっくりと暗剣を鞘から引き抜き、兵士たちに見せつけるように高々と掲げながら、再び片手で印を組んだ。

 

「《ルーメン()……オリエンス(発生)……セクィトゥル(従属)》!」

 

 そして紡がれる三節の真に力ある言葉(トゥルーワード)

 直後、暗剣を超自然の光が包み込み、弾けた。

 昼間の太陽の如き光が夜の野営地と、彼を見上げていた兵士たちの視界を白く塗り潰した。

 あちこちからあがる悲鳴を他所に、銀髪の青年は今しがた浸かった魔術──『光明(ライト)』の効果を確かめながら、不敵に笑んだ。

 直後虚空に向けて一歩前に踏み出し、柱から落下。

 不運にも足元にいた兵士を緩衝材に落下の痛痒(ダメージ)を無くしつつ、念のためと押し潰した相手の顔面を踏み砕く。

 足の裏に感じる頭蓋と脳髄を踏み砕く気色の悪い感覚に僅かに目を細めるが、すぐさまそれを振り切って背に回していた円盾を左腕に括りつけた。

 そして始まるのは、まさに蹂躙だった。

『光明』の術により視界を潰され、まともに抵抗もできない兵士たちを一人ずつ確実に首を掻き斬り、円盾の顔面への殴打で砕く。

 そのまま兵士たちを蹴散らしながら向かうは、野営地の正面の門だ。

 加速の勢いを乗せ、渾身の力を込め、放つは母直伝の蹴り一閃。

 地に影を落とさず、残像さえも残さず、相手に蹴られたという感覚さえも与えず、一撃で絶命させる一撃。

 それを相手は兵士ではないどころか、生物でもない門に向けて放つというのは、母が聞けば笑うかもしれないが、技とは一重に何かを壊すものだ。

 そこに生物も非生物も関係はあるまい。

 

「イィィィィヤッ!!!」

 

 母譲りの怪鳥音を響かせながら、彼は固く閉ざされた門を蹴り着けた。

 直後、辺りの木々が揺れるほどの衝撃が森を駆け抜け、ただの蹴りでもって大人数人がかりであげる筈の門を破壊した。

 その拍子に飛び散った木材の破片が頬を掠め、一筋の赤い筋が刻まれるが、彼はそれを乱暴に拭って口笛を吹いた。

 夜の森に響く甲高い音は異質で、嫌に目立つ訳だが今回はそれでいい。

 

「貴様、そこを動くな……っ!」

 

 ようやく視界が回復した兵士たちがばたばたと慌ただしい足音と共に銀髪の青年を囲むが、彼は振り向き様に不敵な笑みを兵士たちに向けた。

 

「ああ、動かないとも。俺はな(・・・)

 

 そして挑発するように両腕を広げると、彼の頭上を異形の影が飛び越え、兵士たちに踊りかかった。

 

「おお、大いなる父祖よ!我が戦働きをご照覧あれ!!」

 

 赤い鱗の蜥蜴人は蜥蜴人特有の祝詞と共に、まずは手近な兵士を鎧ごとその鋭い爪で切り裂き、振るった尾で身体を打ち据える。

 ただの尾の一撃と侮るなかれ、容易く鎧をへこませ、生身であれば身体が千切れるそれを受けて、一介の兵士が無事である筈がない。

 

「まず二人!まだまだ行くぞ、おい!!」

 

 そして、蜥蜴人の攻撃というのはそれに止まらない。

 爪、爪、牙、尾の四連撃こそ、蜥蜴人の一呼吸(ワンターン)行動(アクション)に他ならないのだ。

 故に、爪、尾と使った彼が続けて放つのは、更なる爪の一閃とその(あぎと)による一撃だ。

 鎧を容易く切り裂く一閃が兵士を穿ち、岩をも噛み砕く牙は兜諸とも兵士の頭を噛み千切る。

 途端、口内を包み込んだ鉄の味と、肉を噛む心地よい感触に目を剥いた彼は、右拳を握ったかと思うと鱗を押し上げる筋肉を肥大化させ、渾身の右ストレート。

 パン!と風船が弾ける音がしたかと思えば、それを真正面から受けた兵士の身体が風船のように弾け跳んだ。

 辺りに飛び散った臓物と骨の破片を踏み締めながら、赤い鱗の蜥蜴人はぺっ!と先ほど咀嚼した脳の欠片を吐き出した。

 

「次はどいつだ……!」

 

 そして久しぶりの血肉の味と、それが転じた戦への興奮に表情を歪ませ、嬉々と牙を剥いた赤い鱗の蜥蜴人は兵士らを睨み付けた。

 

「ひっ……」

 

 瞬く間に五人の仲間を肉塊にされ、そして次は自分だと錯覚した兵士の一人が上擦った悲鳴を漏らし、思わず半歩下がってしまった。

 そんな彼を誰も責めることはできず、むしろどうにか間合いを開けようと他の兵士らも下がり始めるが、彼らは失念していた。

 

 ──そう、相手は蜥蜴人だけではないのだ。

 

「無視は困るんだが……」

 

『っ!?』

 

 その声が聞こえたのは、彼らの背後。

 弾かれるように振り向いた兵士らの視線の先にいたのは、先ほどまで蜥蜴人の後ろにいた筈の銀髪の青年だった。

 頭巾の下で困り顔を浮かべた彼は「馬鹿ばかりだな」と兵士らを嘲るような声音でそう告げて、勢いよく彼らの背後を指差した。

 慌てて正面に向き直った彼らだが、その直後に後悔することとなった。

 

「無視は困るのは、俺の方なんだがな……!」

 

 そこには戦闘中に無視される──しかも、己以外の人物に注目したため──という、戦場における最大の侮辱とも言えるそれをされた憤怒の表情を浮かべる蜥蜴人の姿があった。

「あ……」と諦めにも似た声を漏らしたのは、果たしてどの兵士だろうか。

 前には蜥蜴人。後ろには只人の戦士。

 どちらも自分たちが束になっても勝てる相手ではなく、活路はどちらにもない。

 

「さあ、来い。相手してやるぞ」

 

「せめて楽に逝かせてやる。来るなら来い」

 

 そして、二人の態度からして投降も許されないだろう。

 兵士たちは顔を見合わせ策を練るが、今考えられるのは誰かを犠牲にしてその隙に誰かを逃がすという、最悪な手のみ。

 ならば誰がという話になるのだが、誰も死にたくはないし、できるのなら生きて明日を迎えたいのだ。

 幸いにも櫓を壊された音や、門を破る音は、野営地の外に出ていた近衛騎士と、彼女直属の騎士たちにも聞こえた筈。

 彼らが戻るまで粘れば、自分たちの──。

 

「来ないならこちらから行くぞ。合わせろ、冒険者!」

 

「任せろ。一撃一殺(ワンターン・ワンキル)……!」

 

 そんな彼らを嘲笑うかのように、赤い鱗の蜥蜴人と銀髪の青年の方から仕掛けた。

 不意討ち気味に始まったそれを兵士らがどうにかできる訳もなく、一人、また一人と屍に変えられていく。

 静かな森に余多の悲鳴が木霊し、それが起こる度に一つの命が世界から消えていく。

 そして最後の一人が蜥蜴人の爪で頭を穿たれ、悲鳴もなくその命を落とすと、強烈な鉄の臭いと血の温もりだけが、野営地の門の周辺にこびりつく。

 

「よし。これで一歩、竜に近づいたな」

 

「眠れ、安らかに」

 

 赤い鱗の蜥蜴人は爪や尾に血払いくれて勝利の余韻に浸る中、銀髪の青年は静かに祈りの言葉を口にした。

 ここの兵士らがやった諸行は許されないが、善人も悪人も、死んでしまえば等しく死人だ。

 天上に戻った魂が、いずれ廻って再び命を宿すというのなら、せめて一時の安らぎを。

 

「蚕人を探すか。この騒ぎでも出てこねぇって、どんだけ臆病なんだよ」

 

 そんな銀髪の青年の脇を通り抜けた赤い鱗の蜥蜴人が不満そうに言うが、銀髪の青年は「そう言うな」と彼の肩を叩いた。

 

「誰もがお前のように強くはない。むしろ弱い奴の方が多い筈だ」

 

「そうかもしれんが、弱者なら弱者なりに吼えてもらいたかったね」

 

 銀髪の青年の言葉に赤い鱗の蜥蜴人は彼なりの矜持を口にし、ぎょろりと回した目玉を銀髪の青年に向けた。

 当の彼は僅かに非難するような視線を向けており、赤い鱗の蜥蜴人の言葉を理解しかねる様子だ。

 冒険者がなら、確かにどんな状況になろうとも挑む気骨は大切ではあるが、ここに住む蚕人らは冒険者どころか、おそらく剣を握ったことさえないだろう。

 そんな彼らに戦って欲しかったなどと思うのは、少々残酷ではあるまいか。

 

「ま、理解はできんだろ。俺とお前じゃ、根本が違いすぎる」

 

「只人と蜥蜴人だ。そこは弁えているとも」

 

 赤い鱗の蜥蜴人のどこか諦観めいた表情と共に告げられた言葉に、銀髪の青年は僅かに俯きながらそう返した。

 自分は只人、彼は蜥蜴人。文化が根元から──蜥蜴人から言わせれば進化の系譜からして──違うのだ、理解しあえない事柄もあろう。

 

「だが、やるべきことはお互いに決まっているだろう?」

 

 それでも銀髪の青年は赤い鱗の蜥蜴人の腕を叩き、本来の目的である蚕人らの元を目指して歩き出す。

 

「そうだな。その通りだろうよ」

 

 彼の背を見つめた赤い鱗の蜥蜴人はそう呟き、今一度鼻から空気を取り込み、久しぶりの血の香りで肺を満たした。

 敵を蹂躙し戦に勝ち、自分はいまだここに立っている。

 ならば目指すは次なる戦。いずれ竜に至るか、あるいは屍となるその日まで、進み続けるのみだ。

 

 

 




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