SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory15 炎の向こうに

 蚕人の集落解放作戦から幾日か。

 無事だった蚕人らを連れての帰還という、難題を終えて本拠地へと帰還した銀髪の青年は、久しぶりにも思える休養の時を迎えていた。

 次の目的である獣人らは軍に取り押されられているわけでもなく、単に同盟が組めていないだけの状態だ。先の作戦と同時に使者を送ったと言うし、話し合いだけで済むのなら彼の出番はない。

 それ故か、この国に来てからまともに休めていなかった銀髪の青年は、自身に充てがわれた石造りの一階建てのあばら家の屋上に寝転び、本拠地を覆う岩の天井の隙間から差し込む陽射しを浴びていた。

 

「くぁ〜」

 

 自分以外に誰もいないからと大口を開けて間の抜けた欠伸を漏らし、滲んだ涙を乱暴に拭う。

 家を充てがわれたはいいものの、ここに泊まる機会もあまりなく、愛着と言えるものもないのだが、こうしてくつろぐ分には問題はあるまい。

 

「──?」

 

「……?」

 

「──ッ!──っ!!」

 

「……ッ!!」

 

 辺りから、おそらく自分に向けられた嫌味の声がなければ、尚良しなのだが。

 まあそれは仕方があるまい。自分は彼らにとっての怨敵である只人だ。その只人が、割と逼迫した状況にも関わらず呑気に寛いでいるのだ。嫌味の一つも言いたくもなるだろう。

 銀髪の青年はやれやれと言うように溜め息を漏らし、足を振り上げて勢いをつけてから一息で立ち上がった。

 彼がいきなり動いた為か、彼に嫌味を飛ばしていた亜人たちは一斉に警戒心を露わにするが、銀髪の青年はそんな彼らにひらひらと手を振ってやった。

 彼らからは敵意剥き出しで睨み返されるのだが、攻撃が飛んでこないのは反乱軍幹部らの言葉のおかげか。

 取りつく島もないと肩を竦めた銀髪の青年は、不意に視界の端に映った人物に気付き、僅かに目を見開いて驚きを露わにした。

 彼が滞在しているあばら家に続く通りの曲がり角に、見覚えのある白い人影が見えたのだ。

 

「あの、あのお方の住まいはどちらでしょう?」

 

「すまない。『あのお方』と言われてもわからないのだが……」

 

「ああ、申し訳ございません。銀色の髪をした、只人の冒険者様ですわ」

 

「……あいつか。あそこにいるぞ」

 

 彼の視線の先には先日の一件から何かと面倒を見ようとしてくる蚕人の女王が、何かが入った籠を片手に通りすがりの森人に何かを聞いているのだ。

 森人は露骨に嫌そうな顔になりつつ、彼女がここにくる経緯──彼女の一族にとって、銀髪の青年が英雄扱いである──を事前に聞いていたからか、彼女が求めている情報を包み隠さず教え、ついでと言わんばかりに銀髪の青年の方を指差した。

 指を刺された青年が手を振ってやれば、蚕人の女王の表情がパッと明るくなり、彼女の感情を反映してか、触覚もピンと伸びた。

 そして道を教えてくれた森人に礼を言うと、駆け足であばら家に向かってくる。

 だが視力が弱いからかその足取りはどこか危なっかしく、銀髪の青年は苦笑混じりに頭を掻くと屋上から飛び降りた。

 音もなく着地を決めた彼が蚕人の女王へと歩み寄れば、彼女は嬉しそうに白い瞳を輝かせると、空の目の前でゆっくり停止。

 そして恭しく頭を下げると、「お待たせしました」と何故か申し訳なさそうな声音で告げた。

 

「……?別に呼んだ記憶も、待たされた記憶もないんだが」

 

 そんな彼女の言葉に銀髪の青年は首を傾げてそう言うが、彼女は首を横に振って神妙な面持ちで言う。

 

「いいえ。一族の皆が落ち着くまでとはいえ、貴方の側にいられませんでした」

 

「いや。そっちの都合を優先してくれていいんだが……」

 

「そうはいきません。私は貴方の、その──」

 

 ごにょごにょと肝心な部分はだいぶ濁し、白い顔をさながらトマトのように赤面させてしまうのだが、銀髪の青年は深く切り込む事をしない。

 彼は相手が言おうとしない事を無理やり聞き出し、結果関係が悪化して後に大惨事(ファンブル)を招くなら、この微妙な距離感で過ごすのも仕方がない。

 そして彼女がそれを口に出来るほどこちらを信用するか、あるいは吹っ切れてくれるまでは、じっと耐えるのが正解だろう。

 少なくとも父ならそうするし、自分もそうやって冒険者としてそれなりに大成したのだ。とりあえず間違いはあるまい。

 

「それで、その籠はなんだ?」

 

 そして話は終わりだと言わんばかりに籠を見ながら問いかけると、蚕人の女王はそれを差し出しながら神妙な表情を崩して微笑んだ。

 

「はい!朝食を持ってきました!」

 

 先程までの照れていた様子はどこにやったのか、途端に元気になりながらそう言うと、籠の蓋を開けて中身を彼に見せた。

 野菜が挟まったサンドイッチ数個と、林檎がいくつか。狙ったのか定かではないが、彼の好物があるのはいい。

 

「助かる。そろそろ用意しようと思っていた所だ」

 

「それなら良かったのです」

 

 銀髪の青年が笑みを浮かべて礼を言うと蚕人の女王もまた嬉しそうに笑い、そのまま彼に籠を渡そうとするのだが、その直後にくぅと気の抜けた音がどこからか二人の耳に届いた。

 

「「……」」

 

 突然の異音に銀髪の青年は驚いたように目をまん丸く見開くが、蚕人の女王は再び顔を真っ赤にさせて恥いるように顔を俯けた。

 額から伸びる触覚が途端に萎えていくが、再びくぅと気の抜けた音が──彼女の腹の虫の音が鼓膜を揺らす。

 

「一緒に食べるか。パンくらいならすぐに出せるぞ」

 

「……はい。その、ご同伴させていただきます」

 

 苦笑混じりに投げられた彼の提案に、蚕人の女王が恥ずかしさ半分嬉しさ半分の複雑な表情で応じると、彼は彼女の手を取って「こっちだ」と先導してあばら家に入っていく。

 彼の手の温もりと力強さに蚕人の女王は心地良さそうに笑うと、そっと彼の手を握り返した。

 彼に比べればだいぶ非力で、小さく、頼りのない手ではあるけれど。

 彼が優しく握り返してくれた事が、蚕人の女王に細やかな幸せを与えるのには十分なことだった。

 

 

 

 

 

 それなら数十分。二人がのんびりとした朝食を終え、蚕人の女王がその片付けに勤しんでいると、不意に玄関が叩かれた。

 玄関の木材が軋む音と、今にも壊れそうな留め具の揺れる頼りのない音が聞こえるが、もう慣れたものだと割り切った銀髪の青年は気にしない。

 皿洗いをして手が離せない蚕人の女王にはそのまま作業をしてもらうように指示を飛ばし、念のため口元を拭ってから席を立つ。

 だが中の様子を知り由もない来客は乱暴にドンドンと玄関を叩き続け、このまま放置すれば蹴破ってきそうなほど。

 

「今開ける」

 

 それでは敵わんと溜め息を吐いた銀髪の青年が返事をすると、ようやく玄関を叩く手が止まり、「すまない、緊急事態だ!」と切羽詰まった声が発せられた。

 凛としているが、どこか幼さを感じる声音。それで訪問者はだいたいわかったが、緊急事態というのは聞き捨てならない。

 銀髪の青年は緩んでいた表情を一瞬で引き締めると、すぐに玄関を開けた。

 その直後に視界に飛び込んできたのは、声の主の切羽詰まった表情──ではなく、布に包まれた彼の得物である薙刀の刃だった。

 銀髪の青年は思わぬ物の登場に驚くがすぐに視線を足下に向け、身長が自分の腹ほどしかない人物──金髪の圃人を見下ろした。

 

「それで何があった」

 

 緊急事態だからと何の前振りなく本題に入ると、金髪の圃人は血のように紅い瞳を細めた。

 余程のことがあったのだろう。普段の落ち着き払った様子が崩れ、かなり焦っているのが付き合いの短い銀髪の青年ですらわかる。

 とりあえず立ち話も何だと居間に通し、先程まで食事に使っていた卓に向かい合う形で腰を降ろすと、金髪の圃人がすぐに話題に入った。

 

「前に獣人の集落に使者を送ったという話をしたのは、覚えてるな?」

 

「ああ。おかけでしばらく休めると思ったんだが、それは返上か?」

 

 彼の問いかけに銀髪の青年は間髪入れずに応じると、わざとらしく肩を竦めておちゃらけた様子で問い返した。

 緊張し過ぎている相手に力を抜かせる。緊張したままで最大限の能力を発揮できないのは、只人だろうと圃人だろうと変わりはあるまい。

 そんな彼の気遣いを知ったか知らずか、金髪の圃人は「すまない、また君に動いてもらう」と謝罪混じりに次の指示を出した。

 

「気にするな。冒険者は依頼を受けてなんぼだ」

 

 冒険者の相手に慣れていない金髪の圃人の態度を解してやろうと、銀髪の青年は不敵に笑みながらグッとサムズアップして応じた。

 この国では周知されていない冒険者とて、言い方を変えれば傭兵や便利屋のようなもの。依頼があり、報酬の用意があるのなら、全力を尽くすのは当然のこと。

 彼の返答に「ありがとう」と感謝の言葉を投げた金髪の圃人は、早速本格的な説明を始めた。

 

「獣人の集落に送った使者が戻ってきたんだが、詳細を省けば『集落の辺りから火の手が上がり、人の悲鳴や怒号を確認したので、報告の為に戻った』という事だ。まず間違いなく、軍に先を越されたと判断している」

 

「下手に助けに行かず、報告に戻ってきたのはいい判断だな。そいつが策もなく突っ込んで死んだら、俺たちは何が起きてるのかも知らずにいたし、万が一捕まっていたら、ここの場所が見つかっていた可能性もある」

 

 金髪の圃人の言葉に銀髪の青年は顎に手をやりながら返し、むぅと小さく唸った。

 獣人の集落への襲撃。ここ最近活発になった反乱軍に対し、今までの報復として獣人を狙ったのか、あるいは単なる偶然か。

 どちらにしても助けに向かうしかないのだが、前者だった場合はまず間違いなく罠だ。

 

「──罠なら踏み潰すだけだな」

 

 だが、それが何だと言わんばかりに彼は不敵に笑みながらそう言うと、「準備する。ちょっと待て」と返して踵を返した。

 そのまま足速に装備を置いてある寝室に向かい、ガチャガチャと金属音が聞こえてくる。

 二人の話の邪魔をしないように黙々と皿洗いをしていた蚕人の女王は、それが終わると共に彼の手伝いをしようと寝室に向かおうとするが、

 

「すまない、待たせた」

 

 それよりも早く、鎧を着込んだ銀髪の青年が居間に戻ってくると、彼女は心底残念そうに肩を落とした。

 愛する人の出陣の手伝いもできぬとは、亡き母に見られたら何と言うか。……とりあえずあれこれと小言を言われるのは間違いあるまい。

 そんな見るからに落ち込んでいる彼女に気付いた銀髪の青年は、苦笑しながら彼女の白い髪をそっと撫でた。

 

「留守を頼む。すぐに帰るさ」

 

「っ!はい、お任せください……っ!」

 

 そして告げられた彼からの信頼の言葉とも取れる一言に、蚕人の女王は胸の前でぐっと拳を握ってやる気十分と言った様子で応じると、銀髪の青年は「任せた」と微笑みながら彼女の肩を叩いた。

 そのまま彼女の脇を抜け、足音一つなくあばら家を後に。

 

「──ご武運をお祈りいたします」

 

 そんな彼の背中に恭しく礼をしながら蚕人の女王が祈りの言葉を投げかけるが、不意に銀髪の青年は立ち止まり、肩越しに振り向いてどこか申し訳なさそうに、けれど自信に溢れた笑みを浮かべた。

 

「祈ってくれるのは嬉しいが、我が家の家訓は『運は自分で掴むもの』なんでな。勝ち負けよりも、早く帰って来るように祈っておいてくれ」

 

 手をひらひらと振りながら正面に向き直り、馬屋を目指して駆け出してしまう。

 そんな彼に金髪の圃人がすぐに追いかけていけば、取り残されるのは蚕人の女王のみ。

 彼女は先程の彼の言葉を受け止めつつ、それでもと胸の前で両手を組んだ。

 彼はああ言っていたが、やはりと言うべきかやっておかねばこちらとしても不安になるというもの。

 

「どうか、無事の帰還を」

 

 

 

 

 

「それで、作戦は」

 

 一足先に馬屋に辿り着き、この国に来てからというもの世話になりっぱなしの馬に跨った銀髪の青年は、追い付いてきた金髪の圃人にそう問うた。

 

「君の前に先遣隊を送ってある。今から出ればすぐに合流出来るはずだから、彼らと事態の収拾を図ってくれ」

 

「了解。あいつにはすぐに戻ると言ったからな、手早くやるさ」

 

 彼からの指示に銀髪の青年は応じ、まだかまだかと勇む馬を手綱を操ってどうにか宥める。

 動物の相手は苦手だと胸の内で舌打ちを漏らし、そう言えばと金髪の圃人に問いかけた。

 

「で、その先遣隊の隊員は?まあ、森人が中心なのは何となくわかるが」

 

「その通りだよ。正確に言うなら、報告を受けた彼女が飛び出して行ってしまったんだけど……」

 

「彼女?」

 

 彼が苦笑混じりに口にした言葉に銀髪の青年は首を傾げるが、ふと視界の端で森人らに囲まれる小さな人影──半森人の少女が不安そうに泣いている事に気付く。

 それだけで誰がいの一番に出発したのかは、説明を受けるまでもない。

 

「仮にも森人の王族だろうが。止めなかったのか」

 

「彼女がそのくらいで止まるなら、俺たちは出会っていないよ」

 

 銀髪の青年が思わず漏らした悪態に、金髪の圃人はどこか困った様子で返すと、銀髪の青年は確かにと頷いた。

 話を聞いた限りでは、あの半森人の少女を助ける為に独断で動く程の人物だし、何なら前回の蚕人の集落解放作戦に参加しようとした程だ。言ってしまえば、行動力が他の比ではない。

 そんな彼女が亜人の危機に動かない道理はないだろう。

 銀髪の青年は「全員、無事に連れ戻すさ」と言うと、金髪の圃人は「そうでないと困る」と神妙な面持ちで返した。

 

「獣人の協力がなければ、鳥人との友好関係が築くのが難しくなる。彼らの、特に頭目の救出は絶対条件だ」

 

 次の一手を見据えたが故に、今回の不意打ちとも取れる敵の攻勢が毒のようにじわじわとこちらの余力を削ってくる。

 それでも動かねばならない状況で、けれど大規模な戦力を動かす訳にはいかない。

 だからこそ少数先鋭──六人で世界を救った英雄のような、冒険者こそが必要なのだ。

 

「──獣人の救出と、先遣隊の援護だな。依頼了解。ついでに狙えそうなら襲撃者も殲滅する。行ってくるぞ」

 

 そして依頼の内容を確かめるように繰り返すと頭巾を被り、拠点の出口に目を向けた。

 もう何度も潜った洞穴ではあるが、これを潜る度にロクな事が起きないのだ。気を引き締めなければいけない。

 

「任せたぞ、冒険者!」

 

 僅かな緩んでいた表情が途端に引き締まり、手綱を握り直した瞬間、金髪の圃人が馬の尻を叩いた。

 直後馬は前足を持ち上げて力強くいななくと、前足が着地したと同時に全速力で駆け出した。

 蹄が地を蹴る音を聞きながら、銀髪の青年は金髪の圃人に恨み言の一つでも言おうとするが、流石は軍馬の全力疾走。既に彼の姿は遠くの影になってしまっている。

 

くそったれが(ガイギャクス)!!」

 

 だからという訳ではないが、彼は誰に言うわけでもなく悪態をつくと、その声が洞窟の中を反響して奇妙な音へと変わる。

 その音を置き去りにして、銀髪の青年は反乱軍本拠地を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 それから走りやすい街道をほぼ一日中走り通した頃。

 件の獣人の集落はすぐに見つける事ができた。

 広い草原の真ん中から、火の手があがっているのだ。嫌でも見つけられる。

 風向きのせいかまだ遠い丘の上でも生物の焼ける嫌な臭いが鼻につき、吸い込む空気が気持ち悪い。

 火責めや漁の事を考慮してか、大きな川の岸に面する場所に置かれていたのであろうそれも、油を撒かれたのか川の水面にも火が広がり、今でも燃え続けている。

 火を嫌って近づこうとしない馬から降りた銀髪の青年は口元を布で覆って簡易的なマスクにするとそこに駆け込み、無惨に焼け落ちた正門の跡らしき場所を超えて集落の中へ。

 

「……っ」

 

 それと同時に視界に飛び込んできた惨状に目を見開き、目を伏せた。

 逃げようとした所を切られたのか。背中に大きな切り傷がある遺体。

 子供を庇ったのか、その子供ごと槍で貫かれた遺体。

 見せしめのように身体を串刺しにされ、そのまま放置されている遺体。

 生きたまま四肢をバラバラにされたのか、表情を痛みと恐怖に染めた遺体。

 毛皮を剥がれ、筋肉や血管、骨を剥き出しにされた遺体。

 どこを見てもそこには遺体が転がり、その全てが獣人のもの。只人の兵士や近衛騎士と思われる遺体はどこにもない。

 

「……」

 

 その光景を無感動に見つめた銀髪の青年は一気に冷静に意識を集中させ、タカの眼を発動。

 本来なら味方を、この状況から生存者を示す青い人影はどこにもなく、あるのは嬉々として集落に火を放ち、獣人らを虐殺していく兵士らの幻影ばかり。

 それを見るたびに蒼い瞳に殺意を宿し、同じ只人として罪悪感を覚えながら、せめてもの償いとして獣人らの遺体の見開かれた瞳を優しく閉ざしていく。

 

「……」

 

 だが祈りの言葉が口にできない。彼らに安らかな眠りを与えるには、祈るのではなく彼らの無念を果たしてやらねば。

 同じ只人として、そして反乱軍所属の冒険者として、やらねばならぬ事がある。

 一人一人の目を閉ざしていく中、彼の覚悟はより強固な物へと変わり、瞳に宿る絶殺の意志が研ぎ澄まされていく。

 そして正門の反対側、おそらく襲撃開始地点と思われる場所にたどり着いた彼は、タカの眼を解除すると共にその場にしゃがみ、辺りに撒き散らされた木片を摘み上げた。

 火の秘薬を詰めた樽でも使ったのか、その周辺だけは焼け落ちたというよりは吹き飛ばされたとも言える状態になり、事実その周囲の遺体は特に損傷が酷い。

 頭がないものや、手足のいずれかが欠損したものが大半で、おそらく即死したものがほとんどだろう。

 そして、そんな爆心地とも言えるここからどこかに向かう馬車の車輪の跡と、多数の馬の足跡があるとすれば、先遣隊もこの痕跡に気づいて追跡に出ていったのだろう。

 だが気になるのは、只人のそれとは違う形をした大量の足跡もまた、その馬車の痕跡に向けて残されているのだ。

 その正体を確かめるようにタカの眼を発動すると、やはりかと顎に手を当てて低く唸った。

 鎖に繋がれた獣人らが、馬車に押し込まれていく幻影と、馬車に乗った森人らがその後を追いかけていく幻影が、続けて視界に投影された。

 まだ生存者がいるという確証がほんの僅かに彼の肩を軽くさせ、瞳に覇気を取り戻させるが、宿す殺意に変化はない。

 生存者がいるということは、おそらく彼らも凄惨な拷問を受けている可能性がある。まず間違いなく、この襲撃の指揮をとった相手はまともではない。

 確かな手であるとは言えど、祈る者(プレイヤー)の集落に火を放つなど、残虐な祈らぬ者(ノンプレイヤー)でも早々やることはない。

 それこそゴブリン畜生のような、知性の欠片もない連中がやるのならともかく、今回の犯人は自分と同じ只人だ。

 彼は血が滲む程に拳を握りながら、馬を回収しようと踵を返して走り出す。

 ともかく今は先遣隊と合流しなければならない。彼女ら森人なら、まず間違いなく相手を見失うことはないだろう。斥候、野伏の技能において、彼ら種族に勝てる者は数少ない。

 彼女らに追いつければ状況がより鮮明化し、やるべき事がわかりやすくなる。

 急いては事をし損じる。万全の準備をしてから勝負に挑むのは、冒険者の基本中の基本。

 やる気があっても準備を怠っては意味はない。師からも耳にタコができるほど言われている。

 だからまず、味方を探すのだ。情報は武器であり、時には剣以上に心強いものになる。

 馬の元に戻った彼は勢いのままに跨ると、「ハッ!」と勢いよく声を出して馬の腹を蹴った。

 馬は威勢よくいななくと再び駆け出し、集落を大きく迂回して件の馬車の痕跡と、それを追う先遣隊の痕跡の後を追う。

 そして残るのは集落が燃える音と、炎と煙に巻かれていく獣人らの遺体のみ。

 彼らの遺体は炎が消えれば辺りを住処にする獣たちの餌となり、彼らの糧となるのだろうが、彼らの無念が消えることはないだろう。

 彼らの痛みの代弁者、報復者として、銀髪の青年は野原を駆ける。

 天高く舞う一羽の鷲が、どこか不安そうに彼の事を見下ろしていた。

 

 

 

 




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