仕事忙しいし、休日はエルデンリングに時間盗まれるし、これ以上の作品並走はスケジュール管理的に無理そうだし、けど書きたいしでヤバい。
獣人の集落から、国軍と反乱軍の痕跡を追うこと十数分。
「派手にやったものだな」
銀髪の青年は目の前の惨状を馬上から見下ろしながら、神妙な面持ちでそう呟いた。
横転した馬車や、それを引いていたであろう馬には大量の矢が突き刺さり、その周りには矢で射抜かれた兵士たちの死体や、ぶちまけられたまま放置されている物資が大量に転がっている。
彼はタカの眼で辺りを見渡し、他の痕跡を探りながら不意に馬の死体に突き刺さった矢を引き抜いた。
鉄の類いが一切使われていない。木の枝を矢として、芽と葉がそのまま鏃と矢羽になっている、森人らが使う──正確には彼らにしか扱えないもの。
つまり襲撃犯は森人でほぼ確定であり、周りに彼らの遺体がないということは襲撃が成功した事を意味している。
──なら、いいんだが。
銀髪の青年は顎にてをやりながら神妙な面持ちとなり、ざっとではあるが使われた矢の本数を確認。
おおよほ三十本。倒れている兵士は十人足らず、馬は数頭。少々無駄撃ちしすぎなようにも思えるが、彼らとて必死だったのだから何も言うまい。
だが、それらを回収せずに追撃に動いたのはいただけない。
見た限り獣人らを乗せているであろう荷馬車は見当たらず、彼らの遺体があるというわけでもない。おそらく本命であるそれを逃した為、すぐさま追撃をかけたのだろう。
「……急ぐか」
はぁと溜め息を吐いた銀髪の青年は馬の鬣を撫でると、「もう一踏ん張りだ」と告げてパンパンと軽く首を叩いてやった。
馬は不満そうに唸り、興奮した様子で尾を振るが、すぐに意を汲んで地面を蹴って走り出してくれる。
血を吸って湿り気を帯びた地面を蹴り上げ、蹄の跡を刻みながらの全力疾走。
街道に点々と続く兵士らの死体を目印に突き進み、一刻も早い合流を目指す。
風に乗った戦闘の音が、微かに青年の耳に届いていた。
「何をしておる!もっと飛ばさぬか!!」
格子状の荷車に獣人を満載に詰め込んだ馬車の御者台で喚き散らすのは、奴隷商人の一人にして近衛騎士が一角『皮剥ぎ』と渾名された中年の男であった。
騎士らしからな贅肉の多い身体を上等な貴族服で包んではいるものの、肝心のサイズが合っていないのは留め具やボタンが今にも弾け飛びそうになっており、身体を動かす度に悲鳴を上げている。
顔に滝のような汗を垂らし、緊張でガチガチと歯を鳴らし呼吸を荒げる『皮剥ぎ』の隣、手綱を握っている彼の私兵は切羽詰まった声音で言う。
「これ以上は無理ですっ!荷が重過ぎます!」
「ぐぬぅ〜!!森人風情が、我らの邪魔をするなど……っ」
私兵の言葉に『皮剥ぎ』は苦虫を噛み潰したような表情になると、慌てて振り向いて追跡者たちを睨んだ。
憤怒の表情で馬を操り、少しずつだが確実に距離を詰めてくる森人たち。
起用にも馬上で弓を構え、矢継ぎ早に矢を放ってくる。
その矢は護衛の私兵や馬を射抜き、こちらの戦力を削ってからのだから堪らない。
私兵一人を雇うのにも金はかかるし、死んだら死んだでその処理の為にも金がかかる。
「奴がいれば、こんな事には……!」
獣人の集落襲撃に際して雇った先鋭を、帰りの分の報酬をケチったのがこんな結果になろうとは。
と言うより、終わったら転移の巻物で即時帰宅するとは誰が思うだろうか。
まあ、多忙な彼に無理を言って付いてきてもらっていたのだから、ここで愚痴を言っても仕方があるまい。今ある手でどうにかするしかないのだ。
「命あっての物種か、畜生!」
『皮剥ぎ』チッと大きく舌打ちを漏らすと、傍に置いていた
「ぎゃあ!?」
突然の激痛に悲鳴をあげた『皮剥ぎ』は悲鳴をあげてもんどりうち、御者台に倒れた。
右頬の肉が抉られ、歯茎と妙に並びのいい白い歯が剥き出しになり、痛みに血走った瞳がぎょろりと揺れる。
そんな彼の顔を目の当たりにした手綱を握る私兵は声にもならない悲鳴をあげると、隣を走っていた馬が後ろ足を射抜かれて転倒した。
吹き飛ばされる形で落馬した私兵は頭から地面に叩きつけられ、頸椎が折れる乾いた音が風に乗って耳に届く。
その音にハッとした御者台の私兵は手綱を握り直し、馬に鞭を打って無理矢理にでも加速させるが、やはりと言うべきか思うように速度があがらず、追手との距離は縮まらない。
迫り来る殺意に満ちた森人の迫力に気圧され、無意識の内に膝が震え、カチカチと歯を鳴らしてしまう。
顔からも生気が失せて青くなっていき、手綱を握る手からも力が抜けていく。
「ええい、何を恐れている!」
だがそんな彼に、他の誰でもない『皮剥ぎ』が喝を入れた。
懐から取り出した包帯で乱暴に右頬から右耳にかけてを覆い、きつく縛ってどうにか止血した『皮剥ぎ』は私兵から手綱を奪い取ると、心底残念そうに深い溜め息を吐いた。
「残念だが商売は失敗だな。荷を捨てて逃げるとするか」
王には何と言い訳するかと思慮しながら、『皮剥ぎ』は御者台で何もせずに座っている私兵に向けて告げた。
「何をしている。さっさと荷を落とせ」
「……っ!は、はい!」
凄まじいまでの痛みで逆に冷静さを取り戻した『皮剥ぎ』は冷たさすら感じる声音で指示をすると、私兵は慌てて御者台から荷車に飛び移り、獣人が満載の格子の前に出た。
同時に数多の殺意が彼に向けられるが、既に恐怖の底にいる彼にそれを気にする余裕はなく、格子の間からせめて腕を千切らんと伸ばされる爪を立てた手を躱しつつ、荷車と格子を繋ぐ鎖を一つずつ外していく。
そして最後の一つを外した私兵は途端に気が抜けたのか、ホッと安堵の息を吐いて御者台で馬を操る『皮剥ぎ』に向けて叫ぶ。
「よ、よし。外せましたっ!」
「なら戻ってこい。このまま馬に移るぞ」
私兵の言葉に『皮剥ぎ』は鋭い声音でそう返し、私兵もすぐに応じて御者台に戻ろうとするが、不意にその腕を掴まれた。
ぎょっと目を見開いた私兵は、恐る恐る何者かに掴まれた自分の腕に目を向けた。
自分を掴んでいるのは、毛に覆われた細い腕。だがその力強さは只人のそれの比ではなく、文字通り腕を千切らんばかりの力が込められていく。
「俺の家族を傷つけておいて、逃すと思うのかよ……っ!」
地の底から響くような絶対零度の殺意が込められた声に私兵が息を飲むと、その声の主──顔に大きな火傷のしたままの灰色の毛並みの狼の獣人が鋭い牙を剥き出しに唸り声を上げた。
ひっと喉の奥からか細い悲鳴を漏らした私兵を睨んだ
「ぎっ、ああああああああああああ!!!?」
腕が千切れた勢いのまま倒れた私兵は悲鳴をあげながら腕を押さえ悶える中、御者台の方からは「あ〜あ」と気の抜けた『皮剥ぎ』の声が聞こえてくる。
「手負いの獣が一番怖いってことだよな。まあ、俺は逃げるぞっと」
後ろの惨劇と私兵の悲鳴を他人事のように聞き流した彼は御者台から馬に飛び移ると、馬と御者台を繋ぐ縄を短剣で斬った。
「時間稼ぎ、よろしく」
もはや機械的とも言える淡々とした声音でそう告げて、おまけと言わんばかりに鏃に火をつけた
放たれたそれは狙い通りに御者台に突き刺さると、何か細工が施されていたのか瞬く間に火が燃え広がり、御者台と荷車を炎が包んでいく。
腕を千切られた私兵が炎に巻かれたのか悲鳴が聞こえなくなり、代わりに慌てふためく獣人らの声が聞こえてくる。
追手の森人たちも彼らの救出の為に攻撃の手を止め、『皮剥ぎ』は彼らの攻撃を耐え抜いた私兵たちを引き連れてその場を離れていく。
その背を睨む獣の眼光と、冷たく見下ろしてくる鷲の視線に、気付く事もなく。
「出番なしか。まあ、それに越したことはないが……」
生物と木材が焼ける臭いに眉を寄せながら、銀髪の青年は辺りを見渡した。
女上の森人は戦闘が終わってからやってきた増援に額を押さえて溜め息を漏らし、「遅かったな」と悪態を一つ。
「それはすまない。急いではいたんだが」
そんな彼女の言葉に謝罪の言葉を投げた銀髪の青年は馬から降りると、「こいつにも無理をさせた」と息を乱している馬を撫でてやった。
掌に感じる湿り気にかなり汗をかいている事もわかり、余計に罪悪感を感じてしまう。
たっぷり休まさねばと彼の頑張りをどうにか労う方法を考えつつ、森人らに治療されている獣人──正確に言えば狼人──たちに目を向けた。
全員が共通しているのは酷い火傷をしていることだが、その中には片目を潰されていたり、狼を思わせる尖った耳の片方が削がれていたりする者もいるなど、はっきり言えば負傷者しかいない。
──戦力になるにしても、時間がかかりそうだな……。
素早さや嗅覚など、只人と彼らの素の身体能力は比べるまでもない。
彼らの集落をそのまま戦力として取り込めれば、少なくとも頭数は揃える事もできただろうに、これではそれも叶うまい。
誰にも気付かれないように小さく溜め息を吐いた銀髪の青年は、保護できただけでもマシかと肩を竦めた。
それでも集落全体の人数と比較すれば少ない方であり、助けられなかった人数の方が多いだろう。
もっと早く動ければ、もっと早く同盟の話を伝えにいっていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
──まあ、俺が考えても仕方ないか。
自分はあくまで冒険者。依頼を受けてから動くのが基本であり、ある意味で事が起こらなければ対応できないという致命的な欠陥もある。
お人好しで、困っている人を見つければ反射的に動くあの両親でさえ、冒険者時代は
事が起こり、被害が報告され、報酬が約束されて始めて冒険者は動くのだ。自分の都合だけで好き勝手に動く訳にはいかない。
「俺に触んじゃねぇ!このくらい、怪我のうちにも入んねぇんだよ!!」
一人ボケっと突っ立っていた銀髪の青年の耳に、掠れながらも力強い声が届いた。
何事だと声の主の方に目を向けてみれば、そこには灰色の毛並みをした男の狼人──灰狼と、女上の森人が睨み合っていた。
二人の横には薬草を染み込ませでもしたのか、真緑に染まった包帯を持ってオロオロと困惑している森人がおり、彼女が包帯を巻こうとした所を怒鳴ったのだろう。
周りの狼人が一様に暗い表情のまま項垂れ、涙する者までいる中で、彼だけはまだ折れていないようだ。
そんな彼の態度から彼が族長かと断定した銀髪の青年は、嘆息混じりに彼に近づいていった。
「その怪我で無理はしない方がいい。病気になって死ぬぞ」
怪我とは恐ろしいものだ。適切な処置をしなければ傷口から肉が腐り、最悪その部位を落とさねばならなくなる。
実際、一介の冒険者だった頃に擦り傷だと強がった同期が次の季節になる頃には隻腕になっていた事だってあったのだ。怪我をなめてはいけない。
そんな過去の経験からくる警告を狼人に投げたのだが、肝心の彼からは「あ"?」と地の底から響いてくるような唸り声と、殺意に満ちた眼光を向けられた。
犬歯を剥き出しに隙を見せれば飛び付き、喉笛を噛みちぎらんと構えるその様は、さながら本物の狼のようだ。
「なんで只人がここにいやがんだ!テメェらのせいで、俺の家族が……っ!!」
バキバキと指の骨を鳴らし、鋭い爪を立てながら吼える彼に、銀髪の青年は敵意はないと伝えようと両手をあげた。
「まあ待て。味方だ」
「そんなん信じられっか!何者だ、テメェ!!」
そして単刀直入に告げられた、悪く言えば全くの説明不足の言葉で灰狼が銀髪の青年を信じる訳もなく、むしろ余計に警戒されてしまう始末。
銀髪の青年が失敗したかと内心で舌打ちを漏らすと、そんな二人の間に女上の森人が割って入った。
「彼は我々が雇った傭兵だ。信頼してくれていい」
「傭兵?はっ!亜人の傭兵ならまだしも、只人の傭兵なんざ信じられっか!」
「傭兵じゃない。冒険者だ」
彼女の言葉を灰狼は嘲笑い、銀髪の青年は訂正を求める。
それぞれの反応に額を押さえて溜め息を吐いた女上の森人は、少々面倒そうにしながらも灰狼に向けて言う。
「貴様が信じようと信じまいと、我々は彼を頼りにしている。少なくとも、彼の協力で五人の近衛騎士を討伐した」
「……っ!マジか」
彼女の言葉にようやく灰狼の態度が変わり、敵意剥き出しだった表情がどこか試すような色になり、改めて観察するように爪先から顔までをじっと見る。
顔に僅かな幼さを感じるが、夜を閉じ込めた蒼い瞳にはよく見れば星のように銀色の輝きが散っている。
革の上から鉄板や鎖帷子を縫い合わせた鎧は真新しいものの、所々には傷跡がある辺り、既に死戦を潜り抜けてきた証拠か。
灰狼はふぅんと感心したように声を漏らすと、毛と同色の灰色の瞳を銀髪の青年に向けた。
瞳の奥には敵意や殺意、疑いの感情が渦巻いているが、とりあえずは認めてくれているのだろうか、とりあえず襲いかかってくる様子はない。
それでも念のためと手を挙げたままなのは、一応のアピールのためだ。
「まあ、んなことはどうでもいい。俺は行くぞ」
ペッと血の混ざった痰を吐いた灰狼は、治療の途中にも関わらず踵を返してどこかに行こうとしてしまう。
「追撃か?なら、俺も同行する」
そんな彼を他の狼人や森人は止めようとするが、他の誰でもない銀髪の青年が同行するように進言した。
女上の森人は「おい」と二人を蔑むような視線を向けながら待ったをかけ、包帯を差し出しながら「治療が先だ」と灰狼に告げる。
「だから、そんなもんいらねぇんだよ!今はあいつらを追いかけんのが先だ!!」
だが灰狼はそれをすぐさま拒否すると、彼らを振り切らんとその場を駆け出してしまった。
只人や他の種族では不可能な、圧倒的なまでの俊敏さで街道を駆け抜けていき、『皮剥ぎ』の痕跡を辿ってどこかに行ってしまう。
「……流石狼人、速いな」
銀髪の青年はその速度に舌を巻き、困り顔で頰を掻いた。
あれを追いかけるのか?と小さくなっていく灰狼の背中を指差しながら女上の森人に問うと、彼女も額に手をやって溜め息を吐いた。
「追うしかあるまい。彼が目的の人物だ、死なれたら困る」
「ああ、くそ……っ!たまには簡単に終わる仕事がやりたいんだがな」
あいつも心配しているしと蚕人の女王を引き合いに出しながら、彼にしては珍しく悪態を一つ。
だが依頼を途中で投げるのは冒険者の矜持が許さないのか、彼はせっせと馬に向けて小走りすると、その勢いのままに跨った。
「私も同行する。皆は彼らを連れて拠点に戻れ」
彼の隣の馬に飛び乗った女上の森人は他の森人らにそう言うと、一斉に威勢のいい返事があちこちから返され、狼人の数人が怯えてしまう始末。
そんな様子に苦笑を漏らした銀髪の青年は「さっさと行くぞ」と告げると共に馬を走らせ、女上の森人を置いていってしまう。
「おい待て!まったく、どうしていつもあいつのペースになるのだ」
出会ってからというもの、何をしても振り回されている気がしてならない女上の森人は馬上で悪態を漏らすが、そんな姿も絵になるのは森人の王族だからこそか。
「まあ、流石のお前でも馬には追いつけないだろうな」
灰狼を追うこと数分。道端で息を乱して休憩中だった灰狼を拾った銀髪の青年は、どこか煽るような声音で不貞腐れたようにそっぽを向いている灰狼に向けてそう告げた。
「るっせ。あいつらの馬、中々速ぇぞ」
「だが消耗も多いだろう。どこかで休息するはずだ」
そんな男二人を乗せて走る銀髪の青年と並走しながら、女上の森人は敵の情報を口にした。
彼らの馬も疲れてはいるが、先ほどの狼人らの治療の際に休息を挟む事ができた。
その分距離が離れたと考えられるが、相手とて休みなしに走ることは不可能だ。どこかで休ませたのなら話は別だが、それならどこかに痕跡が残っている筈。
だがそれもないとなると、相手は走り続けている可能性が高い。
「休むっても、ここいらの森の動物はあれだぞ、かなり凶暴だぞ」
馬の上で器用に胡座をかき、呑気に頬杖をつきながら告げられた灰狼からの言葉に、銀髪の青年は興味深そうに目を細めた。
「なら、俺たちも気を付けないとな。生きたまま食われたくはない」
「弱ぇ奴が食われて、糞になって地に還るのは当然だろうが。死にたくねぇなら気張れ」
「気張るだけではどうにもならん時もあるぞ」
銀髪の青年が芝居ががった動作で肩を震わせて怖がり、灰狼はそんな彼に己の一族の教えを解き、女上の森人は現実的な意見を漏らす。
誰が間違いで、誰が正しいかなぞ、種族も違えば、生まれ場所も立場も違う彼らには判断しかねるもの。
だが銀髪の青年は不敵に笑い、天高く飛ぶ鷲に目を向けた。
「神々は俺たちに味方してくれたみたいだな。見つけたぞ」
「は?臭いもしねぇぞ、適当なこと言うんじゃねぇ」
「まあ、待て。彼にしか見えないものもあるのだ」
それが何なのかはよくわからないがと、彼を真似て鷲を見上げながらの言葉に、灰狼は余計に困惑するばかり。
だが見つけたというのなら、それは本当なのだろう。
「なら、さっさと狩るぞ」
「言われなくても」
灰狼が吐き捨てるような声音での指示に銀髪の青年はすぐに応じ、馬の腹を蹴って多少の無理をさせて更に加速。
女上の森人も彼らを追って馬を加速させると、前を走る銀髪の青年は途中で街道から外れて森の中へと入っていく。
「おい、この先マジで狼の縄張りだぞ!俺たちでも一人じゃ入らねぇようにしてる!」
「だが、あいつらはこっちに行った。それにここを突っ切った方が早い」
後ろで慌てる灰狼を他所に、銀髪の青年は「ハッ!」と声を張り上げて馬を更に加速させる。
その直後灰狼は鼻を引くつかせ、獰猛な笑みを浮かべた。
忘れる訳がない。集落を襲い、家族を殺し、自分たちの生き方を獣同然と愚弄した、許し難い奴の臭いが、風に乗って鼻に届いたのだ。
「俺が殺る。邪魔すんじゃねぇぞ」
「取り巻きは任せろ。好きにやれ」
「作戦はそれでいいな。よし、行くぞ……っ!」
そして即興で作戦とも言えない作戦を組み立てた三人は案外近場で休んでいた『皮剥ぎ』一行の野営地に向けて、馬を走らせた。
鬱蒼としげる森の中。小さな谷のようになっている場所をとりあえずの拠点とした『皮剥ぎ』は、生き残った私兵に周辺を警戒させていた。
ようやく一息つけると手頃な岩の上に腰を下ろし、近くの池で馬には水を飲ませてやる。
少し休憩させれば、後は都まで走り続けなければならない。反乱軍が本格的な行動を再開したことを、どうにか王に伝えなければならないのだ。
「その情報で報酬を貰うにしても、やはり赤字だな。くそっ!やはり一人や二人、連れてくるべきだったが……」
頭の中で算盤を弾いて損得をざっくりと計算しつつ、どう考えても損しか生まれないことを嘆き、空を仰いだ。
燃やしてしまった馬車を補填し、私兵を補充し、遺族にも慰謝料を。
全く収入がないというのに、支出ばかりが増えていく。どうすれば最低限の損出のみで耐えられるか。
うんうんと唸り、あーでもないこーでもないと考えていると、不意に誰かの悲鳴のようなものが耳に届いた。
「何事だ!敵襲か!?」
『皮剥ぎ』は慌てて立ち上がりつつ弩を構えて辺りを見渡すが、木に寄りかかって休んでいた私兵は「何事です!?」と慌てているのを見るに、彼には聞こえていなかったのだろう。
──気のせいか?むぅ、疲れているからな……。
色々ありすぎて少々敏感になりすぎたかと溜め息を吐き、再び岩に腰を降ろすと、やはりどこからか悲鳴が聞こえた。
「何だ!私を
『皮剥ぎ』は唾を飛ばしながら怒鳴り散らし、先ほど木に寄りかかっていた私兵の方に目を向け、
「は……?」
ポカンと口を開けて間の抜けた声を漏らした。
木に寄りかかりながらも確かに辺りを警戒していた筈なのに、いつの間に木の枝から伸びる細い縄で首を吊られ、声も出さずにじたばたと手足を振り回していたのだ。
だがそれもすぐに止まり、ぐるりと白眼を剥きながら絶命した。
「な、ななな、て、敵しゅ──」
『皮剥ぎ』が慌てて周囲を固める私兵らに警告せんと声を張り上げたが、すぐに辺りの事態を察して目を見開いた。
矢に射抜かれて木に磔にされた遺体や、首を吊られた遺体、喉を噛みちぎられた遺体や、喉を掻き切られた遺体など、様々な方法で殺された私兵たちが、さながらゴミのようにそのままの姿で放置されている。
「な、何が、起きた……?!」
あまりの状態に喉が締まり、酷く掠れた消えいりそうな声での問いかけに答えたのは、森の闇の奥で大弓を構える女上の森人と、枝の上で
それに当てられた『皮剥ぎ』は額に冷や汗を流し、一番手近な銀髪の青年に弩を向けた瞬間、
「るぉおおお!!」
獣の唸り声にも似た雄叫びと共に、茂みから口元を血に濡らして灰狼が飛び出した。
「っ!?」
『皮剥ぎ』は反射的に弩をそちらに向け、その勢いのままに引き金を引いた。
発条が弾ける奇怪な音と共に太矢が放たれ、灰狼の眉間を撃ち抜かんとするが、
「遅ぇんだよっ!!」
迫る太矢を爪の一閃でもって弾き、装填の間も与えずに更にもう一閃。
弩を構える『皮剥ぎ』の右腕の肉を容易く切り裂き、彼の絶叫と共に鮮血と弩が宙を舞った。
「痛ぇか?痛ぇよなぁ!!俺の家族は、もっと痛ぇ目に遭ったんだぞ!!」
腕を押さえながら無様に転げ回る『皮剥ぎ』を冷たく見下ろしながらそう言うと、『皮剥ぎ』は彼を睨みながら叫んだ。
「獣畜生が、よくも……っ!俺は近衛騎士だぞっ!貴様らのような野蛮で低俗な犬畜生とは、生きる世界が違うのだ!」
そして無様に命乞いでもしてくるかと思っていた三人は、まさかの挑発とも取れる言葉に驚き、思わず顔を見合わせた。
「金か?金が欲しいんだろう!そこの木の上にいる只人、いくら貰っているかは知らないが、その五倍は出す!俺を助けろ!!」
木の上で待機していた銀髪の青年が同じ只人である事に気付いたのか、『皮剥ぎ』は彼を買収しようと声をかけた。
五倍という言葉に女上の森人は「な!?」と困惑の声を漏らし、僅かに不安そうに銀髪の青年に目を向けた。
今さら大金で彼が鞍替えするとは思えないが、五倍ともなると話は変わってくる。そもそも報酬は衣食住の提供なのだ。金銭面を言われてしまえばこちらは太刀打ちできない。
「五倍、ね」
対する銀髪の青年は枝に腰掛けながら顎に手を当てて僅かに思慮すると、何かを思いついたのかハッとして『皮剥ぎ』に告げた。
「近衛騎士に渡される硬貨があるだろう、それをくれ。そうしたら、お前は死んだって事にしておいてやる。俺たちはこれ以上何もせず、ここから立ち去るさ」
「は?何言ってんだ、テメェ!!」
突然血迷ったかのような事を宣う彼に灰狼は食ってかかるが、すぐに辺りを囲む何かの唸り声を聞いて「なるほどな」と残虐なまでの笑みを浮かべながら頷いた。
女上の森人も意図を察したのだろう。構えを解いて馬を目指して森の奥へと消えていった。
「こ、これか?これを渡せば助かるのか?」
彼らがそんなやり取りをしていると『皮剥ぎ』は懐から近衛騎士の証たる硬貨を取り出し、それを銀髪の青年から見える位置に掲げた。
銀髪の青年が「それだ」と返すと木から飛び降り、それをぶん取ると女上の森人に合流しようと馬の元を目指す。
取り残された灰狼は「約束は守るさ。祈る者だしな」と犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、『皮剥ぎ』に告げた。
『皮剥ぎ』はホッと安堵の息を漏らすが、そんな彼の胸倉を掴んで立ち上がらせると、絶対零度の殺意を込めた灰色の瞳で睨みながら告げた。
「俺たちは何もしねぇ。せいぜい頑張れ」
彼はたったそれだけを言うと彼から手を離し、二人に合流しようとその場を駆け出した。
一人残された『皮剥ぎ』は咄嗟に弩を掴み、そんな三人の背に向けて構えるが、
「──っ」
不意に銀髪の青年の隣を金髪の乙女が連れ添う姿を幻視し、途端に戦意を奪われてしまう。
構えた弩を撃つこともできず、とにかく逃げようと自分たちの馬の方を目指して這っていくが、不意に茂みが揺れた事を合図に動きを止めた。
それと同時に自分を囲むように布陣した獣たちの唸り声が聞こえ始め、暗がりの向こうから爛々と輝く飢えた眼光が向けられる。
「あ、ああ……」
そんな状況になってようやく、彼は自分が置かれた状況を理解し、なぜ彼らが自分を見逃したかを理解してしまった。
──森の中に放置された、手負いの生物。
爪や牙という武器もなく、身を守る毛皮さえもない。文字通り無防備な、人間が一人だけ。
「やめろ、やめろ!来るな、来るなぁああああああああああ!!!」
『皮剥ぎ』の悲痛なまでの叫びが森に響き渡り、その声はやがて悲鳴へと変わり、命乞いへと変わり、ついには興奮した獣の声のみが残る。
相手を殺す手段は一つではない。相手がこちらを獣と思うなら、こちらも相応の方法で葬ってやろう。
他の動物では考えつかないような方法で、思いついても決して実行しないような方法で、何の躊躇いもなく相手の心と身体を殺す。
──それこそが人間。故に我らは獣にあらず。
銀髪の青年が行動で示したそれこそが『皮剥ぎ』への返答。
安らぎは与えない。地獄の苦しみの中で、せいぜい罪を噛みしめろ。
──誰にも知られず、死に腐れ。
死にゆく者に敬意を払えと教えられても、それを実践するかは本人次第。
銀髪の青年は覚えている限り初めて、何の祈りもなく、死を見送ることもなくその場を離れた。
ただ獣が獲物を喰らう音だけが、嫌に耳に残っていた。
感想等ありましたら、よろしくお願いします。