鴉羽の案内で鴉人の集落にたどり着いた銀髪の青年と灰狼。
集落と言っても小さな拠点のようなものであり、居住用のテントや、工房と思われる石造りの小屋、食糧用の家畜たちがいる囲いなど、見る限り彼らの中での平穏は保たれているように見える。
馬を草が生えている場所に繋ぎ、僅かばかりの警戒をしながら鴉羽の後ろに続き、集落の中を横断。
周りから向けられる怪訝や好奇の視線を受け流しながら、ちらりと隣を歩く灰狼に目を向けた。
「んだよ。堂々としてりゃいいだろうが」
そんな彼の行動を不安になっている、あるいは怯えていると思った灰狼は鼻で笑いながらそう告げて、銀髪の青年の背を叩いた。
割と思いきり叩かれた筈だが、やはりと言うべきか銀髪の青年は怯まない。この程度で怯んでいたら、師匠たちの訓練なぞやっていられない。
だが、灰狼が不器用ながらに気遣ってくれたのは事実だ。
「そうだな。胸を張って歩くとするか」
銀髪の青年は微笑み混じりにそう告げて、ただですら良い姿勢をさらに正す。その様は胸を張りすぎて滑稽にも見えるが、その足取りは勇ましく、力と自信に満ち満ちていた。
「それでいいが、胸を張らなくていいだろうが」
そんな彼をジト目で睨んだ灰狼がそう言うと、はぁと深々と溜め息を吐いた。真面目な奴ではあるのだが、時々訳の分からない行動を取るのは、どうにかならないものか。
「だが、意外だったな」
後ろの二人のやり取りを聞いていたのか、鴉羽は不意に灰狼に問いを投げた。
驚きながらも「あ?」と返し、「何がだ」と質問を意図を問う。
鴉羽は銀髪の青年に視線を向け、黒曜石を思わせる瞳でじっと彼を見つめた。
「お前がこの時勢に只人を連れてくるなど、想像もできまい。かつてのお前なら、只人を見ただけで喉笛を噛みちぎっただろうに」
すっも細めた瞳に宿るのは疑念だった。幼き日に共に狩りをした仲であるからこそ、灰狼の人となりはそれなりに理解しているつもりではあったのだろう。
かつて反乱軍に合流し、彼らの戦列に加わった時など、狼人らの纏う殺意は、王族皆殺しにされた森人のそれよりは弱いものの、凄まじいものだった。
灰狼は溜め息を漏らすと、苦虫を噛み潰したような表情になり、隠しきれない後悔と悔しさの念を滲ませながら言う。
「あれから色々あったんだよ。こいつには、一族の仇取るのを手伝ってもらった」
「ということは、そちらの集落は落とされたのか?すまない、気付いていれば助けに行ったものを」
彼の表情と言葉から彼の一族に降りかかった惨劇を察したのか、鴉羽は僅かに俯き、悲しさを感じさせる声音でそう呟いた。
最近では交流がなかったにしろ、灰狼の一族には顔馴染みが多い。幼き日に共に狩りをした親友も、幾人かいたほどだ。
一人静かに悲しみに暮れる鴉羽だが、灰狼はそんな彼女を安心させるように不敵に笑みながら告げた。
「気にすんな。ありゃ、テメェらがいても、そっちにまで余計に被害が出てたかもしれねぇ。そういう意味じゃ、俺らだけがボロクソにやられただけで済んだのは、ラッキーかもしれねぇな」
彼の強がりとも言える言葉に鴉羽は「そうか」と手短に返すと、天を仰いで小さく息を吐いた。
彼らが何人生き残ったのかも定かではないが、せめて墓参りくらいには行ってやろう。幼き日に、ほんの数日ではあるが、寝食を共にした人たちだ。しばらく会っていないとはいえ、関係性でいえば遠い親戚のようなもの。
目を閉じればあの時の日々が瞼の裏側に映り、そんな彼らの大半が殺されてしまったという事実が重くのしかかってくる。
「それで、話というのはその襲撃関連か」
だが、そんな感傷をすぐに振り払った彼女は凛とした声音で二人に問いかけた。
黒い瞳には憎悪の色が見え隠れし、もはや二人が何のためにここに来たのかを見透かしているようだが、やはり直接言葉として聞きたいのだろう。
彼女の問いに灰狼が「ああ」と返し、銀髪の青年と肩を組みながら不敵に笑った。
「まあ、簡単に言っちまえば、二十年前の雪辱を果たすから手を貸せってことだ」
そして灰狼が単刀直入にそう言うと、肩を組まれていた銀髪の青年は流石に困惑したような顔になりながら小さく息を吐いた。
「お前、今まで何があって、どうしてここに来たのかの説明くらいは──」
「そうか。別に私は構わんぞ」
銀髪の青年が事細かく説明をしろと灰狼を説得しようとした間際、鴉羽がなんて事のないようにそう返し、周囲で聞き耳を立てていた鴉人ら──彼女の物と似た奇妙な鎧を着込んでいる──を一瞥した。
「皆も構わないな、どうだ!」
『おう!』
彼女の問いかけに帰ってきたのは、山を揺らすほどの気迫に満ちた返答であった。彼らの黒い瞳には鋭い闘志と殺意が宿り、この日を待っていたと言わんばかりだ。
そんな彼らの視線を一身に受けた鴉羽は「その意気やよし」と首肯するが、すぐにどこか冷たい視線を銀髪の青年と灰狼に向けた。
「それで、報酬はなんだ。反逆の英雄という名誉だけでは腹は膨れんし、皆を食わすことはできん」
そう、彼らはあくまで傭兵だ。手を貸せと要求されれば報酬を求めるのは当然のこと。何の報酬もなく、命を賭けろなどど言われて頷けるのは、己を顧みない阿呆か、余程のお人好しだろう。そのお人好しの部類に入る銀髪の青年とて、物資不足の反乱軍相手に衣食住の保証を求めたのだから。
当の銀髪の青年はそう言えばと、今更ながら最も大事な話をされていなかったと、自分達を送り出した金髪の圃人を恨めしく思う。
だが灰狼の方には説明がされていたのか、「問題ねぇ」と返して雑嚢から書類を取り出した。
銀髪の青年はその内容を見ようと身を乗り出し、鴉羽も両腕が翼の都合上受け取れず、灰狼が広げた書類を顔を揃えて見る形となった。
その様が可笑しいのか、灰狼は笑いを堪えるように口を継ぐんでいるが、尻尾がパタパタと音を立てて左右に揺れており、口角も引き攣っている。
そんな彼の変化を二人とも気付いてはいるのだが、自分たちでもかなり滑稽な姿をしているという自覚もあるから止めることもない。
僅かに湧いた羞恥心を押し殺し、ざっとではあるが目を通す。
──第一に、鴉人の傭兵たちが反乱軍の指揮下に入ること。
まあ当然だ。そのためにここに来たのだから。そしてそれに関しては了承を得られている、何の問題もない。
そして問題となるのは、彼女が求める報酬に関してだ。
──第二に、報酬は勝利した暁にその働きに応じて支払うものとする。戦死した者がいたならば、その遺族に充分な補償を行うことをここに確約する。
冒険者の自分とは違う、一つの仕事に対して事前に決めた固定額を払うのではなく、働きに応じた歩合制。死んでも遺族の面倒は見てやるとまで言ってのける辺り、言外に『命をくれ』と『未来のために死んでくれ』と頼んでいるようなもの。
──第三に、万が一我らが敗れる事態となれば、
「──鴉人だけでも生き残ってくれ、か。死んで欲しいのか、生きて欲しいのか、相変わらずあの圃人の考えていることはわからんな」
最後に書かれた第三の契約を口にした鴉羽は、心底可笑そうに鈴を転がしたように笑い始めた。
先程まで浮かべていた凛とした表情とは違う、柔らかな笑顔を間近で見た銀髪の青年はそのあまりの美しさに一瞬見惚れてしまうが、咳払いと共に意識を研ぎ澄ませて表情を引き締めた。
灰狼はそんな銀髪の青年の様子を知ったか知らずか、灰狼は「で、どうすんだ」と鴉羽に問うた。
「報酬欲しけりゃ死ぬ気になってやれ。途中で逃げても文句は言わねぇ。ただそれだけだ」
そして彼が書類の内容をたったそれだけの言葉に纏めると、鴉羽は「その程度理解できる」と返すと、馬鹿にするなと言わんばかりに鼻を鳴らした。
同時に内容に不満はないのか、すっと細めた瞳で再び書類を一言一句違わずに確認し、最後の締めに反乱軍の旗印でもある旧王家の紋章の印がある事を確認。
これが反乱軍と彼女を筆頭とする鴉人の傭兵団との正式な契約書であることの証明。お互いに反故はできない。
それこそが彼女にとって最重要だ。契約とはお互いに決して違えてはならない決め事だ。騙して悪いが、となって大損害を被るのはごめんだ。
だがそれを恐れて逃げてばかりでは、この国は遠からず滅びることになるだろう。国の三方を囲む山脈のおかげで他国からの侵攻は防がれてはいるが、それもいつまで保つか。
国中の兵士や騎士が亜人狩りをするばかりで国境警備を疎かにしている節がある。内側の問題ばかりに気を遣いすぎて、外側に目を向けられていないのだ。
そうなれば只人も、亜人も関係なく滅ぼされる。あるいは、隷属を強いられることになる。それだけは避けねばならない。
多少の
このまま内外から壊死していくこの国と心中するくらいなら、内側の憂いだけでも解消しておくべきだ。そうすれば、もしかしたらこの国の未来が開けるかもしれない。
「わかった、受けよう。我ら傭兵団は反乱軍に加わろう」
鴉羽はその僅かな可能性にかけ、そう判断を下した。
しかし、やはり腑に落ちないことがあるのか怪訝な表情を浮かべ、二人に問いかけた。
「だが、なぜ今なのだ?前の王が斃れ、反乱軍が蹴散らされて早二十年。二十年かけて立て直したと言われればその通りだが……」
「その王様の娘が見つかったんだよ。ガキだがな」
不満そうに腕を組み、深い溜め息と共にそう返した灰狼は、「あいつに国を纏められるわけねぇのに」と本拠地ではまず言えない不満を口にした。
だがその一言は鴉羽にとっても意外だったのか、彼女は困惑を隠そうともせずに首を傾げた。
「何を馬鹿なことを。あの娘が生きていれば、私と大差ない年齢だぞ?森人とはいえ、半分は只人なのだから容姿が多少幼いのはわかるが、ガキというほどか?」
そうして告げられた言葉に、今度は銀髪の青年と灰狼が困惑する番だった。二人は揃って「は?」と間の抜けた声を漏らし、顔を見合わせる。
あの甘えん坊の半森人の少女が、鴉羽と同年代だということが全く信じられず、銀髪の青年は思わず「嘘を言うな」と語気を強めてしまう。
「俺の目には十にも満たない少女にしか見えなかったぞ。あれで、二十数年生きているのか?」
その困惑は落ち着く間も無く吐き出した問いに、鴉羽は「私がわかるわけないだろう」と当然の返答。
半分とはいえ森人の血が入っているからか極端に肉体の成熟が遅いだろうか。
──だが、そんな話聞いたことがない。
銀髪の青年は顎に手をやりながらそんな思慮をするが、小さく唸って額に手を当てた。
冒険者として興味が赴くまま国中を駆け回ったが、半森人の友人や知人はいない。考えようにも材料がなければどうにもならない。
それが考えないことの理由にはならないが、考えようがないのも事実。
「まあ、その話は帰ってから──」
腰に手を当て、詳しい話は帰ってから森人たちに聞けばいいと判断した銀髪の青年がそう言おうとすると、不意に灰狼の獣耳がピクリと揺れた。
「あ?」と声を漏らした彼は周囲を見渡し、耳を揺らしながら警戒を強めていく。
つられて銀髪の青年も耳を傾けるが、やはり只人と狼人の聴覚には雲泥の差がある。彼には聞こえて、銀髪の青年には聞こえないこともあろう。
だが、その差を埋める手立てが銀髪の青年にはある。
彼が目を閉じ、意識を集中して天を舞う鷲と視界を共有しようとした瞬間だった。
「やべぇ、なんか来るぞッ!」
そして灰狼が周囲の鴉人たちにも聞こえるように声を張り上げた瞬間、凄まじい爆発音と共に建物の一つが吹き飛んだ。
辺りに建物の破片が飛び散り、そこに混ざる肉片や骨片は、おそらくその住居に住んでいたものの残骸だろう。
鴉人たちは驚き、狼狽え、悲鳴をあげる者もいるが、
「皆、取り決め通りだ!すぐに避難所に向かえ!!」
集落に響いた鴉羽の号令が、彼らの意識をこちらに引き戻した。彼らはすぐさま意識を戦場に飛び込む際のそれに切り替え、各々が素早く動き出した。
鎧を纏う者、その手伝いをする者、避難の指示を出す者、それぞれがそれぞれの役目を果たすべく、集落を駆け回った。
それと同時に鷲の視界を借りて上空から周囲を俯瞰していた銀髪の青年は「見つけた」と小さく呟き、苦虫を噛み潰したような表情となる。
集落に程近い、岩肌をくり抜き作られた踊り場を思わせるほんの少しの空き空間。そこにいくつもの大砲が押し込まれ、兵士たちが押し込まれ、一際派手や格好をした男──おそらく近衛騎士の指示に合わせ、次々と砲弾が放たれているのだ。
灰狼が真っ先に気付いたのは、火の秘薬が炸裂する轟音だったのだろう。
銀髪の青年と鴉人たちに聞こえるのは、砲弾が飛翔する甲高い音、そして着弾と共に生じる衝撃だ。
「まさか、尾行されていたか?」
だが、銀髪の青年は怯まない。当たれば即死の砲弾が飛び交う中でも、彼は神妙な面持ちでそう考えるが、それはないなとすぐに自分の考えを否定した。
尾行されていれば、自分か灰狼のどちらかが気付いた筈だ。だがそうなると、偶然にもこの集落への攻撃と訪問の時期が重なってしまったという事になる。
「疫病神か、俺は」
どうにも、自分がこの国に足を踏み入れたことを合図に、軍による亜人たちへの攻撃が激化したような印象がある。あるいは、あの半森人の少女が逃げ出したことが切っ掛けだろうか。
どちらにしても、今やるべきことは変わらない。
こちらから攻撃を仕掛けたいところだが、相手の陣取っている場所が悪すぎる。下から行こうにも時間がかかりすぎるし、踊り場に続く道は遮蔽物が何もないため、見つかれば砲撃されて死ぬ事になる。
ならまずは、目の前にいる人たちの安全を確保が最優先だ。
銀髪の青年は鴉羽に声をかけ、「
「奥に他の隠れ家に出られる洞穴がある。皆そこを目指している筈だ」
「わかった。俺は逃げ遅れた人がいないから見てくる。反撃はその後だ!」
銀髪の青年はそう言い切るが早いか、すぐさま行動を開始した。
次々と集落やその周辺に降り注ぐ砲弾に怯みもせず、集落内を奔走。
怪我人がいれば担いで避難所まで運び、下敷きになった物がいれば他の鴉人に手伝いをしてもらうことで引っ張り出し、避難所の移動を他の鴉人に任せてすぐさま次へ。
女を、子供を、老人を、怪我人を、彼一人で果たして何人を救っただろうか。
「ったく。死んでも知らねぇぞ!」
そうして何人もの鴉人を助けて回る彼を手伝いながら、灰狼がそんな言葉を吐いた。
銀髪の青年は「確かにそうだが」と彼の言葉を肯定するが、すぐに不敵な笑みと共に「だが自分だけ助かっても具合が悪いだろう?」と灰狼に問うた。
「はっ!違いねぇ……ッ!」
そんな彼の言葉に灰狼もまた不敵な笑みでそう返すと、集落の入り口で幸運にも生き残っていた馬に飛び乗り、避難所に向けて走らせる。
途中でタカの眼を使用して取りこぼしがいないかを確認し、念の為と「誰かいないか!」と声を張り上げることも忘れない。
隣を走る灰狼は「もう誰もいねぇよ!」と怒鳴りつけ、同時に馬の腹を蹴って加速させるが、銀髪の青年はもしもに備えてあまり加速させることはない。
だからこそ、神々は彼に骰を振った。
カラカラコロコロと骰子が転がる乾いた音が聞こえた気がした銀髪の青年は、その音に耳を傾けた直後、「助けて……」と今にも消えてしまいそうな声を確かに聞いた。
弾かれたようにそちらに目を向けた銀髪の青年は、足を瓦礫に挟まれて動けなくなっている鴉人の少年を発見。
馬をそのまま避難所の方に走らせながらも自分だけは飛び降り、すぐさまその少年の元に滑り込む。
「大丈夫だ、よく頑張ったな!」
銀髪の青年は大粒の涙を流す鴉人の少年を励ましながら頭を撫でてやると、剣を地面と瓦礫の隙間に差し込み、テコの原理と渾身の力を持って瓦礫を持ち上げた。
「今だ、這い出て来い!」
銀髪の青年は歯を食い縛り、容易く人を押し潰す質量を持つ瓦礫を支えながらそう言うが、鴉人の少年は腕代わりの翼で地面を打って進もうとするが、恐怖と痛みで思うように身体が動かないのか、その進みは遅い。
「落ち着け、大丈夫だ。俺が側にいる」
「もっと言えば、私もいるぞ」
そんな少年を励まそうと声を出した直後、二人の耳に透き通るほどに美しく、凛とした声が届いた。
何だと声の主に目を向ければ、そこには避難所にいる筈の鴉羽の姿があった。
「お前、何してる!?」と困惑しつつ、鴉人たちの指示を放棄したとも言える彼女を責めるように怒鳴りつけるが、当の彼女は気にする素振りと見せずに鴉人の少年を脚爪を巧みに使って引っ張り出す。
「あ、ありがと──」
「感謝は助かってからだ、行くぞ」
そして少年が発した感謝の言葉を遮り、「運んでもらえるか」と銀髪の青年に告げた。
今は助かることが最優先。感謝の言葉も、報酬も、命がなければやり取りもできまい。
銀髪の青年は「任せろ」の一言で返すと瓦礫を支えるのを止めた。ガラガラと音を立てて崩れる瓦礫の山を尻目に鴉人の少年を担ぎ上げ、走り出す。
まだ幼いとはいえ、人一人を担いでの全力疾走だが、その速度たるや並走する鴉羽よりも遥かに速い。
飛んでしまえば彼女の方が遥かに速いのだろうが、この状況での飛翔は命を捨てる行為に他ならない。撃ってみろと挑発しているようなものではないか。
故に駆ける。多少不慣れで、格好が悪いかもしれないが、今は走るしかないのだ。
「もう少しだ、早く来い!」
そんな二人が駆けてくる姿を見ながら二頭の馬を避難所に押し込んだ灰狼が二人を急かすと、銀髪の青年は小さく頷くのみで返答し、速度を上げようとするが、再び骰子が転がる乾いた音が耳に届いた。
銀髪の青年はああ、全く天上の神々は見逃してはくれないようだと苦笑するが、構うものかと更に一歩を踏み出し、加速せんとした。
だがその直後、脳裏を過り、背筋を駆け抜けた嫌な予感に従い、彼は小さく振り向いた。
彼の視界に映ったのは、高速で、確実に、こちらに迫る黒い点──つまりは一発の砲弾であった。
それを視認した瞬間、彼の身体は意志を離れて行動を起こしていた。
担いでいた鴉人の少年を渾身の力でもって避難所の方に──正確にはそこで待っていてくれている灰狼の方向に向けて投げ飛ばし、隣を走っていた鴉羽を突き飛ばした。
灰狼が「うお!?」と声を漏らしながら少年を受け止めた事を視界の端に捉え、彼の行動に驚愕して目を見開く鴉羽を見つめ、さてどうしたものかと頭を働かせるが、生憎ともう
「──
彼がせめてもの抵抗に悪態をついた直後、彼の真横に砲弾が着弾し、その速度と重量により発せられた衝撃が、彼の全身を打ち付けた。
弾かれるがまま吹き飛ばされた銀髪の青年は空中で数度回転すると、背中から地面に叩きつけられ、かはっ!と肺の空気と共に血の混ざった唾液を吐き出した。
全身の骨が軋み、耳鳴りが酷くて何も聞こえない。だが身体中を駆け巡る痛みがまだ生きている事を証明し、点滅を繰り返す視界がまだ視力が無事である事を教えてくれる。
だが、身体が動かない。腕を挙げようとしても、足を動かそうとしても、言う事を聞いてくれないのだ。
──これは、流石に無茶だったか……?
薄汚れた鎧を纏い、両角の折れた兜を被っていた師匠からは『無理や無茶をして勝てるのなら、苦労しない』とは教えられたが、多少の危険を犯さねば勝利をもぎ取れないのもまた事実。
だが、これは、流石に無茶のしすぎかと自嘲するが、すぐに誰かに鎧の留め具を掴まれ、引き摺られ始める。
何だ、誰だとどうにか首を動かすと、そこには必死になって自分を引きずる灰狼の姿があり、耳鳴りのせいで何を言っているのかはわからないが、口の動きからして『死ぬんじゃねぇ!』と励ましているのか、あるいは『何やったんだよ、テメェは!?』と怒ってくれているのか。
だが、どちらにしても……、
──絶対に死なない。まだ、やるべきことが多すぎる……っ!
まだ死んでいない。死ぬつもりもない。なら、まだやれる。
銀髪の青年は引き摺られながらも拳を握り、いまだに砲弾を撃ち続けてくる近衛騎士がいるだろう方角を睨みつけた。
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