SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory20 狩人

 ドォォン……。ドォォン……。

 

 遠くから響いてくる着弾音と微かに感じる振動に、銀髪の青年は目を覚ました。

 鉛のように重く、軋むように痛む身体、霞む視界、口も思うように動かない。

 

「目を覚ましたか、銀髪の」

 

 そんな彼の視界に入り込んできた鴉羽は、ホッと安堵の息を吐くと共に翼を手の代わりにして彼の頭を撫でた。

 撫でる、というよりかは擽られるような感覚がむず痒いのか、青年が小さく呻く中、灰狼が「目ぇ覚ましたか」と石を削り出しただけの簡素な卓と、そこに広げられた地図を睨みながら声をかける。

 

「ああ、何とか……」

 

 銀髪の青年は掠れた声で灰狼に応じ、寝かされている場所──避難所の会議室の片隅から視線を巡らせた。

 こちらを心配そうに覗き込んでくる鴉羽のおかげでほとんど見えたものではないが、部屋の入り口には逆転の打開策を待ち望む子供たちが顔を覗かせ、彼らの期待を背負い、卓に向かう戦士たちの表情も真剣そのもの。

 張り詰めているが、どこか心地よい。この場にいる誰もが諦めを知らず、生き残ることを信じて揺るがない、そんな覚悟が部屋のあちこちから感じられる。

 

「状況は……?」

 

 無礼を承知で寝転んだまま投げかけた問いに、地図を睨んでいた男の鴉人が答えた。

 

「善いか悪いかで言えば、悪いな。いまだ砲撃は止まず、下手に飛び出せば撃ち落とされる。今は他の出入り口の安全を確認して回っている段階だ」

 

「……そう、か。むぅ、どうしたものか……」

 

 彼の報告に思慮を巡らせ始めた銀髪の青年は、痛みを無視して身体を起こし、自分の身体を見つめながらどっと息を吐いた。

 治療の為か鎧を脱がされ、身体のあちこちに包帯を巻き付けられた姿には滑稽で、だが包帯を剥がすことができないほどに手が震え、立ちあがろうにも足に力が入らない。今の状態で戦えるかと問われれば、答えは否。文字通り死にに行くようなものだ。

 だが、怪我人だろうが一人でも戦力が必要な状況なのもまた、間違いあるまい。

 彼は部屋を見渡して自分の装備が置かれている箱を見つけ、ふらふらと覚束ない足取りでその箱を目指した。

 半ば倒れかかる形で箱にたどり着いた彼はそれを覗き込み、同時に困り顔になって小さく溜め息を漏らした。

 

「まあ、砲弾がほぼ直撃したわけだからな……」

 

 震える手を動かして鎧だった物を掴み上げ、角度を変えたり軽く叩いてみたりしてみるが、やはりというべきかそれはただの鉄屑でしかない。

 彼が見ているそれは、ほんの数分前まで彼を守っていた鎧と盾の残骸だ。歪に歪み、ひび割れ、砕け散ってはいるが、最期の瞬間まで持ち主を守らんと踏ん張ったのだ。なら、青年も不満はないし、これを錬えてくれた鉱人らも本望だろう。

 がちゃがちゃと金属同士がぶつかる音を立てながら箱を探り、辛うじて無事だったアサシンブレードと、暗剣を見つけてホッと一息。とりあえず、これさえあれば戦うことはできる。

「よし」と頷いて腰帯を取り付け、両手首にアサシンブレード、腰に暗剣をぶら下げた青年は、そのまま箱を漁って装備を確認。

 短筒(ピストル)は片方が無事。長筒(ライフル)も無事だが、弾丸袋が破けてしまったのか、どちらも残弾があまりない。こうしてみると、火の秘薬が暴発しなかったことは、運が良かったというべきか。

 ともかく、反乱軍本拠で貰った予備の短剣も大丈夫そうだと笑みを浮かべ、やはり壊れたのは鎧が中心のようだ。自分だけでなく装備まで守ってくれるとは、あの鎧はやはり優秀だったようだ。

 それをここで壊してしまったのがあまりにも惜しいが、鎧だけ無事で持ち主死亡という、何とも情けない結果になるよりかは幾分もマシだろう。

 

「あー、大丈夫なのか?」

 

 一人で表情をころころ変えながら黙々と準備を進める青年の姿に灰狼が困惑気味に問いかけると、青年はぼろぼろの雑嚢から水薬(ポーション)強壮の水薬(スタミナポーション)を取り出し、順番に一気に呷った。

 飲むと同時に痛みが無くなる──とはいかないが、幾分は痛みがマシになり、身体の芯から温まると共に手や足の震えもだいぶ落ち着くのは、流石強壮の水薬(スタミナポーション)といったところ。

 

「とりあえず、これならいけそうだ」

 

 彼は不敵に笑みながらそう言うが、よく見ればまだ足が震えているし、目の焦点もどこかずれているようにも見える。

 灰狼は「無理すんなよ」と苦言を呈するが、肝心の銀髪の青年は怯まない。

 

「無理や無茶をして勝てるなら、苦労しない。だろ?何より今はするべき時機(タイミング)だ」

 

 箱に寄りかかりながら腕を組み、まだ使えそうなものはないかと視線のみで探りを入れる彼を見ながら、鴉羽が咳払いをした。

 それを合図に部屋に集まっていた面々の視線が一気に彼女に集まり、銀髪の青年を含めて皆が一斉に口を閉じた。

 遠くから聞こえる着弾音や地響きのみと、微かな呼吸音だけが聞こえてくる室内に、鴉羽の透き通るような声が響く。

 

「脱出するにせよ、反撃するにせよ、そもそもの頭数が足りん。彼が無理だと言われても引き摺り出す他あるまい」

 

 そして黒い瞳を銀髪の青年に向け、彼への信頼を滲ませる声音でそう告げると、灰狼は仕方がないと言うように乱暴に頭を掻き、溜め息を吐いた。

 

「どうしてこう、こいつは簡単に信用だのを勝ち取れるんだ?」

 

 だが同時に皮肉めいた口調で問うと、鴉羽はそんな彼を小馬鹿にするように返した。

 

「命を懸けて助けてくれた相手を信じないのか?随分と捻くれたものだな、灰色の」

 

「るっせ!俺だってこいつには借りがあんだ、その分は働いてやらねぇと気が済まねぇんだよ!」

 

 だん!と卓を叩きながら吼えた彼の姿に微笑みを浮かべた鴉羽は「やはり変わらないな」と呟き、ちらりと銀髪の青年に目を向けた。

 二種類の水薬(ポーション)による賦活も済み、顔色もだいぶ善くなっている。後方支援くらいならやらせても問題あるまい。

 

「だいぶ話がそれたが、作戦は?」

 

 銀髪の青年は足首を回して具合を確かめながら問うと、灰狼は「やるなら奇襲するってのは決まった」と大まかにも程がある事を口にし、再び地図を睨み、大体の距離を把握。

 

「馬も無事だからな。鴉どもに上から、俺で下から、一気に攻める」

 

「そうは言っても、いかんせんここから顔を出せば撃たれて終いなのでな。攻勢に出るにしても、出口の確認が済んでからだ」

 

 鴉羽が翼で地図の一点を示しながらそう言うと、ようやく足取りがしっかりしてきた銀髪の青年もその地図を覗き込み、ふむと小さく声を漏らした。

 鷲との視覚の共有で得た情報と、彼女らが推察した位置情報に大差はない。流石は玄人(ベテラン)の傭兵集団。斥候としての能力も高いのだろう。

 

「砲弾も無限じゃないだろうし、仰角も大して上には向けられないだろう。上から行く分には、問題ないのか」

 

 顎に手を当てて思慮していた銀髪の青年が鴉羽を始めとした鴉人らを見ながら言うと、彼らは自信に満ちた表情で応じた。

 空中からの奇襲、殲滅は彼らの専売特許だろう。彼らが混乱を引き起こしてしまえば、後は飛び込んで大砲を無力化、残党を殲滅すれば済む。

 状況は悪いが一発逆転は可能。勝てる可能性は高い。だが多くの血が出るのは間違いない。敵も、味方も。

 

「なに、心配するな。矢避けの護符の用意もある。弓や短筒の対空迎撃も大きな問題にはなるまい」

 

 たたですら大きな被害を被った鴉人らに、さらなる出血を強いる状況に神妙な面持ちとなっていた銀髪の青年に、鴉羽の声が届いた。

「だが」と言い返そうとそちらに顔を向けた瞬間、鼻先が触れ合うほどの距離にいた彼女の顔に驚いて仰け反るが、鍛え抜かれた体幹により倒れることはなく、賦活した足がしっかりと身体を支えてくれる。

 

「私含め、多くの者が助けられたのだ。恩は忘れない内に返しておくものだろう?」

 

「そ、それはそうだな。陽動は任せた」

 

 ずいっとさらに前にくる鴉羽をそっと押し返しながら言うと、彼女はようやく諦めたのか、あるいは満足したのか、姿勢を正しながらちらりと部屋の出入り口に目を向けた。

 それと同時に騒がしい足音と共に汗だくの鴉人が駆け込み、こくりと一度頷く。

 

「拠点三番、異常なしです!いつでも行けます!!」

 

 そして叫ぶように告げられた報告に鴉人たちが小さくも確かな歓喜の声を漏らす中、鴉羽が男の鴉人──只人に翼を生やしたような見た目だ──に目を向け、次いで銀髪の青年に視線を向けた。

 

「適当に鎧を見繕ってやれ。我ら用の鎧とはいえ、留め具を調整すれば只人でも着られる筈だ」

 

「了解です。さあ、銀髪の旦那、こっちです」

 

 男の鴉人は素早く彼女の指示に応じると、銀髪の青年を招いて部屋を出て行ってしまう。

「ああ、わかった」と銀髪の青年は返事をすると、灰狼に「また後でな」と告げて部屋を後に。

 残された灰狼は彼の背を見送ると、腕を組みながら小さく鼻を鳴らした。

 

「随分と気に入ってるじゃねぇか。テメェらが鎧を貸してやるなんて話、初めて聞いたぞ」

 

 野次馬根性丸出しの、好奇心のままに吐かれた言葉に、鴉羽は優雅に肩を竦めながら「当然だろう」と返した。

 

「彼に死なれては困る。命の恩人を次の瞬間に死なせたとなれば、末代までの恥だ」

 

 凛とした声音で告げられた言葉に、灰狼は溜め息を吐いた。

 妙なところで義理堅く、普段ならしないようなことを平然として行う。それが鴉羽の生き方であり、彼女の美点ではあるだろう。お節介と言われればそうだが、彼女が赤の他人の陰口を気にする程、器量が狭いわけでもない。

 

 ──それにしたって、入れ込み過ぎじゃねぇか……?

 

 灰狼はそんな疑問を胸に抱くが、今はそんな事を考えている場合じゃないと意識を切り替えた。とにかく彼女らは味方になってくれるのだ、ここで全滅させるわけにはいかない。

 そして灰狼が何か言いたげに見つめてくることに気づいてか、鴉羽は何かを隠すように咳払いをしてから告げた。

 

「とにかく、作戦開始だ。抜かるなよ」

 

 

 

 

 

「退屈だ。本当に退屈だ」

 

 度重なる砲声で馬鹿になり始めた耳をほじりながら、近衛騎士──『狩人』は溜め息混じりにそう呟いた。

 王から仲介役を通さず、直々に下された御下命と気合いを入れてきたというのに、視線の先にあるのは砲撃により無惨に破壊された鴉人の集落と、やり過ぎと言っていいまでに砲撃を続ける部下たちの姿。

 普段なら生捕りし、そのまま『皮剥ぎ』に引き渡して王や貴族向けの趣向品にしてもらうのだが、先日からその『皮剥ぎ』と連絡がつかない。屋敷に行っても従者や侍女しかおらず、本人不在。

 曰く狼人の集落の襲撃に駆り出され、それから音沙汰がないらしい。

 

「あの馬鹿に死なれたら、俺の稼ぎも半減だってのに」

 

 おそらく返り討ちにあったのだろう。そもそも戦闘向けの役職でもないのに、亜人狩りの最前線に送られるとは、不運極まりない。

 王に捨て駒にされたのか、あるいは『皮剥ぎ』が獣人如きに負ける筈がないと相手を舐めてかかったのか、どちらにしても──。

 

「俺は失敗しない。王に価値を示し続ければ、捨てられはしない。油断もなく、過剰なまでの戦力をもって、相手を根絶やしにする。ここまでやってんだ、負けるかよ」

 

 ぐっと拳を握って殺気を宿した冷たい視線を鴉人の集落に向ける。

 あそこにいる忌々しい鴉どもを手始めとして、他の亜人どもを狩り尽くす。そうすれば、近衛騎士筆頭の座を奪うことも容易い筈だ。

 

「『狩人』様!砲弾が減ってきました、これからはどうしましょう?」

 

 そんな思慮をしていた『狩人』の耳に、部下からの質問が届いた。

 ここ十数分、絶え間なく砲弾を浴びせているのだ。数台の馬車一杯に詰め込んできた砲弾も、流石に底が見え始めたようだ。

 

「さっきから悲鳴も聞こえない。全滅したか、生き残りが声もなく震えているか。まあ、どちらにせよ狩りにいくぞ。準備しろ!」

 

『了解!!』

 

『狩人』の号令に部下たちが一斉に応じた瞬間、彼らの遥か頭上をいくつもの影が通り過ぎて行った。

「ん?」と声を漏らしながら顔をあげた『狩人』は、ニヤリと歯を剥き出しにして鮫のように獰猛な笑みを浮かべた。

 

「上空警戒!お客さんだ、お前ら!!」

 

 そして声を張り上げながら、背中に背負っていた身の丈ほどありそうな(クロスボウ)を取り出し、素早く照準を合わせて引き金を引いた。

 弩の大きさ故に、特注された専用の太矢(ボルト)が重力に逆らって天に向けて飛んでいくが、影たちはひらりと躱して当たることはない。

 ばさりと翼をはばたかせる音が幾重にも重なり、遅れて反応した部下たちも弩や弓を構え、太矢や矢の弾幕をもって迎撃せんとするが、やはり影たちには当たらない。

 上空を旋回し、兵士たちを撹乱する鴉人たちは、無駄な抵抗とも言える弾幕をゆらりゆらりと躱しながら、相手の兵力を確認。

 数はこちらより多い。だが空を舞う自分たちに当てられる練度はないようだ。

 まあ、そもそもとして──、

 

「矢避けの加護があるから当たりはしないのだがな……っ!」

 

『狩人』が定期的に放つ、正確にこちらを捉えている必殺とも言える一矢も、矢避けの加護により逸れて当たることなく、天高く飛んで何処かに消えていく。

 それに一瞥もくれずに『狩人』を見下ろした鴉羽は、好戦的な笑みをそのままに見上げてくる彼の姿に不快そうに眉を寄せると、周りを旋回する仲間たちに指示を飛ばす。

 

「まずは砲台を潰す。行くぞ……ッ!」

 

 そしてそれを言い切るや否や、彼女は翼を閉じて身体を一直線にすると共に急加速、急降下。仲間たちも彼女に続き、流星群となって兵士たちに向けて降り注ぐ。

 一条の矢、あるいは漆黒の流星の如く迫る彼女に兵士たちは焦りを見せ、迎撃せんと矢を放っていくが、矢避けの加護により意味をなさず、減速させることさえもできない。

 

「ふん!」

 

 十分な加速をした鴉羽は、降下の勢いのままに放った脚爪の一閃をもって砲台を切り裂き、ついでに砲撃手の首を蹴り砕くことも忘れない。

 仲間たちも次々と砲台を破壊、兵士を蹴散らしていく中で、素早く身を翻して素早く上昇。矢避けの加護は強力だが、剣の一撃には無力なのだ、無理はできない。

 十分な高度を確保し、仲間たちも続々と高度をとる中で次の一手を模索する鴉羽は、『狩人』が妙な動きをしていることに気づき、警戒を強めた。

 部下たちに用意させた身の丈を優に越える長い槍を掲げた彼は、身体を引き絞って力を溜め、血管が浮かぶほどに槍を握り込むと、

 

「……っ!回避だ、当たるなよ!」

 

 鴉羽が反射的に警告を発し、仲間たちが一気に複雑な軌道をもって動き始めるが、『狩人』はそれさえも見切って槍を投げた。

 ドン!と音を立てて大気を突き破ったその一投は、容易く鎧を貫いて鴉羽の隣を飛んでいた男の鴉人の胴を貫き、鴉人を連れたまま勢いのままに空の向こうに消えて行った。

 

「投擲は只人最大の武器だ。何より槍だからな、矢避けだろうが貫く……ッ!」

 

 ニッと歯を剥き出しに笑みを浮かべた『狩人』が吼えると、金色に輝く双眸を細めた。

 彼らが信じる英知の父、知恵の母、聖なる声の加護により与えられる、常人離れした膂力。それが生み出す投槍の威力たるや、まさに必殺。

 

「次です、どうぞ」

 

「小蝿どもが、逃すものかよ」

 

 部下が差し出した槍を受け取った『狩人』は、その長柄にめり込むほどに握り込み、次の標的を定めんと構え、すぐさま放つ。

 上空から断末魔の声が聞こえるが、あまりの勢いに血が降り注いでくるわけでもなく、遺体が落ちてくるわけでもない。

 

「次だ。寄越せ」

 

 そして命中さえも確認せずに次を受け取ろうと手を差し出せば、すぐに槍が渡されて装填は完了。

 

「そろそろ頭目を狙うか。あの女、だよな……?」

 

 すっと細めた瞳に鴉羽を捉え、彼女の動きの癖を捉えるべく数秒の観察。

 そうしてすぐさま癖を見抜いた彼は槍を掲げ、彼女を射落とさんと構えを取った瞬間だった。

 

「敵襲!集落の方から馬が来ます!!」

 

 部下の誰かが切羽詰まった声で報告をあげ、それに集中を乱された『狩人』は「あ?」と声を漏らして攻撃を一旦中断。

 声を出した部下が示した方に目を向ければ、岩肌に伸びる細い道を疾走する二頭の馬と、それに跨る何者かを睨みつけた。

 

「さっさと止めろ。上の連中を落とすのに──」

 

 そして『狩人』が指示を飛ばさんとした間際に、彼の隣にいた部下の眉間に穴が開き、声をあげることもなく崩れ落ちた。

 

「……あ?」

 

 斃れる部下を冷たく見下ろした狩人は声を漏らすと、じっと目を細めて件の馬に跨る何者か──長筒(ライフル)を構える銀髪の青年を発見し、睨みつけた。

 

「馬上からの狙撃……!?いい腕の奴がいるな」

 

 そして青年がやった事を把握し、驚嘆混じりの声を漏らして乾いた笑みを浮かべた。

 上の鴉人も危険ではあるが、迫り来る馬の二人も危険度に違いはない。鴉人への対処は自分くらいにしかできないが、馬で迫る二人の練度も相当なもの。だが、後者は数で殴ればどうにかなろう。

 

「馬の連中を止めろ。上の連中を全部落とすまで耐えればそれでいい」

 

「りょ、了解です!」

 

 故に『狩人』は部下たちを馬の方にあてがう事を決めた。鴉人にまともな対応ができるのが自分しかいない以上、それしかないというのが本音ではあるが。

 部下たちが配置を変え、迫る馬とその手綱を握る二人を迎撃せんとしていくが、それをさせまいと鴉人たちが一斉に降下を始め、隊列を組もうとする兵士たちを蹴散らしていく。

 無論、その間にも『狩人』の手で鴉人は迎撃されていくのだが、焼石に水と言うべきか、兵士たちの損耗は減らず、むしろ減った分を生き残った鴉人たちが埋めようと、余計に暴れていくのだ。減らしているのに被害が増えるとはどうなっている。

 

「これだから有象無象は」

 

『狩人』はあまりにも弱い部下たちの姿に溜め息を吐き、上空に舞い上がっていく血塗れの鴉人たちを睨んだ。

 部下たちの血に濡れ、それでも濡羽色の光沢を放つその姿はいっそ神々しさまで感じるが、『狩人』はそれに一切魅せられた様子を見せず、黙々と槍を構えて投じていく。

 投じる度に確実に鴉人を撃ち落とし、その数を削っていくのだが、残り十人が中々減らない。頭目たる鴉羽をはじめ、少しずつ彼の投槍に慣れ始めているのか、回避運動がより複雑なものに変わり、癖を見抜くにも時間を要してしまう。

 隠そうともせず舌打ちをした『狩人』は、それでも正確な一投をもって鴉人を撃退していくが、鴉人たちも怯まない。残存戦力が一桁になったとしても、撤退する様子すら見せないのだ。

 驚くべき執念と蛮勇さに舌打ちを漏らした『狩人』は、一度だけ深呼吸をして冷静さを取り戻し、再び槍を投じようとするが、

 

「しゃらくせぇんだよ、雑魚どもが!!」

 

(シャ)ッ!!」

 

 怒りに震える咆哮と、鋭く吐かれた一声をもって、意識をそちらに向けた。

 そこには馬から飛び降り、その勢いのままに兵士たちを蹴散らす灰狼と銀髪の青年の姿があり、二人の視線は兵士たちを無視して『狩人』にのみ注がれている。

 兵士たちなど眼中にないのだ。誰を討ち取ればこの勝負が終わるのか、こちらが行った今までの行動や、陣形から見抜いたのだろう。

 

 ──最初の狙撃で決めるつもりだったな、あの野郎……っ!

 

 それと同時に真っ先に自分を狙ったであろう狙撃の意図に気付いた『狩人』は苦虫を噛み潰したような表情になると、ふとならばなぜ外したと疑問が湧いた。

 先ほどの狙撃の腕ならば、不安定な馬上からでもまず間違いなく外すことはあるまい。だが、外した。つまり相手の腕が自分の想定よりも低いか、あるいは、万全ではないかの二択。

『狩人』として獲物の能力を見間違えることはないと自負する彼は、すぐさま相手が自分と同等かそれ以上と想定し、僅かに目を細めて銀髪の青年を観察。

 鋭く息を吐きながら刃を振るい、吹き出した血を紅蓮の旗の如く振り回すその様は、まさに一騎当千の英雄のよう。

 だがその動きが僅かに陰る時機(タイミング)があることを、大きく動けば動いた分だが、一呼吸分の休止があることに気づいた。

 普段からある隙ではあるまい。一定の力量(レベル)に達していさえすれば、誰でも気づくような隙を、誰でもないその域に達している己が気づかない訳がない。

 理由はわからない。だが動きの精彩を欠いているのは事実だ。

 ならばと槍を構えた『狩人』は上空を十分に警戒しつつ、照準を銀髪の青年に向けた。

 兵士たちを次々と切り伏せ、少しずつ前進してくる様はさながら大型の獣の如くだが、よく見なくとも相手は人だ。首を刎ねれば死ぬし、心臓を貫けばそれでも死ぬ。

 

 ──そもそもとして、血が出るのならどんな怪物でも殺せる筈だ。

 

 深く息を吐き、止め、大きく踏み込み、身体の捻りを加えて勢いをつけ、全身の力を乗せた一投を放つ。

 人の身体とは、骨と筋肉で動く絡繰細工だとは、果たして誰の言葉であったろうか。

 ドン!と大気を貫く音と共に放たれたそれは兵士たちの背中を次々と貫きながら銀髪の青年に迫り、兵士を斬り倒してほんの一瞬息を吐き、痛む身体を休ませたその隙を見事についた。

 だが、銀髪の青年も只者ではない。素早く臨戦態勢に入った彼は壊れかけの盾を括り付けた左腕を差し出し、森人の一矢が如く迫る槍を防御。

 

「〜〜ッ!?」

 

 しかし、その衝撃たるやさながら砲弾を直撃した時のよう。

 筋肉質で、まさに戦士の手本とも言える青年の身体は容易く吹き飛ばされ、壊れかけの盾が完全に砕け散り、破片が彼の精悍な顔にいくつもの切り傷をつけるが、今の彼はそれどころではない。

 今の衝撃で全身の痛みがぶり返し、途端に強張った身体が言うことを聞かない。

 歯を食い縛り、地面を殴りつけることで気合いを入れて立ち上がると、彼はぎょっと目を見開いて身構えた。

 彼の視線の先には、兵士たちが邪魔をしないようにと射線を開け、その奥で槍を構える『狩人』の姿があった。

 回避しようにも身体がうまく動かない。周囲の死体を盾にしようにも、先ほどの投槍の様子からして防御は意味を成すまい。

 

「──させん!!」

 

 そしてまさに『狩人』が槍を放たんとした瞬間、鴉羽が上空から一直線に彼に迫った。

 急降下の勢いのままに脚爪により一閃を放つが、『狩人』は構えていた槍で彼女の一閃を受け止め、舌打ちを漏らした。

 

「鴉風情が、邪魔をするな……っ!」

 

 瞳に宿る金色の輝きを強めながら吼えると、只人のそれを優に越える膂力で彼女を弾き飛ばし、目にも止まらぬ連続突きで彼女の身体に傷をつけていく。

 対する彼女は辛うじて残像が見えるそれらを、身体を包むように構えた両翼でもって受け止めるが、やはりその程度で止まるわけもなく、鎧の隙間や手足の付け根を掠める度、鮮血が舞い散る。

 

「くっ……!」

 

 次々と身体を切り刻まれる鴉羽はその美貌を歪ませるが、それでも一瞬の隙をついて脚爪による反撃を挟むが、

 

「遅い……ッ!」

 

『狩人』は冷静に槍を手繰り寄せて迫る爪を弾き、お返しと言わんばかりに石突きで鴉羽の脇を殴打。

 甲高い金属音に混じり、かはっ!と肺の空気を吐き出す鴉羽の声が漏れ、子供に蹴られた革のボールのように弾き飛ばされた。

 凄まじい衝突音と共に岩肌に叩きつけられた彼女はぐったりと弛緩しながらその場に倒れるが、彼女が作り出した時間はまさに彼が欲していたものだった。

 ふーっと深く息を吐き、意識を集中。頭の中にカチリと何かが嵌まる音がしたかと思えば、あれだけ重かった身体が途端に軽くなる。

 母親直伝の限界突破(オーバードライブ)。一時的に限界を超え、本来ならできない事も可能になる状態ではあるが、今回は使う前から消耗が大きいのだ。あまり長時間外すことはできない。

 いつにも増して鋭くなった視線を『狩人』に向け、爆発にも似た音を響かせながら走り出す。

 

「ッ!」

 

 その音に釣られて彼に目を向けた『狩人』は鴉羽の血に濡れた槍を構え、一直線に迫ってくる青年に照準を定め、全身全霊をかけた一投を彼に放った。

 再び大気が唸りをあげ、音を置き去りにして放たれた槍は一直線に銀髪の青年に迫るが、青年はどこまでも冷静で、同時に冷酷だった。

 彼は疾走する勢いをそのままに身体を捻り、すれ違う形で槍を回避。

 そしてそれだけに留まらず、すれ違い様に槍を掴んで腕力に物を言わせて静止させると、くるりと回して穂先を『狩人』に向け、

 

(シャ)……ッ!!」

 

 鋭く声を漏らすと共に『狩人』のそれとは比にならない速度でもって、投げ返した。

 ドン!と大気の壁を破壊する音が山肌に響き渡り、瞬きする間もなく槍が『狩人』の胴を貫き、遥か先の岩に突き刺さることでようやく停止。

 ごぼりと血を吐いて膝をついた『狩人』は銀髪の青年を睨むが、その傍らに立つ絹のように美しく、柔らかな金色の髪を揺らす女性の姿を幻視し、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ああ。女神よ、我が魂を──」

 

 そして最期の言葉を吐こうとした瞬間、その顔面に銀髪の青年の膝蹴りが突き刺さった。

 頭蓋が砕け散る快音と共に、頭の穴という穴から血と頭の中身をぶちまけた彼はついに倒れ、絶命したなおビクビクと痙攣を繰り返す。

 

「安らかに眠れ。汝の魂に平穏があらんことを……」

 

 顔面を潰され、無様に痙攣を繰り返す『狩人』の遺体を見下ろしながら冥福を祈る言葉を口にした銀髪の青年は、『狩人』の懐を探って騎士の徽章でもある硬貨を引っ張り出した。

 それを大事そうに雑嚢に押し込んだ彼は、辺りを見渡しながら『狩人』の死に打ちひしがれる兵士たちに告げた。

 

「お前らの頭目は死んだ!投降しろ、命までは……とらないよな?」

 

 そしていつものように投降を呼びかけるが、途中で不安になったのか、あるいは自分が言ってしまっていいのかと疑問が湧いたのか、兵士を蹴り倒していた灰狼に目を向けた。

 

「俺に聞くな。ここの頭はそいつだ」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、まだ抵抗を試みる兵士たちを一睨みで黙らせながら鴉羽を指差した。

「それもそうだな」と頷いた銀髪の青年は倒れる鴉羽に近づくと、片膝をついて彼女の様子を伺った。

 

「それで、立てそうか?」

 

「……いや、流石に痛むな」

 

 彼の言葉にゆっくりと顔を上げた鴉羽は、痛みに耐えながら気丈な笑みを浮かべた。

 だが流石に言葉で嘘はつけないのか殴られた脇腹を撫でながら言うと、銀髪の青年は「失礼する」と告げてから彼女を横抱きにして持ち上げた。

 

「……っ!?」

 

「どうした、別に初めてでもないだろう?」

 

 途端にボッと音を立てて顔を赤くした鴉羽の様子に首を傾げると、彼女は「いや、それは……」と言いづらそうに口籠った。

 そんな彼女の様子に青年が余計に疑問符を浮かべることになるのだが、今はそれどころではないと彼女を運びながら問いかけた。

 

「それで、捕虜の扱いに関しては色々と考えてくれるんだろう?」

 

「まあ、そうだな。拠点も壊されてしまったし、復興の手伝いくらいはしてもらうか」

 

「できればだが、殺すなよ?」

 

「ああ、わかった」

 

 手短に行われたやり取りが終わると、鴉羽はひどくリラックスした様子で銀髪の青年に身を寄せると、「実は初めてだ」と呟いて彼を見上げた。

 突然の言葉に面を喰らう銀髪の青年を見つめた鴉羽は、誰もが魅力される美しい微笑みを浮かべながら両翼を揺らした。

 

「私の両親含め、里の大半がこんな腕なのでな。お互いに抱きつくことはできても、抱き上げるのも一苦労だからな」

 

「ああ……、なるほど」

 

 灰狼や、只人に近い腕を持つ鴉人たちの手で縛られていく兵士たちを横目に、銀髪の青年は小さく息を吐いた。

 

「とりあえず、これでそっちの傭兵団と反乱軍は同盟を結べたということでいいのか?」

 

「同盟、と言うよりかは傭兵なのだから雇われるだけだがな。まあなに、報酬が貰えるのなら構わんさ」

 

「それは我らが司令官に聞いてくれ」

 

 彼女の冗談とも言える言葉に銀髪の青年は苦笑混じりにそう返し、「さっさと戻るぞ」と告げると口笛を吹いて馬を呼んだ。

 そんな自分の腕の中で、鴉羽がどこか熱のこもった視線を自分に向け、捕食者のような笑みを浮かべていることなど、気づく様子もない。

 鳥人の中でも特に鴉人が顕著な特徴といえるものがある。それは彼ら、彼女らが決して恩は忘れないこと。そして恩は必ず恩で返すというもの。

 自分の命だけでなく、多くの一族の命を救った相手に報いるためには、それこそこちらが持つ全てを差し出さねばなるまい。仲間たちも跡取りを、跡取りをとうるさかったのだ、いい機会だろう。

 

 ──別に報酬に何を求めても文句はあるまい?

 

 どこかで報告を待つ反乱軍司令──金髪の圃人の姿を思い描きながら、鴉羽は不敵に笑んだ。

 似たような事を考えている蚕人が、遥か先を走っていることを、知る由もなく。

 

 

 




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