SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

21 / 23
Memory21 夜に揺れて

『狩人』と、その一団を撃破した鴉人たちと灰狼、銀髪の青年。

 拠点の引越しや捕虜の輸送、怪我人の手当て、死者の供養など、様々な事後処理が終わったのは、日を跨いだ更に夜だった。

 双子の月に照らされる廃墟となった旧拠点に鴉羽の姿があった。

 腕の代わりの翼でそっと瓦礫の山を撫で、懐かしむように、同時に込み上げる悲しみを堪えるように笑みを浮かべながら、月光を浴びるように翼を広げる。

 濡羽色の羽が月光を浴びて磨き上げられた黒曜石さながらの神秘的な輝きを放ち、普段着飾ることのない彼女の美しさを際立たせる。

 岩も、風も、星々も、そして神々も、その美しさにほんの一瞬呼吸を忘れ、静寂をもって彼女の想いに応えた。

 彼女は感謝するように微笑むと、すぐに表情を引き締め、瞑目しながらひれ伏すように翼を地に付けた。

 微かに聞こえる彼女の吐息の音だけが、静寂に包まれる廃墟に染み込んでいく。

 やがて吐息さえも静寂の闇に消えていくと、途端に彼女は動き出した。

 濡羽色の翼を大きく羽ばたかせ、始まるは鎮魂の舞であった。

 月光を一身に浴び、ここは自分だけの舞台だと知らしめるように、彼女は廃墟の中央で、可憐で、儚げな舞を踏み続ける。

 伴奏者はいない。だが彼女の舞に合わせて風が揺れ、廃墟を駆ける風音が伴奏となる。

 見物人はいない。だが双子の月が、岩が、星々が、彼女の舞をただ静かに楽しみ、同時に彼女の傷が癒んことを祈る。

 その舞は、彼女の一族に伝わる伝統のものだ。大きな戦が起きた時、その戦の中で死んでいった同胞と、敵味方問わずに死した者たちの冥福を祈るため、先祖代々から続く、誰にも見せることのない孤独な演舞。

 微かな息遣い、揺れる羽の音だけが、彼女がここにいると周囲に知らせ、それでも目を凝らさねば闇の中を亡霊が舞っていると錯覚してしまうほど、今の彼女は希薄だ。

 冥福を祈るため、己もまた亡霊となって舞う。踊っているにも関わらず呼吸が止まり、吹き出していた汗も止まり、白磁の肌が青ざめていく。

 それでも彼女は舞い踊る。己の不覚を呪ってくれ。己の未熟を呪ってくれ。だが殺した相手は呪わずにいてくれ。そして何も背負わずに、安らかに逝ってくれ。

 彼女の全霊を込めた願いは言葉にはならない。代わりに舞は激しさを増し、かろうじて肌に貼り付いていた汗が飛び、月光を浴びて宝石のように煌めいている。

 その舞は、果たしてどれだけ続いたろうか。彼女の気が済むまで続いたそれは果てなく続くと思われていたが、地平線が白んできたのを合図に彼女の動きが緩慢となっていった。

 霊がいられるのは夜の闇の中だけだ。新たな一日が始まり、双子の月がその輝きを失ったとなれば、彼女もまたその舞を終える。

 翼を限界まで広げて大きく回り、月光の残影を浴びながらゆっくりと地面に伏した。

 青ざめていた肌に血色が戻り、熱がこもった身体を冷やそうと全身から大量の汗が吹きます。

 はぁ……!はぁ……!と力んだ呼吸をしながら大きく肩が揺れ、疼くまる彼女は一向に動こうともしない。いや、動くことができない。

 一晩中踊り続けていたのだ。立ち上がる体力なぞ残ってはいない。できるのは同胞たちが拾いに来てくれるのを待つことだけだ。

 だが、せめてどこかに座ろうとまともに動かない身体を無理やり起こし、顔を上げた瞬間、

 

「──」

 

 自分の視線の先、瓦礫に腰をかけている銀髪の青年と目があった。

 彼は申し訳なさそうに目を逸らし、誤魔化すように乾いた笑みを浮かべた。

 

「〜〜〜!?」

 

 その瞬間、真っ赤になった頭からボン!と音を立てて煙を吹き出した鴉羽は、あわあわと慌てた様子で無意味に口を動かすと、体力も限界だろうに彼に向けて走り出し、翼爪で彼の胸ぐらを掴んだ。

 

「き、貴様、いつだ、いつから見ていた!?」

 

「……割と最初の方から」

 

「ッ!?な、なぜ声をかけなんだ!だ、だだ、誰かに見られているとわかっていれば……っ!」

 

 そのまま彼に詰め寄り、器用に彼の身体を前後に揺らしながら言葉を荒げる鴉羽に、銀髪の青年は申し訳なさそうにしながらもにこりと笑んだ。

 

「とにかく、綺麗だった。声をかけるのも忘れるくらいに、どうしようもなく綺麗だったんだ」

 

 彼の口から放たれたのは、惜しまない賞賛の言葉だった。

 両親の思い出話で断片的に聞かされた冒険譚の中でも、鳥人の舞というのはあった。あの時も母親が言葉に迷いながら語ってくれたが、こうして直に見てしまうとあの時の母親の迷いもわかる。言葉では表現のしようがないものも、世界にはあるのだ。

 だからこそ、彼は思ったことを思ったままに、着飾ることも、誇張することもなく、彼女に告げた。

 その結果、彼女は顔を真っ赤にしながらプルプルと震え始め、開き直ったように堂々としながら彼を睨みつけた。

 

「あの舞を見たのだ、責任は取ってもらうぞ」

 

「……?見ては不味かったのか?」

 

「いや、別に不味くはない。ただ、その、なんだ……」

 

 彼の問いかけに鴉羽は言葉を濁しながら顔を背けると、ちらりと彼の顔色を伺った。

 おそらく言葉の意味を理解していない、見た目の割に中身は幼いこの青年は、きっと鴉人に限らず鳥人の踊りを見ることへの意味を理解してはいまい。

 だから、今の内に約束を取り付けてしまおう。邪魔が入らない内に。

 

「また、私の踊りを見てくれればそれでいい。その時は、死者にではなくお前に捧げる舞を見せてやる」

 

「……っ。わかった、楽しみにしてる」

 

 彼女の言葉に銀髪の青年は心底嬉しそうに笑った。

 鳥人の舞を、一度ならず二度までも、特等席で見ることができるのだ。その機会を逃す手はあるまい。

 

「……わかっていないな、貴様」

 

 にこにことご機嫌そうに笑う銀髪の青年を他所に、鴉羽は消え入りそうな声でぼそりと呟き、小さく溜め息を吐いた。

 鴉人に限らず、鳥人にとって歌や踊りは大変大きな意味を持つ。己の存在価値の証明や、自分がいかに優れているかの証明など、氏族によって変わるところはあるだろうが、決して変わらないものがただ一つ。

 愛する人のため、そのただ一人に捧げる舞の意味は、たったの一つ。

 

 ──それはまさに、求婚の舞に他ならないのだ。

 

 彼女からすれば一世一代の大勝負ともいてる約束に、単に友人に遊びに誘われた時のそれと大差ない対応で返した銀髪の青年は、その意味を理解していない。

 その約束に対する想いの違いがわかるのは、もっと時が流れてから。もう後に引けなくなったその瞬間に、彼は己の無知を呪うのだ。

 

 

 

 

 

 その日の昼頃。陽が天頂に至る少し前。

 銀髪の青年と灰狼は、惜しまれながらも鴉人の集落を後にした。

 

「──にしてもテメェ。あいつと何かあったのか?」

 

 険しい山岳部を越え、走りやすい平野に出た途端全力疾走を始める馬に困り顔になりつつ、突然投げかけられた問いに疑問符を浮かべる。

 

「何か、とかなんだ」

 

 馬に揺られながら小首を傾げ、失礼ながら灰狼に質問を返す。質問の意図がわからないのだろう。

 彼の返事に唸った灰狼は、不機嫌そうに尻尾を揺らしながら言う。集落を出る直前まで、鴉羽は銀髪の青年から離れようともしなかった。二人の間に何か大きな出来事があったのだろう。

 あの仕事と同胞最優先の堅物鴉人が、ほぼ初対面の相手に甘えるように寄り添うなど、それなりに付き合いがある灰狼にとっても意外なことだ。その原因を探ろうとするのも仕方があるまい。

 問題は、探りを入れても当の銀髪の青年が質問の意味を理解していないことだ。これでは会話にならない。

 

「だから、何かあったんだろ?あいつがあんなにだらしない顔してんの、初めて見た」

 

「別に何もない」

 

 更に探りを入れた灰狼に、銀髪の青年は顎に手をやって思慮を深めた。彼女と自分の間に特別なことはあったが、あの舞を見たことは他言するなと厳命されている。

 

「ただ大きな戦いを共に潜り抜けただけだ」

 

「それは俺だってそうだろうが!まあいい。あいつの人生に首突っ込むのも野暮か」

 

 灰狼はこれ以上掘っても何もでないと判断したのか、諦めたように溜め息を吐きながら話を締めくくった。

 何があろうと鴉羽の人生だ。銀髪の青年との間に何があろうが、一人の友人として応援してやりたい気持ちはある。不幸になろうが構うまい。

 

「──まあ、一晩中一緒にいただけだ」

 

「それを早く言いやがれ……ッ!」

 

 割と大事なことをなんて事のないように言い出すのだから、灰狼は彼が苦手なのだ。

 

 

 

 

 

 そんなやり取りから数日。ようやく反乱軍の本拠地にたどり着いたのだが、

 

「焦げ臭ぇな」

 

「何があった」

 

 本拠地に続く渓谷の奥底で、灰狼と銀髪の青年は表情を顰めていた。

 二人の目の前にあるのはいくつにも折り重なった王国軍の兵士の死体と、目印のように大量に置かれた篝火。篝火の燃料には何か生き物の死体──おそらく兵士たちだろう──が使われているようだ。生き物が焼ける臭いが渓谷に充満している。

 銀髪の青年と灰狼は顔を見合わせると、嫌がる馬の腹を蹴って無理やり前に進ませた。

 篝火からはパチパチと手拍子にも似た音を聞きながら、それに混ざる人の呻き声を聞き流し、数人の蜥蜴人が守る本拠地に続く最終関門とも言える洞穴を潜り、ようやくの帰還を果たした。

 同時に二人の耳に飛び込んでくるのは、反乱軍の喧騒だった。怪我人を運ぶ狼人の怒号や、治療の痛みに喘ぐ森人の声が聞こえてくる。

 視界に巡らせれば死んでしまった森人の遺体、鉱人の遺体が並べられ、他にも蚕人や狼人、圃人の遺体まである。それらは地母神と神官らによって手厚く弔われているようだが、遺体の数を見る限りかなりの被害が出たようだ。

 

「何があった……ッ!」

 

 苦虫を噛み潰したような表情になりながら隣人たちの遺体を見つめた銀髪の青年は、ハッとして鷲と視界共有をしながらタカの眼を発動した。

 怪我人が集められている居住区の一区画に、世話しなく駆け回る蚕人の女王の金色に輝く影を確認し、その次に奥の遺跡に集まる女上の森人と半森人の少女の影を確認する。

 とりあえず三人は無事かと安堵したものの、安心するにはあまりにも状況が悪い。

 

「俺はあいつらの無事を確かめに行く!テメェは好きにしろ!」

 

 灰狼は馬から飛び降りると生き残った仲間たちを探す為に走り出し、曲がり角の向こうに消えていく。

 取り残された銀髪の青年も馬を降り、灰狼が乗り捨てていった馬を壊れかけの馬小屋の脇に待たせ、蚕人の女王の元を目指して走り出す。

 崩れた住居の瓦礫を乗り越え、燃える通りを迂回し、可能な限り最短の経路で彼女の下へ。

 滑り込むように怪我人が集められた場所にたどり着いた銀髪の青年は辺りを見渡し、怪我人に覚束ない手取りで怪我をした蚕人に包帯を巻こうとしている蚕人の女王を見つけた。

 包帯の束や水桶を抱えて走り回る治癒師たちの隙間を縫い、誰の邪魔をすることなく彼女の下にたどり着いた彼は、必死に包帯を結ぼうとしている血に汚れた手を取った。

 今にも泣き出しそうな顔を上げた彼女は、目の前に映る銀髪の青年に気づき、「冒険者様……」と消え入りそうな声で彼を呼び、堪えていた涙が溢れ出した。

 無言のままゆっくりと頷いた銀髪の青年は彼女の代わりに包帯を巻いてやり、「何があった」と蚕人の女王に問うた。

 彼女は溢れる涙を拭うが、手にへばりついていた血を擦り付ける結果となり、透き通る程に白い肌が赤く汚れてしまう。

 銀髪の青年はそんな彼女の顔を拭ってやるが、彼女は彼の手を取って頰を摺り寄せた。

 

「ご無事で、何よりです……」

 

「お前が無事じゃないだろう。何があったんだ」

 

 彼女は声を震わせながら強がりでしかない言葉を彼に投げるが、銀髪の青年は彼女の求めるがまま頰を撫でてやりながら、この惨状についての情報を求めた。

 襲撃があったのは間違いない。だが、なぜここが見つかったのか、それがわからない。

 蚕人の女王も「襲われた、としか言えません」と呟き、白い瞳に彼の顔を映した。

 彼女の視力では間近にあっても朧げにしか見えないのだが、それでも彼がこの現状を嘆き、怒り、殺意に満ちているのはわかる。

 今すぐにでも、たった一人でも報復せんと遠くに行ってしまいそうな彼の手を離すことなく、蚕人の女王はぎゅっと彼女なりの精一杯の力で彼の手を握った。

 それに彼も気づいたのだろう。彼は僅かに表情を緩めると、深呼吸をして熱くなった頭を落ち着かせる。

 父にも教えられたではないか。頭に血がのぼった状態で何かしても、大抵は上手くいかないと。

 逆に言えば、冷静さを取り戻しさせすれば多くの事柄が上手くいくのだ。冷静さは大事だ。時と場合によっては、大胆にやる方がいいそうだが。

 

「……すまない。落ち着いた、もう大丈夫だ」

 

 ふーっと深く息を吐いた彼は微笑みながらそう言うと、蚕人の女王は微笑みを返しながらそっと彼の手を離した。

 銀髪の青年はそのまま手を引くと、雑嚢から取り出した手拭いで改めて彼女の顔を拭ってやり、赤黒く染まったそれを、止血に使ったのであろう血染めの布が付けられている水桶に突っ込んだ。

 

「とにかく、話をしに行かないと。一人で大丈夫か」

 

「私は大丈夫です。皆も居ますから」

 

 銀髪の青年の心配の声に彼女は治療区画の隅で必死に包帯の準備を進めたり、非力故に数人がかりで大きめの救急箱を運んだりしている蚕人らを示した。何人かは女王のことを気にかけているようで、心配そうに彼女の方に視線を向けている。

 先程は一人と言ったが、そんな事はないようだ。彼女には頼れる同胞たちがいる。

 

「わかった。治療が終わったら血を落とせ、病気になるぞ」

 

「わかっています。さあ、お早く」

 

 それでも彼女が心配なのか口酸っぱく注意を促すと、蚕人の女王は苦笑混じりにそう返し、急かすように言葉を投げかけた。

 彼女の言葉に背を押され、銀髪の青年は走り出した。それでも誰ともぶつからないのは、彼の技量によるものか。

 朧げに見える彼の背を見送った彼女は、意識を切り替えて治療のための従事に集中する。自分は戦うことができないのだ、それ以外で出来ることをやらねば、彼の力になれない。

 少し嗅いだだけでも吐き気を覚えたというのに、とうに慣れてしまった血の臭いも気にせずに深呼吸をして、頬を叩いて気合いを入れる。

 自分にできることをありったけ。彼女は黙々と手を動かしていく。

 

 

 

 

 

 周囲から向けられる只人に対する憎悪の視線を受け流し、彼は反乱軍の指示所ともいえる遺跡の一室にたどり着いた。

「入るぞ」と言うや否や入室し、部屋の隅の椅子に腰をかけ、怯えたように震えている半森人の少女と、彼女に寄り添っている女上の森人に目を向けた彼は、ホッと安堵の息を吐いた。

 反乱軍にとって、半森人の少女は文字通りの希望だ。そして、彼女にとって女上の森人が希望だ。どちらかが欠けてしまえば、文字通りこの軍隊は瓦解するだろう。

 

「二人も無事だな。他の二人は」

 

 とにかく今は状況確認をと二人に声をかけると、女上の森人は額に手をやりながら溜め息を吐いた。

 

「奇襲を受けた。あの二人は捕らえた兵士に事情を聞いている」

 

 そして紡がれた言葉には疲労と、凄まじい怒りの感情がこもっていた。

 それはそうだろう。ただですら余裕のない反乱軍の、しかも本拠地が攻撃されたなど、いいことなど一つもない。安全だと思っていたこの場所も、もう安全ではないのだ。

 

「どこから情報が漏れた?やはり派手にやりすぎたか?だが、もう(みな)限界だ。もう大人しくしている時間はない」

 

 ぶつぶつと今の状況と反省を口にするが、今すべきことはそれではないだろう。

 銀髪の青年はおもむろに半森人の少女の隣に腰をおろすと、震えている彼女の頭を撫でてやった。

 

「怖かったよな、もう大丈夫だ。悪い奴が来ても、俺が守ってやる」

 

 艶のある黒い髪を手櫛で撫でてやりながら、できるだけ優しい声音になるように心掛けながら彼女に言う。

 こくこくと頷く少女の姿に微笑みながら、「場所を変えるにしても急がないとな」と今度は神妙な面持ちで呟いた。一度目の攻撃があったのだ、すぐにでも二度目、三度目がくるだろう。

 だが、逃げるにしてもどこへ?反乱軍はそれなりに大所帯だ。移動するだけでも目立つだろうし、何より収容しきれる場所も多くはあるまい。

 

「その事なんだけど、相談がある」

 

 一人悩む銀髪の青年に、状況に反して明るい声音が届いた。

 少女から視線を外して部屋の入り口に目を向けると、そこには金髪の圃人が立っていた。顔や服に真新しい返り血が付いているが、それを気にしないのはその余裕もないためか。

 

「捕虜から色々と話を聞いてね。どうやら短期間の内に派手にやり過ぎたようだ。救助した亜人の輸送や、密偵たちの移動の痕跡を元に怪しい場所を目星をつけ、後は数に任せた虱潰し。今回は運が悪かった(ファンブル)といったところかな、相手からしたら大当たり(クリティカル)だ」

 

「今回の奴らが偵察か、襲撃本隊かは別として、次が来るのは時間の問題だろう。移動させるにしても、怪我人が多すぎる」

 

「応急処置だけでもすれば、馬車で運べる。無事な馬車が多いわけではないから、往復することになるだろうけど……」

 

「運ぶにしてもどこにだ。ここの奴らを詰め込めるほど広い場所は──」

 

「あるだろう。君が真っ先に解放した街が」

 

 そしてお互いに間髪入れずに続いたやり取りは、金髪の圃人の言葉で終わりを告げた。

 銀髪の青年は彼の言葉に目を剥き、信じられないと言わんばかりに地図に目を向けた。

 彼の反乱軍所属の冒険者としての初仕事。鉱山街の解放は、つい昨日のように思えるし、遠い過去のようにも思える。

 解放した時期はともかく、かなり大規模であったことは確かだ。あそこならここの人たちも入ることができるだろう。

 

「次は輸送団の護衛か。それとも次の同盟相手に会いにいくか?」

 

「その話は後で詰めていくとして、鴉人との同盟はどうなったんだい?」

 

 銀髪の青年は善は急げと言わんばかりに次の依頼に対して口にするが、金髪の圃人はあくまで冷静に依頼に関しての話を切り出した。

 銀髪の青年は「問題ない」と手短に返し、鴉羽から受け取った契約書と『狩人』から奪った硬貨を金髪の圃人に手渡した。

 それを受け取り、契約書の中身を確認した圃人は「よし」と首肯すると、それを大事そうに懐にしまい、硬貨は憎たらしそうに睨んでから懐にいれた。

 

「それで、次の任務だったね。とりあえずは最低限街の復興を手伝ってもらうことかな。移動の準備はするけど、それが終わるまではここにいないとならないし」

 

 金髪の圃人は苦笑混じりにそう言うと「急がないと」と神妙な面持ちで呟き、ここにはいない赤い鱗の蜥蜴人の名前を出した。

 

「彼には馬車の用意と護衛団の編成をやってもらっている。何かあれば彼に声をかけてくれ、きっと仕事を見繕ってくれる」

 

「わかった。女戦士(アマゾネス)との同盟は伝令が戻り次第、か」

 

「そうなるね。しばらくはここにいてくれ、防御を固めないとならないから」

 

 銀髪の青年と金髪の圃人のやり取りは、やはりと言うべきか仕事に関することばかり。これから何かが起こることを察してはいるのか、不安そうに青年の外套の裾を掴むと、彼は彼女を安心させようと床に膝をついて目線の高さを合わせつつ、笑みを浮かべた。

 

「聞いた通り、引っ越しまでしばらく俺はここにいる。さっきも言っただろう?俺が守ってやる」

 

 くしゃくしゃと彼女を頭を撫でてやりながらそう言うと、少女はくすぐったそうに笑い、緊張していた顔からも少しだけ力が抜ける。

 隣の女上の森人は相変わらず仏頂面をしているが、ようやく先が見え始めたからか表情に微かな余裕が生まれ始め、彼を真似るわけではないがそっと少女の背を撫でた。

 

「私がしっかりしなければな。すまない、お前にはいつも面倒をかける」

 

「なに、子供の相手には慣れてる。これくらいなんて事ないさ」

 

 同じ森人として、少女の母親の友として、頑張らねばと気張る女上の森人だが、やはり子育ての経験が皆無の彼女には難しいのだろう。彼女の中にある一線を自分から越えず、少女にも越えさせず、ギリギリの関係を保っているようだが、それに対して少女は不満そうだ。

 だがそれが何だと言わんばかりに踏み込む銀髪の青年は、二人にとってある種の緩衝材になっているに違いない。

 二人から撫で回される少女は流石に鬱陶しくなったのか、二人の手を払おうとするが、それよりも早く銀髪の青年が手を離した。

 

「さて。依頼人の無事は確認できたことだし、俺はいくぞ。やる事は多そうだ」

 

 何かあれば呼べよと言葉だけを残し、銀髪の青年は部屋を後にした。

 自分から払うのと、いきなり手を引っ込められるでは意味が違うのか、半森人の少女は物寂しそうに彼の背を見つめるが、それに気づかず青年は行ってしまう。

 しゅんと見るからに落ち込んだ少女を慰めるように、女上の森人は彼女の小さな身体を自分に寄りかからせた。

 

「大丈夫。彼はしばらくいると言っただろう?時機を見て、会いに行けばいい」

 

 彼女の気遣いの言葉に半森人の少女はこくりと頷くと、彼女に甘えるように胸に顔を埋めた。

 少女からの好意を受け止めた女上の森人は、僅かに迷う素振りを見せながら、そっと彼女を抱き寄せた。

 金髪の圃人は、二人の邪魔をしないようにも物音を立てずに部屋を後にし、他の情報を仕入れなければと捕虜の下に向かう。

 数時間して帰ってきた彼に返り血が増えていることを、誰一人として指摘することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想等ありましたら、よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。