SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory03 暗剣

 ぱちり、ぱちりと、手拍子を思わせる焚き火が燃える音で、女上の森人は目を覚ました。

 鉛のように身体は重く、首を傾けることさえも億劫ではあるけれど。

 

「……生きて、いるのか」

 

 ぼんやりとした表情のまま呟き、どっと溜め息を吐いた。

 包帯が巻かれた両腕を見つめ、長耳を揺らして辺りの音を探る。

 焚き火が燃える音と、小川が流れる音に、誰かの呼吸音。そして馬が草を咀嚼する音。

 ゆっくりと深呼吸をすれば森の空気が肺を満たし、疲労が溜まった身体に僅かだが活力が戻る。

 

「とりあえず、目が覚めたみたいだな」

 

「っ!?」

 

 そんな時に投げられた聞き覚えのない声に、女上の森人は弾かれるように身体を起こし、腰の短剣の鞘に手を伸ばすが、

 

「ぅ……ぐ……っ!」

 

 身体を駆け抜けた激痛に呻き、膝をついた。

 呆れたような声音で「いきなり動くなよ……」先程と同じ声が投げ掛けられるが、それは今の彼女にとってどうでもいいことだ。

 歯を食い縛って痛みに耐えながら、ゆっくりを辺りを見渡す。

 馬がいる。小川もある。焚き火もある。そして最重要たる半森人の少女も、いる。

 焚き火によく当たるように最前線で、毛布にくるまって丸くなりながら、穏やかな寝息をたてている。

 女上の森人はようやく表情を和らげるが、すぐに真剣な面持ちとなって短剣を抜く。

 双子の月に照らされて黒曜石の短剣が鋭く輝くが、銀髪の青年は怯む様子もなく肩を竦めた。

 

「警戒するのもわかるが、一応助けたんだがな……」

 

 苦笑混じりにそう告げて、焚き火を棒でつついて掻き回す。

 舞い上がった火の粉を挟み、女上の森人と銀髪の青年の視線が交錯した。

 朝の空を閉じ込めた碧い瞳と、夜の空を閉じ込めた蒼い瞳は、お互いにぶれることなく見つめあい、先に視線を外したのは蒼い瞳の方だった。

 銀髪の青年は溜め息を吐くと顔を逸らし、半森人の少女に目を向けた。

 もごもごと口を動かし、音にはならない寝言を漏らしているが、表情は穏やかだ。

 

「夢見は良さそうだな」

 

 銀髪の青年もまた穏やかな笑みを浮かべると、「いいことだ」と呟いて再び女上の森人に目を向けた。

 

「それで、なぜ追われていたかを聞いても?」

 

「……」

 

 彼の問いに彼女は応じることはなく、短剣を握る手に力を入れるのみ。

「駄目か」と肩を落とした彼は、脇に置いていた雑嚢に手を入れると、中から林檎を取り出した。

 

「とりあえず食べろ。腹が減っているんだろ?」

 

 真っ赤な果実を(てのひら)で転がしながら、もう片方の手に短剣を持つ。

 きらりと光った銀光に女上の森人は身構えるが、銀髪の青年は林檎に刃を添えた。

 

「皮を剥いてやろうか?」

 

 少しでも気を解そうとしたのか、まるで神殿に寝かせている友人に言うように言うが、女上の森人はむしろ不快そうに眉を寄せて「……結構だ」と冷たく一言だけ告げるのみ。

 

「そうか」

 

 残念そうに返した銀髪の青年は「ほら」と林檎を投げ、短剣を手元でくるくる回して弄ぶ。

 視界の端でそれを見ながら、女上の森人は危なげもなくそれを受け取り、自分が映るほどに見事な林檎を見つめた。

 

「これは、あの街で買ったのか?」

 

「そうだが、何か問題か?」

 

 そして何やら神妙な面持ちを浮かべながらの問いに、銀髪の青年は首を傾げた。

 

「……いいや」

 

 女上の森人は低く唸りながら首を振ると短剣をしまい、大事そうに両手で持ちながら一口頬張った。

 真っ白な歯が皮を破り、溢れる果汁が舌を舐める。

 酸味と甘味の程よい塩梅は、よほどいい土地で育てられたのだろうとわかるほどだ。

 

「……」

 

 黙々と食べ進める彼女を見つめる銀髪の青年は、その姿に失礼を承知で小さく可笑しそうに笑った。

 言動こそ高圧的とまで思えたが、林檎を両手で持ち、栗鼠(りす)のように小さく、細かく咀嚼する様は、何とも子供っぽい。

 

 ──あるいは、林檎の丸齧りに慣れていないか、だな。

 

 上の森人は森人にとっては王族だ。林檎を食べる機会はあれど、出てくるのは皮を剥かれたものか、調理されたものだろう。

 意外に箱入りなのかと疑問を抱くが、それを訊けるほど彼女との信頼関係を築けてはいない。

 じっと見てくる挙げ句に笑っている銀髪の青年を睨むのは、仕方がないことだ。

 

「何か文句でもあるのか」

 

「いいや。いい食べっぷりだと思っただけだ」

 

 問われた銀髪の青年は肩を竦めるが、女上の森人の反応はよろしくない。

 相変わらず焚き火越しにこちらを見つめているが、人が食べている姿を観察するとは……。

 

「いいご身分なことだ」

 

「……上の森人に言われたくないんだが」

 

 女上の森人が無意識の内に呟いた言葉に、銀髪の青年は僅かに狼狽えながらも切り返す。

 それでも申し訳なさそうに身体を背ける辺り、言いたいことは伝わったようだ。

 女上の森人は小さく鼻を鳴らし、その後は無言のまま林檎を食した。

 しゃりしゃりと音をたてて、慣れない丸齧りに悪戦苦闘しつつも、それを悟られないように一口を小さめに。

 

「……」

 

 そうやって銀髪の青年を警戒していると、視界の端で毛布の塊が動いたことに気付き、そちらに目を向けた。

 相変わらず寝ている半森人の少女が寝返りを打ったのか、毛布がはだけて背中が見えてしまっている。

 女上の森人は微笑みながら毛布を整えてやり、彼女が起こさなかったとわかると小さく息を吐いた。

 あの子を助けに向かい、どうにか助け出し、そのまま休む間もなく逃走。

 まともに食事をする暇も、こうして身体を休める暇もなく、ほぼ二日ぶっ通しの強行。

 そこまですればいくら上の森人とて疲労は感じるし、疲労すれば技の精度も落ちると言うもの。

 

 ──情けない限りだ。

 

 その結果こうして只人に助けられたのだから、本当に情けない限りだ。

 

 ──この国にいる只人の多くが、敵だというのに。

 

 彼女は銀髪の青年に気付かれないように溜め息を吐くと、芯だけになった林檎を指で摘まんで弄ぶ。

 只人ならそこで終わりなのだが、そこは流石は上の森人。

 彼女は僅かに躊躇いながらも芯を齧り、さらに細くしていった。

 しゃりしゃりと咀嚼する音とは違う、こりこりと何か固いものを噛み砕く音が聞こえ始める。

 

 ──芯まで食べるつもりなのか……?

 

 銀髪の青年は故郷にいた上の森人の姿を思い浮かべ、彼女ならどうしたろうかと僅かに思案。

 そして彼女の場合、林檎よりも手製の菓子を食べていそうだなと判断を下すのに、あまり時間は掛からなかった。

 

 ──そう言えば母も好きだったな。

 

 むしろあれが好きなのは母だけに限った話ではない。あの菓子は中々に美味だ。

 母の友人たちの何人かも食べたそうだし、一度だけだが自分も食べたことがある。

 まあ毎日食べれば飽きがくるから、たまに食べるからこそ美味いと感じるのだろう。

 

「……っ」

 

 がじがじと、小さな口で必死に骨を齧る小犬のようになっているが、女上の森人は気にする素振りを見せやしない。

 いくらなんでもそれはないだろうと、銀髪の青年は僅かに目を細めるが、まあ上の森人だからと割りきった。

 森と共に生き、森と共に育つ彼らにとって、果実の一つとっても無駄にはしたくないのだろう。

 

 ──あるいは、どこまで食べるべきかわかっていない。……わけはないか……。

 

 森人なのだから、果実の食べ頃や食べ方に至るまで、一から百を理解しているだろう。

 

 ──いや、虫が多いんだったか……?

 

 父から聞いた話では、森人は肉の代わりに虫を食べるそうだし、彼女はそちらが好きで、林檎に馴染みがないという可能性も。

 

「……むぅ」

 

 銀髪の青年は悩ましげに唸ると、考えても仕方がないかと項垂れた。

 相手は森人。その中でも精霊の末裔とまで言われる上の森人だ。

 文字通り只人である自分の物差しで測れるような、そんな階位(クラス)の存在ではないのだ。

 

「……どこまで食べるつもりだ」

 

「っ!?……こ、このくらい、普通、だろう……?」

 

 銀髪の青年の溜め息混じりの言葉に、女上の森人は狼狽えながらも切り返した。

 その言葉に銀髪の青年は肩を竦め、「普通は芯までで終わりだ」と呟いた。

 短剣を焚き火にかざし、暖かな橙色の明かりが短剣を染める。

 

「それで、いい加減話をしてくれないか」

 

「……断ったら」

 

 木の枝のように細くなった林檎の芯を、どうしたものかと迷っていた女上の森人は、彼の言葉に目を細めた。

 瞳に微かな殺気が宿り、林檎を持っていた手がゆっくりと黒曜石の短剣へと伸びていく。

 対する銀髪の青年は「別に」と呟き、短剣を鞘に納めた。

 

「俺はさっさとここから離れて、この国を見て回るさ」

 

 そして何てことのないように笑いながらそう告げて、木に繋いでいる馬へと目を向けた。

 

「幸い、足は確保できたからな」

 

 嬉しい誤算だと笑う彼を睨みながら、女上の森人はちらりとその馬へと目を向けた。

 すらりと伸びた筋骨隆々な四肢に、力強く前を向く瞳。

 兵士から奪ったのであろうそれは、手に入れるのに果たしてどれだけの金貨が必要か。

 

「……助けてもらった身で悪いが」

 

 女上の森人は冷たい声音で言うと、短剣を引き抜いた。

 瞳に殺気を宿し、負傷しているにも関わらず覇気が衰えることはない。

 むしろ怪我をし、追い詰められた獣のように、研ぎ澄まされていると言っても過言ではないだろう。

 鳥肌が立つほどのその迫力に、思わず後退りそうになるが、銀髪の青年は笑って見せた。

 

「そんな怖い顔をするなよ。折角の美貌が台無しだぞ」

 

「貴様、馬鹿にしているのかッ!」

 

 だが、その一言は逆効果だったようだ。

 女上の森人は額に青筋を浮かべながら立ち上がり、怒号混じりに銀髪の青年に飛びかからんとした。

 銀髪の青年も素早く立ち上がりながら短剣を抜き、迎撃せんと身構える。

 焚き火を挟んだ睨みあいが始まり、二人の圧に押されて炎が大きく揺れる。

 舞い散る火の粉が夜の森に消えていき、ぱちぱちと手拍子にも似た音をこぼす。

 摺り足で足場とまあいを確かめながら相手の呼吸を読み、隙を探り、懐に飛び込む時機(タイミング)を探る。

 そうして瞬きすることもなく睨みあっていると、二人の視界の端で毛布の塊がもぞもぞと動き始めた。

 

「……っ。……?」

 

 布擦れの音と共に半森人の少女は起き上がり、くぁ~と大きく口を開けて欠伸を漏らすと、ぐしぐしと涙が浮かんだ目を擦る。

 そして霞む視界に、武器を構えたまま驚いたような表情でこちらを見つめる二人の姿を見つめ、不思議そうに首を傾げた。

 

「起きたようだな。よく眠れたか?」

 

 そして真っ先に声をかけたのは銀髪の青年だ。

 戦闘体勢を解除しながら短剣を納め、朗らかに笑う。

 寝惚け眼のままこくこくと頷いた半森人の少女は、ぼんやりとした表情のまま女上の森人へと目を向けた。

 

「あ、ああ。おはよう。あー、ちゃんと眠れたか?」

 

 そして女上の森人は、何を言おうかと迷い、結局しどろもどろになりながらそう問うた。

 半森人の少女は『またそれ』と言わんばかりに首を傾げ、とりあえず一度だけ頷いた。

 

「なら、良いんだ」

 

 女上の森人は憤怒の表情と、構えた短剣を誤魔化すように笑いながら、ゆっくりと鞘に納める。

 それを見ていた緋色の瞳が細まり、眠たそうに欠伸を漏らした。

 一応逃亡犯なのだが、それでも二度寝をしようと毛布にくるまる辺り、半森人の少女も中々に呑気だろう。

「ああ、寝るな」と女上の森人が慌てて抱き上げるが、肝心の少女は船を漕いでかくかくと首が揺れている。

 その様はどこか親子のように思えるが、二人が親子ではないのは見ればわかる。

 顔や雰囲気が似ていないこともそうだが、女上の森人の態度がどこかよそよそしいように見える。

 少女の方は気にもせずに踏み込もうとしているが、それを女上の森人が許さないといった感じだろうか。

 ともかく、二人の間には信頼はあれど親愛の情はないように見えるのだ。

 

「……」

 

 銀髪の青年はそんな二人の様子を、どこか冷めた目で見つめながら腕を組んだ。

 別に子供から親愛の類いは受け取っても害はあるまいに、それから意識して目を背けるとは、大人としてどうなのだ。

 

 ──その内離れ離れになるとわかっているのなら、話は別になるが……。

 

 少女の様子や年齢からして、そんなすぐに離れるようには見えないし、彼女もそれを望むまいに。

「むぅ……」と小さく唸った銀髪の青年はちらりと馬へと目を向けた。

「ぶるる!」と威嚇するようにいななき、蹄で地面に叩いて威圧してくる。

 

「……別に危害は加えないんだがな」

 

 幼い頃からどうにも動物に好かれない。

 妹や弟たちは大丈夫なのに、自分だけは駄目なのだ。

 どうにかしようにも理由がわからず、かといって近づこうものなら攻撃される。

 

 ──馬に蹴られて死んだなど、父や母に知られたら……。

 

 銀髪の青年は背筋に冷たいものを感じ、身体をすくませた。

 あの二人の場合、魂が天に還ったとしても説教しに来そうなのだ。二人は生きたまま、どうやってかは知らないが。

 銀髪の青年は鳥肌が立った腕を擦りながら、いまだに威嚇してくる馬から視線を外した。

 

「ああ、こら!今から移動するんだ、寝るんじゃない」

 

 女上の森人は自分にぎゅっと抱きついたまま眠ろうとする半森人の少女の肩を揺らしながら、僅かに語気を強めた。

 

「……。……」

 

 肝心の少女は眠たげに閉じていた緋色の瞳を開き、批難するようにゆっくりと細めた。

 それでも一応は起きたのか、欠伸を噛み殺して女上の森人の腕から降りる。

 そのまま馬の鵬に歩き出し、パクパクと口を動かした。

 相変わらず音はなく、何を言っているのかはわからないけれど。

 今にも蹴り殺さんばかりに殺気立っていた馬が大人しくなり、半森人の少女が伸ばした手を受け入れるように頭を垂れた。

 彼女の小さな手が馬の額を撫で、もっととせがむように蹄で地面を蹴る。

 

「……不思議なものだ」

 

 銀髪の青年は便乗して馬の首を撫でてやりながら言うと、半森人の少女が彼に顔を向けてにこりと微笑んだ。

 

「まあ、助かった。これで──」

 

 笑みを返してやりながら、彼女の頭を撫でてやろうと伸ばした手が、不意に止まった。

 不思議そうに首を傾げる半森人の少女を他所に、銀髪の青年と女上の森人は鋭い目付きで辺りを見渡す。

 ぴくりと長耳を揺らした女上の森人が、傍らに置いてあった大弓を手に取り、矢をつがえる。

 

「何か、来る」

 

 彼女の耳にはがさがさと葉と小枝が揺れる音が届き、そちらに向けて弓を構える。

 馬の手綱を握っていた銀髪の青年は片目を閉じ、夜中でも空を飛んでくれていた鷲と意識を共有する。

 鷲の視界を一時借り受け、空から森を俯瞰する視線へと切り替わる。

 そのまま更に意識を集中し、タカの眼を発動。

 暗くなった視界に、森の暗がりを突き進む赤い影を視認した。

 数はおよそ十。人型ではあるが、本当に人なのかはわからないほどに速い。

 

「……」

 

 緩んでいた意識を引き締めるように、緩めていた鎧の留め具を閉め直し、円盾を左腕に括りつけ、長筒(ライフル)を背中に。

 あえて焚き火を放置し、まだ気付かれていないと相手に思い込ませる。

 鋼の剣をいつでも抜けるように身構えながら、女上の森人と、半森人の少女に告げた。

 

「馬に乗れ。移動するぞ」

 

「三人を乗せたまま、振り切れると思うか」

 

 女上の森人は目を細め、神妙な面持ちになりながら問うた。

 半森人の少女と誰か一人ならともかく、三人を乗せて走らせた所で、その速さはたかが知れている。

 銀髪の青年は彼女の言葉に不思議そうに首を傾げ、「だから、さっさと乗れ」と改めて告げた。

 

殿(しんがり)は俺がやる。お前らは行け」

 

「なっ!?お前は、何がしたいんだ!?」

 

 彼からの進言に驚きを露にした女上の森人は、彼の胸ぐらを掴みながら更に言葉を荒げる。

 

「今日あったばかりの、事情も知らない相手を理由もなく助けるのか!?貴様、ふざけているのか!?」

 

 鬼気迫る迫力と共に告げられた言葉に、銀髪の青年は肩を竦めた。

 

「困っている人を見ると、居ても立ってもいられない性格でな。自分でも難儀している」

 

 そしてさも当然のようにそう告げて、彼女の剣幕に怯えている半森人の少女を見つめると、「それに」と言葉を続けてふっと頬を緩めた。

 

「こんな小さな子供を助けようとしている奴が、悪い奴には思えん」

 

「……っ!?きさ、まは……!」

 

 小さく肩を竦めながら告げられた言葉に、怒りの出鼻を挫かれた女上の森人は言葉をしている詰まらせた。

 胸ぐらを掴む手にだけ力が入り、革鎧が軋む音が鼓膜を揺らす。

 

「こんなことをしている時間はない。早くしろ」

 

 そして彼女の手を掴んだ銀髪の青年は目を伏しながら彼女を急かし、その手を振り払った。

 それなりに力を入れていた筈なのに、それこそ虫を払うように簡単に退けられるとはと、女上の森人は僅かに目を見開く。

 只人の知り合いが多いとは言えないが、他の男たちもこうなのだろうかと、小さな疑問が脳裏を過った。

 

 ──いや、そんな事はどうでもいい。

 

 そもそも只人と触れあう機会が滅多にないのだから、そんな疑問を抱く余裕があるのなら他のことを考えるべきだろう。

 女上の森人は表情を消しながら、「わかった」と低い声音で告げて、小さく頷いた。

 向こうから利用されてくれるのなら、利用してやるのが彼のためにもなるだろうと、心の冷たい部分で語りかけてくる。

 その声に従うがまま馬に跨がり、僅かに尻をずらして具合を確かめる。

 その間に銀髪の青年は嫌がるように馬の影に隠れていた半森人の少女を持ち上げ、「ほら」と女上の森人に差し出した。

 逃げようとじたばたと暴れているが、大人の膂力から逃れるにはあまりにも非力で、あっさりと馬の上へと乗せられた。

 

「本当にいいんだな」

 

 女上の森人は瞳に冷たい輝きを灯しながら、さながら試すように問いかけた。

 問われた銀髪の青年はこくりと頷き、「男に二言はない」と苦笑混じりに肩を竦めた。

 半森人の少女は離れたくないのか、涙目になりながらパクパクと口を動かしているが、肝心の声は誰にも届かない。

 ようやく打ち解けあえた、年の離れた友人と、一日も経たずに別れてしまうのは、幼心には辛いことだろう。

 銀髪の青年は彼女を安心させようと、優しく彼女の頬を撫でた。

 触れれば柔らかく、温かいそれは、妹のそれと似ているが確かに違うものだ。

 

「大丈夫、また会えるさ」

 

 にっと白い歯を見せながら、芝居がかっているようにも思える笑みを浮かべた。

 半森人の少女は頬に触れる彼の手に自分の手を重ね、涙を堪えているのかぷるぷると肩を震わせる。

 

「……武運を祈る」

 

 その様子を冷たい視線のまま見ていた女上の森人は、相変わらず淡々とした声音でそう言うと、銀髪の青年は小さく鼻を鳴らした。

 

「──運は自分で掴むもの」

 

 そして不意にそう呟き、「父からの受け売りだ」と付け加えた。

「そうか」と多少驚きながらも頷いた女上の森人は、もはや言葉は不要と言わんばかりに馬の腹を蹴り、走らせた。

 森の木々の隙間を全力でもって駆けていく馬と、それに跨がる女上の森人の背を見送った銀髪の青年は、頭を掻きながら腰の剣を抜刀。振り向き様に真一文字に振り抜いた。

 瞬間、キン!と甲高い金属音と共に火花が散り、彼の背後から斬りかかった刺客が夜の闇へと消えていく。

 それを見送った銀髪の青年は、腰の拳銃嚢(ホルスター)から短筒(ピストル)を引き抜き、発砲。

 火の秘薬が炸裂する乾いた音が夜の森に響き渡り、闇の奥からどさりと何かが倒れる音が聞こえる。

 

「無視は困るな……」

 

 挑発するように短筒をぐるりと回し、鮫のように獰猛な笑みを浮かべる。

 直後、ざわざわと闇がざわめきだし、余多の視線が彼へと殺到した。

 いや、視線という曖昧模糊なものを感じ取れるほど、銀髪の青年の能力(ステータス)も極まっているわけではない。

 だが、その代わりに感じるものが一つ。

 

『──』

 

『~~~~』

 

『……っ。……!』

 

「……ここまで多いと、喧しいな」

 

 殺意が声となった、罵詈雑言の数々。

 街中を歩いていて、すれ違う相手全てが敵だとすれば、こういうこともあるのだろうかと僅かに苦笑。

 

 ──どこから、どの程度の距離で、何人が自分を狙っているのかを、把握する。

 

 父から教えられたというよりも、父との鍛練の中で使えるようになったこの感覚は、果たして何と呼ぶべきだろうか。

察知(センスリスク)』だとか『敵意(センスエネミー)』とかの魔術や奇跡の類いに似ているが、決定的なまでに違うこれは、何なのだろうか。

 

 ──この国に、父さんの故郷に来ればわかると思ったんだがな……。

 

 まさか初日から本来の目的から外れ、番兵を吹き飛ばすことになるなど、誰が思うだろうか。

 そして、苦笑混じりに彼は叫んだ。

 

くそったれが(ガイギャクス)!!」

 

 その叫びを合図に、闇の中にいる者たちが動き出す。

 闇に溶け込む黒い衣装は特殊な術が織り込まれているのか、夜目が利く種族であっても影さえも見えず、けれど仲間同士の位置は確実に把握しあう、彼らにのみ着用を許された特殊な逸品。

 闇に溶け込む、刃から柄、鞘に至るまで暗い色をした武器には特殊な毒が染み込み、掠り傷さえも致命傷へと昇華させる、これまた逸品。

 一人一人で刃渡りや、そもそもの武器種が違うなど、衣装意外で彼らの共通点は意外にも少ない。

 だが、それこそが彼ら──王直属の暗殺部隊『暗剣』を、その名たらしめる要因だった。

 闇から飛び出してくる得物は、短剣なのか、斧なのか、槍なのか、鎌なのか、それは振るわれる瞬間にならなければわからない。

 

 ──だが世の中には、例外(イレギュラー)があるのだ。

 

 銀髪の青年の蒼い瞳に星の輝きが宿り、その視界に闇に隠れた者たちの姿を無慈悲に映し出す。

 ぐるりと辺りを見渡してみれば、赤い影が自分を囲むようにおよそ十。

 先ほど一人減らしたものの、総数が減っていないのは最初の偵察が甘かったからか。

 

 ──まあ、どうでもいいか。

 

 ごきごきと首を鳴らし、左腕の円盾を構えながら、右手首をぐるりと回して身構える。

 全方位を警戒しつつ、彼らを撃滅しなければならないのは骨が折れるが……。

 

「成ればなる。俺は只人(ヒューム)の男の子っ!」

 

 銀髪の青年は『暗剣』たちに向かって吼え、自ら闇の中へと飛び込んだ。

 虎穴に入らんば虎児を得ず。

 獲物を狩るために、自ら狩り場に飛び込むのは、勇敢なのか、蛮勇なのか。

『暗剣』たちはそんな思考さえもせず、自らの領域(テリトリー)に入り込んだ銀髪の青年(ターゲット)に踊りかかる。

 静かな夜の森で、男の意地と暗殺者たちの誇り(プライド)をかけた死闘が、幕を開けた。

 

 

 

 




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