SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory06 状況確認

 金髪の圃人に先導されて通された洞穴。

 高さは只人である銀髪の青年が直立してもまだ余裕があるものの、横幅は三人も並べば埋まってしまうほどに狭い。

 簡単に道を舗装する板や、壁や天井を補強の木材などは剥き出し。

 けれどどの木材も朽ちたり、痛んでいたりする様子はなく、頻繁に点検や交換をしているのが見て取れる。

 それでも足場が不安定で、道も狭いとなると、少人数が駆け抜けるだけなら良さそうだが、怪我人を担いで駆け込む時は難儀しそうなものだ。

 自然にできたものではなく、誰かが乱暴に放り抜いたのだろう。

 ただ通れるようにだけ用意されたここは、洞穴ではなく隠し通路の類いだ。

 

「……」

 

 その中を進む銀髪の青年は、周囲を囲む森人や、鼻先に突きつけられた薙刀の切っ先を見つめながら溜め息を漏らす。

 一応敵意は薄まったとはいえ、ここまで露骨に警戒されると言うのは初めてのことだ。

 依頼で赴いた村でさえも、ここまで酷い扱いはされない。

 冒険者制度のない国というのは、まことに面倒くさい。

 相手がこちらを怪訝に思い、敵意を剥き出しにしているとなれば尚更だ。

 切っ先をずらしてもいいのだろうが、そんな事をすれば戦闘が再開されるのは目に見えている。

 今回は至近距離で包囲され、全員が武器を構えているこの状況での再開は、文字通り死に直結するだろう。

 

 ──何事も我慢が大事、か。

 

 時と場合によるが、一晩中その場から動かずに相手を監視するということもあるのだ、このくらいがなんだ。

 銀髪の青年は僅かに動きかけた手を律し、その変わりに再びの溜め息。

 ちらりと背後に目を向ければ、馬を引いている女上の森人と、彼女と手を繋いでいる半森人の少女の姿がある。

 他の森人も近くにいる為か、少女はご機嫌そうにスキップしている姿は、こうして見ている分には微笑ましい。

 

 ──武器と殺意を向けられていなければ、だが……。

 

 その微笑ましさも辺りを囲む武具の煌めきにより、相殺されるどころか完全に無くなっているのだが、何かしらで気をそらさなければ嫌になる。

 

「何をしている」

 

 そうしてほんの数秒だけ後ろを向いていた為か、真後ろにいた森人が瞳を鋭く細め、冷たい声色で問うてきた。

 返答次第では斬ると言わんばかりの迫力だが、銀髪の青年は怯む様子もなく肩を竦める。

 

「首の運動だ」

 

 彼はそう言うと首を曲げ、ごきごきを音を鳴らした。

 その返答が正解だったのかはわからないが、当の森人はふんと鼻を鳴らし、後方を歩く女上の森人と半森人の少女へと意識を向けた。

 その隙に前に向き直った銀髪の青年は、目の前で揺れる切っ先を無視して金髪の圃人の小さな背中に問うた。

 

「あと、どれくらいだ」

 

「もうすぐだ。前が見えないのか?」

 

 背中越しに促されるがまま、彼から視線をずらして暗闇の奥へと目を向けて見れば、小さな光がこぼれているのが見えた。

 それなりに歩いているから、既に山の一つや二つを越えているように思う。

 歩いている感じと、目的地の感じからして、地下に潜っていることはないとは思うが……。

 その疑問に小さく唸った彼はその光へと意識を向けた。

 形が曖昧だった光が四角形となり、その明るさもだんだんと強くなっていく。

 

「さあ、ここだ」

 

 不意に立ち止まった金髪の圃人は、身体ごと振り向きながらそう告げた。

 そして改めて銀髪の青年の顔を見上げ、暗い洞穴の中でも仄かに輝く蒼い瞳をじっと睨む。

 

「この先が俺たちの拠点だ。ここに入れば最後、この国での安泰はないと覚えておいてくれ」

 

「もう安泰も何もないと思うんだがな」

 

 彼の言葉に銀髪の青年は肩を竦めた。

 衛兵殺し。

 おそらく違法である亜人(デミ)の擁護。

 そして、これまた憶測だがこの国の、それもかなり上の立場の何者かに属する暗部組織との衝突。

 自分で自覚があるだけでも、この国に来て半日ほどでやらかした犯罪はこの程度。

 この国独自の法があるとすれば、さらに増えていくこともあり得る。

 一応顔がばれていないのだけが救いだか、それも時間の問題だろう。

 どこからか情報は漏れるだろうし、あの暗殺者に生存者がいればまず間違いない。

 全滅させた筈ではあるが、自分や父のように何かと視覚を共有する力を持つものがいないとも限らない。

 

「だから、大丈夫だ」

 

 その言葉に込められたものは、覚悟と言うよりは後ろ向きで、あまり好ましいものではない。

 諦め、と言う方が正確で、もう引くには何もかもが遅すぎると、割りきってしまったのだろう。

 後悔はない。自分が正しいと思ったことを、国が変わっても貫いただけのこと。

 金髪の圃人は「そうか」と頷くと、「なら、こっちだ」と光の向こうへと歩き出す。

 それに続いて銀髪の青年も歩きだし、その後方に森人や女上の森人、半森人の少女、馬が続く。

 暗い洞穴から、光に溢れるその先へと、全員が足を踏み出した。

 それと同時に(まばゆ)いばかりの光に視界を封じられ、手で目を庇った銀髪の青年を他所に、慣れているのか気にした風もない森人らは、改めて彼を囲んだ。

 女上の森人は改めて半森人の少女を馬に乗せると、優しく微笑みながら「疲れていないか?」と問うた。

 銀髪の青年同様に目をやられている半森人の少女は、目をぎゅっと閉じ、どうにかしぱしぱと瞬きしながら、こくりと頷く。

 そしてどうにか視界が回復した銀髪の青年が手を降ろし、ゆっくりと目を開けた。

 同時に目を見開き、思わず感嘆の息を漏らす。

 さながら山の中身をくり貫いたようにも見えるそこは、どうやら古い遺跡のようだった。

 大きめの街ほどはありそうな遺跡には石作りの建物や、支えるものを失った柱が点在し、苔が生え、蔦が巻き付いている。

 天井の岩肌は各所に穴が開いて吹き抜けになっていることでそこから陽の光が差し込み、地下水が川となって流れているため、ある程度植物が育つ環境が整っていたのだろう。

 そしてそんな陽の光に照らされる遺跡は、一度は失われた筈の活気に満ちているのだ。

 右を見れば建物を補修する鉱人の姿があり、左を見れば吹き抜けの一角を利用した畑を耕す圃人の姿がある。

 じっと目を細めて遠くを見れば複数人の蜥蜴人が訓練に励んでいたり、森人が集まってくる子供を相手に何かを歌っていたりと、それなりに活気があるようだ。

 何より目を引くのは、正面奥に鎮座する一際大きな建物。

 遺跡となったこの街で、かつては(まつりごと)の中心だった場所だろうか。

 かつては何の種族が住んでいたのかは知るよしもないが、どこを見ても港町とは対照的に只人の姿はなく、むしろ銀髪の青年に気付いた幾人かがぎょっと目を見開いて驚きを露にしているほど。

 それもすぐに好奇や軽蔑の視線へと変わり、大人たちからは隠す気もない敵意を向け、子供たちを物影や自分の影へと隠してしまう。

 その場に立ち尽くしていた銀髪の青年が居心地悪そうに身動ぎすると、「早く歩け」とその肩を森人が押した。

 押されるがまま前に出た青年を他所に、女上の森人はホッと安堵の息を吐き、半森人の少女は馬の上で好奇心に動かされるがまま辺りを見渡している。

 今にも飛び出してしまいそうだが、そこは女上の森人に迷惑がかかるからとどうにか我慢。

 その分濡羽色の髪を揺らしながら辺りを見渡し、その光景を目に焼き付けていた。

 

「姫様。一度お部屋にお戻りになりますか?」

 

 側に控えていた女森人が問うと、女上の森人は首を横に振り「大丈夫だ」と微笑んだ。

 

「彼の処遇が決まるまでは、休むに休めん。彼を招いたのは私だ」

 

 だがすぐに凛とした表情に戻ると、金髪の圃人と複数人の森人に連れられて歩く銀髪の青年の背を見つめた。

 端から見れば捕虜や虜囚のようであるが、一応は恩人なのだ。彼がいなければ、自分もあの子もここにはいない。

 

「……久しく会った、まともな只人だ。無下にはできんさ」

 

 その感謝と共に、酷く懐かしいようにも、昨日の日のようにも思う過去の日々を──只人と亜人が手を取り合って生きていた日々を思いだし、儚げな笑みをこぼす。

 

「姫様……」

 

 その笑みを受けた女森人は何と声をかけるべきかわからず、ただ彼女のことを案じることしか出来ない。

 自分の無力さに苦虫を噛み潰したような表情になりながら、それでも自分を律してすぐに表情を整える。

 爪が食い込み、血が滲むほどに拳を握りながら、表情にはその痛みも苦しみも出さず、女上の森人に問う。

 

「あの只人は何者なのでしょう」

 

「それはわからん。それを知るために、連れてきたのだ」

 

 彼女の問いに神妙な面持ちで答えた女上の森人は、半森人の少女に視線を向けた。

 好奇心も落ち着いき、退屈になってきたのか、今度は馬のたてがみを撫でてやりながら欠伸を噛み殺している。

 その呑気な姿に緊張が解れたのか、女上の森人は苦笑を漏らしながら女森人に告げた。

 

「さあ、行こうか」

 

「はい」

 

 彼女は凛とした表情のままに頷き、馬を引いて歩く女上の森人の後に続く。

 目指すは最奥。この棄てられた街を治める者が住んだ、王城跡地。

 彼ら亜人の、代表者が集まる場所だ。

 

 

 

 

 

 

 彼らが足を踏み入れた王城は、只人が通ることを考慮されてはいなかった。

 つまり薄暗く、光源らしいものは壁の燭台に取り付けられた蝋燭の程度で、夜目がきかなければどこを歩いているのかもわからなくなる。

 蝋燭はある程度置かれているとはいえ、距離を置かれて設置されるとなると、城内は嫌でも暗くはなるだろう。

 加えて廊下の幅も大人四人が並んでも余裕がある程度に広い。おかげで余計に暗い。

 亜人たちは夜目がきくため問題ないが、只人にとっての居心地は最悪といっていいだろう。

 

 ──ここを拠点としていた種族が気になって仕方がないな。

 

 冒険者の(さが)なのか、こうした遺跡に来てしまうと妙にあちこちが気になってしまう。

 燭台一つとっても古い筈なのに真新しく、壁や床、天井の石材も磨きあげられて輝いて見える。

 おそらく鉱人の職人の手がかかっているのだろうが、彼らの都だったという雰囲気ではない。

 只人の自分が直立してなお、天井が余っているのだ。鉱人の城ならば、まず間違いなく屈んで歩くことになる。

 となると、闇人(ダークエルフ)の仮住まいだったのか。それにしては造りが武骨にすぎる気もするが……。

 

「むぅ……」

 

 銀髪の青年が顎に手をやって唸ると、隣を歩いていた森人が「どうかしたか」と鬱陶しそうな声音で問うた。

 問われた青年は顔をそちらに向け、「ここの前の主が気になってな」と肩を竦めた。

 

「お前は知らなくていいことだ」

 

「違いない」

 

 鋭い目付きで睨まれながらの一言に、銀髪の青年は早々に意味がないと見切りを着けて頷くと、瞬きと共にタカの眼を発動した。

 薄暗い廊下の輪郭(ワイヤーフレーム)が浮かび上がり、壁に刻まれた文字や彫刻画、引っ掻いたような跡が白く輝く。

 それをじっくりと観察したいところだが、生憎と回りを囲む森人たちや金髪の圃人が止まってくれる様子はなく、出来るのは黙々と歩く程度。

 そして数分ほど歩き、階段を数階分登った頃。

 

「ここだ」

 

 金髪の圃人がとある部屋の前で足を止め、そう告げると共に扉を開いた。

 促されるがままその部屋に入った銀髪の青年は、再びの眩しさに目を細めた。

 王城の最上階なのか、崩れた天井の一部から陽の光が差し込み、部屋の中を照らしているのだ。

 部屋の中央に置かれた石造りの長卓と、その上に置かれた大きな地図には短剣が突き刺さり、他の場所には鉱人(ドワーフ)女戦士(アマゾネス)獣人(パットフット)鳥人(ハルピュイア)蟲人(ミュルミドン)をそれぞれ模した駒が置かれ、地図の中央には王冠を被った只人の駒が置かれている。

 手慣れた様子で彼にも見やすいようにと設置された足場に飛び乗った金髪の圃人は長卓に薙刀を立て掛けると、「キミも来てくれ」と銀髪の青年を呼んだ。

 呼ばれるがまま彼と対面する位置に足を進めた銀髪の青年は、地図を見下ろしながら「これは?」と問うた。

 

「言ってしまえば勢力図かな。これを見せながら話した方がわかりやすいだろう」

 

 ちょこちょこと部屋の中を走り回り、椅子を引っ張ってきてそこに飛び乗った半森人の少女は勢力図を覗きこんだ。

 適当に駒に触れようと手を伸ばすが、結局届かずに諦めてしまう。

 その様を見つめて苦笑した女上の森人はその椅子の背後に立つと、わしゃわしゃと彼女の濡れ羽色の髪を撫でた。

 先ほどまで着いてきていた森人たちは、部屋の外に控えているのか、鋭い敵意が扉の向こうから感じられる。

 やれやれと溜め息混じりに肩を竦めた銀髪の青年は、改めて勢力図へと視線を落とした。

 国の南東の端──つまり、現在地には短剣。

 国の西端の山岳部には鉱人の駒。

 ここから程近い、国の北東部を占める森林には女戦士の駒。

 国を縦断する大河の一部を跨がるように置かれた獣人の駒。

 北西の国境沿いには鳥人の駒。

 南西の、あまり詳細がわかっていない区画には蟲人の駒。

 そして、王都と思われる場所には只人の駒。

 地図の上にそれぞれの根城を示した、文字通りの勢力図。

 住む場所もバラバラで、その距離からして連絡を取り合うつもりもないのが目に見える。

 まあそもそもとして、それぞれが独自の文化の中で暮らす種族なのだから、相容れないのも当然のように思うのだが……。

 

「昔はそれぞれの集落と繋がりがあり、国そのものが一つとなり、近隣諸国や魔神(デーモン)の脅威と立ち向かっていたのだ」

 

 じっと勢力図を睨んでいた銀髪の青年の耳に届けられたのは、女上の森人の懐かしむような声だった。

 そちらに目を向ければ、半森人の少女を撫でるのを止めた彼女が、愛おしそうに何も描かれていない地図の区画を細指で撫でた。

 

「この国自体が大きくはないからな。そうでもしなければ、一月(ひとつき)足らずで滅びてしまう。只人の始め、ここに示された種族や、今は行方もわからない種族の族長らが集まり、未来の為に奮闘していた」

 

 懐かしむように、それと同時に誇らしげに、まるで父のことを自慢する娘のように、彼女はそう告げた。

 

「今は、違うようだが」

 

 銀髪の青年は腕を組みながら無礼を承知で口を挟むと、女上の森人は力なく頷き、金髪の圃人もそれに続いた。

 彼は憎々しげに王の駒を睨むと、吐き捨てるように言う。

 

「始まりは二十年前。突然只人の王が倒れ、その後を誰も名前も知らない宰相が継いだ。そして、その日を境に何もかもが変わった」

 

 ──曰く、亜人に対する風当たりが強まっていった。

 

 ──曰く、国全体が故も知らぬ神を信奉し始め、多くの神殿や寺院が取り壊された。

 

 ──曰く、宰相が召集した先鋭を中心として、兵士たちが亜人狩り、異教徒狩りを始めた。

 

 ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉には悲痛なまでの哀しみと怒りが滲み、卓上に置かれた拳からは血が滴っているほど。

 

「亜人は世界の異物に他ならず。故に殺すべし」

 

「昨今世界に広まる神々の名は偽りなり。故に棄て、真の神の名を復唱すべし」

 

「それをせず、偽りの名を語る者は異教徒なり。故に殺すべし」

 

「彼らを滅す兵士、戦士たちは英雄なり。故に讃え、彼らを模範とすべし」

 

 言葉を詰まらせる彼に変わり、そう口にしたのは今しがた入室して蜥蜴人だ。

 彼にとっては狭いのであろう扉を、身体を縮こませて潜った彼は、しゅるりと鼻先を舐め、ぎょりと回した瞳で銀髪の青年を捉えた。

 

「只人を連れ込んだと聞いたが、ふぅむ……」

 

 赤い鱗で全身を包み、それを押し上げる筋肉からして戦士なのは間違いない。

 多くの人が想像する蜥蜴人を、そのまま頭から引っ張り出したような出で立ちだ。

 そんな彼は顎を擦りながら唸ると、じっと目を細めて銀髪の青年を舐めるように見る。

 鎧越しだが彼の身体つきを確かめ、武器を持つことによる重心のずれの有無を確かめ、その蒼い瞳を見つめ、彼の心中を測らんとする。

 対する銀髪の青年もそれをある程度察したのか、彼の瞳をじっと見つめ返し、お互いの視線を交錯させる。

 一応、物心ついた頃から蜥蜴人とは面識があるのだ。怯える理由も、逃げる理由もない。

 知り合いの彼は、戦士と言うよりは僧侶や術者としての側面が強いのは、気にする必要もあるまい。

 蜥蜴人に対して強さを示すことは、どんな言葉よりも雄弁に彼らと語り合う手段だ。

 

「……まあ、最近会った中じゃましな方だろうよ」

 

 そして数分ほど見つめあうと、赤い鱗の蜥蜴人はそう告げて、長卓を覗ける位置についた。

 しゅるりと喉の奥を鳴らすと、椅子に乗って卓上を見下ろす半森人の少女に視線を映す。

 不意に彼と視線が合った少女は首を傾げるが、当の赤い鱗の蜥蜴人は興味なさげに視線を女上の森人に向けた。

 

「ったく。一人でしゃばった結果、満身創痍で逃げ帰ってくると思ったんだがな」

 

「……死を覚悟したが、生きてはいる」

 

 言われた女上の森人は無表情になりながらそう言うと、ちらりと銀髪の青年に目を向けた。

 

「彼がいなければ、きっと死んでいただろうな」

 

「……その感謝は受けとるが、さっきの言葉はなんだ。その、異物だの、異教徒だの、殺すだの」

 

 銀髪の青年は僅かに照れたように顔を背けるが、ようやく知れそうなこの国の実状に対しての言葉に食いついた。

「あ?」と心底不思議そうに声を漏らした赤い鱗の蜥蜴人は、「只人なのに、知らないのか?」と小馬鹿にしたような声音で問うた。

 

「生憎と、俺は宿なし放浪者(ワンダラー)でな。この国にも来たばかりだ」

 

「来て早々に、この森人助けて追われてんのか」

 

「ああ」

 

 赤い鱗の蜥蜴人の憐れむような言葉に、銀髪の青年は間髪いれずに頷いた。

 その反省も後悔もしていない様子に、赤い鱗の蜥蜴人は心底愉快そうに目を細め、牙を剥いて笑みを浮かべた。

 

「気に入った。少なくとも、同じ戦場には立たせてやる」

 

「……背中を斬られそうだな」

 

「斬られたら、お前が未熟だったってことだ」

 

 銀髪の青年が肩を竦めながら放った言葉に、赤い鱗の蜥蜴人はご機嫌そうに尾で床を叩いた。

 ベチン!と鞭で打たれたような打撃音に、半森人の少女は驚いてビクンと身体を跳ねさせるが、他の大人たちが一切気にしていないとわかるや否や姿勢を正しさ。

 

「それで、さっきの言葉に関してだね」

 

 ──と、かなり脱線し始めた話を、振り出しに戻したのは金髪の圃人だ。

 困り顔で頬を掻いた彼は、一度咳払いをして銀髪の青年へと目を向けた。

 

「さっき彼が言ったのは、現国王が国民に向けて発した法だ。彼は只人を、正確にはとある神(・・・・)を奉じる只人を至上とし、それ以外を排除にかかっている」

 

「……あの交易神の神殿。道理で」

 

 彼の言葉に銀髪の青年は女上の森人と半森人の少女と出会った場所を思い出し、同時に納得した。

 神を、信仰を棄てろと言われ、神官たちが納得するわけもない。彼らなりに抵抗したのだろうが、結局は敗れて神殿も棄てられたのだろう。

 壁と玄関がなくなったが、誰も訪れないのなら気にはすまい。

 

「ちなみにその神とは?」

 

「英知の父、知識の母、聖なる声。これらいずれかか、あるいは全てか。ともかく神の名とは思えないこの三つが、今や神として崇められている」

 

「……本当に神の名なのか。覚知神(叡智の父)ならともかく、他の二つは聞いたこともないんだが」

 

「叡智の父は、おそらく覚知神を示す言葉ではない」

 

「……?」

 

 女上の森人が目を閉じ、眉を寄せながら告げた言葉に銀髪の青年は困惑気味に彼女に目を向けた。

 信じられないと言わんばかりに目を見開き、言葉が出ずに固まってしまうほど。

 

「国中を走り回っても、緑の瞳の印は見つけられなかった」

 

「ああ、そういうことか。なら、通称ではなく真名(まな)が英知の父なのか……?」

 

 むぅと唸る彼を他所に、「話を続けてもいいかな?」と金髪の圃人が再び話の修正にかかった。

 

「ああ、すまん。それで、それなら只人をここまで敵視する理由もないだろう。異教徒(・・・)と手を組めば、どうにかなる筈だ」

 

 戦力にもなるだろうと告げると、「そうなんだがな」と赤い鱗の蜥蜴人は苛立ちを露にしながら告げた。

 

「単刀直入に言えば裏切られた。その異教徒(・・・)の中に、内通者が潜り込んでいてな」

 

「前の拠点は軍の強襲を受けて壊滅。俺たち『反乱軍』は散り散りになり、今は国中に潜伏している状態だ」

 

 金髪の圃人がそう言うと、ちらりと半森人の少女に目を向けた。

 僅かに怯えたように身体を縮こませながら、ぎゅっと女上の森人の服の袖を掴んでいる。

 彼女もそれに気付いているようで、少女を慰めようとそっと頭を撫でていた。

 

「ただですら大きかった只人に対する不信感は、それを境に一気に高まった。むしろ、只人は敵であるという認識が、俺を含めて根強くなっている」

 

 金髪の圃人は自分の拳を握りながらそう言うと、銀髪の青年を睨み付けた。

 血のように赤い瞳に鋭い輝きが宿り、何かあれば問答無用で斬ると言わんばかりだ。

 銀髪の青年はその視線を軽く受け流すと、半森人の少女へと視線を向けた。

 

「で、この子は何なんだ。前王の忘れ形見というのは聞いたが」

 

「その言葉の通りだ。二十年前に亡くなった前王が、生涯唯一愛した森人との間に産まれた、たった一人の嫡女」

 

「……前王は二十年前に死んだんだよな。この子、いくつだ」

 

「今年で十になる」

 

 銀髪の青年の問いに女上の森人が間髪入れずに答えると、彼は余計に首を捻った。

 妊娠から出産まで、只人では一年足らずと言ったところだが……。

 

「……森人と只人では妊娠期間が違うか」

 

 彼はそう決めつけて頷くが、女上の森人は何とも言えない表情を浮かべ、深々と溜め息を吐いた。

 

「そういうことにしておいてくれ。複雑──という程でもないが、事情がある」

 

「それを教えてはくれないのか」

 

「……すまん。この子の母親との約束なんだ」

 

 神妙な面持ちで告げられた言葉に、銀髪の青年は「わかった」とさも気にした風もなく頷いた。

 

「機会があれば、その時教えてくれ」

 

「機会があればな」

 

 そして念のためと約束を取りつけるが、それもやんわりと断られてしまう。

 やはり信用が足りないかと、銀髪の青年は内心で苦笑を漏らした。

 だがすぐに意識を引き締め、三人に向けて問う。

 

「それで、俺をここに呼んだ理由は?話すだけなら牢屋に入れるだけでも構わないだろう?」

 

「そうだね。ここからが、本題だ」

 

 金髪の圃人が待っていましたとばかりに頷くと、彼の手首を見つめた。

 正確にはそこに仕込まれた小さな刃を見ているのだろうが、銀髪の青年はどちらでもいいと言わんばかりに腕を組んで鼻を鳴らした。

 

「これはやらんぞ。父から貰った、大事なものだ」

 

「……何か隠しているのか?」

 

 一人だけ何を示しているのか把握できていない赤い鱗の蜥蜴人が問うと、銀髪の青年は無言のまま手を挙げ、小指を動かした。

 シャッ!と僅かに鞘と刃が擦れる音と共に仕込み刀(アサシンブレード)が飛び出す。

 

「……ああ、なるほど」

 

 赤い鱗の蜥蜴人は目を細めて数度頷くと、ぎょろりと目玉を回して金髪の圃人へと目を向けた。

 

「こいつが、そうなのか?」

 

「わからない。だが、懸ける価値はあるだろう」

 

「確かにな」

 

 二人は互いに顔を向けながら二三言葉を交わすと、改めて銀髪の青年へと顔を向けた。

 それを合図に仕込み刀(アサシンブレード)を納刀した銀髪の青年は、「なんだ」と先んじて声をかけ、相手に話を切り出す切っ掛けを与えた。

 それがあろうがなかろうが話し始めるのだろうが、金髪の圃人は「すまない」と一言礼を言ってから彼に問うた。

 

「キミは、隠れし者を知っているかい?」

 

 

 




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