SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory07 仕事の話をしよう

 ──隠れし者。

 

 古い時代。上流階級による圧制と支配が横行し、民から笑顔が消えたこの国の暗黒期に、突如として現れた彼ら(・・)はそう呼ばれている。

 

 白い装束に身を包み、様々な人々と共に巨悪へと挑んだ戦士。

 

 言われなき抑圧を砕き、人々に自由を与えんがために、闇夜を走り続けた英雄。

 

 罪のない者を傷つけないという、確かな信条を胸に殺しを行う、顔のない暗殺者。

 

 闇を駆ける者。闇を討つ者。光を灯す者。断罪者。エトセトラ、エトセトラ──。

 

 種族により様々な呼び名で語られ、文献にもその名を示される何者かたち。

 実在したという話はあれど、彼らの個人名は伝わっていない。

 当時共闘したという各種族に代々伝わっている伝承でさえも曖昧な記述のみで、当時接触したであろう長命種たる森人や鉱人も記憶の内に留め、滅多なことでは口にもしないほど。

 同時の文献もあまり残されておらず、まるで歴史から意図して抹消されたような彼らだが、共通している情報がある。

 

 ──左腕に仕込まれた刃を振るい、闇を見通す瞳を持っている。

 

 それは各種族の伝承。国の書庫に残された様々な文献の記述から、彼らが何か不思議な武器を扱っていたのは確かなのだろう。

 ただ彼らがいて、無辜の人々を守り続けたという伝承のみが伝わり、今でも彼らの存在を信じている者も多い。

 突如として現れ、突如として消えた彼らを、神の遣いだと言う話さえもある。

 それと同時にこの国に混乱が起きた時、彼らは戻ってくるとも信じられており、この状況に耐える者たちも微かな希望を抱いているほど。

 

「──そして今日、キミが来た」

 

 長々と隠れし者について語っていた金髪の圃人は、銀髪の青年を見つめながらそう締めくくった。

 その話を黙して聞いていた青年は溜め息を吐くと、ちらりと自分の手首に目を向けた。

 父から贈られた珍妙な武器程度にしか思っていなかったが、実はかなり重要な意味が込められた物だったようだ。

 なぜこれを贈ったのか。

 なぜこれを父が知っていたのか。

 父は尊敬に値する人物だし、時折だらしのない部分も多々ある人ではあったが……。

 

 ──実はその隠れし者の末裔だった……?

 

 そうだとしたら自分もそうなるのだがと内心苦笑し、あり得るわけがないと断じた。

 父はただの冒険者兼指導者。

 母もただの元冒険者。

 そんな隠れし者だったとかいう話は、話題にもなったことはない。

 父が過去のことを語らないのは気になるが、よく船に乗っていた程度の話をしていたから、船乗りか用心棒でもしていたのだろう。

 ついでに少しばかり特殊な眼を持っているが、父のみならず父方の祖父や、父の師匠にあたる人たちも使えたというのだから、父の故郷における何かしらの技能のようなものに違いない。

 

 ──こうして見ると、本当に謎が多いな……。

 

 過去よりも未来が大事とよく言っていたし、未来は自分で決めるものだと事あるごとに言っていたが、それは冒険者ならではの言葉だろう。

 きっと、そんな特別な出自はないはずだ。あったとすれば、父の性格からして話してくれる可能性も高い筈。

 

「……とにかく、隠れし者とかいう連中に関しては置いておく」

 

 肩を竦め、溜め息混じりに思慮を切り上げた銀髪の青年は、女上の森人、金髪の圃人、赤い鱗の蜥蜴人を順々に目をやった。

 

「俺に何をさせるつもりだ?」

 

 明らかに面倒なことになると察してか、蒼い瞳を細め、僅かな威圧感さえも感じる迫力を放ちながら告げる。

 だが赤い鱗の蜥蜴人は怯んだ様子もなく、むしろ重畳と言わんばかりにちろりと鼻先を舐めた。

 

「まあ、あれだ。俺たちには英雄が必要なのさ」

 

 俺たちじゃあ役不足らしいと不満そうに牙を剥いた彼は、改めて銀髪の青年に告げる。

 

「過去に実在したらしいその頭巾野郎と、同じ武器を扱う只人。まあ、バラバラになってる俺たちにとっちゃ、いい旗印になるだろうよ。英雄が舞い戻ったってな」

 

「……俺は客寄せの景品じゃないぞ」

 

 彼の言葉に銀髪の青年は腕を組みながらぼそりと呟くが、「気にすんな。むしろ誇らしいだろう」と赤い鱗の蜥蜴人は豪快に笑った。

 戦に誉れを見出だす彼らにとって、己の声ひとつで数多の戦士が集うのはさぞ名誉なことなのだろう。

 だがそれは蜥蜴人だからこその反応だ。

 産まれながらの只人で、それでいて冒険者として自由に生きてきた銀髪の青年には、縁遠い感覚に他ならない。

 何より彼は二十年も生きていない若輩者だ。大きな戦に関わったことすらない。

 事実彼は反応に困ったように項垂れながら額を押さえ、低く唸り声を漏らした。

 同様に困り顔になっていた金髪の圃人が頬を掻くと、勢力図に目を落とした。

 

「亜人に嫌われ者の只人が、国中を走り回って同志を募る。過去の英雄譚の再現には、怖いほどに条件が揃っている」

 

「……国中を走り回る?」

 

 すんなりと告げられた言葉に顔をあげた銀髪の青年は、今度は神妙そうに眉を寄せた。

 金髪の圃人の言葉に明らかに不穏な一言があったからに他ならないが、当の彼は気にする素振りを見せない。

 赤い瞳を彼に向けて、とりあえず最後まで聞いてくれと告げているようにさえ見えるほど。

 

「……」

 

 ならば、聞くしかない。

 銀髪の青年は出そうになった言葉を飲み込むと、続きを促すように手で示した。

 それに頷いた金髪の圃人は、忌々しそうに王を示す駒を睨み付けながら言葉を続けた。

 

「国民──只人たちだって、この状況を喜ばしいと思ってはいない筈だ。訳のわからない神を信じるように強制され、どこからか向けられる監視の目に怯えて過ごしている。彼らと歩み寄れれば、再び反抗作戦を行うこともできる」

 

「だが、今のままでは駄目なんだ。俺たち亜人は只人を憎み、それを受ける只人からの風当たりも日増しに増えている。このままいけば、間違いなくこの国は瓦解してしまう」

 

「そうなれば、他国からの侵略を受け、この国は文字通り地図から消えてしまう。それだけは避けなければならない」

 

 金髪の圃人はそう言うと腰に帯びた短剣を抜き、王の駒へと突き立てた。

 ダン!と音をたて、石作りの長卓に突き刺さった短剣は見事に王の駒の脳天を貫き、地図と駒を縫い付ける。

 

「バラバラになったこの国を再び纏めあげるには、かの王を討つ他にない。そうすれば、この国に希望を残せる」

 

「刺し違えてでも、例え誰も続かなくとも、俺はやる。

 ほんの僅かでもいい。希望の欠片をこの地に──愛する故郷に残すために」

 

 彼はそう言うと、闘志をみなぎらせる赤い瞳を銀髪の青年に向けた。

 視線に込められた覚悟と、その迫力に狼狽える銀髪の青年を見つめながら、金髪の圃人は言う。

 

「只人であるキミが、亜人である俺たちと共にこの国の未来のために動いたと知れば、ほんの僅かでも只人への印象を変えられるかもしれない。彼らへの態度を変えられれば、息を潜めている只人側の反乱軍とも手を結べるかもしれない」

 

「旅人で、もっと言えば昨日この国に来たばかりのキミに頼むのは、お門違いもいいところだ。この国の命運など、キミには関係のないことなのだから」

 

「だが、どうか、俺たちに力を貸してはくれないか」

 

 彼はまるで祈るような声音でそう告げながら、「頼む」と深々と頭を下げた。

 今日出会ったばかりの相手に、この国の命運を託そうなどと知れればそれこそ嘲笑われるだろうに、目の前の圃人は矜持も何もかもを捨て、敵視している只人に頭を下げる。

 藁にもすがるとは、まさにこの事を言うのだろう。

 銀髪の青年は顎に手をやって思慮する様子を見せると、ちらりと女上の森人と半森人の少女へと目を向けた。

 女上の森人もまた小さく頭を下げ、半森人の少女は祈るように両手を握っている。

 

「……」

 

「別に嫌なら構わん。牢屋に放り込むだけだからな」

 

 そっと赤い鱗の蜥蜴人に目を向けてみれば、彼は好戦的に笑みながらシュゥッと鋭い吐息を漏らす。

 ゴキゴキと指を鳴らし、爪を立たせているのは明らかに臨戦体勢へと入った証だ。

 否を突きつければすぐさま戦いが始まり、どちらかが血に沈むまで終わることはないだろう。

 

 ──選択肢があるようでないのは、それなりになれているが……。

 

 ぼりぼりと乱暴に頭を掻いた銀髪の青年は溜め息を吐くと、細めた瞳に勢力図を映す。

 短剣が突き刺さった王の駒は無視するとして、残り五つの駒に関しての対処をこれから行うのだろう。

 そして、それをさせられるのは自分になる。

 断れば流血を免れず、この国の探索にもかなりの影響が出るだろう。

 むしろ彼らに協力しながら、国中を回れるというのはいいことではなかろうか。

 その後に大きな戦いが待っているのに目を瞑れば、だが。

 むぅと唸った彼は天井を見上げながら腕を組んだ。

 衛兵殺しをしてしまった以上、まともに街を歩くのは不可能。

 彼らの提案を蹴ればさらに行動範囲は狭まり、探索など出来よう筈もない。

 その隠れし者という単語も気になって仕方がないのだし……。

 

「──条件がある」

 

 そしてまず彼が発した言葉はそれだった。

 いきなり飛び出した不穏な一言に眉を寄せる金髪の圃人を他所に、銀髪の青年は懐から二枚のメダルを取り出し、それを卓に放った。

 カランカランと澄んだ音と共に卓上を転がったそれは、この国に到着する直前と、入国した日の晩に手に入れたもの。

 

「出しそびれたが、『運び手』と『暗剣』とかいう奴が持っていたものだ。とりあえず受け取ってくれ」

 

「……っ!これを、どこで?」

 

 突然告げられた吉報に驚く金髪の圃人はそれを掴むと、じっと目を細めて紋様を確認。

 独特な紋様が刻まれたそれは、王直属の討伐隊らが、その証として身につける事を許されたものに他ならない。

 

「二人──と言っていいのかはわからないが、仕留めた。その分の報酬を貰いたい」

 

 得意気に笑いながら腕を組み、まっすぐに金髪の圃人を見つめる瞳は、それを払えなければ話はなしだと告げているようだ。

 

「報酬を求めるということは、俺たちの提案を受けてくれるのかい?」

 

 そのメダルを懐に仕舞いながらの問いに、銀髪の青年は肩を竦めた。

 

「俺は冒険者だからな。仕事には、それ相応の報酬を貰いたい」

 

 そうして告げた言葉に、三人は面食らったような表情を浮かべ、顔を見合わせた。

 この国には冒険者という制度はない。その分軍の力が強く、この国のあまねく全ての村落にも派出所が設けられているほど。

 

「……その冒険者というのは、よくわからないが」

 

 真っ先に口を開いたのは女上の森人だ。

 彼女は彼の言葉に戸惑いつつも、眉間に寄った皺を伸ばしながら問うた。

 ほんの半日とはいえ、生死を共にしたのだ。今さら彼が敵に降る可能性もないだろうが、念のための確認だ。

 

「報酬を用意できれば、私たちの味方をしてくれるのか?」

 

「ああ。そちらが依頼を反故にしなければ」

 

「報酬を用意できなければ、お前はあちらにつくのか?」

 

「それはない。上手く隠れて、頃合いを見て他国(よそ)にいく船に乗り込むさ」

 

 銀髪の青年が問いに間髪いれずに答えると、女上の森人は「わかった」と頷いた。

 彼の前に歩を進めた。

 お互いが向き合う形で立ち、身長の都合で僅かに見上げる形となりながら、目の前にある彼の顔を見つめる。

 対する彼も、神の造形とまで言われる上の森人の美貌に照れる様子もなく見つめ返し、僅かに鼻孔をくすぐる森の臭いに頬を緩めた。

 

「それで、どうする依頼人(クライアント)

 

 そして最終確認をするようにそう問うて、彼女からの返答を待つ。

 彼女は一度深呼吸をすると、ちらりと金髪の圃人と赤い鱗の蜥蜴人に目を向けた。

 二人は任せると言わんばかりに頷き、半森人の少女はご機嫌そうに笑っている。

 フッと微笑んだ彼女は銀髪の青年に視線を戻し、右手を差し出した。

 

「なら、お前を雇うとしよう。冒険者」

 

「決まりだな。それじゃ、報酬の話といこう」

 

 順番が逆かもしれないがと苦笑混じりに彼女の手を握った彼は、金髪の圃人に目を向けた。

 彼の視線を受けた彼はとりあえず前向きに検討されたからか安堵の息を吐きながらも、僅かに表情を強張らせた。

 無茶な要求をされると覚悟しての事だろうが、銀髪の青年は浮かべた笑みをそのままに告げる。

 

「とりあえず、衣食住の提供。それと、武器を一振り」

 

「……以上かい?」

 

「……何を要求されると思ったんだ?」

 

 要求が意外だったのか、それを理解するまでにほんの一瞬時間を要した彼の問いに、銀髪の青年は小首を傾げて問い返す。

 

「ようやく宿無し状態から脱却できると思ったんだが、まさかそれも出来ないほどに困窮しているわけでもないだろう?」

 

「ああ、それは問題ない。部屋は手配しよう。武器に関しては……」

 

「あの『暗剣』とかいう連中の戦利品から貰えないか?」

 

「それは構わないが、本当にそれでいいのかい?報酬というには、あまりに安すぎると思うんだけど」

 

 金髪の圃人は心底不思議そうな声音でそう問うと、銀髪の青年は小さく頷く。

 

「最低限の衣食住があれば、とりあえず幸せだからな。それさえもなく、路頭に迷いそうになったが……」

 

 彼は項垂れ、自分の計画性のなさに低く唸りながらそう呟いた。

 先程までの覇気はどこに行ったのか、今放っているのは気の抜けた後ろ暗い迫力だ。

 

「それに関しては同情するが、にしても欲のない奴だな」

 

 赤い鱗の蜥蜴人がそんな彼を見つめながら言うと、銀髪の青年は「そうか?」と首を傾げる。

 幼い頃から節制をするように言われていたし、何なら服や雑嚢の補修、補強なんかも出来るように仕込まれてはいるが……。

 

「あまり欲しいと思うものがなくてな……」

 

「欲のない奴は、途中で道を見失うぞ?」

 

 彼の言葉に赤い鱗の蜥蜴人はどこか憐れむように目を細めた。

 彼ら蜥蜴人は、ほぼ全ての者が竜となるべく日々を生きている。なんの目的もなく進み続ける苦痛とは無縁な彼にとって、銀髪の青年が酷く憐れに思えたのだろう。

 だがそれは自分には関係のない話と割りきった彼は、ぎょろりと目玉を回して「話は終わりだな?」と金髪の圃人に問うた。

 

「ああ、解散だ。──と言いたいところだけど、彼に次の仕事を頼まないとね」

 

「どっかの集落に送り込むのか?まあ、手始めにどこから行くかは大事だが」

 

「やれやれ仕方ない」「頼むよ」と再び勢力図に目を落とした二人を他所に、女上の森人は安心したように息を吐いた。

 

「これで、お前に矢を向けずに済む」

 

「信頼してくれているのは嬉しいんだが」

 

 そんな彼女の言葉に、銀髪の青年はちらりと扉の方へと目を向けた。

 僅かに開いた隙間からいくつもの視線が注がれ、敵意さえも向けられている始末。

 

「同胞にはあんたから説明してくれ。殺されたくない」

 

「ああ、それは任せてくれ。言って聞かせれば、落ち着いてくれるだろう」

 

 女上の森人が額に手をやりながら溜め息を吐くのを他所に、半森人の少女がとことこと銀髪の青年に駆け寄り、にこーと太陽を思わせる笑顔を浮かべた。

 

「改めてよろしくな」

 

 彼もまた釣られて笑みを浮かべると彼女の頭を乱暴に撫で、少女は髪をくしゃくしゃにされながらも嬉しそうに目を細めている。

「呑気だな」と苦笑するが、少女は構わずに彼にされるがままに頭を撫でられ、女上の森人は強張った表情を緩めた。

 そのまま彼女は金髪の圃人と赤い鱗の蜥蜴人が進めている会議に参加し、残された二人は顔を見合わせた。

 とにかく、次の指示を待とうと銀髪の青年は近場の椅子に腰を下ろし、その隣の椅子に半森人の少女が飛び乗る。

 これで晴れてこの国での拠点を確保できた。後は彼らが抱える問題を取り除きつつ、自分の目的を果たすのみ。

 

 ──手掛かりがなにもないけどな。

 

 銀髪の青年は想像もつかない程に遠い道筋を思い、天井を見上げながら目を閉じ、溜め息を漏らす。

 ようやくたどり着いた新天地に、ようやく舞い込んだ初仕事。ならば、やれるだけの事をやらねばならない。

 依頼を受けた冒険者として、それは当然の責任なのだから。

 

 

 

 

 

「よし、決まりだな」

 

 不意に呟かれた言葉に、銀髪の青年はハッとして顔をあげた。

 どうやらあのまま眠ってしまったようで、会議を終えた三人を見れば、どこか驚いたような顔で青年を見つめている。

 先程まで敵意剥き出しで、何の比喩でもなく殺そうとしてきた相手を前にして堂々と眠る相手というものを、彼らは知らないのだろう。

 逆に言えば、彼は彼らのことをそれなりに信頼しているという意味にもなるのだが、会ってたかが数時間でそこまで他人(ひと)を信じられるものなのだろうか。

 銀髪の青年はそんな三人の疑惑の視線を気にした様子もなく、寝ぼけ眼のまま片手を挙げて起きたことを伝えながら、深々と息を吐いて背もたれに寄りかかる。

 

「……すまん。この国に来てから、まともに寝ていなくてな」

 

 くぉぉと情けのない声を漏らしながら顔を両手で覆い、ぐにぐにと頬を押して軽く解してやる。

 そしてそのまま立ち上がろうとするが、自分に寄りかかっている重さに気付き、そちらに目を向けた。

 

「くぅ……くぅ……」

 

 そこには銀髪の青年に寄りかかりながら寝ている半森人の少女がおり、規則正しい寝息を漏らしている。

 

「……」

 

 動くに動けなくなったと困る彼は、助けを求めるように女上の森人に目を向けた。

 彼女は溜め息を吐くと足音をたてずに二人に近づき、そっと半森人の少女の身体を支え、彼から離した。

 その隙に立ち上がった銀髪の青年は雑嚢から毛布を取り出すと、女上の森人が少女を横並びになった椅子の上に寝かせた。

 起きる気配がないことを確かめた銀髪の青年は、そっと毛布を被せた。

 僅かに唸るような声が聞こえはしたが、毛布にくるまった少女は気の抜けた寝顔を浮かべ、再び寝息をたてはじめる。

 その反応に顔を見合わせた銀髪の青年と女上の森人は頷きあうと、再び足音をたてずに勢力図の前へと戻る。

 

「それで、何が決まったんだ」

 

 欠伸を噛み殺し、眠気覚ましに頬を叩きながらそう問うと、金髪の圃人が「ここだ」と地図の西部を示した。

 鉱人の駒が置かれたそこは地図上で山岳部となっており、彼らの集落があると言われればなるほどと頷くことができる。

 鉱人は地下に住む筈だが、まさか潜れと言うのだろうか。

 

「……円匙(スコップ)がいるな」

 

 銀髪の青年は顎に手をやりながらそう呟くと、赤い鱗の蜥蜴人は「いらないぞ」と間髪いれずに告げた。

 しゅるりと鼻先を舐めた彼は神妙な面持ちのまま、短剣のように鋭い爪で鉱人の駒をつつく。

 

「ここはこの国一番の鉱山でな。鉱人の連中はそこを根城にして、武器や装飾品を作っていたんだが」

 

「今は軍により占拠され。逃げ遅れた鉱人や、罪人たちが労働させられている」

 

 彼の言葉を女上の森人が引き継ぐと、溜め息混じりに額を押さえた。

 元より森人と鉱人は不仲なのだから、彼らに対して何か思うことがあるのだろう。

 

「……鉱人の族長が、そこに捕らえられている。この国一番の鍛冶師だ。彼を味方に出来れば、我々にも上等な武具を揃えられる」

 

 彼女はなぜそこを優先するのかを、腕を組んで情報を待っていた銀髪の青年に目を向けた。

 

「ここは『鉱夫』、『鶴嘴(つるはし)』と呼ばれる男たちが取り仕切る採石場だ。彼らを見つけ出し殺害。囚われている鉱人たち、罪人たちを解放する」

 

「それが最初の依頼でいいんだな?」

 

 最後に締めくくるように告げられた言葉に、銀髪の青年はそう問うた。

 その問いかけに女上の森人が頷き、金髪の圃人と赤い鱗の蜥蜴人がそれぞれの言葉で応じた。

 三人の承認を受けた彼は頷き返すと鉱人の駒を退かし、そこに短剣を突き立てた。

 

「なら、行動開始だ」

 

 彼はそう告げて、外套を翻しながら部屋を後にしようとするが、不意に足を止めて三人の方へと振り向いた。

 

「……明日からでも問題ないか?」

 

 数分とはいえ仮眠をとったが、おそらく長時間の移動と戦闘を繰り返す事になるだろう。

 万全に限りなく近いが、万全ではない。未知の大地を進むのに、疲労が溜まっていては不安にもなる。

 格好をつけておいての一言に金髪の圃人は苦笑を漏らすが、すぐに真剣な面持ちとなって彼に告げた。

 

「ああ、わかった。とりあえず、キミの拠点にできそうな場所を案内させよう」

 

 頼めるかい?と告げた彼の視線は、女上の森人へと向けられた。

 彼女は多少驚くような素振りを見せるが、すぐに「わかった」と頷いた。

 ここではとりあえず契約を結んだとはいえ、それはまだこの部屋にいる者でなければ把握していない。

 この話が全体に広がるまでは、誰かがついて歩かねばなるまい。

 一応、彼との付き合い自体は長いのだから、彼女が頼まれるのはある意味で当然の事。

 

「では、行こうか」

 

「ああ。……あの子はいいのか?」

 

 そして歩き出そうとする女上の森人の背に、銀髪の青年はそう問うた。

 彼が示した先には半森人の少女が寝ており、いまだに起きてくる気配はない。

 

「彼女なら任せてくれ。と言うよりも、外に控えている森人たちが何とかするさ」

 

 その問いに答えたのは金髪の圃人だ。

 視線を感じる扉の方に目を向けながら「そうだろう?」と問いかければ、同意を示すようにがたがたと扉が揺れる。

 

「なら、いいんだ。それじゃ、案内を頼む」

 

「と言っても、空き家に案内するだけだが」

 

 彼の言葉に女上の森人は優雅に肩を竦め、「こっちだ」と呟いてから歩き出す。

 その後ろに続いて歩き出し、部屋を出ると同時に向けられる敵意と殺意混ざりの視線を受け流す。

 

 ──これから、忙しくなりそうだな。

 

 銀髪の青年はこれから巻き起こる戦いと出会いに胸を踊らせ、一人笑みを浮かべた。

 

 ──世に冒険者の種は尽きまじ、だな。

 

 彼は国の命運を左右する物語(シナリオ)に、自ら首を突っ込んだのだった。

 

 

 

 

 

 女上の森人、銀髪の青年、森人たち、半森人の少女がいなくなった会議室。

 そこに残る金髪の圃人に向けて、赤い鱗の蜥蜴人が問うた。

 

「で、あいつはどうなんだ。骨はありそうだが」

 

「わからないさ。これから彼が何をするのか、それを見てからでないとね」

 

 話題はもちろん銀髪の青年についてだ。

 他所の国から来た冒険者という、経歴もよくわからない相手ではあるが、敵幹部二人を打倒したとなれば、腕は立つのだろう。

 事実自分と打ち合えたのだから、それに関しては絶対の信頼がある。

 

「だが、もし彼が不穏な動きを見せれば」

 

 金髪の圃人は血のように赤い瞳を揺らしながら、薙刀を力強く握りしめた。

「皆までいうな」と赤い鱗の蜥蜴人は彼の言葉を制すると、にやりと歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。

 

「──その時は俺がやる」

 

 これも竜に至るため。

 より強き者との戦いは望むところであり、彼は強き者であることに違いはない。

 

「そうならないことを、祈るよ」

 

 対する金髪の圃人は薙刀を掴む力を弱めながら、深々と溜め息を吐いた。

 この国の、部族の未来のためならば、何もかもを投げ出す覚悟をしていたが。

 

 ──まさか、只人に頭を下げる日が来るなんてね……。

 

 父や兄が見たら何を思うだろうかと思慮をするが、すぐにそれを捨てた。

 もういない人たちに意見を求めて何になる。

 今必要なのは生きた情報、生きた言葉、生きた戦友だ。

 

「とにかく、俺たちでもやれるだけの事をしよう」

 

「そうだな。とりあえず、蟲人の集落()がどこにあるのか探ってくるか」

 

「頼むよ。こっちは任せてくれ」

 

「おうよ。それじゃあな」

 

 赤い鱗の蜥蜴人はそう言うと、金髪の圃人に背を向けて部屋を後にした。

 蜥蜴人の巨体を通ることを想定していない扉を通るのに四苦八苦しつつ、数分もしない内にたてば尻尾が廊下の向こうに消えていく。

 一人残った金髪の圃人は、天井を見上げて溜め息を吐いた。

 銀髪の青年の登場で、計らずも歯車は回り始めた。あとはそれらを噛み合わせ、仕掛けを完成させるだけだ。

 

「見ていてくれ。必ず、王を討ってみせる」

 

 天上で見守る家族に向けて、彼は一人誓いを立てた。

 

 

 

 




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