SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory08 褥を共に

 青空見下ろす四方世界のどこか。

 北側を霊峰で守られ、他三方を霊峰、海をはじめとした自然の砦に守られたこの国は、外に漏れる情報というのが極端に少ない。

 曰く、職人の作る飾り物は一級品。

 曰く、鍛治師の打つ武具もまた一級品。

 それらは国外に輸出され、高値で取引されるほど。

 この国の財源と一つであり、この国の名声を轟かせる名産品。

 そして、それらが作られているのは国の西方辺境。

 いったいいつ頃からあるのだろうか、霊峰の麓に立ち並ぶ建物群。

 鎖に繋がれ、痩せ細った鉱人をはじめとした、様々な種族の者たちが霊峰に開けられた穴へと踏み入れる。

 それと入れ違いに掘り出された岩石で一杯になった荷車を押しているのもまた、痩せ細った鉱人。

 樽とまで称される彼らが、一見只人にさえ見えるほどに痩せ細り、それでも発揮される力でもって人の何倍の重さをもつであろうそれを押していく。

 けれど彼らの目に光はなく、砕いた岩石の砂塵や埃で身体も真っ黒に汚れている。

 そんな彼らに嬉々として鞭を叩く只人は、おそらく監視役。

 十人前後いる労働者の一団に対して、それぞれ二人ずつ。

 見える範囲でも十人はいるが、おそらくそれの倍はいると考えるべきだろう。

 

「……さて、どこから崩す」

 

 それらを冷たく見下ろすのは、黒い外套を纏った銀髪の青年。

 鉱山街を見下ろせる崖の上にいる彼は顎を擦り、「どう見る」と隣で街を見下ろしている人物へと目を向けた。

 

「なぜ、私まで……」

 

 だがその問いかけは隣の人物──女上の森人の笹葉のように鋭く長い耳には届かなかったようで、彼女は項垂れている。

「おい」と声をかけて肩に手を置けば、ビクリとその肩が揺れ、頭巾の影に隠れた美貌が青年の方を向く。

 

「お目付け役がボケッとしてどうする」

 

 同時に青年が告げた言葉に溜め息を吐いた彼女は、「それが不満なのだ」と目を細めた。

 

「なぜ私がお前に同行せねばならん。あの娘の面倒を見なければならないのに……」

 

「そこはお前の同胞を信じるしかないだろう?問題は目の前のこれだ」

 

 銀髪の青年に出された依頼(クエスト)

 眼下に広がる鉱山街を解放し、囚われた鉱人を味方につける。

 それの達成のため、受注した翌日から動き出した訳だが、問題というのはいつ、何が起こるのかがわからないもの。

 今回で言えば、彼の監視役として女上の森人の同行が決定していたことだろう。

 彼女は渋々と言った様子で応じたものの、二日かけてここまで来ても愚痴は出る。

 大丈夫だろうかと不安がる銀髪の青年を他所に、女上の森人は眉間に寄っていた皺を指で伸ばす。

 

「そうだな。いい加減、諦めるか……」

 

 所作全てに気品溢れる森人らしくもない、どこか適当な言葉。

 普通の人であれば、これがこの国の森人を統べる上の森人なのかと不安になるが、銀髪の青年はどこ吹く風。

 自由奔放、好奇心の赴くままに行動する上の森人を知っているのだから、当然だろう。

 むしろ物心ついた頃から家に入り浸られたおかげで、世界中の森人がああなのではと思い、不安になっていたほどだ。

 彼女の奔放ぶりを知っていれば、余程のことがなければ相手に悪態はつかない。

 

「それじゃ、話を戻すとするか」

 

 ポンと手を叩いた彼はそう言うと、再び鉱山街へと視線を落とした。

 労働者の群れ。横暴な監視役。それらはどこを見てもいるのだが、肝心のまとめ役が見当たらない。

『鉱夫』と『鶴嘴』なる人物は、果たしてどこにいるのか。

 

「見張り台に射手がいるな。弓ではなく、(クロスボウ)持ちなのは癪だが」

 

 女上の森人は細めた瞳で鉱山街を俯瞰しながら、街の各所に設置された櫓を示した。

 軽鎧に身を包み、額当てを被った兵士が、それぞれの場所に一人ずつ。

 見つかれば、狙い撃ちにされるのは確実。

 弓のように技量を必要としない、弩を構えているのは余計にたちが悪いと言わざるを得ない。

 それはある意味、弓を得物としている

 

「番兵の姿はないが、監視役が全員剣を帯びている。油断はできないな」

 

 銀髪の青年は鞭を振り回し、鉱人に折檻を入れている監視役を睨み、その腰にぶら下がる剣にも目を向けた。

 帯剣している以上、最低限の戦闘能力は持っているのだろう。

 監視役兼番兵と言ったところなのだろうが、鞭というのは十分な凶器だ。

 卓越した者が振れば、音よりも速くなるとまで言われているし、何なら見たこともあるし、自分でも上手く触れれば音を越える。

 

「囚人たちはどこに集められている?鉱山内はともかく、牢屋やなりあばら屋なりがある筈だ」

 

「あいつら、と言うよりは鉱人の族長に会っておきたいのか?」

 

 女上の森人が鉱山街を見渡しながらの言葉に、銀髪の青年はその意図を確かめるように問うた。

 彼女は「会うつもりはないが」と前振りをしてから、鉱山街のある一点を見つめながら呟く。

 

「もう死んでいれば、この作戦の意味も変わってしまうからな」

 

「……森人と鉱人の不仲は知っているが、そこまでか?」

 

「奴を好かんだけだ」

 

 彼女はそう言うと「あれを見ろ」と告げて、見ていた区画を手で示す。

 そこには見せつけのように首を吊るされた鉱人の遺体が放置され、烏にたかられていた。

 かつては筋骨隆々だったのだろうが、肉を啄まれ、目玉をくり貫かれたその姿は、無惨としか言いようがない。

 

「……あれが、そうなのか?」

 

「おそらく違うな。奴があの程度で死にはしない」

 

 別に今さら遺体を見た程度で狼狽えない銀髪の青年はそう問うと、女上の森人は謎の自信を溢れさせながらそう断じた。

 森人と鉱人は確かに不仲ではあるが、その分面と向かい合って喧嘩をする時間も多かった筈だ。

 喧嘩をするほど仲がいいとは違うだろうが、何か通じるものがあるのだろう。

 

「忍び込んでみるか?」

 

「見つかれば殺されるぞ」

 

 銀髪の青年は鷲と視界を共有し、監視役の配置を探りながらそう問いかけるが、返事はあまり前向きではないもの。

 ここで捕まってしまえば文字通り詰むわけなのだから、慎重になるのは仕方がない。

 溜め息を吐いた銀髪の青年はフードを深く被り直しながら、鷲の視界に意識を傾ける。

 捕虜たちは山の中にも相当数いるが、外にもそれなりにいる。

 十人単位で鎖で繋がれ、同じ行動を強制されているようだが、端々には繋がれておらず、ある程度の自由を許されている者もいるようだ。

 まあそんな彼らも仕事をさせられているから、単純に繋いでいない方が効率的なのだろう。

 この際、彼らの服を拝借してしまえば上手く紛れ込めるのではなかろうか。

「むぅ」と小さく唸った彼は、女上の森人に目を向けた。

 

「それで『鉱夫』と『鶴嘴』は見つかったか?」

 

「私自身、その二人の顔は知らん」

 

 この作戦において最重要な問いかけに、女上の森人は即答で否を叩きつけた。

「は?」と声を漏らした銀髪の青年を他所に、女上の森人は言う。

 

「鉱人を助け出せば、すぐにわかるだろう」

 

「できればもっと早めに言って欲しかったんだが」

 

「……?だから、いま言っただろう」

 

 彼の苦言もどこ吹く風、女上の森人は作戦開始直前という大事な時機(タイミング)に特大の爆弾を放り込んだのだ。

 深刻な問題にぶち当たった銀髪の青年は「そうか」と頷くと、再び鉱山街に意識を向ける。

 抹殺する相手が誰かもわからない状態での突撃とは、冒険者では中々体験できない状況だ。

 額に手をやり、深々と溜め息を吐きながら改めて確認。

 

「鉱人の族長を捜索、救出。そして『鉱夫』と『鶴嘴』の抹殺。順番はこうでいいんだな」

 

「ああ。問題はどう助けるか、だが……」

 

 そうして話し合いを続けていると、不意に女上の森人が鉱山へと入り口へと目を向け、じっと目を細めた。

「どうした」と問うた銀髪の青年も、鷲を僅かに低空飛行にさせながらその場所を凝視し、出てきた一団に注目する。

 辺りを見ればいくらでもいる鉱人の一団なのだが、その一団だけが妙なのだ。

 他は労働者十人なのに対し、その一団は鉱人一人しかおらず、監視役も三人。

 他は十人に対して一人なのに対し、彼らだけは一人に対して三人という、厳重を通り越してやり過ぎな警備。

 見るからに重要人物なような彼は、他の囚人とは違い瞳には覇気が満ちており、何なら機会さえあれば勝手に逃げ出しそうな雰囲気さえある。

 

「いたぞ、あれだ。痩せているが、間違いない」

 

 目標を補足して表情を引き締める銀髪の青年を他所に、女上の森人は連れていかれる鉱人の族長を見下ろしながら「ふむ」と声を漏らす。

 

「まずは見つけたが、後はどこに連れていかれるかが問題だな。そこまで分かれば、どうとでもなるだろう?」

 

「そうだな」

 

 彼女の問いに、頭の中で鉱人の族長に印をつけた(マーキングした)銀髪の青年はさも当然のように頷いた。

 父親や師匠からは、潜入(スニーキング)追跡(トラッキング)の訓練を受けたし、冒険者として邪教徒が跋扈する遺跡や砦に忍び込むこともあった。

 見つかったことはないが、その初めてが今日来るかもしれないのだから、油断はできない。

 祈るように胸に手を当て、深呼吸を一度。

 蛇の目(ファンブル)が出ないように行動することが先決だが、一応は祈っておけと言われたのも記憶している。

 問題はその蛇の目(ファンブル)は身構えているほど来ず、ふとした拍子に襲ってくることだ。

 目を細め、真剣な面持ちのまま連行される鉱人の族長を観察し、鉱山街でも一際大きな建物に連れ込まれるまでを確認。

 これで目的地と定まり、あとは行動を起こすのみ。

 

「夜を待って仕掛ける。闇に紛れるのが基本らしい」

 

「それで黒い鎧か?」

 

「まあ、そうだな」

 

 こつこつと革鎧の肩を叩きながらの問いかけに、銀髪の青年は苦笑混じりに応じ、自分の格好へと目を向けた。

 父が黒い格好を好んでいたような気がするが、それは父が己に科した役割(ロール)を全うするためだったらしい。

 今回の自分の役割(ロール)はどちらかと言えば影走る者(ランナー)だが、問題はない。

 

「援護は任せる」

 

「私も同行を──」

 

「喧嘩されても困る」

 

「む……」

 

 あくまで単独行動をしようとする銀髪の青年に、女上の森人は否を入れそうとするが、彼の一言で黙らされる。

「喧嘩はせんぞ」と不満げに言うが、「駄目だ」と再び切り捨てられる。

 

「何故だ」

 

「信用できる相手に背中を任せたい。それと、万が一俺が捕まったら、その時は頼む」

 

 そして投げ掛けた問いに、銀髪の青年はそう返した。

 出会って一週間も経っていないが、少なくとも信じられる人物ではあると判断したのだろう。

 それを言われてはと黙りむ彼女に対し、彼は彼女の美貌に面と向かい合いながら「頼めるか」と改めて問う。

 

「これの成功か否かで今後がだいぶ変わるんだろう?失敗はできない」

 

「私は保険だな」

 

「出番がない事を祈る」

 

 

 

 

 

 双子の月も雲に隠れ、薄暗い闇が鉱山街を包む。

 労働者たちも牢屋に押し込められ、仕事を終えた監視役たちも一日の疲れを癒そうとそれぞれの部屋へと戻っていく。

 

「……ああ、くそ」

 

 だが、見張りがいないかと問われればそれは否。

 不運にも遅番を任せられた彼は、言ってしまえば気を抜いていた。

 前王を玉座から引きずり下ろし、亜人により腐りかけた国を立て直した現王は、確かに尊敬に値する人物ではある。

 あるのだが、こんな僻地の鉱山を攻め入る相手はいるのだろうかと、いつも疑問には思う。

 亜人を中心とした反乱軍は既に討たれ、それを扇動した森人の森は焼き払われ、その王族も根絶やしにされたと聞く。

 噂では一人だけ生き延びたというが、一人では純血の子孫も残せないのだから、どうせ滅びる定めだ。

 残党も王直属の先鋭たちが追っていると言うし、ここを攻めこむ余力もない筈。

 

「なのに、俺は見張りをしている」

 

 はぁと深々と溜め息を吐き、ちらりと近場の櫓へと目を向ける。

 知り合いの射手がいるその場所には角灯(らんたん)の明かりが揺れており、生真面目な彼らしく悪態もつかずに見張っているのが見える。

 ならばサボるわけにはいかない。見つかれば最後、連帯責任として彼まで怒られるのだ。

 この数年でようやく築き上げた信頼関係が、そんなあっさり崩れてしまうのも癪ではある。

 だが、そうは思っても眠気に勝つのは難しい。

 大口を開けて欠伸を漏らしながら、「ああ、くそ」と再びの悪態。

 普段ならその声は誰にも聞こえないのだが、今晩はその限りではない。

 見張りの頭上、垂直に聳える岩肌を動く影が一つ。

 黒い外套を羽織り、その隙間から漏れる鎧具足もこれまた黒い。

 夜闇に紛れて岩肌に貼り付いているのは、銀髪の青年だ。

 両手足を存分に使い、僅かな突起や窪みに指先や爪先を引っ掛け、音をたてないように慎重に、けれど迅速に降りていく。

 音をたてていいのならもっと大胆に跳ぶのだが、見つかるわけにはいかない都合上、速度が落ちるのは仕方がないこと。

 命綱もないのだから、落ちようものなら即死は免れまい。

 一応真下に緩衝材(クッション)代わりの兵士はいれど、凄まじい音が響くのは確実。

 見つかれば最後、近くの櫓から狙撃されてしまう。

 こんな暗がりの中での狙撃など、易々とは当たらないと思うが、不要な危険(リスク)を背負うべきではない。

 そんな危険だらけの状況の中でも、彼の表情に緊張の色はない。

 むしろどこか楽しんでいる節もあるのか、生き生きとしているほど。

 そのまま誰にも気付かれることなく崖を降っていった彼は、ある程度の高さで一時停止。

 飛び降りても負傷せず、かつ兵士たちにも見つからないギリギリの高さ。

 タカの眼を発動しながら辺りを見渡し、兵士たちが近くにいないのを確認。

 敵を示す赤い人影はどれも遠く、数も疎ら。

 その配置や気配を頭に叩き込み(マーキングし)、それが済めば準備は完了。

 銀髪の青年は瞬きと共にタカの眼を解除すると、そこから飛び降り、眼下にあった茂みの中に着地。

 がさりと茂みが揺れるものの、それを気にする人物はいない。

 茂みの中でホッと息を吐いた彼は、屈んだ状態のまま歩き出す。

 音をたてずに茂みを掻き分け、時折感じる兵士の気配を機敏に察知しながら、少しずつ前へ。

 

「月や星も見えないとなると、退屈だな」

 

「星見をして暇を潰せるのはお前だけだよ」

 

 途中で聞こえる兵士たちの雑談を小耳に挟みつつ、建物の影から影へと走り抜ける。

 先の会話の通り月が出ておらず、暗すぎるが故に隠れられる場所も多い。

 厚い雲が月に覆い被さり、一際暗くなった時機(タイミング)を見計らって大通りを渡り、無理やり詰め込まれるように乱立する建物の隙間を速度を落とさずに突っ切っていく。

 

「どうしてあの方々は、鉱人の族長なんぞ生かしておくんだ?他の鉱人は単純に労働力になるのはいいが……」

 

「忌々しいことに、奴の技を越えられる職人がいないんだよ。どうにかしてその秘密を吐かせようと躍起らしいぜ?」

 

「尋問でも拷問でもやればいいのによ」

 

「それで腕が使えなくなったら、それこそ大惨事だからな」

 

 窓の隙間からこぼれる雑談に耳を立て、件の族長がまだ存命であるという確信を得る。

 女上の森人を信じていなかったわけではないが、何事も予感を確信に変えるのは大切だ。

 そして、それがわかってしまえば後は早い。

 闇の中を疾走し、誰にも気付かれることなく、鉱山街を縦断。

 鉱人の族長がいると思われる屋敷の近くまで駆け抜けた彼は、手頃な茂みに飛び込む。

 僅かに乱れた呼吸をすぐさま整え、じっと細めた瞳で屋敷を睨み、入り込む隙を探る。

 正面玄関には兵士が二人。倒せなくはないだろうが、却下。死体が見つかれば騒ぎになる。

 屋上から侵入。出来なくはないが、近くに櫓があるから出切れば避けたい。

 屋根の上は下からの視線には強いが、上からの視線には滅法弱い。

 

「……む」

 

 そうして屋敷を探っていた銀髪の青年は、ふと二階の窓が空いていることに気付く。

 中に見張りがいるかもしれないが、それに関しては処理していくしかあるまい。

 覚悟を決めた──と言うよりは、とっくの昔に決めていた覚悟を、ここで改めて決める。

 何かを成すためには、何かを切り捨てなければならない。

 誰かの味方をすることは、誰かの敵となること。

 今回で言えば自分は反乱軍側で、相手は国。

 言ってしまえば正義は向こうにあり、こちらが悪者だ。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 

 ──許されぬことはない、だろ。

 

 独り立ちする前に父が教えてくれた、とある言葉。

 父方の祖父から、もっと言えばさらに先祖に至る人物から伝えられた言葉らしいが、その意味までは教えてくれなかった。

 好き勝手にやれと言う、そんな無責任な言葉ではないと思うが……。

 

「やるか」

 

 どんな意味であれ、これからやる事は自分の正義を信じてのこと。

 それが免罪符足り得るかは神のみぞ知るところだが、構うまい。

 神は人の道を見守るだけで、そこに口出しをしてこないからこそ、この世界は成り立っているのだから。

 彼は苦笑混じりに瞳に静かな殺意を宿し、音もなく茂みから飛び出した。

 そのまま誰にも気付かれることなく屋敷の壁に貼り付き、窓枠や排水用の管を伝ってよじ登っていく。

 瞬く間に二階まで登った彼は開いていた窓から中を覗きこみ、誰もいないことを確認。

 するりと音もなく屋敷に侵入した彼はそっと扉を開き、その隙間から廊下を探る。

 燭台の蝋燭には火がつけられ、外に比べて嫌に明るい。

 タカの眼を発動し鉱人の族長の痕跡を探るが、やはりと言うべきか見つからない。

 地下に監禁されているとすれば、一階を重点的に探らねばなるまい。

 運が良ければすぐに見つかることもあるだろうが、

 

「運は自分で掴むもの」

 

 彼は座右の銘とも言える言葉を口にし、部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 屋敷の中は明るいが、見張りの兵士の姿はなかった。

 仕事中の給仕係──全員が女だ──とすれ違いそうにはなるが、時には天井に貼り付き、時には空き部屋、時には誰かのいる部屋に忍び込み、それらを回避していく。

 見られてはいないが、どうにもその給仕係も怪しいものだ。

 誰も彼も只人ではあるのだが、全員目が死んでいるというべきか、足取りに生気を感じなかったと言うべきか。

 

 ──問題ありだよな。

 

『鉱夫』のせいか『鶴嘴』のせいかはわからないが、彼女らは苦しんでいるようにも見えて仕方がないのだ。

 博打覚悟で誰かに話を聞いてもいいかもしれないが、悲鳴をあげられればほぼ詰みだ。

 だが、話を聞かなければならない状況でもあるのは確か。

 そして、あまり時間もかけられない状況なのも確かなのだ。

 彼女らも心配ではあるが、最優先は鉱人の族長。

 それを違えてはならない。ならないのだが、さてどうしたものか。

 忍び込んだ部屋で壁に寄りかかり、一人考え込む彼は、果たして外から近づいてくる足音に気付いたろうか。

 がちゃりと音をたてて扉が開き、開いた扉と壁の隙間に彼の体がすっぽりと納まる。

 

「……」

 

 やっちまったと頭を抱える彼を他所に、入ってきた人物は二人。

 軽い足音からして一人は女のようだが、もう一つの重い足音からして、連れは男のようだ。

 先に入室した女は怯えたように身体を震わせながら、ベッドの前に立った。

「ふふふ」と気色の悪い笑い声を漏らしながら、舐めるように女の身体を見つめる。

 給仕用のメイド服の上からでもわかる、豊かな胸や括れた腰、肉付きのいい安産型の臀部。

 じゅるりとわざとらしく音をたてて舌舐めずりした男は、「服を脱ぎなさい」と命令口調。

 恐怖に怯え、恥辱に震えながら服に手をかけた彼女は、ぎゅっと目を閉じながら深呼吸を一度。

 そして振り向いた彼女は扉が開きっぱなしな事に気付くが、どうせ声を響かせて回りの部屋にも知れ渡らせるつもりなのだから、閉めてはくれないのだろう。

 

「さあ、早く」

 

 目の前の男はあくまで紳士的な口調でそう言うと、我慢ならないのか自ら女給の服に手をかけた。

 次々と服を脱がされていく中で、女給は身体の震えを押さえようと拳を握りしめる。

 一晩とは言わない、いつも通りにたかが数刻耐えれば終わるのだ。

 

「美しい。まさに神の造形だ」

 

 彼女の柔らかな肢体に触れ、暗がりでも輝いて見える金色の髪を撫で、その香りを楽しむように顔を寄せた。

 僅かに香る香油の甘い香りは、自分が渡したものと同じもの。

 上機嫌そうに笑った男は女給をベッドに押し倒し、自らの服に手をかけた。

 見るからに上等で、それなりの地位にいることを知らしめるそれは、国の上層部に属するのは確実。

 

「これは光栄なことなのですよ。薄汚いあなたが、私の寵愛を受けられるのですから」

 

 上着を脱ぎ、中肉中背と言える特に特徴のない身体をさらけ出しながら、男は女給に覆い被さった。

 そっと彼女の肌を撫で、柔らかな胸に手を触れた瞬間、女給の手が閃いた。

 パチン!と乾いた音が部屋に響き、男は赤くなった頬を押さえ、「そうですか」と不気味に笑んだ。

 

「これがあなたの答えですか」

 

「あ、いや、これは……」

 

 女給もまたこの行動は予想外だったのか、自らの行動に困惑しながら弁明しようとするが、男は浮かべた笑みをそのままに女給の首に手をかけた。

 万力のような力を込めて彼女の首を締め上げ、頭に血が溜まり顔が赤くなっていく。

 

「旧王家の付き人たち。通常であれば死刑なところを、私の懇意で生かされているとご存知の筈です」

 

「もうし……わけ……ありまぜん……っ」

 

 首を絞められ、まともに呼吸も出来ていないのに、許しを求めて声を絞り出す。

 だが男は首を横に振り、「いい機会です」と笑みを深める。

 

「あなたの首を晒して、他の皆に見せつけてやりましょう。そうすればきっと、反乱する意志も砕ける筈」

 

 あなたは見せしめですよと最後に告げて、そのまま首を折らんと力を込めた瞬間、

 

「安らかに眠れ。その死に、意味がなかろうとも」

 

 突如として発せられた祈りの言葉。

 男が「は?」と声を漏らした直後、彼の喉を極細の刃が貫き、振り抜かれた。

 一撃で首の肉を断ち切られ、吹き出した血がベッドと女給の汚していく。

 

「……?あ゛……な……ぜ……」

 

 男は反射的に首を押さえるが、溢れる血は止まることなく、彼の身体は床に倒れこんだ。

 げほげほとむせる女給は訳もわからずに身体を起こすと、すぐさま毛布を被せられる。

 

「……!?な、なに……?!」

 

 驚愕混じりに放った言葉に返事はないが、ごそごそと何かを探る音が微かに聞こえる。

 毛布を退かして顔だけを出した彼女は、今しがた殺された男の衣服を探る不審者の姿を見つけ、思わず悲鳴を漏らしそうになるが、

 

「声を出したらお前も気絶させなきゃならなくなる。怪我をさせたくない」

 

 優しげな声音で告げられた言葉に悲鳴が引っ込み、変わりに出てきたのは「あなたは?」という問いかけ。

 問われた彼は立ち上がり、籠手の内側から飛び出していた血濡れの刃を納刀し、彼女の方へと向き直った。

 

「反乱軍に雇われた傭兵ってところだ。こいつがここの元締め──『鉱夫』とか言う奴か?」

 

 男から拝借したコインを手元で弄びながらの問いかけに女給は頷くと、彼は「よし」と頷いて彼女の服を手に取り、それを彼女に投じた。

 

「これから騒ぎになる。隠れてろ」

 

 彼はただそう告げて部屋を後にしようとするが、そこに女給が「待ってください」と声をかけた。

 律儀を足を止めた彼は「なんだ」と返しながら振り返り、今にも泣き出しそうな彼女を見つめながら肩を竦める。

 

「で、なんだ」

 

 痺れを切らしたかのように乱暴にかけた問いに、彼女は震えながらも返す。

 

「反乱軍ということか、まさか、ここを……」

 

「解放しに来た。まあ、人員は俺一人だが」

 

 ここで銀髪の青年は一つ嘘をついた。

 馬鹿正直に見張りが一人いると言って、彼女が敵側だった場合、外の女上の森人にまで危険が及ぶ。

 銀髪の青年が「もう行っても?」と問うと、女給は毛布にくるまったまま衣装を身に纏い、ベッドから降りた。

 頬や髪が血で赤く染まっているが、それを込みにしても美しく整った顔立ちは、見るものを魅了する。

 だがそれがなんだと言わんばかりに腕を組んだ銀髪の青年は、「他になにかあるのか」と更に問う。

 図らずも『鉱夫』を討ったのだ。目的はあと二つなのだから、手早く済ませてしまいたい。

 

「あなたに協力いたします。お話は、聞いて要らしたのでしょう?」

 

「偶然にも。こればかりは骰の目に感謝だ」

 

「私たちも、ここから出なければなりません」

 

「それはそうだろうな。元締めが死んだ以上、騒ぎになる。それに乗じて逃げろ」

 

 銀髪の青年はあくまで彼女の安全を優先するが、とうの彼女が引く意志を見せず、「お断りいたします」とただ一言。

 眉を寄せ、面倒臭そうに溜め息を吐いた彼は「何故」と問うと、女給は真剣な面持ちで彼に告げた。

 

「私だけが逃げても意味はありません。皆で逃げなくては、また苦しむものが出てしまいます」

 

 それにと呟いた女給はじっと彼を見つめ、彼の手に握られたコインに目を向ける。

 

「ここに来た最大の目的は、鉱人の族長様の救出と『鶴嘴』様の抹殺、ですね」

 

「それが済めば実際解放できたようなものだからな」

 

「私はそれぞれの場所を知っています。鉱人の族長とは、顔馴染みでもあります」

 

 女給はそう言うと「どうしますか?」と重ねて問うた。

 手懸かりもなしに族長や『鶴嘴』を探して鉱山街を駆け回り、無用な危険(リスク)を背負うのか、とりあえず彼女の話を聞き、ある程度の指針を決めるか。

 銀髪の青年は悩んでいるのか黙りこみ、顎を撫でながら溜め息を吐くと、部屋に残ったまま扉を閉めた。

 窓もカーテンも締め切られている為、酷く暗い部屋にいるのは銀髪の青年と女給のみ。

 

「話を聞こう。情報は」

 

「ありがとうございます。では、族長様の所在から」

 

 二人は顔を付き合わせ、だいぶ抑えた声で互いの情報の交換をしていく。

 ここに冒険者と給仕という、世界広しと言えど珍妙と呼べる協力関係が築かれたのだった。

 

 

 

 

 




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