SLAYER'S CREED 継承   作:EGO

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Memory09 鉱山街攻略戦

 鉱山街に置かれた、『鉱夫』の屋敷。

 その主が殺された事も知るよしもない外の兵士たちは、屋敷内が慌ただしいことにも気付かない。

 

「良いですか、外の人たちに気付かれてはなりません。普段通りを装いつつ、脱出の用意を」

 

 屋敷の大広間。銀髪の青年が助けた女給──侍女長だそうだ──の声かけにより集められた給仕たちは、その言葉を信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。

 ここにいるのは旧王家に仕えていた一族の人たちらしく、殺されない代わりにこの街に死ぬまで尽くすことを強制された奴隷たち。

 ざわざわと騒がしくなる彼女らを見つめながら、侍女長の背後に控えるように立っていた銀髪の青年は一度咳払い。

 

「俺はこれから外で騒ぎを起こす。勝てればそれで構わないが、負ければ間違いなくお前らも殺される」

 

 単刀直入に告げられた言葉に、給仕たちは顔色を青くし始める。

 恐怖に涙を流す者。

 親しい者同士で身を寄せ会う者。

 震えてその場にへたり込む者。

 反応こそ人それぞれであるものの、彼の勝利を信じる者は誰一人としていない様子。

 だが予想通りではあったのか、彼は気にした様子もなく肩を竦めた。

 

「勝手で悪いが、もう事は起こっているし、何なら『鉱夫』は殺してしまったし」

 

 そう言いながら懐から『鉱夫』が持っていたコインを取り出し、照明に照らされて輝くそれを掲げた。

 給仕たちはそれを見上げるが、表情や反応に変わりはない。

 

「一緒に戦ってくれとも、信じてくれとも言わない。だが祈ってくれ。蛇の目(ファンブル)が出ないように」

 

 彼は話をそう締め括るとコインを懐にしまうと、侍女長に目を向けた。

 頷いた彼女がパンと手を叩くと、給仕たちの視線が一斉に彼女に向いた。

 

「部の悪い賭けなのは百も承知です。彼を信じられない気持ちも、死にたくない気持ちも、全てわかります」

 

 侍女長は給仕らの心の声を代弁しながら、祈るように豊満な胸に手を当てた。

 嫌にうるさい心臓の音を聞きながら、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

 王家が滅ぼされ、あの炎の中死に損ない、『鉱夫』に拾われ、道具同然に扱われる日々。

 それに耐えながら待ち望み、だが決して来ないと諦めていた反乱の日が、突然に訪れた。

 覚悟を決めるには時間が足りないが、早くせねば時間を無駄にしてしまう。

 ぎゅっと握った拳を開き、不安げに見つめてくる友らに向けて言う。

 

「ですが、今が動く時です。皆でこの地獄を耐え忍んだのは、今日の為だったのでしょう。取り決め通りに動き、また皆でお茶を飲みましょう」

 

 そして儚げな笑み浮かべながら告げた言葉に給仕たちは顔を見合わせ、確かにと頷きあった。

『鉱夫』や兵士らに見つからないように、少しずつ進めていた物資の収集や、手筈の割り振り。

 それらがどこまで生かせるかはわからないが、何もせずに震えているよりは良いだろう。

 悲観的だった給仕らの表情に活力が戻り、涙を拭う者や立ち上がる者が出始める。

 大丈夫そうだなと頷いた銀髪の青年は、ふとした疑問を侍女長にぶつけた。

 

「……お前は、王家の誰に仕えていたんだ?」

 

「王女様です。もう、亡くなられていますが……」

 

 侍女長は目を伏し、顔に影を作りながらそう返した。

『鉱夫』やその他幹部らに告げられた、王家断絶という信じたくはない言葉。

 彼女を始めここの給仕らもそれを聞かされ、その話を信じているのか、皆が一様に黙祷するように小さく俯いた。

「王女、ね……」と顎に手をやりながら呟いた銀髪の青年は、侍女長に更に問うた。

 

「その王女は、黒髪赤目の半森人か?」

 

「……?その通り、ですが……」

 

 彼の問いに不思議そうに首を傾げ、困惑に言葉を詰まらせながら肯定すると、「なぜご存知なのですか」と問いを返す。

 

「本物かどうかは知らないが、それらしい少女を保護した。今は反乱軍の拠点にいる筈だ」

 

 彼は腕を組み、何故だか久しく会っていないように思えてきた半森人の少女の姿を思い浮かべ、苦笑を漏らした。

 

「人懐こすぎて、見ているこっちが心配で堪らなくなる」

 

 そして付け加えた言葉に、侍女長が弾かれるように反応した。

 胸ぐらを掴むほどの勢いで彼に詰め寄り、「どうしてそれを早く言わないのです!?」と鬼気迫る表情で告げた。

 ガクンガクンと身体を前後に揺らされながら、銀髪の青年は「生きているのが共通認識かと」と苦し紛れの言い訳を放つ。

『お前らが味方の保証がない』と言ってしまえば、ようやく持ち直した彼女らの空気がまた悪い方向に流れてしまうと判断してのことだ。

 

「私たちに逃がす動機を与えるようなことを、あの方々がするわけないでしょう?!」

 

「声を抑えてくれ。騒ぎになる」

 

「……っ!──!!」

 

 どんどんと強まっていく侍女長の声色に、銀髪の青年はあくまで冷静に切り返した。

 結果的に静かになったが、行き場を失った怒号が拳となって彼の胸に打ち込まれる。

 もっとも、年上と思われる相手とはいえ、対して鍛えていない女性の拳だ。

 彼の革鎧を貫くことはなく、僅かな衝撃を感じる程度。

 

「……なんか、すまん」

 

 むしろ拳を痛めて涙目になり始めた彼女に、銀髪の青年は心底申し訳なさそうに謝った。

 

「もう、知りません!姫様がご無事である以上、ここに長居する必要もありません!皆、手筈通りにいきますよ!」

 

 侍女長が放ったその宣言が、行動開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 屋敷の地下室。

 上等な絨毯や装飾類に飾られた上とは違い、苔やカビの生えた石材が剥き出しのそこは、陰湿な雰囲気を醸し出していた。

 光源らしいものは何一つとしてなく、頼りになるのは手にしている松明のみ。

 タカの眼を使えば松明も不要かもしれないが、光源なしの暗闇では流石に限界がある。

 父ならどうにかなるかもしれないが、まだあれほど極まっているわけでもないのだ。

 念のためと壁に手を着きながら階段を降り、松明なしでは自分の姿さえも視認できない暗闇の中を、松明の明かりとタカの眼を併用しながら黙々と進むこと数分。

 突然目の前に現れた鉄格子と、その奥に鎮座する金色に輝く人影。

 タカの眼を解除すれば、闇の奥からギラギラと燃えるように揺らめく瞳がこちらを睨んでくる。

 それをタカの眼光でもって睨み返した銀髪の青年は、ふむと唸って鉄格子の鍵を開けた。

 そのまま押し開けば錆びた鉄が擦れる耳障りな音が地下に木霊し、暗闇の中で銀髪の青年は眉を寄せる。

 

「生きてるか」

 

 そのまま入室した彼は、松明で件の鉱人の族長を照らしながら声をかけた。

 

「……何者じゃ。奴の仲間ではないな」

 

 そして返されたのは、憔悴しているのか、あるいは喉が乾いているのか、酷く掠れた声での問いかけだった。

「ああ、仲間じゃない」と真剣な面持ちで返した銀髪の青年はその場に膝をつくと、松明に照らされる鉱人の族長の顔を見つめた。

 酷く窶れ、恰幅のいい鉱人とは思えぬ程に痩せ細ってはいるが、強制労働のお陰か手足の筋肉は凄まじいの一言。

 痩せているのに筋肉質なのは、見ていて不気味なようにも思えるが……。

 

「あんたの知り合いかどうかは知らないが、金髪の圃人に頼まれた」

 

「あの気に食わんチビか。奴に貸しを作るのは癪じゃが、仕方があるまい」

 

 銀髪の青年が告げた言葉に、鉱人の族長はにがむしを噛み潰したような表情でそう吐き捨てた。

 二人の間にある個人的なわだかまりはどうでもいいが、合流して即殺しあいに発展されてもことだ。

 

「上に食事も用意してある。酒はないが、我慢してくれ」

 

 銀髪の青年は構わずにそう言うと、鉱人の族長ははっ!と鼻を鳴らし、「構うものか」と青年を睨む。

 

「この際食えるのなら何でもよいわ!」

 

 身体が痺れる程の迫力が込められた咆哮を真正面から受けた銀髪の青年は、「まあ、そうだよな」と肩を竦めた。

 自分がこの族長と同じ状態で、似たような事を言われたら、彼と全く同じ事を言うに決まっている。

 

「とにかく、こんなカビ臭い場所からはさっさと出るか」

 

「そう思っておるのなら、早くせんか。儂と同じで、鼻が利かなくなってしまうぞ」

 

 鉱人の族長の脅しに「それは怖い」とわざとらしく笑みながら返し、彼の手首に填められた手錠を外しにかかる。

 松明なしでは何も見えない暗闇の中で、小さな鍵を小さな鍵穴にどうにか填めようとする音が、嫌に地下室に響く。

「まだか」と急かしてくる鉱人の族長の言葉に、銀髪の青年は「見えにくいんだ、察してくれ」と額に汗を滲ませる。

 鉱人の族長に当たらないように松明を固定しつつ、小さな鍵を操っているのだ。想像している以上に緻密な動きを強いられる。

 だが、それも一瞬のこと。

 ガチャリと音をたてて手錠が外れ、手錠が石に落ちた甲高く乾いた音が部屋に響く。

 手錠の痕が残ってしまった手首を擦りながら立ち上がった鉱人の族長は、顎髭を扱きながら背筋を逸らした。

 パキパキと音をたてて固まった骨が解れ、彼の口からも呻き声が漏れる。

 

「ぬぅ。枷なしで動くのは、いつぶりじゃろうな」

 

「それは知らないが、ともかくさっさと行くぞ。外の連中に見つかれば面倒だ」

 

 肩を回し、腰を回し、首を捻り、手首を回し、その度に鉱人の族長の身体からはバキバキと音が鳴る。

 流石に心配になった銀髪の青年が「大丈夫か?」と問うと、当の彼は「気にするでない」とゴキッと指を鳴らした。

 

「それにしても只人嫌いのあやつらが、只人を助けに寄越すとわな」

 

「あいつらなりに考えてのことだ。俺は報酬さえ貰えれば、それで構わない」

 

「傭兵みたいな事を言うんじゃな」

 

傭兵(マーセナリー)ってよりは、冒険者(アドベンチャラー)呼びの方が嬉しいんだが」

 

「冒険者?あまり聞かん言葉じゃが、そう呼ばれたいのなら呼んでやるわい」

 

 鼻を鳴らしてそう告げた鉱人の族長は「先導せい」と銀髪の青年の肩を叩く。

 彼としては軽く叩いたつもりなのだろうが、思いの外強かった衝撃に怯んだ銀髪の青年は、叩かれた肩を回しながら「了解」と返して歩き出す。

 一寸先も見えないほどに暗く、空気も肌に貼り付くようで気持ちが悪い。

 当然と言えば当然だが、居心地最悪な地下室を脱出し、屋敷のとある部屋へと顔を出す。

 本棚の裏に隠されていた階段は、銀髪の青年のタカの眼なしで気付くのはまず不可能。

 はぁと溜め息を吐き、絨毯の踏み心地が気持ち悪いよか身じろぎした鉱人の族長は髭を扱くと銀髪の青年に問いかける。

 

「それで、次はどうする。飯があるとか言っておったが」

 

「ああ、それは問題ない」

 

 その問いかけに微笑み混じりに返した銀髪の青年は、ドンドンと部屋の扉をノック。

 すると外側から扉が開けられ、「お待ちしておりました」の一言と共に侍女長が部屋に入ってくる。

 鉱人の族長に目を向けた彼女は微笑むと、「ご無事で、何よりです」と僅かに目に涙を浮かべながら一礼。

 それだけで彼女が鉱人の族長に向ける想いがそれなり以上なのはわかるが、それに対する族長はだいぶ素っ気ない。

 

「腹が減って仕方がないこと以外は、問題なしじゃ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら返した彼は、乱暴に頭を掻いた。

 ボリボリと音をたてて髪を掻く度にフケが絨毯に落ちるが、別にここに住むわけでもないのだからと三人は気にしない。

 銀髪の青年はポンと手を叩くと、二人に向けて不敵な笑みを向けた。

 

「それじゃ、食事を挟んだら行動開始だな」

 

 彼の言葉に二人は同時に頷くと、銀髪の青年は念のためと地下室へと扉を改めて隠した。

 それを合図に侍女長の先導で屋敷を歩き始める。

 廊下ですれ違う給仕らの、怪訝に思いながらも期待の色も濃い視線を受け流しつつ、鉱人の族長は髭に隠された口を歪ませる。

 

「ストレスが溜まりに溜まっておるでな、全て吐き出させてもらうぞ」

 

 食事の後に始まる闘争を前に、静けさを保っていた彼の血が騒ぎ始めていた。

 

 

 

 

 

「始めるとするか」

 

 肉臭いげっぷをした鉱人の族長の言葉に、銀髪の青年は頷いた。

 侍女長らは既に脱出──と言うよりは籠城か──の用意を終え、鉱人の族長も屋敷にあった武具をかき集めて武装もさせた。

 何を持っても軽いだの脆いだのと言っていたが、屋敷には只人用の装備しかないのだから、彼に合わないのは当然のこと。

 彼自身が調整を加えたとはいえ、籠手や脚絆の留め具は今にもはち切れてしまいそうだ。

 だが彼はやる気十分のようで、肩を回すとパキパキと首を鳴らした。

「よし、やるか」と言って深呼吸をした銀髪の青年は、目の前にある屋敷の表玄関に触れる。

 見ればわかる高価なそれは、果たしてどこの森の木を切り出してきたのだろうか。

 触れれば僅かに森の気配を感じ、鼻に意識を向ければ僅かに香る森の匂いが鼻孔をくすぐる。

 おそらく森人の里の、それも神木を使ったのだろう。罰当たりにも程がある。

 只人至上主義の連中のたちの悪さは知っているが、国単位でそれが行われた時の被害の大きさに眉を寄せつつ、彼はふと反乱軍の森人らを思い浮かべた。

 壊さずに彼女に渡せば、多少なりとも信用してくれるのではないかと思ってのことなのだが、それはあくまで彼が思っただけのこと。

 横で拳を構えた鉱人の族長はそれを知るよしはなく、腰を捻って力を溜める。

 腕には血管が浮かび、作られた拳はさながら岩のよう。

 

「──派手に行くぞ!!」

 

 宣言と共に放たれた拳はたやすく扉を破壊し、盛大な破砕音が鉱山街に木霊した。

「あ……」と声を漏らす銀髪の青年を他所に鉱人の族長は雄叫びをあげ、突撃を開始。

 玄関前を固めていた兵士二人が振り向いた瞬間、その視界を拳が埋め尽くした。

 直後、パァン!!と乾いた快音が響き渡り、顔面を拳状のへこませた兵士二人が、頭の穴という穴から血を噴き出しながら崩れ落ちる。

 

「ハッハッ!『鶴嘴』よ、儂はここにいるぞ!!」

 

 そして獰猛な笑みを浮かべながら空に向けて叫んだ。

 憎き相手を、一族をここに閉じ込める怨敵を戦場に引きずり出さんと、彼へと宣戦布告を吼えた。

 だが返答代わりに迫るのは、ガチャガチャと金属が揺れる音。

 深々と溜め息を吐きながら屋敷を出た銀髪の青年はバラバラになった玄関を見下ろし、再びの溜め息。

 背負っていた円盾を左腕に括りつけ、ついでに長筒(ライフル)を右手でふん掴む。

 

「派手にやるとは聞いていたが、ここまでするのか」

 

 こちらに集まってくる兵士たちを睨み付けた銀髪の青年はそう言うと、鉱人の族長の隣に立った。

「当然よ」と髭を扱いた族長は「まさか、怖いわけではあるまい」と挑発的な笑みを彼に向けた。

「まさか」と肩を竦めた彼は不敵な笑みで返し、ちらりと近くの櫓へと目を向ける。

 

「脱走だ!あと、隣のあいつは誰だ?!」

 

「知らん!見張りは何をしていた!?」

 

 弓兵の片方が敵襲を知らせる角笛を鳴らし、もう一人が弩を構える。

 

「影の中を行こうと思ったんだがな……」

 

「儂を助けた時点でそれは諦めることじゃ!さあ、行くぞ!」

 

 長筒を構えた銀髪の青年を他所に、鉱人の族長は正面から迫る兵士たちに向けて突撃を開始。

 

「どけ、雑兵どもがぁああああ!!!」

 

 盾を並べて受け止めようとした兵士たちの隊列を、真正面から純粋な力でもって食い破り、何の比喩でもなく千切っては投げを繰り返す。

 痩せ細っているのに、さながら食人鬼(オーガ)の如き力は、果たしてどこから出しているのか。

 そんな疑問はつきないが、やることな変わるまい。

 銀髪の青年は鉱人の族長を狙う弓兵に向けて銃口を向け、何の躊躇いもなく引鉄を引いた。

 間近で放たれた火の秘薬が爆ぜる音が鼓膜を叩き、凄まじい速度をもって放たれた弾丸が弓兵の頭を撃ち抜く。

 断末魔をあげることもできずに即死した弓兵が櫓から転がり落ちると、銀髪の青年は次弾を装填。

 そのまま近場の家屋に向けて走りだし、窓枠を足掛かりに屋根の上へと駆け上がる。

 たどり着くと同時に長筒を構え、照準器越しに隣の同僚が殺られても冷静にこちらを狙っている弓兵と睨みあった。

 その時間はまさに刹那。端から見れば睨みあった事にも気づくまい。

 だが確かに、その瞬間二人の視線は交錯したのだ。

 

「っ!」

 

 先に動いたのは弓兵だった。

 絶殺の殺意を込め、引鉄を引く。

 発条(バネ)が弾ける異音と共に太矢(ボルト)が放たれ、銀髪の青年の眉間を貫かんと一直線に飛ぶが。

 カン!と甲高い金属音と共に、折られた太矢が宙を舞った。

 弓兵が「は?」と間の抜けた声を漏らすのは当然のこと。

 放てば最後、相手は死ぬと言っても過言ではない弩を、こちらが先に放ったのだ。

 なのに相手は倒れず、銃口は変わらずこちらを向いている。

 簡単なことだ。銀髪の青年は左腕に括った円盾でもって、迫る太矢を弾き飛ばしただけ。

 言葉にすれば確かに簡単ではあるが、実践するとなれば人並外れた反応速度が必要となる。

 だが、彼を並の只人と考える時点で間違いなのだ。

 成人して三年足らずで、在野最高の銀等級冒険者に登り詰めた彼が、凡夫であるわけがない。

 弓兵はそれを理解する間もなく、放たれた弾丸に眉間を撃ち抜かれ、その命を奪われた。

 そのまま櫓から転がり落ちると、ぐちゃりと肉の潰れる微かな音が、銀髪の青年の耳に届いた。

 頭から落ちたのだ、痛みがないにしても、その遺体は悲惨なことになっているに違いない。

 フーッと息を吐いた銀髪の青年が長筒を背中に戻し、屋敷の正面に視線を戻すと、相変わらず暴れまわっている鉱人の族長の姿が視界に入った。

 雄叫びをあげながら拳を振るい、兵士の兜を、鎧を砕き、相手の刃は掠めることもない。

 援護もいらなそうではあるが、まだ兵士がこちらに集まって来ているのだ。

 やれやれと首を振った銀髪の青年はちょうど真下に兵士がいることに気付く。

 好都合と言わんばかりに腰に帯びていた暗い刃の剣を引き抜くと、逆手に持ち替えながら跳躍。

 落下の勢いに任せ、特殊な毒を仕込まれた刃を、真下にいた不幸な兵士の肩に突き立てた。

 鎧の肩当ての避け、鎖骨をはじめとした骨さえも掻い潜った一突き(スティング)は、相手の心臓を貫く。

 ごぼりと血を吐いた兵士から剣を抜きながら蹴り倒し、異常を察知して振り向いた兵士の首を一閃。

 骨さえも容易く断ち切られた瞬間を、果たしてその兵士は認識できたのだろうか。

 彼はそのまま声をあげることなく地面に倒れ、泣き別れしたごろごろと生首が転がっていく。

 その表情は驚愕に染まり、死への恐怖を感じている様子はない。

 

「ぬぅらぁぁああああああ!!!」

 

 生首に一瞥くれた銀髪の青年を他所に、鉱人の族長は止まらない。

 頭を叩き潰した兵士の足を掴み、棍棒よろしく振り回す。

 鎧を纏った成人男性の重量を、万全には程遠い状態で振り回せるのは、素の能力に恵まれたお陰か。

 

「でりゃぁあああああああ!!!」

 

 周囲を囲んでいた兵士を蹴散らした鉱人の族長は、これで締めだと言わんばかりに近くの櫓に向けて兵士を放り投げた。

 さながら投石機で放たれた岩石のように飛んだ兵士は、その身体を四散させながら櫓を倒壊させる。

 

「がはは!儂を止めたくば、これの三倍は連れてこい!」

 

 返り血で全身を赤く染めながら興奮に目を見開き、心底楽しそうに爆笑している様はさながら化け物(モンスター)のよう。

 

「……こっちが悪役に思えてきたな」

 

 銀髪の青年は肩を竦めながらそう言うと、まだ息のあった兵士に刃を突き立ててトドメを刺してやる。

 助ける手立ても、理由もないのだから、無駄に苦しませる理由もない。

 無駄に痛め付けず人思いに殺してやるのも、殺す側の責任のようなもの。

 殺した後の亡骸を弄ぶのも、余程のことがない限りしてもいけない。

 父に言われたそれを遵守するのはいいことだろうが、縛られ過ぎてもいけないとは母の言葉。

 その匙加減が難しいのだが、上手いこと折衷させることは出来ないだろうか。

 むぅと悩ましそうに唸ると、鉱人の族長が「どうかしたんか?」とその肩を叩いた。

 ドンと身体の芯に響くそれは、殺す気はなくとも多少なりとも痛痒(ダメージ)を受けるほど。

 拳骨でもされたような鈍い痛みが肩から広がり、銀髪の青年は小さく眉を寄せた。

 その反応にハッとした鉱人の族長は手を離す。

 

「すまん、痛かったか?」

 

「いや。思いの外、重かっただけだ」

 

 肩を回して具合を確かめながら返した銀髪の青年は、「怪我は?」と鉱人の族長に問うた。

「問題ない」と髭を扱いた彼は、「じゃが火酒が飲みたくて堪らんわ」と深々と溜め息を吐いた。

 

「麦酒では酔えないか」

 

「あんなもん、水や茶と変わらん」

 

「なら、終わるまで我慢しろ」

 

 鉱人の族長の愚痴にそう返した銀髪の青年は、剣の切っ先を大通りの奥へと向けた。

 そこには隊列を組んだ兵士らが待ち構えており、殺意に満ちた視線が二人に向けられている。

 

「大人気だな」

 

「はっ!三倍は必要だと申したであろうが!」

 

 二人はその声かけと共に走りだし、隊列を真正面から食い破らんとした瞬間、隊列が左右に割れた。

「む」「おぅ?」と声を漏らして警戒を強めた瞬間、奥に控えていた神官と思われる男が錫杖を掲げた。

 

「《英知の父、知識の母、聖なる声よ。我らが敵に、その威光を示したまえ》」

 

 そして何かを詠唱すると、錫杖の先に超自然の雷が産み出される。

 その雷と、肌に感じる迫力に覚えがある銀髪の青年は、盾を構えながら冷や汗を流す。

 

「『聖撃(ホーリースマイト)』?!聞いたことがない詠唱だが……っ!」

 

「奴らが信じる神への嘆願じゃ!って、お主、なぜそれを知らん!?」

 

 二人が言い合っている内に雷が収束していき、眩い閃光が夜の闇を照らす。

 それが他の無名神の奇跡なら、ある程度割り切れるものもあるのだが、相手が奉じているのは謂われも知らない謎の神だ。

 その奇跡に殺られては、魂がどうなるのかもわからない。

 二人が回避せんと動いた瞬間、鉱石街の三方を囲む断崖絶壁の上から、無数の矢が降り注いだ。

 その矢は奇跡の嘆願者の頭を貫き、他の兵士らの頭も次々と撃ち抜いていく。

 

「今度はなんじゃ!」

 

 突然バタバタと兵士たちが倒れていく光景に狼狽える鉱人の族長だが、足元に突き立った矢を見つめてぎょっと目を見開いた。

 矢だと思っていたそれは、イチイという植物の枝だ。

 鏃には芽、矢羽には葉が使われ、鉄を一切使っていない。

 そしてそんな矢を使う種族は、世界広しと言えど一種のみ。

 

「く、屈辱じゃ……っ!」

 

「……あとで礼を言わないとな」

 

 鉱人の族長は憎たらしい森人に助けられた現実に打ちのめされ、銀髪の青年は半分存在を忘れていた彼女の事をようやく思い出す。

 鉱人と森人が犬猿の仲なのは、もはや世界にとっての常識だ。なぜ不仲なのかは、誰も知らないが。

 

「とにかく、このまま三人で(・・・)ここを落とす。いいな」

 

「ぐ、ぬぅぅ!!背に腹は変えられん!」

 

 彼の言葉に鉱人の族長は苦虫を噛み潰したような表情で応じると、銀髪の青年は「よし」と頷いて崖の上に目を向けた。

 タカの眼を使っても遠すぎるそこは見えないが、きっと彼女はこちらを見てくれている筈。

 世界屈指の弓術を誇る森人の中でも、その王族たる彼女の腕前は広い世界でも指折りだろう。

 

 ──なら、怖いものはないな。

 

 彼は不敵な笑みを浮かべ、腹いせに生き残りを殴り倒した鉱人の族長に続き、他の兵士たちの相手を始める。

 この国の未来を決める戦いの初戦は、こうして幕を開けた。

 忌み嫌われる只人。

 故郷を灰へと変えられた森人。

 罪人として幽閉されていた鉱人。

 この三人により、国の片隅の小さな鉱山から、始まったのだ。

 

 

 




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