『ドーピングほど白ける行為はない。私が求めるのは永続的な速さ…薬は可能性を探るものに過ぎないのさ。』
というわけで、練習中ならドーピングもするだろうって解釈をしています。ただ実際よくわからないんですよね。薬でもなく屈腱炎を回避する方法……?
翌日のトレーニング前、トレーナー室に現れたタキオンの瞳はまだ若干輝いていた。
「なあ、それ何の薬を飲んだんだ?」
「ん? 安心したまえ。データが目当てだよ」
「じゃあ一時の異常なテンションは……」
「気分の高揚効果もあったらしい。だから言ったろう、失敗だと」
「今は大丈夫なのか? あと、当日は何も飲むなよ」
「私はドーピングってのは嫌いなんだよ、これでも。昨日はデータ取りだから仕方ないがね」
「念のため今日以降は何も飲むな」
「なんだって!? 私に実験をするなと!? あーなるほどそういうことか、君が飲んでくれるんだね? なるほど。それならば構わないよ」
「いや、まあいいけどさ。それが意味のある行為なら」
「……最近のモルモット君は素直だなあ」
間違いなくタイムは良くなっているので、文句は言えない。
「ところで、本当に基礎だけでいいのか? もし変えたいなら申請とか色々考えないといけない。ゲートとかウイニングライブの練習とか、本当に大丈夫か?」
「君も大概心配性だな! もう少し担当ウマ娘を信頼したまえ!」
能力ではない部分で信頼ができないのだが。まあ、そんなことは口に出さなくても良いか。
こうしてレース前日にもスタミナを鍛えようと水泳をし、結局そのままの調子で本番を迎えた。
正直に言うが、メイクデビューなんて見に来る客は少ない。関係者とか、余程のめり込んだ人ばかりだ。タキオンが緊張しているとは思えなかったが。
「モルモット君? レース中で構わないから、茶葉とお菓子を買ってきてくれたまえ。銘柄は――」
「さすがに緊張した方が良いんじゃないか?」
「ほう? 緊張することによる能力の向上が考えられる、と言いたいのかね」
「適度な緊張に限っては、あり得るだろ」
「ふぅン。しかし何に緊張すれば良い? 私は限界速度を超えたいだけなんだ。観客もレースも勝敗も、すべては付属物に過ぎない」
「……わーったわーった、もう何も言わない。満足する走りをしてこい」
「ああ。任せたまえよ」
タキオンは悠々と控室を出て行った。紅茶用の茶葉を買ってこいとか言っていたが、流石にトレーナーとして見るべきだろう。関係者席に移動する途中、フードを被ったウマ娘がいて足を止めてしまった。わずかにのぞいた前髪には白い三日月が浮かんでいた。
「……会長?」
「気づかれてしまったか。騒ぎにはしたくない、黙っていて貰えないだろうか」
「それは構いませんが、どうしてここに」
「手持無沙汰でね。皆私を病人扱いして、何もさせてくれない。もう自力で歩けるくらいには回復したというのに」
「そうなんですか、回復おめでとうございます。走れるんですか?」
「いや、そうはいかないんだ。日常生活に不便はないというだけさ」
「そうでしたか……」
微妙な空気になったところで、そろそろ発走というアナウンスが聞こえてきた。
「失礼、今はアグネスタキオンのレースに注目しよう」
「欠片も緊張してませんでしたけどね。茶葉買ってこいとか言われましたし」
「ふふっ、彼女らしい」
ゲート入りが始まって、会話が途切れた。タキオンは自称するだけあって何も問題はなかった。
「余裕綽々なその態度、蛮勇でないと証明して欲しいものだな」
「先行策で行くように伝えてあります。出遅れないと良いんですけど」
「彼女の脚質には合っている。問題ないだろう」
「そう言われると安心します。何せ新人トレーナーですからね」
否応なくドキドキしてくる。レース本番では何がどうなるかわからない。タキオンは精神的に強い方だし、掛かったりはしないと思うが……。
『スタート!』
一斉に9人のウマ娘が飛び出した。メイクデビューだけあって出遅れるウマ娘もいたが、タキオンは問題なく先頭につけている。逃げウマ娘不在と見るや否や、邪魔されない位置を進むことに決めたらしい。ペースを上げ過ぎなければあとは逃げ切れるはずだ。レースの駆け引きは苦手かと思ったが、流石に大丈夫なようだ。
会長はしみじみと言った。
「うむ。基礎を徹底的に固めた者らしい、質実剛健な走りだ」
「わかるんですか?」
「生徒会長はウマ娘に無知では務まらないさ。ところでトレーナー君、ダンスの方はどうなっている?」
「あー、話を振ったことはありますけど……大丈夫だって言われて、それきりですね」
「そうか。不安ではあるが、彼女は嘘をつく類のウマ娘ではない。きっと大丈夫なのだろう」
レースの展開を見ながら勝った後の話をするのは驕っていると言われても仕方ない。が、さすがにこの展開は負けようがない。
タキオンは普通に走っていた。彼女自身は8割程度しか力を出していないが、それでレースの展開を作っている。かなりのハイペース、巻き込まれた他のウマ娘たちは皆失速していた。
結局、最終コーナーを曲がった時点でタキオン以外は全員スタミナ切れを起こしていた。
「勝ったな」
「ああ。まずは一勝、おめでとう。しかしトレーナー君、本番はここからだ」
「はい。次は恐らく――ホープフルステークスです」
「そうか。賞金額は君の方で管理すると良い。彼女には少し難しいだろうからね」
「もちろん。いざ足りなくなった時、GⅠ以外に出てくれるかだけは不安ですけどね」
『ゴール! アグネスタキオン、圧倒的な勝利です!』
6バ身差の勝利。フォームの乱れもないし、呼吸も少し苦しい程度で済んでいる。トレーニングのように走って、勝った。それだけだった。何なら全力を出してもいないだろう。脚の事を考えればそれで構わないが、会長はどう思ったのだろうか。
「余裕があるな。レース後だというのに、頼もしいことだ」
「あれ? 怒らないんですね。レースは常に全力を出せ、とかいうと思ってました」
「脚を残したまま負けるのは愚の骨頂。しかし、余力を残して勝つのは勝者の余裕というものだ。私も差し切ったところで脚を緩めている」
それは知らなかった。今度会長のレース映像を見直した方が良いかもしれない。
「さて、私はライブを見に行こう。君はアグネスタキオンのところへ行ってあげて欲しい」
「大丈夫ですか。何なら会長を送ってからタキオンの方に行きますけど」
「そこまで虚弱になったわけではない。気持ちは有り難いが、今はトレーナーとしての責務を優先すると良い」
少し怒ったような、いじけたような声だった。あまり心配されるのに慣れていないのかもしれない。
「じゃ、タキオンのところに行ってきます」
「ああ。また学園で会おう」
後ろ髪を引かれるような感覚を覚えながら、俺は控室に向かった。
「タキオーン。入るぞー」
「ん? あー、ちょっと待ってくれたまえ。汗を拭いているのでね」
危なかった。ドアノブをひねったところだった。
数分後、許可を得て入室するといつも通りのタキオンがいた。
「モルモット君。買い物は済ませたかい?」
「悪い。さすがにレースくらいは見たかったんだ。メイクデビューで”最高速度の先”を出すとは思わなかったけど、万一にでも見逃したくはなかったから」
「……上手い言い訳を考えるじゃないか。良いだろう。では次だ」
「次?」
「観客席で君の隣にいた、あれは……なんだい?」
俺がレースを見ていたことに気づいていたのか。
なぜ買い物を済ませたか聞いたんだ。それに何の意味があった。謎すぎる。頭の中を疑問符で満たしていると、どんどんタキオンの機嫌は悪くなっていった。
「はーやーくー、答えたまえよ」
「……相手がお忍びっぽい感じだったから、あまり言いふらしたくはないんだが」
「ほう? 私のレースを無視してお忍びで来たウマ娘と密会?」
「何でウマ娘だってわかった?」
「頭の部分が膨らんでいた。で? ほら、早く」
タキオンは脚を組んでいた。不機嫌そうだった。何というか、これはこう……トウカイテイオーっぽい、というと怒られるだろうか。彼女に影響されたのかもしれない。
「……はあ。一応言っておくが、レースはちゃんと見てたからな。隣にいたのは会長だよ」
「会長?」
「シンボリルドルフ会長。怪我で暇だったから来たんだとさ。走りを褒めてたよ」
「……そうか、会長か。まあ恐らく大恩ある会長だし、仕方ないか」
「納得してくれたなら何より。ところで、俺にこの後どうして欲しい?」
「どうとは?」
「個人的にはタキオンのウイニングライブを見たいんだが、買い物を優先しろと言うならそれでも構わない。どうせ後で映像で見るし、気分的な問題だ。どうする?」
トレーナー業に順応してきたというのもあるし、単純に数か月一緒になって練習してきた分、情が芽生えたというのもある。最初はウイニングライブなんて珍妙な物としか思わなかったが、娘の晴れ舞台的な感覚で今は肯定的に考えられた。
タキオンは表情を崩し、少し目を見張っていた。が、しばらくしてフンと鼻を鳴らした。
「良いだろう、買い物はライブの後だ。よくよく考えたんだが、君に任せたら間違って変なものを買ってきそうだ」
「信頼ないな。ところでライブの準備はできてるのか、そろそろ時間だろ」
「ま、安心したまえ」
立ち上がり、タキオンは皮肉気に笑った。
「これでも私は、君の担当ウマ娘だからね!」
「……だから心配なんだろうが」
「ハーッハッハッハ! 君はもう少し自信を持った方が良い! 基礎トレーニングをあそこまで練ることができるのは、もはや才能と言えるだろうからね!」
「それはタキオンがそれしかやらないからだろ!」
「……そう言ってくれるのが一番良いのさ。少なくとも私にとっては」
急に寂しそうな表情をされた物だから、俺は面食らって二の句を継げなかった。
「では行こうか。私のステージだ。ライブというのは面倒だが――手を抜けば会長に怒られてしまうからね」
「それは安心だ。今まで聞いた物の中で一番信頼できる理由だよ」
「なんだって!?」
その日、タキオンは完璧なライブを行った。メイクデビューに似つかわしくない大歓声を浴びた後、満足げに彼女は引き上げるのだった。
ホープフルステークスさん、ゲームだとデビューの次戦にされがち
他にウマ娘二次が増えて自分のを書いている暇がなくなるのが夢です。よろしくお願いします。